部屋の内装工事とそのお礼の約束
あれから数日後、特に何も音沙汰は無かった。
ライアがアラタと前回の話の続きをしていたらしいが、内容までは詳しくは知らない。
アラタ自身は、個人的に秘密に魔王軍と手を結びたいと考えているらしい。
もちろん、ライアもエレナもその辺りは慎重になって、まだ答えは出ていないとは言っていた。
俺は俺で、以前からあったガリエルの部屋の内装工事に本格的に着手していたこともあり、それどころではなかった。
数日ほどかかったが、ようやくそれも完成した。
今日は、そのお披露目という事でガリエルにチェックをして貰っている。
「ふむ…。想像以上だな。」
満足そうな声で、ガリエルが俺に言う。
そして、部屋の中を何度も見渡していた。
その後ろでは、野次馬の如くナヤとアスター。そして、シエスタがいた。
3人とも、ガリエルの新しい部屋の様子を見に来たらしい。
わざわざ、その為だけに店を閉めて来たと言っていたが、交代制で来るとか他にもやり方があるだろうとツッコみたい。
「ここまでしてくれるとは思っていなかった。適当な男だと思っていたが、その評価を改めた方がいいかもな。これは、中々にいい部屋になった。」
ガリエルの言葉に、俺は首をすくめる。
褒めてくれているのだろうが、あまり嬉しい気持ちにならない。
なぜなら、最初に言われた単語が脳裏に引っ掛かっているからだ。
「その評価、誰からの影響なのか一度聞きたいんだけど…?」
大体、予想はつく。
というか、予想している奴等が背後で興味津々に眺めているからだ。
「誰から、というわけではないな。お前と交流のある者の共通認識のようなモノだと思うが?」
ガリエルは特に悪びれる様子もなく、答える。
本当の本当に、知り合い全員を集めて、俺への評価を再確認した方がいいのではないか、と思ってしまう。
「俺、昔からこの手の作業は凝り出すと止まらないタイプだから。満足いったなら、良かったよ。」
「なるほど。ガサツだが、凝り性という割と面倒な性格をしているのだな。理解した。」
「アスターもそうだが、俺に対して辛辣過ぎない?割と傷つくから、そういうこと言うのやめて欲しいんだけど…。」
俺はガリエルに対して、嫌そうな表情を浮かべる。
本当に、天界という場所からやって来た連中にロクな奴はいないなと思う。
シエスタを筆頭にだが。何度でも言おう。シエスタを筆頭に…。
「俺としては褒めているつもりなのだがな。」
「褒められている、と思えないから言ってるんだよ…。」
俺はガリエルに言い返す。
すると、ガリエルの方は何やら思いついたような表情を見せた。
俺は少しだけ、その表情に不安を抱いた。
「せっかく、期待以上のモノを用意してくれたのだ。俺から、貴様に何かしらのお礼をしてやろう。」
突然、そんな事を言い出す。
「べ、別にいいかな…。何だか、お前のお礼って不気味な感じがするから…。」
俺は少しだけ、遠慮気味に言う。
明らかに、感謝してお礼を上げよう、なんて表情ではなかった気がする。
「ヒロト君がそんなこと言うなんて、珍しいね。すぐにお礼だ、何だって私達には言うくせに。強欲のヒロト君、ってあだ名までついているんだよ?」
すぐ近くで聞いていたナヤが、意外そうに言う。
また、俺の知らない間に新しい通り名が広まっているらしい。
もう、俺の不名誉な通り名に関しては数える気も起きない…。
「怪しすぎるからだよ…。お前、さっきの表情をもう一度してみろよ?とても、お礼を考えてる奴の顔じゃなかったからな…。少なくとも、何か企んでいるってことだけは分かったから…。」
俺はナヤに言い返しつつ、ガリエルの方を見る。
ガリエルは特に表情を変えることなく、俺の方を見て来る。
「そうは言われてもな。感謝をしているのは事実だ。特に、この天井にぶら下がっている明かりが点く仕組み。中々に悪くないな。優雅な感じがして、気に入った!」
そう言うと、ガリエルは天井から吊るされているシャンデリアのようなモノを眺める。
他にも色々と凝っているのだが、天井にぶら下がっているからか目に付きやすいのだろうか?
