異世界から転生された居候達に、幸あれ!
「これで、魔王軍の歴史の授業は終わりです。後半の内容は、特にテストでも出しますから、ちゃんと復習しておいてくださいね。」
私は、午前の最後に割り当てられた歴史の授業を終えると、聞いていた子供達に向かって、言う。
ユキネから頼まれて、歴史の授業を担当することになったのだが、教えるという作業はこれはこれで中々に難しいと思う。
特に、まだ幼い子供が多い、この空間だとなおさらだ。
「ねえねえ、ソルベお兄ちゃん!お兄ちゃんは、エレナ様達と一緒に戦ったんだよね?だったら、テストも楽勝だから、良いなー。」
子供の1人が、そんな事を最前列で白目を剥いて、うたた寝をしていた、ソルベに言う。
ソルベは、涎を垂らしている事に気づいて、口を拭くと、その子供の方に視線を向ける。
ユキネであれば、手元に持っている教本の角で頭を殴っていただろう。
「いや、俺はすぐにダンカンさん達と外で戦っていたから、あまり覚えてねえよ。むしろ、何があったか俺が知りたいくらいだよ。」
どうして、この時間の間に一通り話したのにこの男は覚えていないんだ、と呆れる。
というより、それこそダンカンやアルベルトから事の経緯は聞いているだろう。
私は、相変わらずの目の前の男に冷たい視線を向ける。
「えー、じゃあソルベお兄ちゃんに授業の内容を聞いても意味ないじゃん!せっかく、テストの内容とか知ってるかもって思ったのに!」
それを聞くと、ソルベに尋ねた少年は不満そうに頬を膨らませる。
そもそも、この男にそんな難しい事を期待するのが間違いだ、と諭してあげたい。
「むしろ、この授業の間に俺の活躍が一切言われてないのが不満なんですよ。お陰で、途中で寝てましたよ。」
少年からの言葉に、バツが悪そうな表情で、ソルベが私に言う。
「私の授業で、この席に座らせられて、よく寝ていたなんて言えますね?」
私はそう言うと、教壇の上から、ソルベを見下ろす。
ソルベはそんな私の視線から、目を逸らそうとしていた。
私はそんなソルベに対して、ワザとらしくため息を吐く。
「私はあなた達の活躍までは知らないですからね。不満なら、ユキネに言って、教本の内容を変えてください。」
ソルベはそれを聞くと、不満そうな表情を見せる。
「というか、どうして、魔王軍がルチアーノ王国と同盟を結んだんですか?あの赤いマントの男が頭を下げて来たんですか?」
「本当に何も聞いていなかったんですね…。その内容もちゃんと授業内で言ったはずですが?」
下手すると、この時間の最初から何も聞いていない可能性があるのではないか、と疑ってしまう。
私は再び、ソルベに向かって大きくため息を吐く。
「お昼の時間なのに、まだ呼ばれていないですから。特別に復習がてら、同じ話をしてあげますよ。」
私はそう言うと、教壇の上から、ギロリとソルベを睨みつける。
ソルベは半笑いで、頭を掻いていた。
そして、それを眺めていた子供達がクスクスと笑っていた。
「あなたが、ダンカン達と合流した後のお話です。私達は、お姉さまと共に、アラタシンジさんと一緒にルチアーノ王国の国王と大臣達に会いに行きました。彼等は、天界からやって来た者に唆されて、人外の力を得ようとして、失敗をしました。その際に現れたのが、その張本人である男でした。名前は、ゾマーです。」
「そういえば、そんな話を兄貴から聞いた気がしますね。」
私の話は聞いていなかったのか、と怒りたい気持ちだが、後にするとしよう。
私はソルベを何度目かになるか分からないが、睨みつける。
「ヒロトさんの力で無事にゾマーを倒した後、この世界の創世主と名乗る人物と出会ったのです。名前は、タルタロス。一応、これも全部先程の時間に言ったんですけどね?」
私はソルベに対して、言い放つ。
「すみません、完全に寝てました…。」
私の逆鱗に触れないように、ソルベはすぐに頭を下げる。
私はそんなソルベを無視して、話を続けようとする。
「その後、ヒロトさん。アラタさん、そしてレオンさん。シエスタさんとアスターさんに元の世界に戻れる提案をしたのです。ただ、あの人達はそれを断り、この世界に残る事を選びました。その後は、マーヤさんが主導の下で、魔王軍との関係の回復。さらには、各国との協力関係をアラタさんと共に行ったのです。」
そう言うと、私は息を吐いた。
同じ話をしたからか、疲れた気がする。
どうせ、今話したことも数分後には忘れているのだから、別の授業でも軽く説明をするとしよう。
「あの男、そんなに立派な奴だったんですね。絶対に、自分が王になるんだみたいな奴かと思ってました。」
ソルベが一通り、私の話を聞くと、そんな感想を述べる。
「あの方は、とても誠実で立派な方ですよ。私の授業で居眠りをしちゃうような誰かさんと違って。」
私はそう言うと、ソルベを見下ろす。
ソルベの事を言われている、と分かっているのか、周りの子供達も笑い始める。
それに対して、ソルベは拳を振り上げて反撃しようとしていたが、蜘蛛の子を散らした勢いで、サッと逃げてしまう。
「そろそろ、昼ごはんの時間だと思いますけどね。今日は、随分と遅いですね…。」
私は壁に掛けられている時計を見ながら、つぶやく。
本当なら、もっと早くに連絡が来るはずなのだが…。
そんな事を考えていると、この教室の方へと物凄い勢いで走ってくる足音が聞えて来た。
そして、思いっ切りドアが開かれると、その少年は教室の中へと飛び込んで来た。
飛び込むや否や、そのまま気配を消して、隠れようとしていた。
「兄貴、何をしているんですか?」
その少年に向かって、ソルベが不思議そうに尋ねる。
すると、少年はソルベに対して、シーッとジェスチャーをしていた。
「ソルベ、俺の名前を呼ぶなよ。ちょっと、今大変な事になっているから…。」
一体、今日は何をしたのだろうか?
