異世界でバーベキュー
「例の森に起きた異変解決ねぇ…。」
俺はライアの部屋に呼ばれると、エレナから一緒にまた森に行って欲しいと言われた。
今回は、以前チラッと聞いていた川の魚の異常発生を解決しに行きたいという話らしい。
「もちろん、来てくれますよね?例の話もありますし。」
エレナがニコリと笑みを浮かべて、俺に言う。
ライアが例の話、と不思議そうな顔をしていた。
どうやら、まだライアは聞いていないらしい。
ソファーの上で寝ていたシエスタが言っていないのが意外だったが、よく考えたらこの女がそんな話を覚えているわけないかと納得した。
「はいはい、行きますよ。」
俺は首をすくめて、エレナに言う。
「今回は私とユキネ、警察隊も連れて行こうと思っている。」
ライアが俺に言う。
意外だな、ライアまで来るというとかなり面倒な事案なのだろうか。
「そんなに大変な状況なのかよ?」
俺としてはササっと片付けて、エレナとした約束のお礼とやらをして貰えればそれでいいのだが。
というより、どんなお礼をして貰えるのだろうか。そこが気になる。
「いや、状況は私もよく分かっていない。だから、少し見ておきたくてな。エレナに全て任せておくわけにもいかないだろう。」
そう言うと、ライアは立ち上がってソファーでいびきをかいて寝ているシエスタを起こそうとした。
「起きろ、ライア。」
シエスタの頬をペチペチと叩いた。
涎を垂らしながら寝ていたシエスタが眠そうな顔で目をゴシゴシとしていた。
「なーに?せっかく昼寝をしていたのに…。」
「お前も連れて行く予定だ。川遊びに興味はないか?」
最近では、シエスタの扱いにすっかり慣れて来たライアが上手い事シエスタの興味を惹きそうなことを言う。
川遊びなんてそんなことするつもりで行くわけではないだろうに。
「あら、川遊び!いいわね!暑くて、水の中に入りたいと思っていたのよ!」
シエスタが飛び起きた。
本当に現金な奴だ。
「今日は、ラジオの方はいいのかよ。」
俺は呆れながらシエスタに言う。
あの、謎のラジオコーナーはすっかり魔王城はもちろん城下でも人気のコンテンツとなり週に数回決まった時間に流すことになったらしい。
俺も、食事をしているとたまに流れて来て聞いているが、本当に居酒屋で会話しているかのようなトーンで話しているから驚く。
酒を飲みながらラジオのMCをするような奴は金輪際この女神くらいだろう。
その自由さが魔族達にウケているらしいが、本当に何が人気になるかなんて分からないものだなと思う。
こんなことなら、もう少し関わってこちらにも何かしらの金が入るようにすればよかったと軽く後悔をしている。
「フフン、人気配信者もたまには休息は大事よ。大事なファンのためにも、倒れちゃいけないもの!」
「昼寝をしていた奴がよく言うよ。」
俺は分かりやすく調子に乗っているシエスタに言い返す。
今度、ソルベをゲストに呼んでこの女のラジオで喧嘩でもさせてみるかと思った。-
―ライアとエレナ、そしてユキネとシエスタと警察隊の面々と共に例の川へとやって来た。
どこにでもありそうな森の中を流れる川だった。
河原もそれなりに広くてピクニックとかで行くならいい場所だなと思った。
「とても異変がありそうには見えないけど?」
俺はエレナに尋ねる。
どこから見ても平和な川の風景そのものだ。
この前みたいに、二足歩行の鳥達が殴り合っているわけでもない。
「川の中の魚達が大量発生しているのですよ。ちょっと、凶暴な魚も増えていて森に住む魔族達が洗濯などをしに来た際に怪我をするという報告が相次いでましてね。」
確かに、水の中を泳いでいる魚の数は多い気がする。
「きゃあ!!!痛い、痛い!何か噛まれたんですけど!」
川遊びをする気満々で水の中に飛び込んだシエスタが何やら噛まれたらしく泣き言を言っていた。
よく、いきなり何の準備運動とかもなしに川に飛び込めるなと感心していたが案の定だ。
あの女は、1日1回泣き言を言わないと死んでしまう病気なのだろうか。
「だから、無闇に入ったらダメと言ったじゃないですか…。」
ユキネが呆れながら、水の中からシエスタを救出する。
「痛いー、変な跡付いているんですけど…。」
そう言うと、自身にヒールをかけていた。
俺は水の中を覗き込んでいた。
そういえば、今回はかなりの数がいるなと思った。
「この魚って好きにしてもいいの?」
俺はエレナに尋ねる。
