そうだ、ダンジョンに潜ろう
俺は、店に戻るのが少し怖くなり、王都にある冒険者ギルドへと入った。
一緒に、ミリアも付いて来ていた。
シエスタ達に例の転生者軍団の話を一応しておこうかと思っていた。
しかしギルドに入り、机の一角で見知った2人が座っていたのを確認するとそんな考えは一瞬で吹き飛んだ。
俺はその2人に近づくと、思わずつぶやいた。
「何してるの?お前達…。」
シエスタとソルベが向かい合うように座って、机の上には大量の食べ終わった皿が積みあがっていた。
シエスタがリスのようにモグモグと口を動かしながら説明をしてきた。
「見たら分かるでしょ。勝負よ、勝負!どっちが多く食べられるかのね!」
そう言うと、皿に乗っていた食べ物をかき込む。
同じようにソルベも口に何やら頬張りながらこちらを見てきた。
「この女が生意気でしてね。格の違いを見せつけてやろうと思ったんですよ。」
そう言うと、シエスタと同様に皿に乗っている大量の料理を一気に口に放り込む。
本当に何をしているんだ、この2人は。
「食費は払わないからな。」
正直、勝手にやっていてくれと思うが金を払わされるのはごめんだ。
どうせまともに金なんて持っていないだろう。
「大丈夫よ。私が勝つに決まっているんだから。負けた方が勝った方に奢るルールだからね。」
モグモグと食べながら喋るシエスタ。
せめて、飲み込んでから話せと思う。
口から食べ物の一部が出ていて汚い。
これが、女神なんだから本当にこの世界はロクでもないと思う。
「はっ!上等だ!一文無しにしてやるよ!」
シエスタのリプレイを見ているかのように、ソルベも言い返す。
「何を言ってるの?勝つこと前提なんだからお金なんて持っているわけないじゃない。負けた時は、ユキネに借りるわ。」
「そのうち、金を貸してくれなくなるぞ。あの女も。」
俺は呆れながら、シエスタに言う。
最近はユキネに事あるごとに借金の話をされている気がする。
コイツに金銭感覚というモノを教えてやりたい。
「凄い、個性的な人達だね…。」
隣で見ていたミリアが若干引きながら言う。
そういえば、コイツはこの2人と会うのは初めてだったな。
「何、その女の子?初めて見るわね。」
余裕があるのか、シエスタが咀嚼しながらこちらに話しかける。
コイツ、意外と余裕あるんだな。
売り子の女神以外にも大食いの女神の称号を与えてあげる日も近いのかもしれない。
「さっき、そこで知り合ったんだよ。えっと、名前は…。」
俺がシエスタにミリアを紹介しようと思った時だった。
「あっ!いました、いました!」
エレナの声が聞こえてくる。
振り向くと、露店用に作った台車を引いて来ていたユキネとアルベルトの姿もいた。
「急にいなくなって、ビックリしましたよ。って、何しているんですか!?」
エレナが無数の皿の山を築く2人を見ると、驚いた表情を見せる。
これから、この支払いを誰かがするんだろうなと思った。
とりあえず、今日の儲けから支払うのは断固拒否するとしよう。
「知らない。大食い勝負をしているらしい。今のところ、シエスタが優勢かな?」
だいぶ、きつくなりつつあるソルベを横目にシエスタが順調に料理を平らげていく。
「負けたところで支払いはしないぞ。どうしてもと言うなら、給料から天引きだ。」
アルベルトがソルベに言う。
「そんな殺生な!アルベルトさん、頼みますよ!」
だいぶ負けを悟りつつあるソルベが情けない声を出す。
まさか、シエスタが勝つのは想定外だった。
「その方は。どなたですか?」
ユキネがミリアに気づくと俺に尋ねる。
俺は、そういえば紹介の途中だったなと気づいた。
俺が、その場にいる全員に紹介しようとした時だった。
「うわぁ、綺麗な人達…。」
ミリアが目を光らせてエレナとユキネを見ていた。
確かに、この2人はかなり美形だと思う。魔族の姿ではなく、人間の姿ともなれば余計にそう見えるだろうなと思う。
キラキラした目で見ていると、ミリアは我に返ったように首をブンブンと振った。
「あっ、初めまして!ミリア、と言います。その、一応冒険者をしていて職業は盗賊です。」
そう言うと、ペコリとお辞儀をする。
「はい、さっきそこで俺達が売っていた商品を建物の陰からジッと見ていたから声をかけてあげたんだよ。えっと、盗賊以外の職業は…。」
俺がそう言うと、ミリアが俺に飛びつき口を塞いできた。
「何するんだよ!」
