天界からやって来た男と転生者によって作られた少女
ジャコブ、と名乗る男を連れて俺達は店内へと戻って来た。
店内に入ると、本当に休憩をしているらしく、宣伝を手伝ってくれていたリリィ達がくつろいでいた。
壁に掛かっている時計を確認すると、もう午後2時を過ぎていた。まあ、休憩する時間帯としては、ありなのか…。
いや、それにしてはくつろぎ過ぎている気がする…。
「お前、今日はもう閉店するのか?」
俺は店長としての自覚があるのかないのか、よく分からないナヤに尋ねる。
ナヤは飲み終わったティーカップを片付けながら、俺の方を見て来る。
「1時間くらい休憩してるだけだよ。私も疲れたし、先輩達も休みたそうだったからね。」
「交代で休ませるとかそういうやり方でもいいと思ったんだけど…。まさか、全員一度に休憩をし出すのは想像してなかった…。」
相変わらず、自由な奴だなと思う。
すると、俺に文句を言われた、と思ったのかナヤが不満そうな表情を見せる。
「何?私のやり方に文句があるの?」
腰に手を当てて、俺の事を睨みつけて来る。
「別にそういうわけじゃないけど、せっかくの稼ぎ時なんだからもう少しやり方があっただろって言ってるだけだよ。」
俺は慌てて、ナヤに訂正をする。
ナヤが何やら意味深な表情を見せる。少しだけ、俺は何かトンデモない事を言い出さないか、と恐怖を感じた。
そんなナヤの視線は、俺達の後ろにいるジャコブに向けられていた。
「誰、この人?」
首を傾げながら、ナヤが俺に尋ねる。
「この人が、シエスタが言ってた店の前をウロウロしてたって人だよ。どうやら、お前に用があるみたいだよ。」
俺は簡単に説明をする。
ナヤはふーん、と目の前の男を眺める。
「初めて見る顔だね。ヒロト君って誰もいない時間帯に女の子を連れて来ること多いけど、男の人も連れて来る趣味があるのかと思ったよ。」
ナヤが突然、爆弾発言を投下する。
俺は慌てて、ナヤの元に駆け寄る。
「お、お前ッ!急に、何を言い出してるんだよ!」
すると、ナヤはニヤリと俺に向かって笑みを浮かべる。
どうやら、先程の文句を言われたことへの仕返しを考えているらしい…。
「あれ?何で、そんなに慌ててるの?別にお店の子達を連れて、お話に来てるなんて私からしたらよく見る光景だったんだけど?」
ニヤニヤとしながら、俺の秘密を公開する。
そして、ワザとらしく背後にいるライア達をチラチラと見ていた。
「「「「「…は?????」」」」」
シエスタとアスター以外の女性陣から声が飛んで来る。
その声は冷たいモノだった。そして、怒りを通り越して、軽蔑しきった視線が俺の背中に注がれていた。
「お、お前!?少し、黙ろうか!そんな事よりも、今はこの男の人からの話を聞く方が先だろ!」
俺はその視線を感じると、すぐさまナヤの口を塞ぐ。
これ以上は余計なことを言わせるわけにはいかない…。
すると、ナヤがなおもニヤニヤと笑みを俺に向かって浮かべていた。
「私は先輩達みたいに甘くないからね。このお店の主は私だから。文句があるなら、君の隠したい秘密も暴露しちゃうからね。」
「わ、分かった!俺が悪かったから!とりあえず、この件はここで終わらせることにしよう!」
俺はそう言うと、慌ててナヤに向かって謝罪をする。
ナヤは勝ち誇った顔を俺に見せて来る。
この女、見た目以上に逞しいというか何というか…。怒らせるとマズい部類だという事を再確認させられる。
とりあえず、ジャコブの話を聞かせて、話題を逸らすことにしよう。
俺はそう思って、ナヤの口を塞いでいた手を離そうとする。
「何を終わったつもりでいるのだ…?」
そんな俺の肩をライアがガッシリと掴んで来た。
その声は、氷のように冷たい声だった。
ヤバい、これはかなり怒っている時の声だ…。
「とりあえず、今は先にやることがあるが、この後にしっかりと話は聞かせてもらうからな…。」
ライアの冷たい声が、俺の背中越しに飛んで来る。
俺は怖くて、ライアの方を振り向くことが出来なかった。
「そうですね…。しっかりと、言い訳を聞かせてもらいましょう…。」
同じく背後からユキネの声がする。
「ヒロト君…。私達に対しては誠実だと思ってたのに…。」
