魔王城居候の契約延長
「スズキヒロト、並びにシエスタ。両名を今回の功績により表彰する。」
ユキネの声が部屋に響き渡る。
シエスタと並んでいた俺は、先にライアから表彰状を受け取る。
「ありがとう。お前のおかげで本当に今回は助かった。」
表彰状を渡そうとするライアが笑顔を見せる。
「…しかし、流石にあれは可哀そうだったと思うのだが。」
そして、すぐに微妙な表情を浮かべる。
そんなことを言われても仕方がない。
別に髪型をオシャレヘアにしてあげただけだ。悪いことは何もしていない。
あの後、シエスタとソルベと共にスレイの髪型を散々改造しまくった結果戦意喪失した部下達と共に魔王城を攻めていた兵士達の前に連れて行った。
そして、スレイの口から攻撃をやめると言わせることで攻めていた兵士達も無事に投降させることに成功した。
その後に、今回の罰として全兵士の髪型を好きに変更してやった。
城からその様子を見ていたライア達のドン引きした視線が少しばかり堪えたが、まあそれは仕方のないことだと割り切った。
「ねえ、見て見て!初めて表彰状なんてもらったわ!こういうのも悪くないわね!」
同じくエレナから表彰状を受け取ったシエスタが嬉しそうに俺に見せて来る。
たかが、表彰状ごときで喜べるとは流石は脳の作りが安く出来ていそうな自称女神だと思う。
お気楽な人生で羨ましいモノだ。
「ハイハイ、良かったな。ちゃんと、大事に飾っておけよ。」
俺は適当にシエスタをあしらう。
しかし、そうは言っても今回はこの女神がいなかったら危なかったと思う。
クエストに出れば倒したはずのモンスターを蘇らせたり、草むしりをさせればむしろするよりも雑草を伸ばすような使えない女神だが、スレイの捕縛にまさかあの能力がしっかりと役立つとは思わなかった。
絶対に何かやらかすと思っていたが、特にそんなこともなかった。
むしろ、100人超いたスレイの部下の髪型を一斉に変えるという荒業までしてみせたのだ。
正直、この女にMVPは譲ってあげてもいいかなと今回ばかりは思った。
部屋の中にはここ最近ではすっかり見慣れた城内の面々が揃っていた。そして、俺達に向けて拍手を送っていた。
スレイはあの後、俺が作り出したバリカンにすっかり恐怖を抱いてしまった。
もう、魔王軍を裏切らないから頼むからその武器はしまってくれとまで言っていた。
俺の国で、床屋や美容院に行かなくても1人で簡単に散髪出来る便利アイテムなのだがどうやらスレイ達の種族にとっては天敵になったようだ。
今度、大量に売りつけてやるもいいかもしれない。
スレイ曰く、もう魔王軍に反旗を翻す気はないという話らしい。
これまで通り、最前線で人間の冒険者相手の進行を防ぐ任務に専念すると言ってライアに頭を下げていた。
ただ、流石にここまで滅茶苦茶に髪型を壊されては種族としての誇りが何たらと言って、髪型が戻るまで領地の中に引きこもるらしい。
髪型で決まる種族の誇りとか何なんだとツッコミたいが、まあそのおかげで今回は俺の無茶苦茶な作戦が成功したのだからありがたい話である。
「ねえねえ!私、表彰してもらったからパーティーとか開いてもらいたいわ!パァってみんなで宴会をしましょう!」
シエスタがライアに何か言っていた。
コイツは騒げれば何でもいいんだなと思う。
あれだけ、戦いが始まる前は泣いていたくせにとか色々言いたいことはあるが今はおめでたい場だから黙っておいてあげるとしよう。
「もちろん、開きたいのだがな。今回ので食料とか準備とかですっかりお金を使ってしまってまた当分は節約生活なのだ…。」
ライアが申し訳なさそうにシエスタに言う。
そういえば、俺の武器作りでかなり物資の支援をしてくれたのは覚えている。
加えて、籠城が長期化した時ように兵糧集めにも奔走していたらしい。
せっかく勝ったというのに、また貧乏生活とは夢のない話である。
「それでだ。何も渡せるモノなんてないが、何か願いがあれば聞いてあげたいと思う。それが今回のお前達に出来る私なりのお礼だ。」
ライアが申し訳なさそうな表情のまま俺達に言う。
俺とシエスタが互いに顔を見合わせる。
何か願いを1つ、か。
