決戦!魔王城籠城作戦
城壁の上に登った俺は、迫りくる大軍を見ていた。
隣にはシエスタがいた。
「いやー!!!何で戦わなくちゃいけないのよ!無理無理!戦いなんてやめて素直に降伏しましょうよ!!!」
ライアに縋りつくように泣き言を言っている。
正直言って、もう恒例の光景だから特に何の感情も沸かない。
まあ、あれだけ偉そうに出て行ってよくその泣き言が言えるなと感心するくらいだ。
「諦めてください。もう、決めたことなんですから。ほら、みっともないですよ。」
ユキネが赤子をあやすように、シエスタをライアから引き剥がそうとする。
俺、作ったばかりの双眼鏡を覗き込んで迫りくるスレイの軍勢を確認する。
「何人くらいいるのかな?」
俺の横に立っていたライアに尋ねる。
「100は超えるだろうな。見たところ、スレイの姿はいない。どこかで陣を敷いているのだろう。」
落ち着いているのか、冷静な分析をするライア。
昨日までは落ち着かない様子が目立っていたが、流石に今は覚悟が決まっているのだろうか。
オロオロしている様子はなかった。
ライアの後ろには武器を持った兵士と魔法を使える魔族達が控えていた。
とりあえず、ここ数日は徹夜で武器の大量生産に勤しんだ。
魔法が使えなくて腕っぷしに自信があるか、弓の扱いが得意な城の兵士達に壊れても大丈夫なように複数本配っておいた。
「…しかし、本当に1日で決着を着けるつもりなんですか?」
エレナが不安そうに俺に尋ねる。
俺はエレナの方を見る。
「何度も言っているだろ。後方からの物資の支援のない籠城なんて、長期間になればなるほどジリ貧になるのは分かり切っているんだから。短期決着しか方法はないよ。多分…。」
確信がないので、最後に誤魔化すように言葉を付け加える。
1週間という短い期間だがやるだけの準備はした。これでダメなら全員で城を捨てて逃げるしかない。
逃げる場所なんてあるのかなんて言われたら知らない、と答えるしかないが。正直言って、今でもスレイに啖呵を切ったことを後悔している。
「すまない、お前とシエスタまで巻き込んでしまって。」
ライアが俺に謝るように言う。
「いいよ、別に。自分で言いだしたことなんだから。むしろ、良かったのかよ。俺なんかの考えた作戦を採用して?」
逆に俺が聞き返す。
今回の籠城作戦において、ライアは俺に作戦の全権を任せていた。
正直、そんな知識なんて特にない現代っ子の俺からしたら責任が重すぎるのだが。ライアから頭を下げられてしまったので、渋々受けることにした。
「大丈夫だ。ここの城の連中はどいつもこいつも脳筋が多くてな。小賢しい作戦を考えるのはお前の得意分野だろ。」
少しだけ笑いながらライアが答える。
小賢しい、って何だ。小賢しいって。
そんなことを思っていると、城下町の外で探索をしている警察隊のソルベから連絡が入ってきた。
「兄貴、スレイの奴。森の中に陣を敷いてますわ。周りも10数人くらい。完全に全戦力をそっちに回してますよ。完全に舐められてますわ。」
「了解。俺が行くまでバレないように待機していて。正直、イチかバチかの作戦だから成功するかは分からないけど…。」
俺は自信なさそうに言う。
ソルベからは了解です、と声が届くと連絡が切れた。
「…来るぞ!」
ライアが城の外に構えている兵士達を見ながら、言う。
エレナがライアの声を合図に、背後の弓を構えた兵士達に合図を送る。全員が弓矢を構える。
真ん中で小さな二足歩行のドラゴンみたいな生き物に乗っている魔族が左手を挙げると一斉に城壁へと攻めてきた。
「いやー!何だかめっちゃ来ているんですけど!!!」
シエスタの情けない声が響く。
とりあえず、1つ目の仕掛けは成功して欲しい。
ご丁寧に正面から城壁に攻めて来る兵士達。城壁まであと一歩という所まで来ていた。
その時だった…。
迫って来ていた兵士達が城壁の目の前で次々と事前に作っておいた落とし穴にハマって行く。
スレイの率いる魔族の一族は真面目でかつ本人の性格も影響して正面突破しかしてこないらしい。
ならば、分かりやすく目の前の城壁で待ち構えていればそこを目指して突っ込んで来ると予想して落とし穴を掘っておいた。
そして、背後からはユキネの合図と共に弓矢が雨のように降り注いだ。
スレイの率いる軍勢も後方から魔法を打てる魔族達が魔法を打ってくる。
エレナが率いる魔法部隊が一斉にその魔法を防いだ。
「…意外と防げてるわね。」
