怪盗少女の実家にお邪魔します
次の日、俺達はエルキド王国で初めて訪れる屋敷にいた。
どうやら、ここがミリアの実の父がいる屋敷らしい。
俺とシエスタ、そしてソルベの3人がミリアに同行する形となった。
「何が悲しくて、こんな事しなくちゃいけないんだよ…。」
俺は、何度目かになるか分からないタキシードを見ながら、つぶやく。
ソルベはいつも通りの警察隊の制服を着て、シエスタはメイド服を着ていた。
一応、シエスタはミリアの使用人という役で同行することにしたらしい。ソルベの方は、これまでと同じく、俺達の護衛だ。
最悪、ミリアが拉致される可能性だって考えられる。
そうなると、誰かしら戦闘力のある知り合いが欲しかったのだ。
ユキネでも良かったのだが、流石に前回のエルキド王国での訪問でそこそこに顔が知られていることもあったので、候補から外した。
そこで、ライア達の警備を担当していた警察隊の中から、ミリアとも関わることが多い、ソルベに頼んだということだ。
「ねえ、見て見て!ユキネの物真似―!」
メイド服を着て、すっかりご機嫌なシエスタが俺達に声を掛ける。
そして、皿を割るユキネの真似をしていた。
「あー、申し訳ございません!」
大きな声を上げると、シエスタが俺の前でペコペコと頭を下げていた。
「いや、ユキネはそんな大きな声は出さないだろ。割と、皿を割ろうが、どんなミスをしようが淡々と謝るイメージだぞ。」
「あら、そうだったかしら?私自身でこの責任は取りましょう、って言うシーンも必要ないのかしら?」
何だ、そのどこぞのビデオとかにありそうなシーンは…。
ユキネにどんなイメージを持っているんだ、この女。
「もし、それが本当の話だったら、あいつのミスの多さからして、いくら体があっても足りないだろ。というか、大丈夫なのか?そんな真似してて。」
俺は、呆れながらにシエスタに言う。
「大丈夫よ!今日はユキネはライア達に付き添って、お城の方に行ってるから。あんた達が告げ口しなければ平気よ!」
よし、この後に帰ったらすぐに、ユキネに教えてやろう。
俺はシエスタの言葉を聞くと、即座に決めた。
「じゃあ、しなければいいだけだろ。ちなみに、兄貴が言わなくても、俺が報告してやるから安心しろよ。」
一緒になってシエスタの物真似を見ていたソルベが、馬鹿にしながら言う。
「何でよ、別に私がユキネの真似をしたからって何が悪いのよ!」
「いや、言うなって言われたら言いたくなるのが性だろ?というわけで、ユキネの姉御にはしっかりと報告しておいてやるよ。」
ニヤニヤとした表情を浮かべながら、ソルベがシエスタに言う。
シエスタが頬を膨らませて、どう言い返そうかと悩んでいる様子だった。
「…えっと、何してるの?」
部屋のドアが開くと、声が聞こえる。
ミリアの着替えが終わって、戻ってきたようだった。
「シエスタがメイド服を着たからって、ユキネの真似をしてたんだよ。それで、それをユキネに言いつけるかどうかでソルベと喧嘩してただけだ。」
俺は簡単に、ミリアに事情を説明する。
「君達、本当に相変わらずだね…。」
呆れたような目を向けながら、ミリアが俺達に言う。
そして、軽くため息を吐いた。
今のミリアは、普段では見ないようなドレス姿だった。
コイツのドレス姿、といえば、以前に潜入したことがあるルチアーノ王国の地下施設以来だろうか。
「…意外と、似合うモノなんだな。」
俺は、ミリアのドレス姿をまじまじと見ていた。
俺の視線に気づいたのか、ミリアが恥ずかしそうに体を隠した。
「あながち、いいとこの貴族の出身ってのは間違ってないかもですね。」
同じく、ソルベも似たような感想を述べる。
「そんなにジロジロと見られると、恥ずかしいんだけど…。あまり、こういう服は好きじゃないんだから…。」
ミリアが顔を赤くしながら、ポツリとつぶやく。
「ミリアったら、とっても可愛いじゃない!魔王城にいる時もそういう服とか、もっと着ればいいのに?」
シエスタが純粋な感想を述べる。
「流石に、こういう服は高いから…。それに、ライアさんやミリアさんのだと、サイズ的にね…。」
そう言うと、恥ずかしそうに俯いた。
まあ、ミリアがドレス姿が意外と似合うのは分かった。
