表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/319

女神様は配信者に転職します

「ヒロトさん!ヒロトさん!助けて欲しいことがあるの!」


シエスタが寝転んでいる俺の顔を覗き込んで、ニッコリと笑みを浮かべていた。

結局、エレナの申し出を受けたのはいいがそもそも問題が起こらない限りは俺にはどうしようもないのでエレナから再び要請があるまではいつもと変わらない引きこもり生活が続くだけだった。


「何を言いたいのか知らないけど、金なら貸さないぞ。」


俺はどうせこの女神が言うことをある程度予測して、先に忠告をしておく。

最近は、借金の勢いに歯止めが利かなくなりどんどん増えて行っているという話は聞いている。

別にコイツの借金が増えるのは別にどうでもいいのだが、こうして俺に立て替えて貰おうとしているのがおこがましい。

予想通り、俺からお金を貸して貰おうと考えていたシエスタの顔が涙目となった。


「お願いします、ヒロト様!もう、借金が増えすぎて首が回らないの!何だか最近は、ユキネが借金取りみたいになってるのよ!」


そう言うと、シエスタが俺の体を揺らしてきた。


「知らねえよ、そんなこと!そりゃあ、お前に貸してる額ならユキネが一番多いだろうからな。そりゃあ、そうなるよ。諦めて、真面目に働いてお金を返せよ。」


「それが出来たら苦労はしないわよ!そもそも、真面目になんて働きたくないわ!何か、楽に稼げる商売はないの?」


「ねえよ!というか、あったら俺がしている。地道に何かを売るのが一番なんだよ!」


俺はシエスタを引き剥がそうとする。

少しだけ昼寝をしようと思っているのだから、静かにして欲しい。


「いました!シエスタ殿!今日こそ、お金を返してください!」


俺の部屋のドアがバンと開けられると、噂をしていたユキネが入ってくる。

シエスタがユキネの姿を見ると、俺の陰に隠れた。


「待ってちょうだい!もう少しで返せるから!」


「そうはいきません!それでいつまで逃げているつもりですか?もう、私以外の人達も我慢の限界ですよ!」


そう言うと、ユキネがドアの向こうを指さす。

見知った顔もいくつかあった。

どうやら、ユキネが代表で借金取りとして来たようだ。


「待って!今、ヒロトに割のいい仕事を考えてもらっている最中だから。」


「何で、俺が考えなきゃいけないんだよ。大丈夫だ。人間の体ってのは腎臓はもちろん胃とかも少しなくても困らないらしいぞ。それ売って来いよ。生命の女神なら再生くらい出来るだろ。」


「酷い!ヒロトの人でなし!あの優しい心はどこに失ったの!人の心とかないの?」


「いつお前が俺の優しい心を知っているんだよ。女神に人でなし云々を言われる筋合いはねえよ!何も考えつかないから、ユキネにバイトでも紹介して貰えよ。」


俺の服を掴んで、ユキネの追求から逃げようとするシエスタを何とか引き剥がそうとする。

昼間から本当にうるさい女だ。

その時だった。ユキネが俺に近づいて、何とかして俺の部屋からシエスタを追い出そうとしていると、突然シエスタが立ち上がった。


「そうだわ!私、配信者になるわ!」


突然、名案を思いついたとばかりにシエスタが声を上げる。

俺以外の全員が言葉の意味を理解出来ていなかったようだ。

いや、正直俺も何を言っているのか理解出来ていなかった。

配信者?あの配信者か?

動画サイトとかで画面で見ている人達に対してゲームをしたり、お話をしたりしている人達のことを言っているのだろうか。

日本にいた時は、よく持っていたスマホやパソコンで暇つぶしに見てお世話になったものだ。

しかし、ここは中世レベルの文明しかない異世界だ。

動画配信サイトはもちろん、そもそも配信をするようなネット環境すらない。

どうせ、天界で暇な時に地球の様子を見ていてそれを思い出して、適当に思いついただけだろう。

自分で考えるまでは偉いが、出来もしないことを考えるのはコイツの悪い癖だと思う。


「そうよ!配信者になってスパチャを貰ってお金を稼ぐの!これで、借金を返済するの!」


シエスタが名案とばかりに俺に言う。

まあ、いいんじゃないか。出来るかどうかは別として。

実際に、シエスタが出来たらそれに乗っかって俺も一儲け出来るような気がする。

あくまでも、出来たらの話だが…。


「そうだな。じゃあ、頑張って稼げよ。俺はこれから昼寝をするんだ。」


そう言うと、シエスタに対してシッシッと手でジェスチャーをする。

すると、シエスタが何を言っているんだといった表情をしていた。


「ヒロト、馬鹿なの?配信者に私がなるんだから、いい方法を考えてよ。」


「…何で俺が考えるんだよ。」


馬鹿はどっちだ、と言いたい。

お前の借金返済の方法をどうして俺が代わりに考えなければいけないのだ。

俺はアホらしいと思い、シエスタから顔を背けて狸寝入りをすることにした。


「お願いよ!ユキネの表情がどんどん怖くなってるの!このままだと私、磔にされるかもしれないのよ!」


いいことだと思う。

女神が磔にされるなんて、中々見れる光景じゃない。

この魔王城の観光スポットにでもどうかとライアに提案してみよう。


「ヒロト殿。」


ユキネの声が頭上から聞こえる。

俺は狸寝入りをしていた目を少しだけ開ける。


「今回ばかりは手伝っていただけませんか?このままだと本当にいつまで経ってもお金を返してもらえなくなりそうなので。一応、上手く行った際には何かしらのお礼は差し上げるつもりです。」


