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女性恐怖症のスケルトン

「じゃあ、最近来れていなかったのは外出禁止を食らってお城でお仕事をしていたからなんだ。」


ガラスのコップに酒を注ぎながらリリィが言う。

俺はそれを受け取るとゴクゴクと飲んだ。


「そうなんだよ。1対4なんて卑怯だろ。確かにやりすぎたとは思うけどさ。」


俺は、そう言うと大きくため息をついた。

まだ、あの4人に付けられた平手打ちの後が引いていない。

だいぶ、色は薄くなったがそれでも少し両方の頬が赤く腫れている。


「いや、流石にそれは怒られても仕方ないんじゃないかな。」


リリィが呆れながら俺に言う。

謹慎処分みたいなモノを食らったせいで、城下にも出れなかったのでここに来るのも久しぶりな気がする。

城内ではというと、シエスタの奴が俺の悪評を広めるせいで最近はめっきり城内の女性からの視線が痛くなりつつある。

そんなこんなで、無事処分も解けてダンカン達と共にここに来たというわけだ。

幸い、金はあるのでゆっくり飲んで帰るとしよう。


「そうかなー。あいつらの心が狭いだけだと思うけど。」


俺はそう言うと、コップの中に入った液体を流し込む。

普段、酒場で飲むようなビーツと違い高級感のある味な気がする。

気がする、なだけで実際にどうかは分からない。日本ではもちろん飲めないし、この世界に来てから飲み始めたからか、酒の味なんてよく分からないが。


「でも、ほぼ毎週のように来ていたから最近は来ないねって店でも噂になっていたんだよね。」


リリィが酒が無くなったのを確認すると、俺のコップに注ぐ。


「何?俺、そんな有名人なの?」


「有名人というか、羽振りよくて、よく来る人は大体顔は覚えられるよ。」


確かに、ほぼ毎週のようにここに来るし、下手すると週5くらいで来た時もあったのでそれは常連として顔くらい覚えられるかと思った。


「でも、ダンカンさんの方がよく来るんじゃないの?あの人、毎日行くとか言っていた気がするけど。」


「まあ、あの人も大概だけど。ヒロト君もここ最近だとダンカンさんレベルに来ていた時あったからあまり変わらないよ。」


ニコニコ笑いながら、リリィが言う。

マジか、俺そんなにこの店に来ているのか。

いや、確かに初めて行った時から頻繁に通っている上に基本リリィを指名しているせいで覚えられやすいとは思っていたが…。


「でも、そうか魔王城で働いているんだね。ダンカンさん達の警察隊の人達と仲いいからそれもそうか。」


リリィがふと俺に言う。


「働いている、というか居候に近いけどね。」


俺はチビチビと酒を飲みながらリリィに答える。


「でも、羨ましいな。魔王城なんて。よく、お店に行く途中で目に入るけど大きくて立派なお城だもんね。」


「金がなさ過ぎて、内装は割とボロボロだけどね。」


基本、俺の開発した商品の儲けが大半の収入源となっている魔王軍。

内情を知っていると、そこまで羨ましがられるモノでもないという感想だ。


「でも、やっぱり憧れるよ。魔族なら一度は。魔王城に住むなんて。」


「来ればいいじゃん?別にそこまで厳しい警備でもないだろうし。」


「行けるわけないよ!だって、魔王様なんて雲の上の存在だよ。私みたいな一般の魔族には恐れ多いよ!」


ライアを普段から見ている俺からすると、どこが恐れ多いんだという気持ちだ。

だが、確かに城下に住んでいる魔族からしたらそういう認識なんだろうな。

今度、リリィを魔王城に呼んでやるのもいいかもしれない。

あの4人にどう紹介すればいいかは分からないが。


「そういえば、森の異変を解決出来たら妹様に何かお礼貰える話はどうなったの?」


以前エレナとした約束の話を思い出したのかリリィが尋ねる。


「まだ、全然解決してないよ。最近は、例の処分のせいで外にも出れてなかったし。挙句、エレナまで機嫌を損ねたから話しかけられないしで散々だよ。」


俺はため息をつくと、一気に飲み干した。

そして、コップをテーブルの上に置くと素早くリリィが酒を注いでくれた。


「そうなんだ。いや、私ってワルキューレじゃん。だから、魔族によって倒された人間の冒険者の魂を戻すお仕事が本職なんだよね。最近は、魔族の方が倒されているからその仕事も少なくなっているんだけど。」