だが、本題はそこじゃない…。
「それで、俺は何をすればいいんだよ?」
俺は一番重要なことを尋ねる。
「えっと、その…。私の婚約者、みたいな立ち位置を演じてもらえればいいのかな?」
ミリアが自信なさそうに、俺に答える。
「ユキネの時も似たようなことさせられたんだけど…。何が悲しくて、何度もそんな事しなくちゃいけないんだよ…。」
俺は、面倒臭そうにミリアに言い返す。
一応、ライア達から話はある程度は聞いていた。
その上で、断ったら無理やり連れて行かれたわけだ。
普通に嫌だ、と断ればいいだけだろうと思う。
「だって、そうでもしないと、こっちの話なんか聞いてくれないと思うから…。」
「大体、勝手に産んで、都合が悪くなったから捨てた娘が生きていたことを知って、目先の利益の為に、その娘を他国の王子に売っちゃうような男に、それをしたところで、どちらにせよ話なんか聞いてくれないと思うけどな。」
俺は、ミリアに言う。
「…いいじゃん、別に。私だって、演技とはいえ君とそういう関係になってみたいんだから…。」
ミリアがボソボソと何か言っていて、何も聞こえない。
そして、なぜか不貞腐れたようにいじけていた。
「声が小さすぎて、何言ってるか聞こえないんだけど…。」
いきなり不機嫌になったミリアに対して、俺は面倒臭そうに言い返す。
ミリアはそれを聞くと、やはり不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「ライアさんやエレナさん、それにユキネさんの時は自分から助けようって動いているのに、私の時には何でそんな面倒臭そうにするんだろ、って思っただけだよ…。」
「何、ガキみたいなこと言ってるんだよ…。そもそも、あの3人の時も無理やり巻き込まれただけだからな。出来るなら、そんなことしたくないよ。」
そもそも、今回のは他国の貴族が相手になるのだ。
この前のユキネの件なら、極端な話で言えば、魔王軍の治めている地域内での話だから、何とかなった。
だが、完全に別の国の貴族の相手なんて、正直どんな面倒なことに巻き込まれるかなんて想像もしたくない…。
「というか、レオーナに頼んで拒否してもらえばいいんじゃないの?最悪、レオーナを通して会いたくないって言えばよかったと思うんだけど?」
俺の言葉に、ミリアはムスッとした表情を見せる。
「…そ、それは。レオーナさんを巻き込みたくなかっただけだよ。それに、会いたくないって拒否したら、魔王軍の評判にも関わると思うから…。」
元々は、エルキド王国には例の手紙を見て、行きたくないと言っていた。
しかし、レオーナがミリアを名指しで連れて来て欲しい、と俺の手紙に書いてあったので、一緒に来たのだ。
その理由も、レオーナ自身が教えてくれたのだが、まさかこの2人にそんな面識があったなんて驚きだった。
「そういえば、ミリアってあの王女様とお友達だったのよね?何で、今まで教えてくれなかったの?」
シエスタも不思議そうに、ミリアに尋ねる。
「あまり、言っちゃいけない事かなって思っただけだよ。レオーナ様…。じゃない、レオーナさんがまだ、今よりもずっと幼い時の話だったから、本人も覚えていないって思ってたから…。」
ミリアが恥ずかしそうに、シエスタに答える。
ふと、俺はその話を聞いていて、気になったことがあった。
「よく分からないんだけど、それってレオーナが何歳の時の話なんだ?」
「多分、3歳とか4歳とかそれくらいだよ?私とレオーナさんって、別にそこまで歳離れてるわけじゃないから。」
「そもそも、お前があのお爺さんとお婆さんの所に追い出されたのがいつなのかが分かってないんだよな…。」
俺は時系列がいまいち、理解出来ずに、さらにミリアに尋ねる。
「ルチアーノ王国の方に追い出されたのは、割と最近の話だよ。まあ、私も自分の産みのお母さんって人の顔は見たことないんだけどね。本当にノリと勢いで産まれちゃって、育てることが出来ないからって置き手紙を残して、この屋敷に捨てたって話みたいだから。」
ミリアが特に気にしていないのか、世間話のように俺達に言う。
「エレナの母親も大概だったが、お前の母親もロクでもないな…。」
