突然の協力関係の申し出…
ユキネとミリアによって無理やり部屋の中に連れられた俺は、アラタシンジと名乗っていた男の前に突き出された。
何で、俺が悪いことしたみたいな状況になっているんだろうか?
これだと、俺がこの男に謝りに来たみたいな状況で、色々と嫌な気分だ。
俺達のやり取りを眺めていた、アラタはあまり気にしていないのか笑顔を見せていた。
「久しぶり、と言った方がいいのかな?元気そうで何よりだよ。」
なるほど、これがイケメンの所作というモノなのか。
外から眺めていた時もずっと思っていたが、自然に振舞っている感じが何かムカつく。
「…えっと。俺としてはあまりあんたと会いたくなかったんだけど。」
俺は素直に、アラタに向かって言い返す。
そして、ようやくユキネとミリアの拘束から解放されたので、立ち上がることにした。
「ハハハ。僕は君とまた再会出来て嬉しいよ。何て言っても、強力な転生者達を相手に何度も勝ってきているんだからね。」
「それがあるから、会いたくないって話なんだけど…。というか、仮にもあんたの仲間なんだろ?仇を取りに、とかそういうのじゃないんだな?」
俺は目の前のアラタの様子を見て、意外そうに言う。
「別に、彼等や彼女等は命を奪われたわけじゃないからね。確かに、スキルを失って高い地位は失ったけど。別に、それで生活に困窮しているわけじゃない。」
「高い地位を失ったんだから、その地位にいた時みたいないい暮らしは出来なさそうな気がするんだけど?」
俺が聞き返すと、アラタは俺に向かって笑顔を見せる。
「まあ、それはそうだけどね。一応、僕が頼んでちゃんと十分な暮らしが出来るような職は用意したからさ。一部、自分達ですでにその後の居場所を見つけてその必要が無かった人達もいたけど。」
恐らく、あいつとかあいつだろう。
俺は、これまで戦って来たマント連中の面々を思い浮かべながらそう思った。
その内の1人は、今日も元気に隣にいる元女神じゃない方の元女神と一緒に働いているだろう。
「ねえ、同じ日本人なのにヒロトと人格が違いすぎて、温度差で風邪を引きそうなんですけど。」
小声で、シエスタがライア達にヒソヒソと話している声が聞こえる。
「うむ。あれが、これまでの連中と同じ人間達とはとても思えないな…。あの男が間違えて魔王城に送られていたら、ヒロトが来るよりも色々と平和な暮らしが出来ていたのではと思ってしまう…。」
何か、ライアまでもが失礼なことを言い出している。
「まあまあ。お姉さまもヒロトさんがいてくれて、楽しい毎日を過ごしているんですからいいじゃないですか。」
「ま、まあ…。別にあいつがいなくてもいい、って言っているわけではないからな。というか、聞こえているからかあいつから物凄い視線で睨まれている気がする…。」
エレナの擁護で、ライアが微妙な表情を浮かべる。
「ライア様。後が怖いので、一応ヒロト殿にも良い顔をしておきましょう。トイレの水回りを破壊したりするかもしれませんから…。」
ユキネがライアに向かって、エレナと同様に声を掛けていた。
本当に、女子トイレと女子風呂の水道管を破壊してやろうか。
「シーッ!全部聞こえてるよ!本気でやってやろうか、みたいな顔してるから!」
俺の方を見ていたミリアが慌てて、4人を止めようとする。
その言葉に、4人も少しだけ恐怖を感じているような表情をしていた。
「随分と仲が良いんだね。まさか、僕と同じ転生者で魔王軍とここまで深い関係を築いていたなんて初めて会った時には想像もしてなかったよ。」
アラタが特に驚いた様子も見せずに、楽しそうに笑顔で俺に言う。
「ただの成り行きだよ…。俺だって、どこぞの誰かさんのミスでこんな場所に送られてなかったら、今頃はもう少し穏やかな日常を送れてたと思ってるんだからな…。」
俺の言葉に、ライアとシエスタが睨んで来る。
どうやら、どこぞの誰かさん、とこんな場所、というワードにムッとしているらしい。
だが、言わせて欲しい。ここに最初に来た時の絶望感と、ようやく住む場所にありつけたと思ったらその組織がボロボロだった時の喪失感を…。
俺は、ライアとシエスタを睨み返していた。
「でも、君がこうして魔王軍にいてくれたお陰で僕としても色々なことに気づかされたからね。そういう意味では、君に感謝しないといけない。」
アラタが何やら気になることを言い出す。
