魔王に拾って貰いました…
目を開くと、そこは森の中だった。
もちろん、周りには何の建築物もない。一面、テレビの観光番組とかで見るようなアマゾンの原始林のような場所だ。
「…どこだよ、ここ?」
俺は呆気に取られて、思わずつぶやく。
人の姿ももちろんない。
聞こえる音とすると、鳥の鳴いているような音だったり風でそよぐ木々の音くらいだ。
何が異世界だ。そもそも、あの女神とやらは本当にちゃんと転生させてくれたのかと思う。
あのいい加減な女のことだ、もしかしたら全く別の場所に送ったと言われても信じてしまうレベルには信頼度は地に落ちている。
「とりあえず、歩くか。」
俺は、転生したばかりで少しだけ酔った頭を軽く振ると立ち上がった。
本当に人の気配がない。動物のような鳴き声は聞こえるが、もちろん地球にいた時に聞いたことあるような鳴き声はない。
「あのクソ女神、また会ったらただじゃおかねえ。」
俺は独り言を言いながら歩く。
正直、異世界もチート能力もどうでもよくなっている。今は、ただあの女神に対しての殺意しかない。
そう言えば、チート能力か。一応、貰えたらしいから試しに使ってみたい。
ただ、正直言って何か出来る気配が何もない。
せっかく異世界に来たのだから、とりあえず魔法は使ってみたいなと思う。
まあ、そもそもの前提としてそれを使う人間の姿すら見えていないのが現実なのだが…。
「これ、歩いていたら本当にどこか村とかに着いたりしないのかな…。」
俺は途方に暮れながら歩いていた。
そんな時、草むらからゴソゴソと何か音がした。そして、何かが猛スピードでこちらに向かってくるような気配を感じた。
俺は非常に嫌な予感を感じていた。
そして、ダッシュで逃げようとしたその瞬間だった。
「ガウッッッ!!!」
猛獣のような声をした生き物が草むらから飛び出すと、俺に突然襲い掛かって来た。
巨大なトラのような生き物だった。トラと言うにはあまりにも顔が可愛らしかったが。
体の大きさと顔の可愛さのギャップで窒息してしまいそうだが、今はそんなことを考えている暇はない。
その生き物はよだれを垂らしながらこちらを見ていた。明らかに俺のことを今日の餌か何かだと思っている。
俺は逃げようとしたが腰がすくんで地面に座り込んでしまった。
「あわわわ…。」
俺は、後ずさりしながら地面を這いずる。
本当にあの女神の野郎。死んだら呪ってやろう。
俺はそう確信した。
こんなことなら、異世界転生なんて選ばなければよかった。
俺は心の中で念仏を唱え始めていた、その時だった。
「こら!タンザナイト!お座り!」
突然、女性の声が森の中に響いた。
すると、俺の目の前でよだれを垂らしていた生き物はビックリしたように俺の前に伏せた。
一応、助かったのか…。俺は、死んだ当時の服装のジャージ姿だったが、汗でびしょびしょになっていた。
こんな状況じゃなければ、今すぐにでもシャワーを浴びたい気分だ。
「いつも言ってるだろ!勝手に拾い食いをするなって!ちゃんと、餌は与えているんだから変なモノを食べない!病気を拾って来ても知らないからな!」
この生き物の飼い主だろうか。
と言うか、今この生き物の名前を何て言ったのだろうか?タンザナイトと聞こえた気がする。
いくらなんでもセンスの欠片もない名前だ。
俺は声の主の方を見た。
声の通り、女性が1人立っていた。女性と呼称したが、見た目的には年は自分とあまり変わらないくらいだろうか。
少し黒みがかった紫色の長い髪をした少女だった。透き通るような白い肌をしており、先程まで話していた女神と名乗るあの女と遜色がないレベルの美少女だった。
そして、特徴的な小さな2本の角が頭の両側に生えていた。
「ごめん、私のペットが迷惑をかけて。ここの辺りではあまり見かけない顔だな…。」
少女はそう言うと、俺の前に手を差し伸べる。俺はその手を取ると、立ち上がった。
「いや、いいよ。助けてくれて、ありがとう。というか、これペットだったのか。てっきり、野生の生き物かと思った。」
俺は少女の隣でハァハァと息を吐く生き物を見ながら言った。
少女は、よしよしと頭を撫でる。
「この子は私のペットのタンザナイトだ。小さい頃に拾って来た魔獣だ。散歩の時はいつも放し飼いさせているから、たまに襲う時があって困るんだよな。」