「それが気に入ってるのか。まあ、それなりに凝った作りにはしたからな。電球の替えは、近所の店とかで俺が作ったのが売られているはずだから。」
「なるほど。その戦闘面で何の使い道の無さそうなスキルはそうやって活用しているのか。確かに、正面からの戦闘が得意そうなあの男よりもお前とやり合う方が厄介だな。」
納得した様子で、ガリエルがつぶやく。
「一言余計なんだよ…。それで、一応は聞くけど何をお礼してくれるんだよ?こう見えても、割と金はある方だからな。そこそこのお礼程度じゃ俺は喜ばないぞ?」
俺はそう言うと、ガリエルに対して自慢気に言う。
「結局、貰おうとしてるじゃない?本当に現金な男ね…。」
アスターが呆れたように、俺に言う。
貰えるモノは貰っておけ。これは常識だ。
問題は何が貰えるか、だが…。
「それでは…。以前まで、魔王の胸ばかりガン見していたが、最近は太ももにまで劣情を抱いて来た男よ。」
「ちょっ…!?」
俺は思わず、ガリエルの口を塞ごうとする。
コイツ、ちょくちょく人心を読んでは言わなくていい事を言って来るので本当に恐ろしい…。
もちろん、後ろにいる3人にも聞こえていた。
シエスタとナヤがドン引きした表情を見せ、アスターに至っては虫けらでも見るかのような冷めた目でこちらを見て来た。
「…ねえ、何でこの男って魔王達から妙に評価が高いの?」
アスターがナヤに聞いている、声が聞こえる。
「ハハハ…。まあ、私もそうだったけど何だかんだ頼りになる人だから…。変態な所はあるけど…。」
言い難そうに、ナヤがアスターに答えていた。
俺はガリエルを部屋の隅へと連れて行った。
「お前ッ!本当に俺の評価をこれ以上、落とそうとするはやめてくれ!何だか、最近になってナヤの俺への扱いが割とぞんざいになって来ている気がするから…。」
俺がそう言うと、ガリエルの方は別に興味無さそうな表情を見せて来た。
「俺は事実を言っているだけなのだが?まあ、いい。金にも大して困っていない、加えて普段の生活にも別段不満を抱えていなさそうだからな。それなら、お前の喜びそうなことといえば、と思って言っただけだ。」
「それをわざわざ、口にするなって言ってるんだよ…。シエスタに聞かれたら、間違いなくライアに告げ口される未来しか見えないだろ…。」
俺は何とかこれ以上、余計なことを話させないようにとする。
「ちなみに、間違いなくシエスタが言いつけるから、あんたが怒られる未来は確実よ?」
アスターがフン、と鼻で笑いながら俺に言う。
俺はシエスタを睨みつける。
「そう、怒るな。せっかく、この俺がお前の望む事をさせてあげようと言うのだ。」
「どうやって、させてくれるんだよ?お前って、人の心を読むくらいしか出来ないだろ?大体、ライアがそんなこと許してくれるわけないだろ…。あいつ、俺からのセクハラに対しては妙に厳しいんだから…。」
俺は呆れたように、ガリエルに言う。
「…君。魔王様に何をしようと企んでるの?流石に、あんまりハードなプレイとかしたら可哀そうだと思うよ…。」
すっかりドン引きしている、ナヤが俺に向かってつぶやく。
別にお前が想像するようなことなんて、考えていないから安心しろ。
「そこは問題ない。何しろ、ここに少しばかり先の未来を見通せる元女神がいるのだからな。」
そう言うと、ガリエルはアスターを指差す。
「何で、私があんた達の悪さに参加しないといけないのよ?悪いけど、私はパスよ。」
予想通りに、アスターは断って来る。
まあ、当然の反応だよな。
「近所のケーキ屋の限定商品を安月給では買えないと嘆いているなら、俺に協力してくれる代わりとして買ってやってもいいぞ?」
ガリエルの言葉に、アスターは体がビクンと震えていた。
そして、何やら葛藤している様子に見えた。
恐らく、その限定商品とやらを食べたい気持ちと、ガリエルの思惑に乗りたくない気持ちとで悩んでいるのだろう。
「あんまり、アスターさんをイジメないであげてね…。あと、安月給って言うのも…。」
ナヤが微妙そうな表情で、ガリエルに言う。
すると、アスターがバッとガリエルの方に振り向いて来た。
そして、大股でガリエルに近づいて来た。