正直、特に何か欲しいモノはない。欲を言えば、お金だがそれもほとんどないらしい。
シエスタは俺の方をジッと見て来る。どうやら、俺が先に言っていいらしい。
この女にしては珍しく謙虚だなと思った。
「じゃあさ、2つ頼んでもいいかな?ワガママになるけど。」
俺はライアに尋ねた。
ライアは少し意外そうな表情を見せた。
「まあ、2つくらいなら。お前のことだからもっと色々と頼んでくるものかと思っていた…。」
「俺のことを何だと思っているんだよ。お金がない時点で大した願いなんて聞けないことくらい俺でも分かってるよ。」
やれやれと言った風に俺は言い返す。
どうやら、ライアの中で俺はとても欲深い人間に見えているらしい。
俺ほど品行方正な人間は中々にいないというのに、全く失礼な奴だ。
「1つは俺にある負債の帳消しかな。」
負債とは、以前のたこ焼き店をした際の写真混入事件による儲け分の返却である。
とりあえず、これはマストで消しておきたかった。
「そんなことでいいのか?いや、その程度全然私は構わないが。」
ライアが驚いたように言った。
そんなこと、と言うがそれなりの金額だったはずだ。それを帳消しにしてもらえるのなら、こちらとしてはありがたい話だ。
「じゃあ、もう1つとは?」
ライアが不安そうに尋ねる。
そんな心配しなくても、無茶なお願いなんてしないのにと俺は思った。
「2つ目は、この城にもう少しだけ居候させてくれってことかな。行く当てないんだよ、俺は。」
少しばかり恥ずかしそうに俺は言った。
ライアはその言葉を聞くと、何が面白かったのか少しだけ笑っていた。。
「もちろんだ!これからもよろしく、ヒロト!」
そう言うと、ライアは満面の笑みを浮かべた。
シエスタが私には聞かないの、といった顔を見せていた。
別にコイツの願いなんてロクなモノじゃないだろと思う。
ライアも同じ気持ちだったのか、少しだけ微妙そうな表情を浮かべていた。
「そ、そうだな。シエスタにはまだ聞いていなかったな。あまり無茶なことは叶えられないが、一応言ってみてくれ。」
それを聞くと、シエスタはフフンと自信満々に俺の前に立った。
一応言っておくが、金を寄こせと言ってもあげられる金なんて魔王軍は持ってないぞと言いたい。
「そうね!とりあえずは、私が借りている借金を帳消しして欲しいの!城にいても、気づいたら借金、借金って言われて困ってたの。」
借金をしたのはお前の責任だろ。
まあ、負債を帳消しにしてもらった俺が言えることではないので黙っておくことにしよう。
「それと、あとは私もこのお城に住ませてちょうだい!もう少し、広い部屋でフカフカのベッドが付いているとなおいいわね!」
コイツにしては随分と控えめなお願いだなと少しばかり感心する。
まあ、最後に余計な何かを付け加えなければ完璧だっただろうが。
俺はライアの方を見る。
ライアはもちろん、エレナとユキネ。さらには警察隊の面々や他の城内の魔族達も孫を見るかのような目でシエスタのことを見ていた。
ただ1人、気が合わないソルベだけが馬鹿にしたような目で見ていたが。
何だかんだ、そこそこの期間をこの城で過ごして来たのだ。この女もかなり、知り合いが出来たのだろう。
「もちろんだ。そうだな、部屋を変えることは出来ないが、ベッドの新調くらいなら考えておいてやろう。」
「本当!優しいわね!じゃあ、私が城下で見た良さげなお店あるからそこのにしてちょうだい!」
「いや、流石にすぐは無理だからちょっと待って欲しい。」
いつもの調子を取り戻したシエスタがすぐにワガママをライアに言う。
コイツは本当にブレないなと思う。
「そういえば、お前の方こそどうするんだよ?これから。」
俺はふと気になったのでライアに尋ねる。
「もちろん、魔王はこのまま続けるつもりだ。お前達のおかげでこうして、城の皆はもちろん城下の者も無事だったのだからな。」
それに…、とライアが小さな声で続けた。
「お前には言っていなかったな。私には昔から1つ夢があるのだ。」
夢?何だろうか。
魔王になって人間を滅ぼすとかだろうか。
正直、もうこれだけ魔王軍サイドにいるから別に人間に対して情が湧くとかないが、それはそれで悪役サイドに完全になりそうだなと俺は思った。