そういえば、この世界のワルキューレってそんな仕事があったなとリリィとの会話を思い出した。

リリィは自身の酒が入っているコップを軽く振りながら液体の中を見ていた。


「それでもたまに死んでいる冒険者の魂はあるんだけど、例の森の中?そこアンデッドが大量に出るとかって話があって私達も入れない状態なんだよね。」


そう言うと、リリィは小さくため息をついた。-


-「というわけで、森の中のアンデッドを退治しようと思います!」


俺はライアと部屋にいるエレナに対して言った。


「また、お前からとは珍しいな。どうした?ついに改心でもしたのか?」


ここ最近、めっきり俺への態度が露骨に冷たくなったライアが言う。

ソファーの上ではシエスタがタンザナイトに餌をユキネと共にあげていた。


「私はヒロトさんが自ら行ってくれるのはありがたいですけど。」


エレナの言葉に、ソファーにいたシエスタがこちらの方を振り向いてきた。


「怪しいわね。あのヒロトが自分から仕事をしようとするなんて。これはきっと、また良からぬことを考えているわね。」


「考えてねえよ。人聞きの悪いことを言うのはやめてもらおうか。」


俺はシエスタに言う。

この異変を解決して、リリィから褒めてもらおうとか思ってやろうと思ったわけでは断じてない。

例えそうだとしても、この4人にそれを言う気はもちろんないが。


「じゃあ、エレナも一緒に行ってくれるか。まあ、この男が何をしでかすか分からないからな。」


ライアの言葉にエレナがはいはい、と答える。

何をしでかすか、とはどういう意味だ。俺はシエスタじゃないぞと言い返したい。


「じゃあ、シエスタ行くぞ。」


「は?何で私も!?」


「場所は墓地なんだよ。墓地といえば、普段は役立たずで穀潰しのお前でも輝ける場所があるだろ。」


そう言うと、俺はエレナの首根っこを掴むと引きずり始めた。


「ねえ!それどういう意味よ!あと、墓地ってどういうこと!?私、何も知らないんですけど!」


シエスタの叫びを無視しながら、俺とエレナは部屋から出た。-


-「何で私まで!」


夜になり、森の中にある共同墓地にエレナと共にやってきた俺にシエスタが怒ったように言う。


「俺はもちろん、エレナも対アンデッドの魔法は覚えてないんだよ。行きたくないなら、俺にスキルを覚えさせろ。」


「嫌よ!あんた、回復魔法を覚えようとしたりして私のアイデンティティーを奪いに来ないでちょうだい!」


「じゃあ、手伝え!」


俺はシエスタを言いくるめると、草陰から様子を探っていた。

見たところ、誰かがいるような雰囲気はなさそうだ。


「アンデッドの気配はかなりしますから、とりあえずそれを祓っちゃいましょうか。」


エレナが俺に言う。

俺はシエスタの方を見る。


「よし、仕事だぞ。」


「給料は出るの?」


「知らん、ライアにでも交渉してくれ。」


俺は草藪から出たシエスタに言う。

シエスタはそのまま共同墓地へと出ると、初めて会った時からずっと持っている杖を空へと掲げた。


「アンチ・アンデッド!」


シエスタの叫びと共に、墓地の周りを浮遊していた大量のアンデット達が天へと浄化されていく。

本当にこういうところは高スペックだなと思う。

知能が低すぎて、やらかし癖が多いからそれら全てがマイナス要素となるのだが。


「さらに、アンチ・アンデッド!」


調子に乗り始めたシエスタが墓地のあちこちに魔法をかけていく。

まあ、今のところはアンデットを退治しているだけなので良しとするか。

その時だった…。


「うぎゃぁぁぁぁぁ!!!」


悲痛な叫び声がシエスタの向かった先から聞こえた。

俺とエレナは顔を見合わせた。


「こら、シエスタ!お前、また何かやらかしたのかよ!」


俺はシエスタに駆け寄ると、一発はたいた。


「痛い!何するのよ!ただ、迷える魂を浄化してるだけじゃない!」


「今、明らかに聞こえちゃいけない叫び声まで聞こえて来ただろ!何したんだよ、一緒に謝ってやるから!」


俺は声のする方を見た。

そこには理科室に飾られていそうな骸骨の模型みたいなモノがうずくまっていた。


「…なにこれ?」


俺はエレナに尋ねる。

エレナも困惑している様子で、分かっていないらしい。


「ただの骸骨じゃない。私の浄化魔法で倒されないなんて生意気ね。いいわ、もう少し強めので。」


そう言うと、シエスタが持っていた杖の先を光らせる。


「ま、待ってください!」


「うるさい!アンチ・アンデッド!」


「ひやぁぁぁぁぁぁ!!!!」


シエスタが骸骨男の言葉を最後まで聞かずに魔法をぶっ放す。

悲痛な叫び声が聞こえると、骸骨男は浄化され…ておらず悶え苦しんでいた。


「おかしいわね、最大火力で打ち込んだのに。」


シエスタが不思議そうな顔をする。

そして、もう一度とばかりに杖を構える。


「落ち着け、流石に可哀想だろ!」


俺は、シエスタの後頭部をはたいた。

そして、涙目になっているシエスタを無視して骸骨男に話しかける。


「悪い、連れが酷いことをして。えっと、名前だけ聞いてもいい?俺はスズキヒロトって言うんだ。こっちはエレナで、今攻撃して来たコイツがシエスタ。」


俺は骸骨男に自己紹介と共に2人を紹介する。

エレナはペコリと頭を下げた。


「ありがとうございます。死ぬかと思いました…。僕、スケルトンのジルと言います。もう、スケルトンになって何百年も生きているんですけど未練が強すぎるせいなのか、ずっとこの姿のままで…。」


