王女様とのお泊り会
ライアから予想してたよりもだいぶ早い魔王城へ帰る、という話を聞いた次の日、俺はレオーナの部屋にいた。
レオーナに誘われて、一緒にボードゲームをしているのだ。
「ちょっと待って!ここの駒を前のに戻したい!」
俺は盤面を見ながら、先程動かした駒を修正させてもらえないか、とレオーナに頼む。
流石に余裕を持ち過ぎた。
レオーナの打った手を見て、即座に直したくなってしまった。
「またですか?待て、は3回までしか使えませんよ?これで今回のゲームに限らず、何度もしてますよ。」
あまりにもレオーナに毎回負けるせいで、俺が作った特別ルールだ。
割と序盤も序盤にその1度目を使おうとしているので、レオーナも苦笑いを浮かべていた。
「いや、これはしょうがないから。勇気の待て、だから!」
俺は流石にこれ以上負けたくなかったので、必死にレオーナに言う。
「分かりました。でも、あと2回だけですからね。お兄さまはたまに、3回以上使う時があるので。」
「それは、俺の頼みを聞いてしまうレオーナが悪いだけだから。嫌なら、拒否すればいいだけだろ。」
俺は無茶苦茶な理論で、レオーナに対して言い返す。
「それはルールとしてどうなんでしょうか…。それに、お兄さまに頼まれてしまったら…。」
レオーナが呆れたような目を俺に向けながら、少しだけ恥ずかしそうにつぶやいた。
こうやってゲームをしたりして遊べるのも、また当分先になりそうだなと少しだけ寂しさを感じる。
「よし、これで大丈夫そうだな。レオーナ、打っていいよ。」
俺は盤面を動かし終わると、レオーナに次の順番を譲る。
「本当でしたら、すでに私の番も終わっているはずだったんですけど…。お兄さまのせいで、また考え直しです。」
少しだけ不満そうな表情を見せながら、レオーナが盤面と睨めっこをしていた。
そして、慎重に駒を動かすと、再び俺の方を見て来た。
「はい、次はお兄さまの番です!」
レオーナはそう言うと、俺に笑顔を見せる。
俺は再び、盤面をジッと見つめる。
「ちなみに、次にお兄さまが打ちそうな手は何となく分かります。」
レオーナが嬉しそうに俺に言う。
「いや、それはないな!次の手はレオーナも予想してないような場所に打つから!」
「そんなこと、毎回言ってますけどいつも予想した場所に打っていますよ?」
そう言うと、レオーナはフフフと笑って来る。
俺はそんなことを言われたら、と思い少し長めの時間をかけて考えようとする。
レオーナと初めて会った時は、まだ勝てる回数の方が多かったのだが、今では逆に俺が勝てる方が稀になりつつある。
このままでは、兄の威厳が無くなってしまうので、そろそろ本気を出さないといけない時が来たのかもしれない。
「…この後は、もう帰られてしまうのですか?」
俺が考え込んでいる姿を見ながら、沈んだような声でレオーナがポツリとつぶやく。
俺は見つめていた盤面から、目を離してレオーナの方を見る。
「まあ、そうなるかな。正確には明日だけどな。ライア的には、割と魔王城の方を長く留守にしていたのが心配らしいから。」
昨日の悲しそうなレオーナの表情を見たからなのか、ライアは本来ならば今日出発の予定を明日にすると俺達に伝えて来た。
それもあって、出発の前日に最後に2人でゆっくりと遊ぼうという話になったのである。
何だかんだ、会う度に喧嘩をしている2人だが、年下のレオーナのことを考えているんだなと思う。
「本当なら、もう少しお兄さまと一緒にいたかったんですけどね…。まだまだ、色々と遊びたいこともあったのに…。」
レオーナが俺の顔をジッと見つめながら、言う。
その顔は昨日も見せて来たような、悲しそうな表情だった。
「しょうがないよ。ライアの言うことも理解出来るし、ミリアもあまりここに長居はしたくなさそうだったから。」
「でも、魔王城の方にはとても強い方々がいるんですよね?優秀な方も多くいると聞きました。別にライアさんがそこまで急いで帰る必要はないと思います…。」
レオーナはやはり納得が行っていないのか、不満そうに俺に言う。
俺はそんなレオーナに苦笑いを浮かべる。