「その謎の名前のせいで全然頭に入ってこねえよ。というか、困っているなら放し飼いをすることをまずやめろよ。それで解決する話だろ。」
俺は呆れたように少女に言う。
少女は少し考えているような表情を見せる。
「なるほど、そういう考えもあるのか。」
「いや、そういう考えしかねえだろ…!」
俺はツッコむと首をすくめた。
「だって、タンザナイトも放し飼いで散歩する方が楽しそうなんだよな。ほら、自然を感じる的な?」
「その自然を感じさせるために、俺がそのヘンテコな名前の生物に殺されかかったことはスルーですか。」
何と言うか、話が進まない会話だなと思いながら少女と話す。
とりあえず、この世界に来て初めて会った言葉を解せる人のようだ。
日本語で普通に会話出来ているようだが、多分異世界転生あるあるのご都合主義的な感じなのだろう。
そう言えば、シエスタとか言う俺をこの世界に送り込んだ女神がこちらの世界の言語に関しては転生の際に脳内にインプットされるからみたいなことを言っていた気がする。
流石、異世界転生である。
というか、角が生えているんだな。これぞまさにファンタジーの世界だと俺は興奮してきた。
「私の付けた立派な名前にケチをつけるとは中々に酷い奴だな。」
少女は顔を膨らませて不機嫌そうな顔をした。
実際、ヘンテコな名前なんだから仕方がない。恨むなら、そんな名前を付けちゃう自分の感性を呪って欲しい。
「名前についてケチを付けたのは悪かったよ。俺の名前は鈴木浩人って言うんだ。」
俺はとりあえず、自己紹介だと思い自分の名前を名乗った。
こういうところでしっかりといい人アピールをしておくことは重要だ。
「変わった名前だな。それに黒い髪に不思議な恰好…。もしかしたら、お前人間か?」
「いや、まあそうだけど。それがどうしたの?」
俺が言い終わるや否や、少女は俺を思いっきり突き飛ばした。
そして、腰に差していた剣を抜くと俺の前に突き刺してきた。
少女の顔は驚きと言うより、恐怖の表情をしていた。
「落ち着けって!何も危害は加えないからさ!」
俺は顔の目の前に見える剣から遠ざかるようにして必死に少女に叫んだ。
少女はわなわなと震えながら俺を見下ろす。
「本当に何もしない?」
「何もしない!何もしない!」
「そう言って、突然襲って私を倒したりとかしない?」
「しない!しない!」
俺はそう言うと首を大きく縦に振った。
少女は剣を握りしめたまま、少し考えこむと再び鞘に納めた。
「一応、信じるとしよう。目を見てもウソは言ってなさそうだから…。」
そう言うと、俺の前に少女は腰を下ろす。同じく警戒していた、タンザナイトと言う名前の生き物も隣で寝転び始めた。
「私の名前は、ライア。ライア・タナトゥと言う。」
何か、日本でよく聞く苗字に似てるなと思った。
というか、聞き間違えたら普通に田中に聞こえそうで紛らわしい。
「よろしく。」
俺はライアから出された右手を握り握手をする。
「ヒロトって名前だったか?そう言う変わった名前の人間がここ最近よく来るんだよな。迷惑なことに…。」
ライアはため息交じりに言う。
あの女神が送り込んだ恐らく多数の日本人の転生者のことだろうなと思う。
黒い髪、とか言っていたしこちらの世界では珍しい風貌らしい。
「迷惑って何かされたの?」
俺は逆に聞き返す。
ライアは少しだけ睨みつけてくると、答えた。
「私達の住んでいる居場所にかってに攻めて来ては周りの魔族やら魔獣やらを殺して経験値だの何だのと言ってくるのだ。」
それは迷惑な話だな。あの、女神。本当にロクでもないなと思う。
ん?それよりも、今何て言ったのだろうか。
魔族?魔獣?そんな言葉が聞こえた気がする。
「魔族とか魔獣って聞こえたんだけど?」
いや、冷静に思い出すとこの隣にいる不思議な生き物のことをペットの魔獣とか言ってたな。
この世界に来て初めての会話で興奮して全然聞き取れていなかった。
俺が聞き返すと、ライアは何を言っているんだお前はと言った表情をする。
「本当に何も知らないんだな。私は、魔族だ。そして、この子は小さい頃に拾った魔獣のペット。そして、私が一応現魔王だ。」
「はあっ!?」
俺はライアの言葉に思わず叫んでしまった。
「な、何だ急に!ビックリする!」
ライアは耳を塞ぎながら怒った表情を見せる。
急に大きな声を出したのは悪かったとは思う。でも、今この女は何て言った!?