「コイツの魔法でも無理なのか?一応、浄化魔法だけなら超一流だけど。」


俺はシエスタを指さしながら尋ねる。

背後のシエスタから、だけ?という声が聞こえたが無視することにする。


「どれだけ強力な浄化魔法をかけられてもダメでして。この世界への未練が強すぎるのですかね…。」


「ちなみにどんな未練なのかって教えてもらってもいいですか?それを叶えれば浄化出来る気もすると思うので。」


エレナがジルと名乗るスケルトンに尋ねる。

ジルはエレナの方を見ると、急に呼吸が荒くなっているかのように見えた。


「あっ、あっ…。あの、自分。人間の時に全く女性と話す機会がなくて。その、女性の前に立つとあがり症になってしまうのでしょうか…。それで気づいたら年だけ取ってしまって…。」


うーん、何か怪しくなってきたぞ…。

とりあえず、最後まで話を聞いてからにするか。

ジルはそのまま話を続ける。女性の前だとあがり症になる、と言うだけあって俺の方しか見ていなかった。


「それで、何とかして女性と話したいと思ってですね。町にいた女性に勇気を出して話したんです。そしたら、緊張しすぎて心臓発作で亡くなっちゃいまして…。その未練からか本当は別のお墓に埋められたのですけど、霊体として意識だけは残っていてずっとこんな姿になっているんです。」


俺を含めた3人が微妙な表情を浮かべていた。

つまり、あれか。女性と話したいという未練のせいで今の今までスケルトンになっていたのか。


「まあ、話は分かりました。ただ、この大量のアンデッドはどういうことなんでしょうか?」


微妙な表情を浮かべたままのエレナが本題を聞こうと、ジルに尋ねる。

ジルは、エレナを見ると一瞬過呼吸になりかけたが俺の方を見ると元に戻って話し始めた。


「あっ、はい。それは、まずはアンデッドの女性と話をすれば慣れるかなと思って、至る所で墓を荒らしてアンデットを作ったんです。でも、こんな喋り方ですから、当然アンデッドになった女性にまで逃げられましてね。もう、ここが最後の場所だと思って来たら、男の冒険者だらけの墓場でして。でも、僕と似たような境遇の人って大勢いるんですね。仲良くなって、楽しく過ごしてたら突然みんな浄化されちゃって…。」


…ごめんなさい。それ、自分達の責任です。

ジルの話を最後まで聞くと、流石のシエスタまでも申し訳なさそうな顔をしていた。


「あの、それは悪かったな。でも、ここにアンデッドが増えすぎて困っている人もいたんだよ。今日、俺達が来たのもそれの為だったんだ。」


俺は素直に言おうと思い、ジルに言う。


「いえ、僕の方こそ迷惑をおかけしました…。」


そう言うと、ジルは俯いてしまった。

すると、シエスタが俺の服を引っ張ってきた。


「ねえ、流石の私でも可哀そうに思えて来たわ。どうにか出来ないの?」


どうにかって…。

エレナも同じ気持ちらしく、俺の方を見てくる。

俺は少しだけ考えた。

要は、女性とお話出来るようになればいいわけなのだろう。


「なあ、ジル。行く当てがないのなら、いい仕事場所を知っているんだけど紹介しようか?」


俺の言葉にジルが顔を上げて、見つめてくる。

いや、見つめる目なんてないから空洞でしかないのだが…。


「いえ、そんな…。自分のようなコミュ障が出来る仕事なんて。」


「あるぞ!女性と話せる、も追加でな。まあ、続けられるかはあんた次第だけど!」


俺はそう言うと、ジルの肩を叩いた。

シエスタとエレナは互いに顔を見合わせていた。-


-俺は、次の日にジルを連れてリリィのいる店へと向かった。


「ここがそのお店なんですか?」


ジルが看板を見上げながら尋ねる。


「そうだよ!いやー、リリィから店のマスコットキャラが欲しいとか言われていてさ。ちょうどいいから、あんたにしてもらおうと思ったんだよ!」


すでに、昨日の帰り際に店には連絡はしておいた。

すっかり、顔馴染みになった店長から面接くらいはしてやるから連れて来いと言われた。

凄いコミュ障なんですけど、と言ったらどうせマスコットだから話せなくてもいいと言われたのでまあ面接は通るとは思う。

俺は、まだ開店前の店から出て来た店長にジルを見せると、2人は店の中へと入っていった。


「ありがとうね、店の子達もこれで森に行けるって喜んでいたよ。」


リリィが俺に声をかける。


「アンデッドを大量に作る張本人はいなくなったから、これで多少は静かになると思うよ。というわけで、解決したお礼に1週間は代金は半額だからな!」


「はいはい。お得意様のお願いだからね、そこら辺はしっかりサービスしてあげるよ。」


俺の言葉にリリィが言い返す。

そう、無事に解決出来たら1週間は半額にしてあげると言われたのだ。

これで、今週は毎日行くことが出来る。


その後、無事に面接に合格したジルは“女性恐怖症の骸骨”という中々に不名誉な名前のニックネームを貰い、店の名物マスコットとして可愛がられることになった。

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