「…どんなお礼?」


「1週間、魔王城内の食事無料とかどうですか?」


俺はユキネの言葉に即、了承をした。-


-ライアに頼んで魔王城の一室を借りた。

配信なんてネット環境が整っていないこの状況で出来るわけがないので、それっぽいことでお茶を濁すとしよう。

正直、失敗しても俺にほとんど損害は来ない。だから、実験的なことをしてみようと思う。


「これは一体、何だ?」


ライアが不思議そうに目の前の光景について尋ねる。


「シエスタの配信者になりたいという要望を叶える作戦だ。流石に、配信は無理だからラジオにして録音してそれを流すことにした。」


何度も言うが、配信は無理だ。

だから、マイクと音響を作ってラジオとして録音してそれを流せばいいと思った。


「いいわね。想像していたのとは違うけど、これはこれで面白そうね。」


すでに席についていたシエスタが満足そうに言う。

向かいにはまだ誰も座っていないが、ゲストを呼べるような席も用意してある。

というか、ゲストとお喋りさせるのがメインのコンテンツといっても過言ではない。

ラジオのMCなんてしたこともないので、適当に知り合いを呼んで話させてあげればあの女も満足するだろう。

問題は、シエスタへの収入だ。

それをどうしようか考えていたら、ライアの方から歩合制で給料は出すという話をして貰った。

どうやら、ユキネだけでなくシエスタへの借金の滞納への不満がライアの元に何度も来ていてそれに頭を抱えていたそうだ。

その支払われる給料の一部、俺の商品の売り上げからですよねと言いたかったがそれを言うとややこしくなりそうな気がしたので黙っておくことにした。

毎週、決まった回数の録音をしてそれを魔王城内はもちろん、城下の各家庭で流す。

一応、放送が出来る魔道具はあり、さらに録音した音を再生する魔道具もあったのでそれを使って流すことにするつもりだ。


「で、最初のゲストは誰よ?」


部屋の中で座っているシエスタが俺に尋ねてくる。

俺は隣にいるライアの肩をポンポンと叩いた。


「えっ!?私なのか!?」


聞いていないぞ、とばかりにライアが言う。

それは俺も今、初めて言ったからな。

軽い台本はすでに作ってある。俺はそれをライアに渡した。


「一応、これの流れの通りに進めてくれればいい。メインはシエスタだから、シエスタから質問されたこととかを答えればいいから。」


「まあ、それなら。」


ライアは微妙そうな表情を浮かべながら部屋に入った。

そして、シエスタの向かい合うように席に座った。

俺は、部屋の外の窓からシエスタに合図を送る。


「さあ、始まりました。“シエスタ様とお話を”のコーナーです。」


俺は台本を見直した。

いきなり、あの女。台本と違うこと話し始めたんだが…。

そんなありきたりなネーミングセンスのコーナーにした覚えなんてない。

今すぐ、部屋に入って台本で頭を叩こうと思ったが様子を見ることにした。


「今日のゲストは、このお城の主にして魔王ことライアさんです。」


もう完全に台本をガン無視で話をしている。

正直、止めるべきだろうが一度通しでやらせてみてそれから考えることにしよう。

もしかしたら、案外上手く行くかもしれない。


「えっ、初めまして。ゲストのライアです。」


慣れていないライアが恥ずかしそうにシエスタの言葉に続ける。


「では、まずライアさん。今日は何をされていましたか?」


ライアがそんなこと書いていないのだが、みたいな顔でこちらを見てくる。

こちらを見ないで欲しい。とりあえず、流れのままに答えろとジェスチャーで返す。


「えっと、今日は仕事をしていました。これから、少しタンザナイトと散歩に行こうかなと。」


「散歩、いいですね!お仕事は何時間くらいしていましたか?」


「その、5時間くらいかな。まだ、業務が残っているので散歩が終わったら再びする予定だ。」


「ある国では、1日8時間以上仕事をすると残業代が出ると言いますけどライアさんは残業代はいくら貰っているのですか?」


それっぽく会話をしている。

というか、この世界に残業なんて概念はないだろうと言いたい。

あと、そのある国。俺の生まれ故郷です。


「残業代?いや、そんなモノは聞いたことがないな。相変わらず、シエスタは知らない言葉を知っているんだな。」


ライアの方も先程までの緊張がほぐれたのか、いつも通りの感じで会話をする。

何というか、居酒屋で話をしているような感じだ。

ラジオなのだろうか、これ。


