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ラスボスからの逃走劇の始まり…!

「待て!待たんか!なぜ、逃げる!!!」


ゾーマの声が背後から聞こえる。

シエスタによって弱体化され、加えて、俺が逃げる際に足元やら壁やらに色々と細工を施したことで、すっかり息切れしていた。


「そりゃあ、逃げるに決まってるだろ!何であんたみたいな強い奴とまともに正面から戦うと思っていたんだよ!」


俺は何度も言っている事を再度、繰り返す。

アラタやレオンみたいな、しっかりと重装備を身に着けている連中ですら、勝てないのだ。

いくら、レベルやステータス。そして、スキルを覚えまくったとはいえ、軽装備で着た俺が正面から勝てるなんて思っていない。

そして、勝てるなんて思える程、自信家でもない。


「“フラッシュ”!」


俺はゾーマに対して、目潰しをしようとする。


「フン!効かぬわ!どうせ、また氷魔法のコンボだろう!」


何度も食らったことで、この男も学習しているらしい。

そんな事は百も承知の俺は、別の魔法を唱える。


「“デス”!」


そう、即死魔法だ。

しかし、ゾーマに効いた様子は見られない。

ゾーマは目を閉じて、何も来ないことで、恐る恐る開けようとしていた。


「あれ?何で効かないんだ…?」


せっかく覚えた即死魔法なのに、全く効かない。

ちゃんと効くかどうか試す為に、出発前にそれなりに高レベルのモンスターを相手に試し打ちをしたのに…。


「いや、効くわけがないだろう。我は仮にも神のような存在だぞ?そんな高貴な存在が即死魔法で死ぬなんてことがあり得ると思うか?」


呆れた様子で、ゾーマが俺に言う。


「何だよそれ!チートだチート!何で、転生してチート能力を上げますって言われた俺よりもあんたの方がそんなぶっ壊れ能力を持っているんだよ!卑怯だぞ!」


俺は思わず、この世界の理不尽さにキレ出す。


「いや、我は貴様の言う所のラスボス的存在だ!そんな存在が、即死魔法の一発で死んだら拍子抜けだろうが!」


俺の怒りに、呆れたまま言い返して来る。


「いや、俺が簡単に死ぬのは嫌だけど、敵は簡単に死んで欲しいから。」


俺は何を言っているんだ、とばかりに答える。


「卑怯なのはどちらの方だ!自分だけは強く、敵は弱くあれ、とは無茶苦茶もいい所だ!」


逆にゾーマの方が俺に怒り出す。

そんな事を言われても知ったこっちゃない。

ゲームなら、リトライが出来るだろうが、残念ながら、今は生死が懸かっているのだ。

そんな呑気な事を言っている余裕は俺にはないのだ。


「クソッ!せっかくこれで、一撃で敵を倒して、ヒロトさんカッコいいって女の子達からキャアキャア言われる俺の未来がなくなったじゃねえか!」


魔王城で即死魔法の使い手に教えてもらったのに、これでは無駄損もいい所だ。

どうせなら、これに変えて別のスキルにしようかと考え始める。


「貴様、そんな不純な動機でこの魔法を覚えていたのか…。本当に貴様は、転生者なのか?正直、今からでも遅くないから魔王か何かにでも転職をしたらどうだろうか?」


何だか、本気で心配している様子で、俺に尋ねて来る。

魔王なら既にいるのだから、俺がなる必要なんてないだろう。

というか、あんな一癖も二癖もあるような連中を従えるなんて御免だ。

あれは、ライアにでも任せるのが一番いい。俺は、その下で適当に騒いでいたいのだ。


「遠慮するよ。というか、何で人間なのに、魔王なんてならないといけないんだよ?」


俺はそう言い返すと、次の作戦を考え始める。