同様に、ミリアの声が…。
「…ハハハ。」
エレナの乾いた笑いが聞こえて来る。
「へぇ…。君って、私に隠れてお店の女の子達にそんなことしてたんだ…。後で、ゆっくりとその話について教えてもらうからね。」
リリィの声も聞こえる。
すると、その場の空気を察したのか、俺と一緒に何度かお茶を飲みに来ていたお店の女の子達が恐る恐ると店から出て行く音が聞こえた。
「それで、かなり話が逸れているようだが…。そろそろ、本題に入ってもいいか?」
完全に無視されているジャコブが、俺達の間に入って来る。
「私は別に構わないけど?というか、あなたは誰なの?」
「俺は、天界から来た者だ。簡単に言えば、この店で働いているというそこの女と同じ場所から来た。」
ジャコブは、簡単な自己紹介を始めた。
「じゃあ、アスターさんとシエスタさんの同僚ってことでいいの?」
何となく理解したのか、ナヤが聞き返す。
「まあ、その程度に思ってくれていい。ただ、最初に言っておくが、俺はこの2人と全く面識がない。」
ジャコブの言葉に、ナヤはそこまで興味無さそうに頷いた。
「それで、その偉い人が私に何の用なの?」
「俺が探している男が、お前と関係があるとそこの連中から教えてもらった。だから、お前に話を聞こうと思っただけだ。」
「私と関係がある?誰の事?」
ナヤが不思議そうに、首を傾げる。
「あんたを作った、そのマスターとかいう男についてらしいわよ。どうやら、この男もその遺産とやらを狙っているらしいのよ。」
アスターが代わりにナヤに答える。
そんなに全てを話してしまって大丈夫なのか、と心配になる。
言い方的にも、遺産を狙う、と明言してしまっているのだが…。
「マスターの事を知ってるの!?」
ナヤが突然、驚いたように声を上げる。
その声の大きさに、ジャコブはうるさそうに顔をしかめた。
「別にお前の知りたい情報までを知っているとは言えない。ただ、それなりにこちらでも調べはしたくらいだ。お前が知っている限りの情報を提供してくれれば、こちらもそれなりに教えてやってもいい。」
交換条件を提示するかのように、ジャコブがナヤに答える。
「それはいいけど、私はマスターの隠した遺産の場所なんて分からないよ。そもそも、本当にそんなモノがあるのかすら怪しいと思い始めてるし…。」
自信なさそうに、ナヤがジャコブに言う。
「それは、この連中からも同じようなことを言われた。ちなみに、何を知りたいのだ?その男の名前くらいしか知らないな。」
「「「えっ!?」」」
俺とシエスタ、そしてナヤの3人が同時に驚いた声を上げる。
「何で、あんたが名前を知っているんだ!?送り込んだ張本人のコイツなんて覚えてすらいないのに…。」
俺の言葉に、シエスタも驚きながらうんうんと頷いていた。
「別にどんな名前の奴にどんなスキルを与えたかまでは記録として残されているからな。ただ、それ以外の情報は知らない。」
ちゃんとハイテクな機能があるんだな、と感心する。
俺はシエスタの方を見る。
「私は知らないわよ…。むしろ、そんな機能があったなんて初めて知ったわ…。」
「何で、お前が知らないんだよ…。お前、本当にどんな役職だったんだよ…。」
俺は呆れながら、シエスタにツッコむ。
「名前、か…。」
ナヤがブツブツと何かをつぶやいていた。
「それでもう一度尋ねるが、お前の知っている情報を俺に教えて欲しい。」
話を戻すように、ジャコブがナヤに言う。
ナヤは何かを考えている様子だった。
「ちなみに、どうしてそんな偉い人がマスターの隠したモノを探しているの?まずはそれを教えて欲しいんだけど…。」
ナヤが不安そうに、ジャコブを見上げる。
「その男が隠したモノが危険な兵器だからだ。それを回収しに来た。」
「…兵器?そんなモノ、マスターが作ってるところを見た事なんてないんだけど…。」
ナヤが疑ってそうな目で、ジャコブに言う。
「お前を作るよりも前の話だからだろう。そもそも、俺だって詳しい事は知らない。お前がもし知らない、というのならお前がその男と住んでいた場所を自由に調べさせて貰えばそれでいい。」
ジャコブはナヤに対して、特に関心がなさそうに言い返す。
ナヤはそれを聞くとさらに悩み始めた。