「フフン、私は女神ですよ。何でも知っているんです。残業をさせぎると労基という場所から訴えられるんです。魔王城は大丈夫ですか?」


お前は何も知らない馬鹿だろ、と言いたい。

そもそも、労基どころか基準すらない世界で何を話しているんだろうか。

そんな取り留めもない会話が30分ほど流れた。

正直、途中で踊りだすとかしないか不安視していたが意外と静かに終わったなという感じだ。

ライアが録音が終わった、と俺が合図を送ると部屋から出てきた。


「どうだった?」


「うむ、悪くないな。何だか聞かれたことにただ答えて会話するだけなのにとても新鮮な気持ちだった。」


ライアが満足そうな顔で言う。

そんなに楽しかったのか。傍から見てると、ただ世間話をしているだけかのようだったが。

そんなことを思っていると、シエスタも部屋から出て来た。


「いいわね、配信とは違うけど面白かったわ!明日はユキネに来てもらうわ!」


こちらも満足そうな顔をしたシエスタ。

本当にただ、おしゃべりしていただけのこれを放送して反響がどうなるか今から不安でしかない。

シエスタ曰く、これから毎週数回ゲストを呼んでやると言い出した。

まあ、するのは勝手だが俺としては放送してそれを聞いた側がつまらない、と言い出さないかが心配だ。

とりあえずは、数週間はシエスタの好きにやらせればいいか。

特に金をかけたわけではないのでこちらには痛手はないのだから。

俺はそう思いながら、ご機嫌といった表情で部屋を後にしたシエスタを眺めていた。-


-それから、数週間が経った。

俺としては、録音自体も操作は簡単なのもあって後のことはライアやユキネに任せて特に関与はしていなかった。

魔王城内での昼の時間や夕食の時間に放送をしてはいたらしいが、どんな評判だったのかまでは俺は聞いていなかった。

そしてある日、売上の一部を渡すためにライアの部屋に入った時だった。


「おー、ヒロトか。そういえば、知っていたか?シエスタのあの配信、とやら。私も含めてかなりの好評だ。」


そういえば、そんな話もあったな。

関わらなかったから、すっかり忘れていた。

というか、あれ好評なのか。最初の時だけ聞いて、後は時々耳にしていたくらいだが学校の校内放送みたいな感じにしか聞こえなかったのだが…。


「いや、最近はお悩み相談まで始めたみたいでな。それが、凄く人気でお金を払ってまでシエスタに悩みを相談しに来る者が大勢いて順番待ちの状態なのだ。」


「何それ、聞いてないんだけど。というか、もう最初の趣旨と変わって来てないか?」


「まあ、その辺りは分からないがシエスタも楽しそうにしているからそれでいいかなと。加えて、あの適当な話し方が地味に人気になっていて領主達が自分達の領地でも聞かせたいと言って録音したモノを買いにまで来ているのだ。」


マジか、そんな人気になっているのか。

いや、世の中本当によく分からないなと思う。

絶対に売れないと思っていたから、すぐにユキネ辺りに給料なんて払えないからお金が返ってこないという文句が来ると思っていた。


「今日って、録音してる日だよな?」


俺はライアに尋ねる。


「そうだな、一度覗いてみるか?」


ライアはそう言うと立ち上がった。

そして、俺を例の部屋へと案内する。

そこには酒瓶を片手に悩みを聞いているシエスタの姿があった。


「何、しけた面しているのよー。ほらほら、悩みを言っちゃいなさいよ。」


すでに顔を赤くして出来上がっている、シエスタの姿がそこにはあった。

向かいには、どこかで見覚えのあるライオン顔の大男がいた。


「あの人、何してるんだよ…。」


俺はダンカンを見ると、呆れながらつぶやいた。

どうやら、自信がモテなくて周りのアルベルトやソルベがモテることを愚痴りに来ているらしい。

いや、そんな相談をシエスタなんかにしていいのかとツッコミたい。


「大丈夫よ。男なんてのは顔よりも度胸よ!ガツンと言っちゃえばいいのよ!」


「ガツン、とか!そうですね!今度、気になるあの()に言ってみます!」


リリィの店にいるお気に入りの嬢の話かなと俺は察した。

ライアがその様子を見ている俺の方を見てきた。


「こんな感じでな、酒を飲みながら悩みを聞いてやるのが大人気らしくてな。最近では、借金を返却しなくてもいいから悩みを聞いてくれと来る者までいるそうだ。」


「あいつ、カウンセラーとかした方が天職なんじゃないのか…。」


俺は泣いているダンカンを横目に酒瓶を直に飲んでいるシエスタを見ながら、呆れるように言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