「あいつは真面目なんだよ。自分が頑張らなきゃ、って考えちゃうタイプなんだろうな。もう少し、適当でいいと思うんだけどな。」
「そうです。お兄さまが以前に話してくれた、政治家とかいう人達みたいでいいと思います!」
レオーナは、俺が以前に話した日本の国会で寝ている政治家の話を例に持ち出した。
そういえば、そんな話もしたなと思い出した。
「まあ、別にそんな人達ばかりじゃないけどな。でも、確かにそれくらい軽い感じでもいいと思うんだよな。まあ、あれでも初めて会った時と比べたらだいぶマシになったと思うよ。」
俺は一応、訂正しながらレオーナに言う。
もしかしたら、日本はロクでもない国だと思われるのはそれはそれでよくないと思ったからだ。
「きっと、それはお兄さまのお陰だと思いますよ。ライアさんを見ていると、お兄さまと一緒にいる時は凄く楽しそうにしていますから。」
「そうかなぁ…。説教ばかりしていて、よく追い出されないなって思うけど。」
俺はそう言うと、首をすくめる。
すると、レオーナはそんな俺に向かって微笑む。
「それは、きっとお兄さまのことが大好きだからだと思いますよ。」
そう言うと、レオーナは再び悲しそうな表情を浮かべて、顔を俯いた。
「私も可能ならば、魔王城でお兄さまと一緒に暮らしたいです…。」
俺はそんなレオーナに対して、少しため息をつく。そして、優しく頭を撫でる。
「別に今生の別れじゃないんだから。また、すぐに会えるよ。レオーナがこの国の王女様じゃなかったらそれも可能だったかもしれないけど、立場的に難しいんだよ。」
「はい、それはよく分かっています…。その話をしたら、きっとお父さまやお母さま。お兄さまにヘレンに怒られると思っていますから。」
そう言うと、レオーナはチラリと俺を見上げて来た。
「…でも、お兄さまが来る前にお城の仕立て屋に頼んだら快く変装の服を作ってあげると言われました!これで、コッソリとお城から抜け出してお兄さまにも会えると思います!」
「あの話、本気にしちゃったのか…。いや、その気持ちは嬉しいけどあまり無茶はするなよ?怪我とかしたら、大変だろうから。」
俺は昨日の夜にレオーナに言った話を、まさか信じてしまったことに驚きを隠せなかった。
いや、確かに可能ではあるが本当に実行に移そうとしているとは思わなかった。
思ったよりも、逞しい少女だなと改めて思う。
「はい、ありがとうございます!でも、大丈夫です!私は、王族で強いんです!この前みたいに、魔獣に襲われても立派に追い払ってみせます!」
そう言うと、レオーナは満面の笑みを見せる。
まあ、確かにレオーナの実力があれば余程大型の魔獣でもなければ、何とかなるだろうと思う。
シエスタが新たに飼うことになった、あの2匹のサーベルウルフだが、あれ以来すっかりレオーナの前では怯えた姿を見せてしまっている。
あれだけ強力な一撃を見せられたら、そうなるのは分からないでもないが、レオーナが撫でようとしても怖がって逃げてしまって残念がっていたのを思い出す。
そんな事を考えながら次の一手を打つと、俺はレオーナの方を見る。
すると、レオーナが俺の方に近づいて来た。
「お兄さま。お兄さまだけでも、滞在を延長してもらうことは出来ませんか?お兄さまはこの国で、レオーナと一緒にいることは嫌いですか?」
突然、そんな事を聞いて来る。
「い、いや…。そんなことはないよ。レオーナとこうしてゲームとかしながら話しているのはとても楽しいよ…。」
俺は突然のレオーナの言葉に、若干しどろもどろになってしまう。
すると、さらにレオーナが身を乗り出して来た。
「でしたら、お兄さまだけでも残ってはもらえませんか?理由は適当に作ればいいと思いますから!私もライアさん達に頼んでみます!」
今まで見たこともないような勢いで、レオーナが俺に頼んで来る。
こんな必死な表情のレオーナは初めて見た気がする。
それだけに、俺はレオーナの勢いに押されてしまっていた。
「そ、そうは言うけど…。ライア達を納得させるような理由って言われてもなぁ…。」
俺はそう言うと、考え込んだ。