「あんた、今魔王って言った?」
「そうだが…。」
そう言うと、ライアはハッとした表情をする。
俺が日本から来た転生者だと知っているのなら、恐らくどういう目的でここに送られてきているのかも知っているはずだ。
ライアは立ち上がると、再び剣を鞘から抜いた。隣ではタンザナイトが威嚇をしてくる。
「な、何だ!わ、私を殺すというのか!いいだろう!これでも一応は魔王の端くれ!」
覚悟が決まりきったかのように見えて泣きそうな顔をしながらライアが構える。
ここでこの少女を倒したら、ゲームクリアじゃんとも思ったがそもそもチート能力すら何か分かっていないのに倒すも何もないが…。
「大丈夫だよ。まだ、どんなチート能力を貰えたのかも分からないから。」
俺はヤレヤレといった風にライアに言う。
ライアは少しだけ安心したかのように再び剣を鞘に納める。
正直、信じすぎだろという所もある。これで俺がだまし討ちで倒せるような能力があったらお前死んでいたぞと言おうと思ったがここでそれを言っても評価が下がるだけだと思い黙ることにした。
「とりあえず、今日の泊まる場所を探したいんだよね。」
俺は立ちあがると、ライアに言った。
「それを私に言ってどうしろと言うのだ?」
「いやー、泊めてくれたら嬉しいかなって。」
俺は苦笑いを浮かべながら言う。
ここから、人里まで1日で出るのは不可能だと思っている。
何なら、タンザニアみたいな魔獣に襲われて死んでしまう可能性すらある。
「散々、私達に酷いことをしてきた人間を泊めると思っているのか?」
ライアは本気で言ってるのかと言った表情で俺を見てくる。
正直、俺より前に送られてきた日本人の転生者のしてきたことだから俺には関係ない。
「ほら?俺自身、まだ貰った能力とかそういうの分からないからさ。一応、無害なはずなんだよ。」
「お前に似た人間達が能力だとか何とか言うがよく分からないんだよな…。」
怪しげな男を見る目でライアが俺に言う。
俺だって、まだこの世界に来たばかりで何も分からないんだからお互い様だ。
「正直、お前のような人間を城に連れて行きたくないのだが…。というか、人間だと知られたらお前が部下にボコボコにされるだけだと思うぞ。ここ何年もお前みたいな人間が攻めて来ては散々に荒らしまわるから気が立っているから…。」
タンザニアに隠れるようにしてライアが言う。
それは怖い。だが、とりあえず今日の寝食を何とかしたい。
ライアはさらに俺に何か言いたそうな顔をしていた。
「…それに、何かお前の視線がその私の胸に自然と行っているの。だが。何と言うか、襲われそうで怖い…。」
そう言うと、体をさらに隠すようにした。
俺は慌てて、視線をずらした。
いや、こればかりはしょうがない。正直言って、中々に立派なモノを持っているのだから。
ライアの着ている服装は軽めの鎧といった感じで、動きやすいようにするためなのか金属製の面積が少なく、布地が多いモノだった。
そのせいか、胸の部分の形が割としっかりと分かるといった感じであった。
あまり気にしないようにしていたのだが、どうやら思ったより勝手に視線が行ってしまっていたようだ。
「だ、大丈夫だから。だから、そんな目で俺を見ないで欲しい。」
タンザナイトがかなり威嚇してくるのが心に来る。
ライアはうーんと悩んでいた。
「まあ、部屋は空いてる場所にすればいいからそこは心配ないのかな?」
「それよりも、部下の人?とやらにはどう俺のことは言うつもりなの?」
泊めさせてもらったのはいいが、裏でボコボコにされるとかは嫌だ。
「そこはちゃんと言っておく。森に迷い込んだところを捕まえたから、行動を観察して対人間への調査に使えるとかいくらでも言い方はある。」
多少は警戒心が解けたのか、ライアが先程までみたいな口調で話してくれるようになった。
「じゃあ、頼むよ。ついでに、色々とこの世界のことを教えてくれたら嬉しいかな?あとは、三食ふかふかのベット付きだと嬉しいかな。」
「意外と要件の多いやつだな。まあ、考えておくよ。」
ため息をつくと、ライアがこっちだと手招きをする。
とりあえず、初日の宿は確保出来たようだ。
ライアに連れられるままに歩いていくと、大きな城の前に立っていた。