「いや、今のはヒロト君が悪いからね!今トンデモないこと暴露しようとしたよね!流石に、それは言っちゃダメ!」
別に怪盗をしています、くらい言ってもいいだろと思う。
俺のいた前の国には、SNSの裏垢がバレて炎上するなんてよくある話だ。それと似たようなモノだろうと思う。
「何だか元気な方なんですね。」
エレナが笑いながらミリアに声をかける。
エレナが急に顔を近づけてきて、ミリアが少しだけ驚いていた。
「い、いえ!そんなことはないですよ!多分…。」
そう言うと、チラチラとエレナとユキネを見ていた。
「…その、お2人はヒロト君とどういう関係なんですか?凄く仲良くしていたので。」
「ただの友人ですよ、そこのシエスタさんも同じですけど。」
ニコリと笑みを浮かべて、エレナが答える。
ミリアがチラリとこちらを見てくる。
そして、再び大食い勝負をしていた2人に視線を戻す。
どうやら、シエスタが勝ったらしい。
ソルベの食べている量も大概だが、シエスタはさらにそれを上回っていた。
今度から、大食いの女神と呼ぶことにしよう。
「…あの、アルベルトさん?」
「支払いなら自分でしろ。」
無情にも言い放つアルベルト。
これだけの量を支払うのだ、料金はヤバそうだなと思う。
「あの、もしよかったらいまからダンジョンに潜る予定だったから手伝ってくれたらこの支払い分くらいならお礼として渡しますよ。」
ミリアがソルベに言う。
ダンジョンか、そういえばまだ入ったことなかったなと思った。
シエスタもすっかり乗り気なようで、食べた直後だというのにもう立ち上がっていた。
何か大事なことを話そうと思っていたような気がしていたが、まあいいか。思い出したらにしよう。
俺はそんなことを思いながら、ミリア達の後に続いてクエストボードへと向かった。-
-「あはははは!絶好調!絶好調ね!何がアンデットよ!八つ裂きにしてあげるわ!」
シエスタの声がダンジョン内に響く。
これ、クエストしているんだよな?
俺は思わず疑ってしまう。
「大食い対決は負けたが、こっちでは負ける気はねえ。どっちが多く狩れるか勝負だ!」
ソルベがそう言うと、周りにいるモンスター達を薙ぎ払う。
シエスタと2人で競うように進んでいくせいで後を付いていくのも大変だ。
「おい、あまり突き進むな!罠がある可能性がある!」
アルベルトが2人に忠告するように言う。
本当に、ダンジョン攻略しているんだよな…?
それこそ、罠についても気にする必要はない。
何せ、盗賊スキルを持つ俺とミリアがいるからだ。この2人でどのルートが一番効率良いかをサーチしているお陰で罠も全て回避して最短ルートでダンジョン最深部へと向かっている。
「あまり深いダンジョンじゃないんですね。」
シエスタとソルベが狩り漏らしたモンスターやらを倒しながら、エレナが言う。
勝手に勝負を始めて、勝手に突き進むせいで無駄に狩り損ねたモンスター達が来ている気がする。
まあ、レベル上げにはちょうどいいから別に気にならないが。
「おい、シエスタ!そこの角を右だ!」
俺は左に曲がろうとするシエスタに言う。
シエスタは回り右をすると、先に右に曲がって行ったソルベに追いつくために猛ダッシュで走り出した。
ダンジョンに多く住み着いているアンデッド系退治の専門である僧侶のシエスタと武術の腕なら警察隊でも1番と呼び名の高いソルベがシエスタでは倒す手段があまりないそれ以外のモンスターを掃討していく。
絵面は最悪だが、実は好相性のコンビなんじゃないかと思う。
「本当に順調ですね、順調すぎて怖いくらいです。」
アルベルト共に2人が狩り漏らしたモンスターを倒しながら進むユキネが言う。
そんなフラグになりそうなことは言わなくても大丈夫です。
「簡単な部類のダンジョンだからね。王都に出ているクエストで、このレベルの深さで報酬金もいいクエストは中々見ないから即、受けちゃったよ。1人だと不安だったから手伝ってもらえて、助かったよ。」
ミリアがまるで遠足に行くような足取りでダンジョン内を探索する。
モンスター探知スキルのおかげで、宝箱に擬態しているモンスターも見分けられてしまう。
加えて、俺とミリアは持っているが他の面々は持っていない暗視スキルもエレナの魔法でフラッシュを発動させることでまるで昼の道を歩くかのような明るさであった。
ユキネの言葉ではないが、本当に順調すぎて怖いくらいだ。