まあ、このまま逃げ続けて時間を稼いでもいいのだが、それはそれで俺の体力が持つかどうか心配だ。


「いや、貴様は知らんのか?この世界の最初の魔王は…。」


ゾーマが驚いた表情で、俺に言おうとした時だった…。

俺は気配を消すと、素早くゾーマの背後に回る。

そして、その背中に手を置いた。


「“レベルドレイン”!」


俺はエレナから教えてもらった、あのスキルを使う。


「貴様、何てスキルを!というか、本当にどういうスキル構成なのだ!?とても、人間が覚えるようなスキルではないのだが…!」


苦しそうな表情を見せると、ゾーマは俺の方を振り返る。

俺は反撃をされないようにと、すぐさまゾーマから距離を取る。


「そりゃあ、俺は魔王城に住んでいるからな。自然と、スキルの構成も似たような感じになるだろ。」


吸い取った感じ、MPとかは吸い取れている。

しかし、レベルまで吸い取った感じは見えない。


「一応言っておくが、我にレベルの概念はないぞ?しかし、MPを吸われたのは想定外だ…。」


コイツ、本当にチートだな…。

まだ、これまで戦った転生者連中の方がマシに思えて来る。


「しかし、本当にどうしたものか…。仮にもこれほどの上位スキルや上位魔法を覚えているのは実に厄介だ。そして、それをこんな使い方をして来る者も初めて見た…。」


鬱陶しいと言いたそうに、俺を睨んで来る。


「いやー、そこまで言われると照れますね。俺も覚えた甲斐があったよ。」


「褒めていない!呆れているのだ!もっと、勇者らしい戦い方を期待していたのに!これでは、あの2人の男と戦っていた方がマシなレベルだ!」


勇者らしい戦い方、とやらを知らないんだから、そんな事を言われても困る…。

しかし、本当にどうしようか?このままだと、どんどん俺の方がジリ貧になってしまう…。

せっかく、頑張って覚えたスキルの数々がそれほど効いていないのは予想外だ。

これで、シエスタがしてくれた弱体化が無かったと考えると恐ろしい。


「そうは言うけど、それであの2人が勝てないんだから、こういう戦い方をするのは当然だろ?」


俺は逆に、ゾーマに聞き返す。

ゾーマは明らかに嫌そうな表情を見せる。


「おのれ、あの女神め…。こうなる事を見越して、この男を我と戦わせようとしたのか…。」


悔しそうにゾーマがつぶやく。


「多分、そこまで考えていないと思うよ。どうせ、自分の身を守ってくれるなら俺よりもあの2人で、そのまま俺を囮に逃げ出そうとかそういう考えだろうから。」


アスターの考えている事くらい、何となくでも分かる。

今頃はさっさと逃げようとか言い出している姿が容易に想像がつく。


「貴様も苦労しているのだな…。」


ゾーマが突然、俺に親近感を湧いたような表情を見せる。


「そりゃあ、苦労しているに決まっているでしょ…。ヘンテコな女神に死に方を馬鹿にされて、転生させられたら、魔王城の近くが転生先になるわ。居候が出来ると思ったら、財政難で俺が色々と働かないと行けなくなるわ。その後、クビになった女神は定期的に借金をこしらえて来るわで…。後から来たもう1人の女神と、天使みたいな男も、平気で嘘はつくわ、場を引っ掻き回すわで…。もう少し、部下の管理はしっかりとした方が良いですよ。」


俺はシエスタとアスターの2人の元上司に向かって、これまでの苦労を話す。


「それは本当にすまなかったな…。いや、我もまさかここまでグダグダになっているとは思っていなかったのだ。クビにした後の直属の上司は上司で、面倒臭がって来る人間を全て天界送りにするわで、こちらもまた問題ありだったのだ…。」