「…デカいな。」
俺は思わずつぶやいた。
RPGとかで出て来そうな魔王の城みたいな感じだ。
「これでお前倒されたら世界は平和になる的な流れなの?」
俺は同じく城の門の前に立つ、ライアに尋ねる。
「らしいぞ、お前みたいな顔をした奴やこの世界の人間達が言うには。別に、私を倒したところで平和なんてなるとは思わないけどな。」
嫌そうな顔で答えるクレア。
門が開くと、門番らしき2人がライアに対して頭を下げる。
この2人にも小さな角が生えていた。本当に異世界に来たんだな、と思った。
「お帰りなさいませ、お姉さま。」
数人の部下を引き連れているライアよりさらに年下に見える少女が頭を下げる。
お姉さま、って言ったな。つまりは妹ということだろうか。
白色のセミロングといった長さの髪型の少女だった。どことなく、ライアと似た雰囲気を感じる。
ただ、ライアと違う所として耳が尖っていた。よく聞く、エルフとかいう種族なのだろうか。
背は、ライアより少し小さいくらいだろうか。
「お散歩はいかがでしたか?」
少女はライアに笑顔を見せながら尋ねる。
ライアも少女に対して、笑顔を見せていた。
「久しぶりに、散歩が出来て楽しかった。最近は公務に忙しかったからな。」
軽く伸びをしながら、ライアが言う。
「…この方は?」
少女が不思議そうに俺の方を見てくると尋ねた。
ライアは少しだけ微妙そうな顔を俺に向けた。
泊めてくれると了承してくれたのにそんな表情を見せるのはやめて欲しい。
「散歩の途中でタンザナイトが襲ってな。それで拾って来たんだ。」
「明らかに人間…ですよね?それも、黒髪…。」
少女は俺の姿に少しだけおびえた表情を見せる。
どうやら、この世界だと魔族と呼ばれる存在にとって俺のような見た目の人間は恐怖の対象らしい。
「そこは大丈夫らしい。一応、今のところは敵意はないらしい。迷子だったらしくてな、流石にそのまま捨てておくのも可哀そうに思ってな…。」
ライアが申し訳なさそうに少女に言う。
少女はため息をつく。
「お姉さまは、相変わらず甘いんですから。どう言い訳する予定なんですか?」
「まあ、一応は考えてある。」
そう言うと、ライアは俺の方を見る。
「私の妹だ。名前は…。」
「名前は、エレナと言います。よろしくお願いします。」
エレナと自分自身で自己紹介した少女が深々と頭を下げる。
後ろに控えている部下達が武器を構えて俺を警戒している。
正直言って、ここまで歓迎されないのは流石に傷つく。
「エレナ。この男を空いていそうな適当な部屋に案内してやってくれ。後、出来たらこの世界の仕組み的なとこを教えてやってくれ。」
「魔族の私が人間の世界の仕組みを教えるのは中々不思議な感じがしますけどね。」
「しょうがないだろ、成り行きでこうなってしまったのだ。私だって、これから言い訳をすると思うと頭が痛い。」
「だったら、捨てておけばいいのに。だから、甘いって言われるんですよ。」
呆れながらもどこか楽しそうにエレナがライアに言う。
ライアは部下に連れられて先に城の中に入って行った。
それを見送ると、エレナが俺に近づいて来た。
「では、空いているお部屋に案内いたしましょう。」
再び、頭を深々と下げるとエレナが俺を城の中へと案内した。
城の中に入ると、作り自体はテレビでよく見るようなヨーロッパの昔の城の中みたいな作りだった。
そう言えば、ここはもう異世界だからテレビとかそういった娯楽はないんだなと思った。
ゲームとか俺より先にこの世界に来た日本人が作ったりしてくれないのかなと思ったりする。
「ここが泊っていただくお部屋になります。」
階段を登り、少し廊下の奥にある部屋へと案内された。
部屋の内装もかなり綺麗だった。
「ちなみに、いつまでお泊りになられる予定なんですか?」
エレナが尋ねる。
俺は少しだけ考える。
正直、どこかに行く予定なんてない。だから、いつまでと確信を持った答えなんてない。
「ちなみに聞きたいんだけど、ここから人間の住んでいる地域に行くことって可能なの?」
俺は小声でエレナに尋ねる。
先程から、警戒心が高そうな部下達が俺を監視してきて怖い。