「もう、最下層近辺まで来ちゃったよ。入ってから1時間も経ってないんじゃないかな?」
階段を降りるミリアが俺に言う。
確かに、ルート探知をしてもこの階段を降りれば最下層に辿り着く。
先程から、階段の底から聞き覚えのある2つの笑い声のおかげでかなり早い到着である。
正直言って、半日はかかると想定していた。
「そういえば、クエスト内容はダンジョンの攻略だけなの?」
俺はミリアに尋ねる。
ミリアはギルドから受け取っていたクエストの内容が書かれた紙を取り出した。
「うん、そうだね。もし、中にお宝とかがあれば貰ってもいいみたい。一応、報告はしないといけないみたいだけどね。」
お宝か。今回の売り上げでだいぶ儲かったが、追加収入があるといいな。
俺はそんなことを考えながら、エレナとユキネ、そしてアルベルトの3人に守られるようにしてダンジョンの最下層に辿り着いた。
最下層は広々とした空間だった。
正面には大きな石造りの扉が見えた。扉の前にはシエスタとソルベがいた。
「ねえねえ、これ開かないんですけど。」
シエスタが石の壁をポンポンと叩きながら言う。
大体こういうのは何かしらの暗号を入れるものだが、正直そういったモノは無かった気がする。
もしかしたら、見落としていた可能性もあるがそんなはずはないと思う。
ミリアと2人でしっかりルート探知していたはずだ。
そんなことを考えていると、ユキネが扉の前に立っていた。そして、壁の感触を確かめていた。
「…行けそうですね。」
ユキネがポツリとつぶやく。
行けそうですね、ってどういう意味だろうか。
俺がそんなことを思っていると、ユキネが両手を扉に付けた。そして、思いっきり扉を押すと、ギシギシと音を立てながら扉が開き始めた。
「…絶対に正攻法じゃないわよね。」
ドン引きしているシエスタという珍しいモノを横目に人1人なら余裕で通り抜けれる程度の隙間が出来た。
俺は扉のすぐ隣に何やら番号を打ち込むモノを見つけた。
うん、絶対に最短距離で行くことに集中しすぎて2人とも見逃した場所があったんだと確信した。
「…凄い力持ちなんだね。」
尊敬の眼差しを向けながら、ミリアがポツリとユキネに言う。
いや、ずっと思っていたことを叫びたい。
「どんなパワーだよ、お前!」
俺の声がダンジョン内に響く。
ユキネは気にも留めないとばかりに振り向く。
「この程度、私からしたら余裕です。」
「余裕じゃねえよ。お前、もうライアのメイドなんて辞めてプロレスラーにでも再就職した方がいいだろ…。」
俺は呆れながらユキネに言い返す。
ユキネはプロレスラーの意味が分からないのか、首を傾げた。
今度教えてあげることにしよう。
俺達はユキネが無理やり開けた隙間に1人ずつ入って行く。
「おっ、何かありますね!」
最後に入ったエレナが正面を指さす。
そういえば、エレナはユキネの馬鹿力に対して何の反応も示していなかったな。
きっと普段から見慣れているのだろう。
あの馬鹿力で殴られたら俺はひとたまりもないだろう。なるべく、ユキネを怒らせないようにしよう。
そう、俺は心に刻み込んだ。
ミリアが正面にある通常よりだいぶ大きめの宝箱に近づく。
「大丈夫そう?」
俺は一応確認をするためにミリアに尋ねる。
生体反応は見られないので、擬態したモンスターではなさそうだ。
「うん、大丈夫だと思う。」
そう言うと、ワクワクした顔で宝箱に触れた。
「この大きさ、相当のお宝と見た!」
ミリアはそう言うと、思いっきり宝箱を開けた。
しかし、予想と反して宝箱の中は空洞だった。
いや、完全に空ではない。何かは入っていた。
「ナニコレ?」
ミリアが持ち上げると、俺達に見せる。
俺達全員が、ミリアの持っているモノを見つめる。
「…フィギュアかしら?」
シエスタがつぶやく。俺もそれに同意する。
どう見ても、日本でよく見る美少女フィギュアだ。
だいぶ、作りも荒くて売れるレベルではないと思うが…。
「フィギュア?」
エレナが聞き慣れない言葉に首を傾げる。
他の全員も同じような顔をしていた。
まあ、当然だよな。そういう顔をするだろうな。
というか、あれか?つまり、最下層まで来て俺達は出来の悪い美少女フィギュア1体をゲットしたというだけなのか。
俺とシエスタは顔を見合せた。そして、同時に叫んだ。
「「ふざけんな!」」
俺はこんなモノを作った迷惑な転生者に対して叫んだ。声がダンジョン内に響き渡り、こだまするのが虚しく感じた。