「し、仕方がないわね!今回ばかりは特別にやってあげてもいいわよ!」
腕を組んで、アスターが何とか威厳を保とうとしていた。
「…割とすぐに屈したな。」
俺はそのアスターの様子を眺めながら、つぶやく。
アスターがギロリと俺の事を睨んで来た。
ナヤがその様子を見て、苦笑いをしていた。
「ねえねえ、アスターにだけなんてズルいわよ?私にも欲しいんですけど!」
シエスタがガリエルの服を引っ張りながら、言う。
すると、ガリエルが嫌そうな表情を見せていた。
「俺は、この女の持つ力に用があるだけだ。お前の、無駄に草木を生やすだけの力は今回は不要だ。よって、交換条件が釣り合わないので、また今度にしてやる。」
ガリエルに言われると、シエスタは不満そうに頬を膨らませる。
俺はふと、先程までのガリエルの言葉に首を傾げる。
「というか、アスターの力を使って何をする気だよ?」
俺が尋ねると、ガリエルはチラリと俺の方を見て来る。
「お前が気にする必要はない。上手いことやるから、お前は安心していればいい。」
俺は本気でよく分からなくて、再び首を傾げる。
「それって、以前にアスターに言われた私に振りかかって来る災いとか何とかと関係があるの?それなら、困るんですけど。」
シエスタが何やら気になることを言い出す。
「何だ?またカジノでボロ負けでもするのか?」
俺はアスターに何度も占ってもらいながらも、その度に無視して負け続けている賭け事に関しては他の追随を許さない弱さの女神に向かって言う。
「違うわよ!今度こそ勝つからいいの!そうじゃなくて、何だか私に悪い事が起きるかもってアスターに言われたのよ…。」
シエスタはそう言うと、不安そうな目でアスターを見る。
「シエスタの場合って、女神の力が残っているからか見にくいのよね…。本当は何が起きるのかまで見たいのに…。」
アスターもアスターで、不満そうな表情でつぶやく。
すると、ガリエルが何やら澄まし顔でポンと俺の肩に手を置いて来た。
「まあ、今回の件の俺からのお礼だ。たまには、あの魔王に行きつけの店の女みたいに甘えさせて欲しいという願いを叶えてやろう。」
ガリエルがまた、余計なことを言う。
「…君。リリィ先輩にそんな事して貰ってるの?」
とうとう、ナヤがアスターのような視線を向けて来た。
「別にそんな事してもらってないから!というか、別にいいだろ!リリィ相手なら!」
「…いや、まあ。君も君だけど、先輩も先輩だなって思ってるだけだから。」
若干、呆れたようにナヤが俺に言う。
「よく言うぜ…。あの手紙をデカデカと店に貼り付けてるお前にだけは言われたくないよ。」
俺も負けじと、ナヤに言い返す。
この女、あの手紙を堂々と喫茶店の壁に掛けているのだ。
まさかとは思って、初めて見た時は俺も二度見してしまった。
本人曰く、いつでも眺めれるようにしたいから、らしい。
いや、それなら自室にでも飾っておけよとツッコミたい。
「あれはいいじゃん!私の大切な宝物なんだから!いつでも、マスターの手紙を見れるようにしてるっていうだけなんだからね!」
「ハイハイ、分かりましたよ。いつまで経っても親離れ出来ない娘さんは大変ですね…。」
そう言うと、俺はワザとらしくため息を吐く。
ナヤがこれでもかと頬を膨らませて、俺の事を睨んで来た。
「そういう事で、期待しておくことだな。」
そう言うと、ガリエルは再び俺の肩をポンポンと叩いて来た。
隣ではシエスタとアスターが本人達の占いの結果で色々と予想をしていたが、まあ大したことは起きないだろうとは思う。
どうせ、犬のウンコを踏むとか、歩いていたら空を飛んでいる鳥にフンを落とされるとか、石に躓いて転ぶとかその程度だろう。
俺としては、やることはやったので帰ることにしよう。
そう思って、俺は部屋から出た。
そして、階段を降りて城下町の通りに出た。
ちょうどお昼時なのもあって、お腹が減って来た。
どこか適当な店で空腹を満たすことにしよう。
そんな事を考えながら、どの店に行こうかと考えていると…。
「すみません。もしかしたら、スズキヒロト殿ですか?」
突然、俺の背後から聞き覚えのない女性の声が聞こえて来た。