俺の足元で震えていたシエスタが顔を上げて言う。
とりあえず、お前には仕事があるのだからこんな場所で怯えてもらっていては困る。
とりあえず、今回の戦いが始まる前に城の人間全員にこれでもかとシエスタのバフをかけさせた。
そのおかげか、弓矢が相手に当たる率がかなり高い気がする。
「しまった!梯子をかけられたぞ!」
ライアが叫ぶ。どうやら、城壁まで辿り着いた兵士の1人が登るために梯子をかけたようだ。
俺は、数人に合図を送る。
合図を送られた数人が壺を持って、梯子の前に来る。
「よし!かけろ!」
俺が指示を出すと、一斉に壺に入っている液体を梯子にかける。
「うわー!ツルツル滑る!」
梯子を登っていた兵士達が足を滑らせ、地面に落下する。
壺の中身は油だ。
そして、そのまま梯子を城壁から外すと火を放つ。とりあえず、これを繰り返していれば城壁を登られることはないと思う。
突貫で考えた作戦だが、猪突猛進型の敵が相手で助かったと思う。
これが狡猾な敵だったら俺程度の考える作戦なんて、一瞬で崩壊していた気がする。
俺は、まだ余力を持って持ちこたえれそうなことを確認するとシエスタを立ち上がらせる。
「よし!行くぞ!お前の出番だ!」
「えっ!?もう行くの!?」
泣きそうな顔をするシエスタが叫ぶ。
正直、隠れている所に大声を出してバレないかが心配だが、こればかりはしょうがない。
俺は、味方を鼓舞しているライアに声をかける。
「じゃあ、とりあえず行ってくる。」
ライアは俺の言葉を聞くと、頷いた。
「分かった。こちらは任せろ。お前の作戦を何とか遂行させよう。」
正直、大した作戦ではないのでその場の流れで変えてもらっても全然構わないのだが…。
下手にそれを言って混乱させるのも良くないと思ったので、黙っておくことにした。
俺はすでにエレナが用意してくれているテレポートの魔法陣の中にシエスタを引きずりながら入る。
「テレポート!」
エレナがそう叫ぶと、俺達の体は消えた。
そして、すぐに木々が生い茂る森の中へと移動した。
周りには警察隊の連中が大勢いた。
「ダンカンさん、来ましたぜ。」
ソルベが小さな声で報告をする。
「来たか。」
ダンカンはそう言うと俺に近づいてくる。
アルベルトは陣を敷いているスレイ達の様子を監視していた。
「しかし、本当に上手く行くんですか?」
ソルベが到着したばかりの俺に尋ねる。
正直言って、成功する補償なんてほどんどないと思っている。
上手く行ったらいいな、程度である。
「分からないよ、そんなこと。まあ、失敗したらその時はその時で考えよう。」
俺は自信なさげに苦笑いを浮かべながら言う。
「ふん、あれだけ言っておいてその様とは情けないな。」
アルベルトが少しだけ小馬鹿にするように言う。
なら、自分が案を出せよと言い返したい。
「だが、ライア様が決めたのだからそれに従ってやる。さっさと始めるぞ。」
俺はその言葉に少しだけ勇気を貰った気がする。
アルベルトに頷くと、シエスタを見た。
シエスタはもうすでに怖いのかブルブルと震えていた。
本当に口だけだなこの女は、と思った。だが、おかげで少しだけ緊張がほぐれた気がする。
「今はどんな様子?」
俺はアルベルトの隣に行くと、草陰から隠れて眺める。
「見たままだ。奴ら、飯を食い始めている。本当に舐められているぞ。」
アルベルトの言葉通り、デカい鍋から何かをよそって食べていた。
まあ、これだけ油断してくれているならやりやすいと思う。
一応、俺とシエスタも含めて潜伏スキルを発動させているので気づかれていないはずだ。
俺は、背後で同じように見ていたダンカンとソルベに目線で合図する。
3人は無言で頷くと、一斉に草陰から飛び出した。
「囲め!囲め!」
アルベルトの声が響く。
虚を突かれたスレイ達が一瞬だけ何が起きたのか理解出来ていない表情をしていた。
俺はそれに合わせて、シエスタの服の襟もとを掴みながら移動を開始する。
「何だ!待ち構えていたのか!勝てないと踏んで卑怯な手段に出たな。」
スレイがすぐに状況を理解したのか、落ちついた声を発していた。
俺はスレイの背後にコッソリと忍び寄る。
…そして。
「おら!捕まえたぞ!」
そのまま、飛び上がるとスレイに抱きつく。
そして、そのまま押し倒した。
「何だ、貴様!離せ!」
思った以上にすぐに暴れ始めた。
「シエスタ!シエスタ様!早くして!」
俺は隣にいたシエスタに叫ぶ。