正直言って、ライアとエレナはしないかもしれないが本当に裏でボコボコにされるんじゃないかと怯えている。
「うーん。この世界で一番最北端にある場所ですからね。歩いていくとするなら相当かかるかと。」
「ちなみにどのくらいだったりする?」
「正直言って、私も行ったことがないので。そもそも、ここは人間達が魔王討伐と言って目指す最後の場所ですからね。」
だよなー、と俺は思った。
魔王城と言えば、ゲームなら最後のラストダンジョンとかそんな感じの位置づけだ。
そう易々と行けるような場所に作るわけがないよな。
そうなると、あの女神にいよいよ腹が立ってきた。転送違いもいい所だと思う。
本当に会う手段があるとするなら、俺の拳で泣かせてやろう。
「はぁ…。じゃあ、多分ここに当分はお世話になることになりそう。」
俺は部屋に入り、ベットの上に座った。
エレナがそのまま部屋の中へと入ってくる。
「望みとあらば、人間が住んでいる地域まで送ってあげてもいいのですが。」
「うーん、今はいいかな。そもそも、この世界に来る際に貰ったチート能力とかそういうのも全然分からない状況だし。」
俺はため息をつくと、ベットの上に寝転ぶ。
久しぶりに柔らかい布団の感触を感じた気がする。
「人間ですと、冒険者カードというモノが生まれながらにしてあるそうですが。」
冒険者カード?まあ、確かに剣と魔法の世界ならそんなモノがあっても不思議じゃない。
俺は体のあらゆる部分を探った。すると、1枚の小さな紙のようなモノが床に落ちた。
俺はそれを拾い上げると、免許証くらいの大きさだった。
「多分、それかと。以前、倒した人間の冒険者が持っていたモノと似ていますね。」
エレナが覗き込むと説明する。
俺もカードを見た。文字は一応読めるようだ。
ただ、どういう仕組みなのか全然分からない。
「この世界にはスキルというモノが存在します。そして、人間であれば戦う際に職業というモノがありますね。私達は魔族ですので、職業は存在しませんがスキルはあります。まあ、人間が持っているようなスキルとは少し違うモノも多いですが。基本的にそれを覚える際には教えてもらうのです。そして、教えてもらうことでカードにスキルが登録されるので…。」
「ポイントを使って、スキルを覚えるって感じなのかな?ポイントはモンスターとかを倒すと得られる感じ?」
俺はよく聞く設定だなと思いながら、エレナの言葉に被せるようにして言う。
「よく知っていますね。そうです、そうです。ただ、あなたのような黒い髪をした人間達には決まって不思議なスキルや武器があるんですよね。」
そう言うと、再び覗き込んだ。そして、カードに書かれている部分を指さす。
俺はその部分を見ると鍛冶師と書かれていた。
「…鍛冶師?」
俺は自分で言葉にして首を傾げる。
そして、エレナの方を見る。
「私を見ないでください。人間のスキルや職業についてはそこまで詳しくないので。ただ、職業欄が空白なのでそれがあなたの言うチート能力?とやらじゃないんですか?」
エレナが不思議そうな顔をしながら俺に説明をする。
正直、このチート能力が当たりなのかハズレなのか一切分からない。
ただ、カードの右上には膨大のポイントが書かれていた。
「そのポイントでスキルを覚えていくんです。元々、かなりのポイントがありますね。これなら、どんどんスキルを覚えることが出来ると思いますよ。」
初めて、この世界でチート転生者っぽいイベントが来た気がする。
「じゃあ、エレナだっけ?エレナが覚えているスキルとかも覚えれたりするの?」
「まあ、可能でしょうね。ただ、私は基本的に魔法を扱いますから。魔法でよろしければ教えてあげますよ。」
「魔法!異世界じゃん!是非、教えてよ!」
俺は興奮してエレナに思わず大きな声で言う。
エレナは急に大きな声で言われて驚いた表情を見せる。流石に、急に大きな声を出してしまったと反省する。
そして、ふと思った。
「教えても大丈夫なの?俺が一応人間なの知っているんでしょ?」
エレナは少し考えている感じだった。
「まあ、そうですね。でも、お姉さまが連れて来た人ですから大丈夫なのかなって。」
「信頼しているんだ、お姉さんのこと。」
「えぇ、私の唯一残っている家族ですから。」