どうやら、苦労していたのは俺だけではなかったらしい。

俺は見た事もない、シエスタの直属の上司とやらの話を初めて聞いた。

そういえば、あいつからそんな人物の話は聞いたことは無かったなとも思い出した。


「じゃあ、お互いに苦労したってことでもう良くないですか?俺だって、あんたと戦うなんて怖いですから。」


少しだけ心を開いてくれたのでは、と期待して、俺はそんな提案をする。


「いや、それとこれとは話が違う。我は、使えない部下の後処理に来たのだ。その為には、魔王軍を滅ぼす必要がある。」


普通、そのセリフを言うのって俺の方ではないのか、と思ってしまう。


「別に人類に迷惑を掛けているわけじゃないんだから、良いじゃないですか?というか、それをされると俺の住む場所がなくなるから…。」


今更、大罪人扱いのこの国に移住する気なんて起きない。


「それは我の知った事ではない。確かに、あの女神の不手際は謝ろう。しかし、そのまま、居心地がいいからと住み着いたのは貴様自身の責任だ。」


「人を野良猫か何かみたいに言うのはやめてもらえないですか…。」


流石に、もう少し良い方があるだろうと思う。

俺はゾーマに対して、即座に言い返す。


「さて、お喋りはここまでだ。多少は面白い奴だが、邪魔をするなら容赦はしない。」


急に真面目な表情に戻ると、ゾーマは俺に向かって手をかざす。

そして、手から何やらビームのようなモノが出て来た。


「うおっ!?」


俺はギリギリの所で、避ける。

回避スキルをしっかりと覚えておいてよかったと思う。

本当にあと一歩の所でお陀仏になっていたかもしれない。


「クソッ!ちょこまかと…。やはり、あの2人よりも貴様の方が戦い方が狡いから厄介だ…。」


そう言うと、ゾーマは舌打ちをする。


「だから、狡いって言うな!一応、ちゃんと戦っているんだからな!」


「どの口が言うのだ!?貴様の戦い方を見ていたら、とても正々堂々と戦っているとは思えないぞ!」


そう言われると何も言い返せないので、俺は無視をしてゾーマから背を向けて逃げ出す。


「あっ!また逃げるのか!この男、本当にここから帰るぞ!」


「それをしたら、すぐに王都に俺も戻って、言い触らすから安心しろよ!神様、一騎打ちを申し込まれるも逃げ出す、って!」


俺はゾーマの方を振り返りながら、言う。


「我から背中を見せて、もの凄い勢いで逃げているお前が言えることではないだろう!むしろ、ここまで付き合ってやってる我は褒められてもいいはずだ!」


慌てた様子で、ゾーマが俺に言い返す。


「クソッ!やはり、ここでサッサとこの男は殺すか!こんな弱い男を殺すのも流石に忍びないのだが…。」


「何で、悪役側なのに殺すことを悩んでいるんだよ!何か傷つくんだけど!」


「貴様が弱すぎるというか、卑怯すぎて、躊躇ってしまうのだ…。威厳的なモノで…。」


まさか、戦っている相手側にそんな言葉を言われるとは思ってもいなかった。

本当ならば、お礼を言って逃げ出してもいい所なのだが、それはそれで流石の俺でも躊躇ってしまう。


「うむ…。だが、早くあの魔王達を始末して、天界に帰りたくなった。今日は、早くに帰宅して、見たいドラマがあったのを思い出した。」


「だから、どうしてそんなに俗物的なんだよ!?というか、天界にドラマを見れる機能がある事がビックリだよ!」


「いや、ただ別の世界のテレビ番組を天界でも見れるようにしているだけだ。」


俺を追いかけながら、ゾーマがご丁寧に説明をしてくれる。

それは恐らく、俺が以前いた世界のドラマなんじゃないのかとツッコミを入れたい。

しかし、それを言おうとした瞬間に、俺の肩口に何かが貫通したような衝撃を感じた。

俺は突然来る激痛に、思わず走っていた足がよろけて、転んでしまう。


「あれ?回避スキルはちゃんと作動しているはずなんだけど…。」


俺は血が流れだす傷口を見ると、つぶやく。


「そんなこの世界のスキル程度、無視して攻撃を与えるくらいは我には容易い事だ。」


俺が転んだことで、追いかけるのをやめて、ゆっくりと歩き始めたゾーマの声が聞こえる。


「…ヒール。」


俺はすぐに傷口を治そうと、回復魔法をかける。

あまり、MPを無駄使いをしたくなかったのだがこればかりは仕方がない…。


「諦めろ。面白い男で、互いの苦労話などもしたかったが、そろそろ時間切れだ。」


ゾーマが先程からの雰囲気から一変して、殺意に満ちた目で俺を見下ろして来る。

俺は何とか立ち上がり、逃げようとする。


「無理だ、諦めろ。貴様では我を倒すことは不可能だ。」


ゾーマはそんなラスボスみたいなことを言い出す。

ちょっとだけ、それっぽくなってきたなと思った。

俺はそんな事を考えながら、ゾーマの後ろを指差す。


「また先程と同じやり方か?流石にもうネタも尽きて来たか。」


そんな姑息な方法には引っ掛からないぞ、とばかりにゾーマが俺に言う。


「俺が旅の途中に落としたエロ本が、あんな場所に!」


「…えっ!?」


ゾーマが一瞬で、後ろの方を振り返った。


「そんなのあるわけがないだろ!“マッドショット”!」


俺はそう言うと、ゾーマの目に向かって攻撃を当てようとする。

指から発射された泥が、ゾーマの目を襲う。


「目が!目が―ッ!!!」


泥が目に入ったことで、痛みでゾーマが転げ回る。


「そんなの持ってきたら、ライア達に見つけられて取り上げられるに決まってるだろ!」


俺はそう言うと、ゾーマから再び逃げ出す。


「クソッ!また卑怯な手を!!!」


ゾーマの叫び声が聞こえる。

追いかけっこ、第2弾の開始だ!

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