俺はその言葉の意味が理解出来ずに、首を傾げる。
アラタはすると、真面目な表情になった。
「そこにいるのは、僕達をこの世界に送ってくれた女神様だよね?」
突然、真面目になった表情になったアラタはシエスタの方を見ながら尋ねる。
「あれ?知ってたんだ?」
俺は意外そうに、アラタに言う。
正直、これまでの経験からシエスタを女神だと理解している人間は皆無に等しかった。
魔王軍の連中は、そもそもシエスタの女神としての神々しさが魔族の天敵なのもあって、気づいていたというのがある。
加えて、何度もシエスタの女神の力を見て来たので、普段の言動はあれだが、信じざるを得なかったということもある。
「もちろん。というか、君達と最初に会った時から、何となく見覚えのある顔だなとは思っていたからね。」
アラタは俺に向かって頷くと、答える。
その言葉に、シエスタが嬉しそうに顔を明るくした。
「ねえ、聞いた!私、初めて女神って言われたわよ!あんた、いい人なのね!気に入ったわ!」
どうだ、と言わんばかりにライア達に自慢気に言う。
やっぱり、まともに女神として信じてもらえていなかったことが相当コイツの中では悲しかったらしい。
まあ、それならそれで普段の生活でもう少し、女神らしさを見せろよと言いたいが…。
「ハハハ。女神様に気に入ってもらえたなら、良かった。それで、本題に戻ろう。僕、というか僕達は彼女に言われていたはずだ。魔王を倒して欲しい、と。君のようなイレギュラーは別として、僕達はそう信じていたし、あの国王もそう言っていた。」
シエスタに向けて、笑顔を見せていたアラタは、再び真面目な表情になって話し始めた。
そういえば、そんな経緯でこの世界に来たんだったなと改めて思い出した。
もう、気づいたら1年近く前の話なのだろうか?何だか、短い間に色々とあったなと思い出される。
「だけど、僕は疑問に思っていたんだ。その割には、他の国々は大して魔王軍に対して敵意を見せていないな、と。それどころか、自国の国民さえも別に魔王軍に対して悪意を抱いている人はいないんだ。ただ、国王とその周りだけが妙に魔王軍というか魔王討伐に熱心だったんだ。」
「まあ、この世界って別に魔王軍がそこまで人間達に酷いことをしたってことはないからな。むしろ、割と人間と魔族の結婚とかもある世界みたいだし。」
俺はアラタの言葉に頷きながら、反応する。
「そうなんだよ。だからこそ、どうして国王達はそこまでして魔王を討伐しようと思っているのか、と。ただ、僕達としては元の世界に戻れるという言葉を信じていたからね。別に、疑問には思っていたが、言われた通りに魔王軍の支配している地域を何度も攻撃したりした。」
その言葉に、周りにいた兵士達や警察隊の連中がムッとした表情を見せる。
コイツ等は、俺やシエスタが来るまでは散々その襲撃に悩まされていたのだ。
恨みに思っている連中も多いだろう。
「その甲斐もあって、そこにいる魔王様の先代の魔王をあと少しで打ち取るところまでは来たんだ。そして、その後すぐに先代の魔王が傷の影響か亡くなったという話も届いた。」
アラタの言葉に、ライアが父親のことを思い出したのか、悲しそうな表情を浮かべた。
その表情に、アラタはすぐに申し訳なさそうな表情をした。
「すまない。ただ、悪く思わないで欲しい。僕としては、ここに来た理由を君達に知って欲しいだけの前置きなんだ。」
気遣いも出来るとか、内面もイケメンじゃないか…。
俺は目の前にいる、完璧なイケメンに対して尊敬に近い感情を抱いた。
ライアも素直に謝られたことで、特に何かを言い返すこともなかった。というか、まんざらでもない表情をしている気がする。
俺はライアとのやり取りを見て、少しだけムッとしてしまった。これが、嫉妬という感情なのだろうか…。
アラタはライア達に向かって、笑顔を見せると再び口を開いた。
「魔王は死んだ。これで、僕達は元の世界に帰れるのでは、と思った。しかし、国王は無理だ、と言った。理由は、すぐにその子供が魔王になったから、らしい。僕の中の疑念がより強くなったのは、そこからだ…。」
そう言うと、アラタはシエスタの方を見た。
シエスタは突然、視線を向けられたからか、首を傾げた。
「女神様に聞きたいのですが、魔王を倒したら元の世界に戻れるという話は本当ですか?別に、嘘だとしても怒る気も悲しむ気もないので、本当のことを教えて欲しいです。」