そう言うと、少しだけ悲しそうな表情を見せた気がする。
そんな会話をしていると、小走りでこちらの部屋に向かってくる足音が聞こえて来た。
「よし、何とか了承は得たぞ。流石に疲れた…。」
ライアが疲れ切った表情で部屋に入って来た。
どうやら、部下の人達への言い訳が済んだらしい。
「お疲れ様です。とりあえず、簡単な説明はしましたよ。」
エレナがライアに笑いかけると、言った。
本当に簡単な説明だから、もっと詳しい説明は今度聞かないとなと俺は思った。
「とりあえず、数日は様子見で敵意を見せ次第即殺すという話でまとまったから。精々、大人しくしているんだな。」
「随分とおっかない話だな。大丈夫だよ、何もしないから…。」
ホントかよ、といった視線を俺に向ける。
「大丈夫だったか、エレナ。変ないたずらとかされていないか?」
心配そうにエレナを見ると、エレナを自分の背中の後ろに隠した。
「何もされていませんよ。」
クスクスと笑いながらエレナが答える。
「失礼な奴だな。俺がそんなことをするわけないだろ。」
「私の胸元をチラチラと見てくるような男にそんな言葉は信用ならない。」
ライアはジロっと俺を睨みながら言う。
そうだと思い、俺はライアに冒険者カードを見せた。
「せっかく、異世界に来たんだ。何か色々とスキル覚えたいから教えてよ。お前も。」
ライアは俺の冒険者カードを覗き込んできた。
そして、少しだけ嫌な表情を見せる。
「もしかすると、これから襲ってくるような男に教えるのは色々と怖いのだが…。」
「だから、襲わないって言ってるだろ!俺はちゃんと、大義名分がないとそういう行動はしない男なんだ。」
「なおのこと、怖いわ!」
ライアが俺にツッコむ。
そして、まあいいと小さな声でつぶやく。
「とりあえず、ここに泊まると言うならいつまでかは知らないがちゃんと働いてもらうことにもなるしな。」
「働く?えっ、労働とか嫌なんだけど…。」
俺はライアの言葉に嫌な顔をする。
日本にいた際はバイトとか一応していたが、それは小遣いを稼ぐために仕方なくやっていたのだ。出来たら、働かずに楽して生活していきたい。
「泊まらせてやるのだ。流石にそれくらいはしてもらう。」
腕を組んだライアが俺に言い放つ。
「まあまあ、私もある程度お手伝いしますので。」
エレナが俺とライアの間に立つと、俺に優しく言う。
「働くって何をするのさ?」
「魔王城の近くといっても、色々と凶暴な魔獣とかいるからな。そういった魔獣を倒して、それを収める。それを貨幣に変えて生活をするというのが魔族だ。私達、魔王軍はその斡旋を行っているのだ。」
「何か、ゲームのギルドとかそんな感じみたいだな。」
俺はRPGに出て来そうなシステムを作っている魔王軍とやらに少しだけ感心しながら言う。
「そもそも、このシステム自体が人間界を真似たモノですからね。最近は、人間達がどんどん私達の領域に侵入してくるせいで商売も上がったりという状態ですけど…。」
エレナがため息交じりに言う。
あの女神も魔王軍をかなり追いつめているとか言っていたし、ここの奴らも苦労しているのだろう。
「じゃあ、色々とスキル覚えてそれで魔獣狩ってレベル上げるって感じになるのか。」
俺はこれからの計画を立てると、ライアに言う。
「まあ、それで私を倒そうとか考えなければな。正直言って、それが怖いんだよな。」
「大丈夫だよ。別に、この世界に来た際に魔王倒したら何かくれるとかも言われてないしな。どうせ、人間が住んでる地域まで帰るのは大変らしいからここに骨をうずめるのも悪くはなさそう。」
ライアは少しだけ疑いの目を俺に向けてくる。
本音を言っているのだから、少しは信じて欲しい。
「まあ、それならいいんだが。ただ、ここの城は魔王軍のモノだから。ある程度、生活の基盤が出来たら城の外の町で生活するのは考慮しておいてくれ。」
ライアはそう言うと、視線を窓の先にある町に向けた。
改めて見ると、本当に人間が住んでいるような作りをしている。
もっと魔王城とか言うからおどろおどろしいモノを想像していたが違うんだな。
そして、異世界転生1日目にしてとりあえず俺は生きていく術は何とかなりそうだと思った。