どうせロクでもない事は分かり切っている。
「どうしたんですか、ヒロトさん?」
私は名前を呼ぶな、と言われているのを分かっているが、敢えて少年の名前を呼ぶ。
ヒロト、と呼ばれた少年は私の事を睨んで来た。
他の子供達も、今日は何が起きたのだろう、と不思議そうに首を傾げていた。
「ライアに追いかけられているんだよ…。ちょっとの間だけ、ここで隠れさせてくれ。すぐに別の場所に逃げるから。」
その何をしたのかが気になっているから、質問をしているのだが…。
「そんな場所に隠れたところで、どうせ…。」
私はそう言うと、廊下の方を見る。
すると、予想通り、数人の足音が聞こえて来る。
そして、徐々にその足音が教室へと近づいて来ると、こちらもまた、凄まじい喧噪でドアを乱暴に開けた。
一応、子供達の前だから、もう少し上品な振る舞いというのを2人にはして欲しいのだが…。
「ヒロト!どうせ、ここにいるのだろう!出て来い!」
ライアの声が、教室に響き渡る。
あまり子供達には怒る姿を見せたことが無かったからか、その声を聞いた教室にいる子供達の全員が怖がった表情を見せる。
逆に、見慣れた光景であるソルベはいつもの事かといった表情をしていた。
「今日はまた、何を怒っているんですか?下着を盗まれでもしたのですか?」
私は、教室の中を何度も見渡している、姉である魔王のライアに尋ねる。
ライアは私の声を聞くと、サッと視線を向けて来る。
「いや、そんな事ではない!というか、私やお前達のがされる分にはこんなに怒らない!」
「じゃあ、どうしたというのですか?」
私は聞き返すと、首を傾げる。
「あの男、ダンカン達と共にまた、女子風呂に隠しカメラとやらを取り付けようとしたのだ!」
私はそれを聞くと、気配を消して、芋虫のように小さくなっている男に冷たい視線を向ける。
「あの人達も懲りないですね…。どうせ、アルベルトさん辺りに問い詰めて、知ったんですか?」
ソルベも同じく、呆れた様子でライアに尋ねる。
子供達がいるのに、何て教育の悪い話をしているのだろうか。
私は、ライアに居場所を言わないように、と必死な目を向けて来る男の方をチラチラと見ながら、思う。
「そうだ!あの男の事だ、この辺りに逃げ込んでいると踏んでいるのだ!さあ、出て来い!」
ライアはソルベに答えると、再び辺りを見渡して、怒鳴りつける。
「ライア様!向こうにはいませんでした…。」
ユキネの声が聞こえる。
なるほど、捜索の手伝いをしていたから、子供達のお昼ご飯の時間の知らせに来れなかったのか。
「こっちもいないわね。どうせ、この教室とかに隠れているんじゃないの?」
「うん、何だか私の感知スキルにも誰か他にもいるのを感じる…。」
シエスタの言葉に、頷きながら、ミリアがそんな事を言う。
「お探しの方なら、あそこの隅で隠れていますよ。」
私はそう言うと、指を差す。
「おい、エレナ!何で言うんだよ!」
すると、少年はすぐさま大声を上げる。
その声に、その場にいる全員の視線が注がれる。
「このままだと、子供達の食事の時間が無くなりますからね。あと、とても教育に悪そうだと思ったから、早めにお姉さま達にお仕置きを受けてもらおうと思っただけです。」
私はそう言うと、再び冷めた視線を向ける。
せっかく、英雄だの何だの祭り上げてもらったというのに、どうしてこうも自分から評価を下げるような行動をしてしまうのだろうか。
「やはり、ここにいたか!お前の逃げるような場所は大体想像がつくからな!今日はもう許さんぞ!」
ライアはようやく見つけたのか、もう逃がさないぞとばかりに詰め寄ろうとする。
「別にいいだろ!少しくらい、カメラくらい取り付けても!むしろ、安全の為に俺はしているんだぞ!」
この期に及んで、しょうもない言い訳を始める。
「逆に安全が損なわれているから言っているのだ!」
ライアの方も負けじと言い返す。
本当に、毎回毎回、お互いに飽きないものだなと感心する。