アラタの言葉に、シエスタは少しだけ考え込んだ。
そして、首を横に振った。
「私は、ただそう言えって言われただけだから…。それが気になるなら、私よりもっと偉い人に聞いて欲しいわ。私も会ったことないけど。」
シエスタの言葉に、アラタは満足そうに頷く。
シエスタの様子を見ていると、嘘は言っていないようだ。
まあ、コイツが嘘を付く時は、顔を見ればすぐに分かる。
無駄に長い付き合いで、その辺りの事もすっかり理解してしまっているのだ。
「ありがとう。まあ、そうだよね。そこは、僕が予想していた通りだ。」
アラタはそう言うと、再び俺の方を見る。
「ここからは僕の予想だ。僕達が最初にこの世界に来る前に、この女神様と会ったあの場所。あの場所にいる、もっと偉い人達が実はルチアーノ王国だけがなぜか魔王討伐に積極的な理由と絡んでいるのではないか、と考えているんだ。」
「何か、急に推理小説というかバトル漫画みたいな展開になって来たな…。俺、別にそういうのをこの世界に求めてはいないんだけど…。」
俺の言葉に、アラタは笑顔を見せた。
何か、どんな表情をしても絵になるから不思議だ。
ミリアがジーっとアラタの一挙手一投足を眺めているのが視界に入った。
「まあ、そんなことを言わないでくれ。僕なりに色々と考えて出した、考察だからね。その偉い人達は、最初から僕達を元の世界に戻すなんてことは考えていなかったんじゃないかと思うんだ。彼等の目的は、魔王というか魔王軍。もしくは、魔族そのものを滅ぼすことが目的。そして、現地の人達だけではそれが厳しいから、適当な甘い言葉で釣ってこの世界に僕達を送り込んだんじゃないかと思っているんだ。」
「何で、そんな事する必要があるんだよ?」
俺はアラタの予想に首を傾げながら、尋ねる。
アラタはそれについては分からないのか、首を横に振った。
「残念ながら、そこまでは…。そして、ここからがここに来た目的だ。僕と単独で、手を結ばないか?」
「「「「「…えっ!?」」」」」
俺以外の全員が驚いた表情で、声を上げる。
「単独、って。それって、ルチアーノ王国の王様を裏切るって話になるんじゃないのか?そんなことして、大丈夫なの?」
俺の言葉に、アラタは微笑む。
「君は優しいんだね。その辺りは大丈夫。僕はこの事を誰にも漏らしてはいない。そして、今の所はあの国王やその部下の人達からも信頼を得ている。まあ、実は怪しまれてこの話を聞かれていたら終わりだけどね。」
そう言うと、自身の自虐に対してなのか、苦笑いを浮かべた。
「悪いけど、俺とって話ならお断りするよ。俺は、危ない目に遭うのは嫌だから。もし、それなら魔王軍とってことにしてよ。」
俺はそう言うと、ライアの方を見る。
ライアは突然話を振られて、驚いた表情を見せる。
アラタはその言葉を聞くと、ライアの方を見る。
「ま、待って欲しい!急にそんなことを言われても困る!それなら、一度しっかりと話し合う必要があるからな!」
ライアが慌てて言うと、アラタは笑顔で頷く。
「そうだろうね。なら、また改めて来るとしよう。それまでに僕が生きていたらだけどね。」
「意外と冗談とか言うのが好きなタイプなんだね。あまりそういうこと言わない人間だと思ってた。」
俺は意外そうに、アラタに言う。
「そうかい?意外と、冗談を言うのは嫌いじゃないんだよ?それと、君に最後に聞きたいことがある。」
一体、何だろうか?俺は、アラタに対して首を傾げる。
「君は、日本に戻りたいと思うか?」
アラタの質問に、その場にいる全員が不安そうな表情を浮かべる。
特にライアがこれでもかと、顔を強張らせていた。
俺は首を横に振った。
「もう、無いかな。というか、もし戻るならここにいる奴等と敵になるってことだろ?今更、そんな事する気は俺にはないよ。」
俺の言葉に、アラタはクスリと笑う。
そして、満足そうな表情をすると、ライアの方を見る。
「それでは、魔王様。また、次に会う時に返事を。」
そう言うと、アラタは部屋から出る為にドアの方へと向かって歩き出した。
「もう、帰るのか?」
ライアがアラタに向かって尋ねる。
アラタは立ち止まると、チラリとこちらを見て来た。
「いや、この後は友人に会いに行こうと思っている。どうやら、この辺りで職を見つけて働いているらしいからね。」
そう言い残すと、アラタはニコリと俺達に笑い掛けて、再び歩き出した。