俺は、以前にあったエレナの母親と変わらないレベルの毒親っぷりに、呆れながらツッコむ。
「まあ、そんな事情もあったから、私がこの屋敷の主人の奥さんから目を付けられていたからね。」
「あー、なるほど。その影響で、お前って少し変わってるところがあるのか。」
ソルベが、ミリアの話に口を挟む。
「ねえ、待って!ソルベ君にだけは言われたくないよ!私、そこまでは変な人じゃないって自信あるつもりなんだけど!」
ミリアがムッとしながら、ソルベに詰め寄る。
ソルベの方は、ミリアに詰め寄られたところで屁でもないのか、笑みを浮かべたままだった。
そんなソルベの表情に、大きくため息を吐くと、ミリアは再び話に戻ろうとした。
「そんな時に、お城からレオーナさんの遊び相手の募集があったんだよ。年が近い子、でね。それで、屋敷には置いておきたくないから、私がそこに行くことになったの。でも、よくそんな昔のことを覚えてたなって思うよ。まさか、あっちも覚えているなんてね…。」
ミリアは余程、レオーナが覚えていることが驚きだったのか、しみじみと言う。
「でも、大丈夫なの?そんなお父さんとお母さんだと、ミリアの事なんて何も考えてくれなさそうだけど?」
シエスタが珍しく、まともなことを言う。
確かに、父親の方は分からないが、その奥さんの方は、確実にミリアを都合よく利用しようと考えているだろう。
「だからこその、この作戦だよ。すでに婚約者がいる、ってことにしちゃえば、流石に他国の王子様と結婚させようとは思わないはずだよ。」
「いや、それならそれで分かれて、その王子様と結婚しろとか言い返されそうなんだけど…?」
俺はミリアの言葉に、反応する。
「そ、その時は…。最終手段で、ライアさんに話をしてもらおうよ!それか、レオーナさんを通じて説得するか、だね…。」
つまり、最初からそれをした方がいいだろう、ということになると思うのだが…。
まあ、ミリアがあの2人の手をあまり煩わせたくないのだろう。
せっかくの人脈なんだから、使えるだけ使えばいいと思うのだが…。
「まあ、そこまで言うのならいいけどさ…。婚約者って、何をすればいいんだよ?」
俺は何の対策も考えていないので、ミリアに尋ねる。
すると、ミリアの方もあまり考えていなかったのか、自信なさそうな表情を見せる。
「そ、そこは上手いことやるしかないよ…。ほら、ヒロト君って口八丁が上手いじゃん!それで何とかなるかな、って…。」
「結局、俺任せなのかよ!いや、お前が連れて来たのなら、お前がメインで話を進めろよ!」
「そこは分かってるつもりだよ!でも、ほら!私も別に話が上手い方じゃないからさ…。」
俺だって、別にそこまで上手いわけじゃないのだが…。
俺は、何の考えも無しに突っ込もうとするミリアを見ながら呆れていた。
こんなことなら、やっぱりライア達に頼めばよかったと思う。
ミリアが何とかしてくれ、と言わんばかりに目を潤ませて俺を見て来た。
「まあ、最悪の状況になったら後ろにいるソルベが何とかしてくれるだろ。ソルベ、武力行使の時は頼むぞ。」
俺はお手上げとばかりに、戦闘担当のソルベに声を掛ける。
「任せてくださいよ。兄貴の安全はしっかりと守ってみせますから。」
頼もしい事を、ソルベが言ってくれる。
「ちょっと、私のこともちゃんと守りなさいよね!」
シエスタがソルベに言い返す。
「女神なんだろ?なら、自分の身くらい自分で守れよ。」
ソルベが、即座にシエスタに反論する。
シエスタはソルベを睨み返していた。
「私は、戦闘なんて野蛮なことはしないの。だって、女神なんですから!」
そう言うと同時に、2人は取っ組み合いの喧嘩を始める。
まあ、大丈夫だと信じるしかないな…。
俺はそんな光景を見ながら、一抹の不安と共に、心の中で思う。
すると、部屋のドアが静かに開けられる音がした。
「ミリア様。そして、その同行者の方々。我が屋敷の主人が、お呼びでございます。」
厳かな声が聞こえた。どうやら、俺達を呼びに来たらしい。
ミリアが俺の方を見て来る。
俺は、まだ若干進まない気持ちもあるが、しょうがないなとばかりにミリアに頷く。
そして、ミリアを先頭にして俺達は部屋を出ようとした。