これが、魔王軍のトップに立つ夫婦だというのだから、妹として頭が痛くなる…。
「そもそもの原因として、お前達がモデルの写真集を売らせてくれないからだぞ!あれを城内の男共に売って、儲けようと思ってたのに!」
本当にどうして、私達はこんな男を好きになってしまったのだろうか、と思ってしまう。
そういえば、少し前に私達に水着で変わったポーズで写真を撮ろうとして、ボコボコにした覚えがある。
どうやら、あれの目的はそういう事だったらしい。
「この男、ついに吐いたな!もう許さん!」
ライアはそれを聞くと、先程以上に怒り出す。
「何が許さん、だよ!昨日の夜だって、城の部下達には見せられないような姿だったくせに!エロエロな下着を着てた事をバラしてもいいんだぞ?」
確か、昨日はライアの部屋にこの男は行っていたな、と思い出した。
日ごとで、私達の部屋に代わる代わるお邪魔しているが、昨日は一体、何をしていたのやら。
子供達がヒロトの言葉に、興味津々にライアの方を見つめる。
すると、ライアの顔は真っ赤になった。
「こ、この男ッ!言うにしても、場所を考えろ!子供達の前で、何て事を言い出すんだ!」
すると、ライアはヒロトに向かって飛び掛かろうとする。
「へへーんだ!俺を誰だと思ってるんだ?この世界を救った男だぞ?お前の攻撃なんて、当たるわけがないだろ!」
そう言い返すと、ヒロトは窓から飛び降りようとする。
一応、そこは2階だから、飛び降りるとなるとそれなりに気合いがいると思うのだが…。
まあ、レベルとステータス、そして無駄に取り尽くしたスキルがあれば、無事なのだろう。
「あっ、そういえば。」
私はふと思い出したことがあり、ヒロトを呼び止める。
その声に、ヒロトは私の方を振り向くと、首を傾げる。
「レオーナさんから、今度はいつ会えるのか、とお手紙が来てましたよ?まさか、私以外の女の人にうつつを抜かしていないですよね、とも言っていましたよ。」
そう言うと、私はヒロトに対して、ニッコリと笑顔を見せる。
途端に、ヒロトの顔から冷や汗のようなモノが出て来るのが見えた。
この人もこの人で大変だなと思う。ライアや私達のような一癖も二癖もあるような女性に加えて、異国の王女様までいるのだ。
「レオーナの方には、いつでも大丈夫って言っておいて。あと、余計な事は絶対に言うなよ!」
すぐ目の前にライアが迫って来たからか、ヒロトはそう言い残すと、素早く窓から飛び降りて行った。
「クソッ!ユキネ!それと、シエスタとミリアも!あいつが行きそうな場所に先回りするんだ!特に、リリィとナヤのいる場所は重点的にだ!」
3人に指示を出すと、ライアはすぐにヒロトを追いかける為に、同じように窓から飛び降りて行った。
まるで嵐のような一連の流れに、子供達は呆気に取られてしまっていた。
「本当に、騒がしい人達ですね…。」
ソルベが呆れたように、私に言う。
あなたも似たようなモノだぞ、とツッコみたかったが、苦笑いを浮かべるだけでやめてあげようと思う。
でも、実際、本当に騒がしいなと思う。
そして、こうした生活が出来るのもあの人が、この世界に。そして、魔王軍の元にやって来てくれたからだと私は知っている。
「さて、私もお姉さまのお手伝いに行きましょうかね。」
私はそう独り言を言うと、窓の外を眺める。
これからもあの人が、この世界で私達と一緒にいてくれるように。そして、もっとこの世界が好きになってくれるように。
「以上、魔王軍に現れた異界の地よりやって来た英雄の話でした。」
私はそう言って、子供達を見渡すと、今日の午前の授業を締めくくった。
これにて完結です!1年近くになりましたが、拙い物語を読んでいただきありがとうございました!
また機会があれば、後日談であったり、新しい作品も書きたいなと思っていますが、これまでのような執筆する時間も取れなくなっているので、のんびりと、自分のペースで投稿出来る時に投稿したいと思いますので、その時はまた読んで頂けると嬉しいです。