「あまり荒らさない、って約束をしてくれるなら…。正直、私からしたら唯一のマスターとの思い出の場所だからあまり荒らされたくないんだよね…。」
不服そうに、ナヤが言う。
「そこは善処しよう。こちらも別に迷惑を掛けたいわけではない。ただ、仕事をしに来ただけだ。」
そう言うと、一呼吸を置いた。
ジャコブは立っていることに疲れたのか、いつの間にか適当な席に座っていた。
そして、アスターが気を利かせたのか、紅茶を運んでいた。
その紅茶を一服、とばかりに啜っていた。
「それで、お前が知りたい情報を俺が知っている範囲内でなら答えてやろう。」
交換条件の対価、としてだろう。
ジャコブはナヤに提案をする。
「うーん、名前はいいかな…。」
突然、ナヤがそんな事を言い出す。
「いいのかよ?お前、マスターとかいう男の本名を知らないままなんだろ?」
俺は首を傾げながら、ナヤに尋ねる。
ナヤは悩みながら、俺の方を見て来た。
「それはそうだけど…。マスターって、自分の過去とかそういう事を全然言いたがらない人だったから…。だから、あまり過去を詮索しない方がいいのかなって思い始めて来てるんだよね…。」
ナヤは自信なさそうな声で、俺に答える。
あんなに手伝って欲しい、と言っていたくせに随分な変わりようだな、と思う。
「もう一度聞くんだけど、兵器ってどういうことなの?マスターがそんな危険なモノを作ってたなんて考えられないんだけど!」
ナヤがジャコブを問い詰めるように、尋ねる。
「そのままだ。お前を作る前にいた国で科学者として働かされていた時期に作ったのだろう。」
「マスターがそんな怖い事をしてたなんて、信じたくないんだけど…。」
ナヤはそう言うと、不安そうに顔を俯いていた。
「ねえ、あの研究所を好きに調べていいって言われたんだから、あんたの分かった情報もちゃんとこの子に共有させてあげてよね。それくらいの事はしてあげるのは当然だと思うけど?」
アスターがジャコブに言う。
今回は随分と、ナヤに肩入れをするんだなと少しだけ驚く。
シエスタにばかりで、ナヤとは一緒に働いているだけでそこまで仲が良いイメージではなかったので意外だ。
「別にそれは構わない。俺の目的はその兵器の回収だけだ。他に何か別のモノがあれば、この女に全て渡すことにしてやろう。それでいいか?」
ジャコブはそう言うと、アスターの方を見る。
アスターはそれで満足らしく、頷いていた。
「別に、いいかな…。」
ナヤがポツリとつぶやく。
その言葉に、アスターは意味が分からず不思議そうな表情を見せていた。
「私は、マスターの遺産はそこまでもう興味はないかなって…。」
「急に何を言い出してるんだ?あんなに、頼んで来たのに…。」
俺は突然の心変わりに、思わず聞き返してしまう。
急にどうしたというのだろうか?一体、何がそんなに気になっているのだろうか?
周りの連中も心配そうにナヤを眺めていた。
「別にあんたがそう言うなら、私は構わないけど…。本当にいいの?それならそれで、私が代わりに金品とかは貰うつもりだけど。」
「いや、お前が貰うつもりなのかよ!?」
思わぬ発言に、俺はツッコんでしまう。
「ねえ、ズルいわよ!それなら、私も欲しいわ!」
お金にはがめついシエスタが、負けじとアスターに大声で反論をする。
「いや、そういう話じゃないから!というか、ややこしくなるからお前は喋るな!」
俺は空気を読まないことで定評のある、シエスタを黙らせようとする。
「うん、それでいいよ。ヒロト君も、もし興味があったら全然貰っても構わないからね。」
「いや、流石にお前が貰うべきモノなんだから…。というか、本当に急にどうしたんだよ?」
俺は心配になって、ナヤに思わず聞き返してしまう。
しかし、ナヤの方は首を横に振るだけだった。
「別に気にしなくて大丈夫だよ。私はただ、危ないことをしていたマスターの過去に触れたくないってだけだから…。」
そう答えると、ナヤはジャコブの方を見る。
「あまりあの場所を荒らさないってことを約束してもらえればいいかな…。それでなら、好きに調べてもらって大丈夫だから。」
そう言うと、ナヤは再び営業を再開する為に、店の奥へと小走りで戻って行った。