「好きにする、がどういう意味かは分かりませんけど。まあ、別にどのようにしても構わないと思いますよ。」
俺はエレナの返答を聞くと、よしと頷く。
そして、シエスタの方を見る。
「おい、シエスタ。お前、警察隊の連中にテントやら持って来させてたよな。」
俺はヒールをかけ終わって、魚達に威嚇しているシエスタに言う。
水の中を泳いでいる魚に威嚇とかガキかよと思ったが言わないでおこう。
「そういえば、持って来させてたわね。それをどうするつもりなの?」
「今、ここで用意させて欲しい。あと、手の空いてる連中は魚を出来る限り取ってくるのと、この辺りに住んでいる魔族達も呼んで来て欲しいかな。」
俺は指示を出す。
その場にいる全員が、指示の意味をよく理解出来ていないのか首を傾げていた。-
-魚が焼けるいい匂いがする。
俺は、自作で作った鉄網を火で熱くすると、その上に捕まえて来てもらった魚を次々と置いた。
「兄貴、これだけ獲れましたけど。」
ソルベがバケツ一杯に捕まえて来た魚を俺の前に置く。
「おう、ありがとう。正直、いくらでも食べる奴らはいるから捕まえれるだけ捕まえて来てもらっていいよ。」
俺はうちわで煙を仰ぎながらソルベに言う。
俺の持つ調理スキルで増えている魚を大量にここにいる連中に食べさせてやるとしよう。
ついでに、日本食も作ってこいつらの反応次第でその手の店を出すかの実験も行おうと考えていた。
個人で魔王城の厨房で何度か夜食用に日本食を作って食べてはいたが、シエスタ以外で食べてもらってはいない。
「また、色々と考えるのね。あんたは。」
隣で眺めていたシエスタが俺に言う。
「お前は、煮つけが吹きこぼれないかをちゃんと見張っていろ。調理スキルがある人間が現状、俺しかいないんだから火の管理まで全部見れないんだよ。」
仕事をさぼって、こちらに話しかけてくるシエスタに言う。
ある程度焼けて来たのを確認すると、俺は立ちあがる。
そして、テントを張った下に置かれていたテーブルへと歩く。
テーブルの上にはまな板が置かれていた。
「これは生で食べれるんだよな?」
俺は仕分けをしてくれていたアルベルトに尋ねる。
川魚なのに生で食べれるのか、と思っていたがどうやらこの世界では食べられる種類もあるらしい。
「これは大丈夫な種類だ。」
アルベルトが俺に1匹、渡してくる。
まだ獲れたてなのか、ピチピチと跳ねていた。
「…本当に食べれるのかよ?」
俺は人相の悪い魚を見ながらアルベルトに尋ねる。
何か、深海魚とかにいそうな見た目だ。
「大丈夫だ。」
大丈夫、と言うがそれ魔族だからとかって理由じゃないよなと俺は思った。
まあ、腹を壊したらシエスタに治してもらうとしよう。
俺は、包丁を構えて切り分けて刺身にしようとする。
「あっ、そういえば言い忘れていた。その魚、鱗を飛ばしてくるから気を付けろよ。」
アルベルトがしれっとそんなことを言う。
えっ、言うの遅くないか?
俺が思ったその直後だった。まな板の上に乗せられていた魚の鱗が突如俺を襲ってきた。
「いった!目が!目が―!シエスタ様!ヒール!ヒール!」
俺は目に突き刺さった鱗の痛みにのたうち回った。
「プププ。ヒロトったらドジなんだから。調子に乗って、魚なんて捌こうとするからよ。」
シエスタがのたうち回る俺を嘲笑いながらヒールをかけてくる。
コイツの料理には後でデスソースでも入れてやろう。
「クソっ!何で鱗なんて飛ばすんだよ!捕まえられたんだから素直に捌かれろよ!」
俺はそう言うと、鱗が飛んで来ないようにしゃがみながら捌いていく。
包丁を入れるたびに鱗が飛んでくるので怖い。一通り、全ての鱗が飛び終わるとぐたりとまな板の上で跳ねていた。
余計な手間がかかる魚だな。やっぱり、この世界の生き物は嫌いだ。
「ねえねえ、いい感じに焼けた魚達はどうしたらいいの?」
シエスタが網の上で焼かれている魚を覗き込みながら言う。
「皿に乗せてくれ。ユキネ達がみんなに分けてくれるから。」
俺はシエスタに指示を出す。
見たところ、煮つけの方も順調に出来上がっているようだ。
とりあえず、この鱗を飛ばす危険な魚を捌かないといけないのか。
俺は、楽に出来る方法はないものかと考えていた。
「鱗、全部取っておいたぞ。」
アルベルトの声が聞こえる。
俺が振り向くと、そこには血だらけで鱗が突き刺さっていたアルベルトがいた。
「…お前、まさかとは思うが全部受け止めたのか。」