まあ、それはそれでひねくれ者の俺らしくていいかもしれない。
「魔族の統一をしたいのだ。魔族は今、完全にバラバラになっているからな。もう一度、昔みたいに魔王軍の元にみんなで仲良くしたいと考えているのだ。」
なるほど、この女らしいなと思った。
確かに、この世界の魔族は好き放題に生きている。
そして、隙あらば魔王の地位を狙っているらしい。今回はそれがスレイ率いる魔族達によって起こされたわけだ。
後で話を聞いたのだが、基本的にしっかりと知性を持って人間と同じような生活をしている魔族は揃って角が生えている。
そのため、人間達からは鬼族と呼ばれているらしい。
エルフやドワーフなんかはまた別種族という扱いらしい。
「それはまた大層な夢だな。」
俺はライアに言った。
ライアは楽しそうに笑みを浮かべていた。
「そうだな、だからこれからまた忙しくなる気がする。中々、お前やシエスタとクエストに行ったりが出来ないのが悲しいがな。」
どこか今回の件で吹っ切れたのか、ライアが日ごろから浮かべていた疲れ切ったような表情が今日はなかった。
そんなライアにシエスタが空気の読めない一言を放つ。
「そんなー!せっかくなんだから、遊んでよ!ユキネとばかり遊ぶのもそろそろ飽きてきたのよ!」
「待ってください!私だって、仕事の合間を縫ってシエスタ殿のお相手をしているのです。勘違いを起こしそうな言い方はやめてください!」
ユキネが慌てたように言い返す。
本当にこの女はロクでもないなと思う。
シエスタがユキネと取っ組み合いを始めていた。そして、なぜかソルベも混ざっていてカオスになり始めていた。
エレナがそんな光景を見ながら楽しそうに笑っていた。
「エレナも大変になるんじゃないのか?姉がこんなこと言ってるけど。」
エレナは俺の言葉を聞くと、俺の方に視線を向けてきた。
「そうですね。でも、いいことだと思いますよ。何もないよりは全然。それに、お姉さまの本当の夢はもう1つ上ですから。」
もう1つ?どういう意味だろうか?
俺は気になって、ライアの方を見た。
ライアは少しばかり、恥ずかしそうな表情を見せた。
「私は、人間とも仲良くしたいと思っているのだ。別に攻めたり攻められたりの関係じゃなくてだ。」
そういえば、スレイもそんなことを言っていたような気がする。
魔王、か。人間と仲良くしたい魔王なんているんだなと改めて思った。
そんな性格だから、俺を助けてくれたのかもしれない。
「無理だろ。魔王は勇者に倒される宿命にあるんじゃないのか?」
俺は少しばかり意地の悪いことを言おうと思って、ライアに言う。
ライアもそんな俺の考えが分かっているのか、不敵な笑みを浮かべていた。
「そんな宿命など知らん。別に私は世界を滅ぼす気などないからな。」
すると、ユキネとソルベと取っ組み合いをしていたシエスタが近づいてきた。
そして、俺の背中越しからぴょこっと顔を出した。
「面白いわね!でも、いい考えだと思うわ。魔王が人間と仲良くなれば私もずっとこのお城で生活出来るわけだしね。」
「お前、最初はコイツを滅ぼそうとか言っていなかったか?というか、天界に帰る話はどうなったんだよ。」
俺は呆れて、シエスタに言う。
当初の目的を完全に忘れているじゃないか、この女神は。
「そんなこと知らないわ。どうせ、クビになったから自力では帰れないんだし。このままこのお城に住むのも悪くないと思ったのよ。」
何を言っているんだ、といった表情を見せるシエスタ。
初めて会った時のあの表情とセリフを今のお前に見せてやりたいと思う。
どんな感想を述べてくれるかとても楽しみだ。
まあ、コイツのことだから忘れたとか言い出しそうだが。
「それなら、お金ばかり借りているといつか追い出されるかもしれないから気を付けないとな。」
ライアが呆れたように、しかしどこか嬉しそうにシエスタに言った。
シエスタは聞きたくない言葉だったからか、プイっと無視していた。
「じゃあ、改めてよろしく。」
俺はそんなシエスタを見ると、再びライアの方を振り向くと右手を差し出した。
ライアはニコリと笑って、その手を握り返した。
「こちらこそ、よろしくな。ヒロト。」