シエスタは慌てたように、両手を天に掲げる。
「分かったわ!」
すると、スレイの足元から草木が現れるとそのままスレイを完全に捕縛した。
「卑怯な真似を!こんな遊び、通ずると思うか!」
俺は一緒に捕まらないようにするために、すでにスレイから距離を取っていた。
あと少し遅かったら、逆に取り押さえられていたのは俺だったかもしれない。本当にギリギリだった…。
「クソっ!なぜだ!力が入らない!」
スレイの悔しそうな声が響く。同時に、周りの部下達が慌てふためいていた。
その隙を逃さずに、警察隊の面々が部下達を取り押さえる。
「私は生命を司る女神よ。あなたの生命力を吸い取る木々を作り出すくらいお安い御用よ!」
自信満々に言うシエスタ。
この世界に来て、初めてまともにこの女神が役に立ったような気がする。
俺はほっと一息をついた。
そして、スレイを見下ろしながら言う。
「よし!じゃあ、交渉と行こうか。」
このまま命を助けてやるから手を引いてくれ、というテンプレの作戦をしようと思う。
しかし、スレイは笑みを浮かべていた。
「ふん!私とここの連中を捕らえたところで攻撃を中止すると思っているのか?」
「まあ、思ってはいないよ。でも、あんたの種族は忠誠心が高くて捕まったって聞けば投降してくれると思うんだけどな。」
俺はすでに戦意を失っているスレイの部下達を見ながら言う。
「フハハハ。確かにそうかもしれないが。逆に私を殺してもいいからこの城を攻め落とせとあいつらに命令すれば関係のない話だ。さあ、私を人質に連れて行くがいい。」
何も効果はないぞ、と言いながら高らかに笑うスレイ。
俺はポケットからあるモノを取り出した。
「ナニソレ?」
隣にいたシエスタが尋ねる。
俺は、スイッチを押すとウィィィィンと音を鳴らした。
「ただのバリカン。」
俺はシエスタに答える。
そして、そのままスレイに近づく。
「何をするつもりだ?拷問か?いいだろう?するがいい!」
姫騎士みたいなこと言ってるな、コイツ。俺はそう思いながら、昨日作ったばかりのバリカンを思いっきりスレイの立派に整えられた頭部に向かって当ててやった。
ジョリッ!!!
気持ちのいい音が鳴ると、スレイの頭部を真っ二つにバリカンの歯が貫いた。
その瞬間、あれほどまでに威勢が良かったスレイの顔が一瞬で青ざめた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
全てに絶望した顔をしてた。
そう、この種族。髪型が何よりのアイデンティティらしい。
どれだけ立派な髪型かフサフサの毛量か。それが大事らしい。
つまり、今のスレイの状況はそれはそれは悲惨な状態なのである。
「話には聞いていたけど、本当なのね。」
シエスタがまじまじとスレイの様子を眺めながら言う。
俺も聞きかじっただけの知識だったので、試してみたがここまで上手く行くとは思わなかった。
「よし、じゃあ改めて交渉を開始しようか。で、どうする?」
俺は恐らく今までにないくらい意地悪な顔をしていたと思う。
ニヤニヤと自分の口元が緩んでいるのを感じていた。
「ふざけるな!この程度で私が屈するとでも!ひやぁぁぁぁ!!!」
再び姫騎士のようなことを言うスレイにバリカンの音を聞かせると悲痛な悲鳴が聞こえる。
何だか楽しくなってきた。
「兄貴。俺にも貸してくれませんか?それ。」
怪しげな表情を見せているソルベが俺に近づいてくる。
コイツも何か企んでいるな、と思った。
「いいぞ。どうする?」
俺はソルベにバリカンを貸す。
すると、ソルベはスレイを見下ろした。
「そりゃあ、もちろんこうするでしょ!」
後頭部を思いっきりバリカンで刈り取る。
2本の立派な禿げ部分が完成した。
「ねえねえ、面白そうだから私も混ぜてちょうだいよ。ついでに、そこで捕まってる部下の人達にも私やってみたいわ!」
シエスタまでも面白がって、俺達に言ってくる。
「おう、もちろんだ!コイツらの髪型を立派にアレンジしてやろうぜ!」
俺は悪ノリするシエスタに言う。
シエスタもニヤニヤと笑いながら、中腰でスレイの元に座り込む。
スレイは涙目になっていた。
「分かった!分かった!攻撃はもうやめる!だから、もう髪を触るな―――!!!」
悲痛な叫びが森の中をこだました。
取り押さえられているスレイの部下だけでなく、ダンカンとアルベルトを含めた警察隊の面々までもが恐怖に満ちた目でその光景を眺めていた。