「受け止めた。」
脳筋過ぎるだろ、この男。
警察隊の頭脳とか言われているらしいが、今の光景はとてもそんな風に見えないのだが。
そんなこんなで、焼き魚と煮つけ、刺身の3種類の料理が皿に盛られて皆に分配したユキネ達へと渡されていった。
俺はそれを横目にさらにフライも作った。
とりあえず、これでフルコースの完成でいいだろう。
「美味いわね!特にこのタルタルソースが!」
シエスタがフライをモグモグとリスのように頬張りながら俺に言う。
いくらでもお代わりはあるからそんなに慌てて食べなくてもいいのに。
「タルタルソース…?」
ライアが白いソースをフライに付けながらつぶやく。
「俺の国でこの手の料理によく付けるソースだよ。うん、我ながらいい出来だな。米が欲しくなる。」
俺は自画自賛しながら食べていく。
この辺りに住む魔族達も美味そうに俺が作った料理を食べていた。
「確かに、白米が欲しくなるわね。」
シエスタも俺と同じようなことをつぶやく。
「そういえば、この世界って米はないのかよ。」
ジャガイモとかパンはあるが米はいまだに見たことがない。
「ないわよ。この世界の稲はね、ジャガイモにボコボコにされて絶滅しちゃっているの。小麦はジャガイモと対等に戦えるから生き残っているけど。」
「魔王軍の食堂だけじゃなくて、外食の時でもジャガイモばかり出てきた理由はそれかよ!というか、ボコボコにされるって意味が分かんねえよ!」
「知らないわよ、そんなこと言われても。この世界のあらゆるモノには意思が宿っているから歩いたり殴ったりして来るわよ。」
「鱗飛ばしてくる魚もそうだけど、俺この世界の生き物嫌い。」
俺はシエスタの説明に呆れながら、言う。
そして、皿に盛られた料理を食べる。
「このお刺身、美味しいですね。香ばしくて。」
炙った刺身を食べていたエレナが俺に言う。
食中毒が少し怖かったので、完全に生のと炙ったモノの両方を用意した。
一応、今のところ俺の胃袋は生の刺身を食べても大丈夫のようなのでアルベルトの言うことは間違っていなかったかもしれない。
「焦げ目を付けたからな。米があれば酢飯にして寿司にしたりも出来たんだけどな。」
「寿司?それはヒロトさんの国の料理なんですか?」
「そうだよ、米の上に魚の刺身を乗せて食べるんだよ。米もお酢を混ぜてある。俺の国のソウルフードだな。」
お酢?、と聞き慣れない言葉なのかエレナがつぶやく。
今度、米の代用品でも会ったら作ってもあげてもいいかもなと思った。
「しかし、だいぶ魚の数が減ったな。これで少しは解決すると良いのだが。」
ライアがポツリと川を眺めながらつぶやく。
確かに、川の中を覆うレベルにいた魚の数はだいぶ減ったと思う。
ただ、一時的な処置でしかないのでどうせすぐに元に戻るだろうなと思った。
結局は、根本的な原因を解決しないとどうしようもないと思う。
「とりあえず、これだけ獲れば当分は大丈夫だと思いますよ。前のケガラス達の件と同様に元に戻る前に原因を取り除けばいい話ですから。」
エレナがライアに言う。
この場にいる全員で食べきれなかった分は、森に住む魔族達の数日分の食料として持って帰ってもらうらしい。
「でも、ヒロトさんがまさか料理も出来るとは思っていませんでした。調理スキルを持っていることは知っていましたけど。」
エレナが俺の方を見て言う。
「あんた、変なところで器用だものね。」
モグモグと頬張りながらシエスタが言う。
変なところ、は余計だ。
「簡単な料理くらいなら作れるよ。そもそも、俺が前いた世界では学校の授業で料理を作ったりしたんだからな。」
俺はシエスタを無視して、エレナに答える。
「調理スキルって、人間だと冒険者になるような人間でも取るようなスキルだったりするんですか?」
「取るわけないじゃない。この男くらいよ、こんなスキル取るのなんて。」
シエスタが呆れながら言う。
まあ、確かに冒険者になるような人間で調理スキルを取るような人間はいないだろうなと思う。
そもそも、クエストに行くとしてもすでに簡単な食料が売られているのだからわざわざ料理をする必要がまずない。
「でしたら、今度はクエストに行ったらヒロトさんに頼んで料理を作ってもらいましょう!ね、お姉さま!」
エレナがライアに言う。
ライアもそうだなと言いながら、料理を食べていた。
その後、俺達は数日間は魚料理はいいかなとなるレベルで大量の魚料理を平らげた。