すると、レオーナが何かを思いついたかのように両手をパンと叩いた。
「そうです!お兄さまがこの国に売り込んでいる商品の相談がある、というのはどうでしょうか!それなら、ライア様達も文句は言えないと思います!」
「いや、まあ確かにそうかもしれないけど、確認したらすぐにバレないか?」
俺は流石にそれは無理だろう、と思いながらレオーナに言う。
レオーナは首を横に振った。
「大丈夫です!業者の方に口裏を合わせてもらうように私の方から頼みますから!」
レオーナの奴、いつの間にこんなにずる賢くなったのだろうか。
こんな会話をヘレンに聞かれたら、顔を真っ赤にして怒られるのは確定な気がする。
レオーナは自分の案に自信があるのか、目を輝かせながら俺の方を見て来た。
「…ダメでしょうか?」
俺が煮え切らないような表情をしていたからか、徐々に不安そうな目になりつつ尋ねる。
「ダメ、じゃないけどさ…。やっぱり、俺だけ残るってのはライア達にも悪い気がするからさ…。」
「じゃあ、数日だけ!1週間とは言いません!数日だけ留まってもらえないですか!それなら、ほとんどライアさん達と帰る日に間が空くわけではないと思うので…。」
必死に俺に頼み込んで来る、レオーナ。
確かに、1日くらいならいいかもしれない。
しかし、嘘をついてレオーナの頼みで城に残ったと知られたらライア達に怒られるだろう。
それどころか、俺のことを好きだと言ってくれている、特にライアとミリアを傷つけてしまうのではないか、とも思ってしまう。
「魔王城に戻ったら、またお兄さまはライアさんやミリアさん達と楽しく過ごすんですよね?」
レオーナが俺がいまだに悩んでいる様子に、痺れを切らしたのか再び尋ねて来る。
「楽しく過ごす、かどうかは分からないけどな。割と、あの2人に限らず怒られることが多いから。色々と大変なこともあるんだよ。」
俺は何とかレオーナを笑わせようと、笑顔を見せながら言う。
「…私もお兄さまともっと一緒にいたいです。出来れば、ずっと。ライアさんやミリアさんがズルいと思ってしまうのです。」
レオーナはそう言うと、さらに身を乗り出して来た。
一緒に遊んでいたボードゲームの上の駒はすっかりグチャグチャになってしまっていた。
レオーナはそんな事気にしないとばかりに、俺の体にギュッとしがみついてきた。
「ダメでしょうか?数日だけです…。数日だけ、一緒にレオーナと過ごしてもらえれば、もう我が儘は言いません。レオーナの最初で最後のお兄さまへの我が儘です…。」
そう言うと、レオーナは俺の胸に自信の顔をうずめて来た。
そして、俺の背中に両腕を回すと目を閉じていた。
俺はそんなレオーナを見ると、綺麗な艶々とした長い金色の髪に手を触れた。
「数日、って言うけど2日とかそれくらいしか無理だと思うぞ?」
俺の言葉に、レオーナはバッと顔を上げた。
そして、目を輝かせながら俺のことを見上げて来た。
「さっき、レオーナの言ったやり方が通用したとしてもただの相談だからな。1日で終わるだろうと言われるのが容易に想像出来るから。だから、留まれるとしたら2日が限界だと思うぞ?」
帰る日も合わせたら、3日だろうか。
もう一度、自分の頭の中で考えてやっぱりそこが限界だなと思う。
レオーナは何度も俺に頷いて来た。
「はい、大丈夫です!我がままを聞いてもらって、ありがとうございます!」
そう言うと、よっぽど嬉しかったのかさらに強く俺の体に抱き着いて来る。
ライア達のことはもちろん頭に浮かんでいるが、2日程度なら許してくれるだろう。
それに、自分のことを兄と慕ってくれる幼い少女がここまで頼んで来るのだ。
最初で最後の我が儘くらい、聞いてあげないわけにはいかない。
「でも、さっきも言ったけど2日だけだからな。そんなに出来ることなんてないと思うぞ?」
俺は改めて、釘を刺すようにレオーナに言う。
レオーナは顔をうずめていた俺の胸から少し上目遣いをするかのように顔を出して来た。
「もちろんです!これ以上の我が儘は言わないので、安心してください!」
レオーナはそう言うと、嬉しそうに再び俺の胸に自信の顔をうずめて来た。




