帰って来た、魔王軍のメイド
見慣れた屋敷に到着すると、ユキネは一直線に走って行った。
そして、勢いよく玄関のドアを開ける。
俺達は、そのあまりにもの速さに、一瞬だけ戸惑ってしまった。
しかし、すぐにユキネの後を追うように、駆け込んだ。
「お父さま!お母さま!」
ユキネの大きな声が、屋敷の中に入ると同時に、聞こえて来る。
すると、不安そうな目をしていた2人が恐る恐るといった感じで、出て来る。
「…ユキネ!?」
ユノがユキネの姿を見るなり、驚いた表情を見せる。
ユキネはそのままの勢いで、両親の元に飛び込んだ。
「帰って参りました!」
そう言うと、ユキネはネロウとユノの2人の胸元に顔をうずめた。
2人は、そんなユキネを大事そうに抱きしめていた。
「帰って来た、ってどういうこと?上手く行ったってこと…?」
ユノはユキネにつぶやきながら、俺の方を見る。
俺はそんなユノに対して、首をすくめる。
俺のジェスチャーで察したのか、ユノはユキネをさらに強く抱きしめていた。
ネロウの方は、すでに目から大量の涙を流していた。
「もう、あの領主の元に戻ることはありません。本当に、迷惑をかけました…。」
ユキネはそう言うと、今まで溜め込んでいたのかと思うくらいに、目から涙を流していた。
「…これ、私はいない方がいいわね。」
シエスタよりはまだ、空気が読めるアスターが3人の様子を見ながら、俺につぶやく。
別にいてもいなくても変わらないのだから、いてもいいとは思う。
そして、3人の邪魔にならないようにコッソリと出て行こうとする。
そんなアスターを不思議そうに、シエスタが見ていた。
コイツは本当に、空気を読むということをしないなと感心する。
「それで、どういう事か説明をしてくれるか?」
突然、隣にいたライアがボソリと俺に尋ねて来る。
俺は、何のことだとばかりに首を傾げる。
ライアが、ムッとした表情を見せる。
「先程のシエスタの言っていた話だ…。ユキネを買った、とはどういう意味だ?」
そう言うと、ライアは俺に詰め寄って来る。
忘れかけていたが、この屋敷に来る前にあの馬鹿がそんなことを口走っていたな…。
「いや、だから…。ユキネを取り戻す為に、金を借りただけだって!それで、無駄に抵抗していたから、お前はもう俺に買われたんだぞって思わず言っちゃっただけだよ!」
まるで取り調べをする警察官のような感じで、詰め寄って来るライアに対して、俺は必死に言い訳をする。
同じく、ミリアも俺のことを押し倒して来るんじゃないかという距離感で、ジッと俺を睨んでいた。
「でも、あの時はもうライアの元には帰さないみたいなことも言ってなかったかしら?」
シエスタが俺達の会話を聞いていると、ポツリとつぶやく。
コイツはまた、余計なことを…。
俺は、シエスタを睨みつける。
「「…は??」」
ライアとミリアが、先程と同じような反応を示す。
そして、さらに俺に詰め寄って来る。
「ヒロト!お前、それはどういう意味だ!ユキネに恩を売って、自分のモノにしようとしているのか?この男、私にはあんな言葉を言っておいて、どういう了見だ!」
「そうだよ!君、もしかしたらあの領主の代わりに自分がユキネさんを雇おうとしてるの?君ってば、本当に人の心とかないの?…って、それよりもライアさんとやっぱり何かあったんじゃん!ねえ、何があったのさ!」
2人が俺に対して、堰を切ったように大声で怒鳴って来る。
ライアが怒るのはまだ、分かる。一応、俺とは友人以上恋人未満とかいうよく分からない関係なのだから。
だが、ミリアは何をそんなに気にしているのか。
もしかしたら、コイツも俺のことが好きで、今回の展開に嫉妬してしまっているのか?
ライアもそうだが、それならそれで、もっとグイグイと来て欲しい。
自分のモノだ、と言わんばかりのアプローチくらいしてもいいと思っている。
…って、違う。今はそんなことを考えている場合じゃない。
「そ、それも…。頑なに帰ろうとしないユキネを連れ戻す為の詭弁だよ。ほら、そう言ったら諦めがつくかなって思ったからさ!」
俺は、必死に言い訳を考える。
俺の言葉に、ライアとミリアはジーっと睨みつけて来る。
距離が近すぎて、本当に顔がくっつきそうなんだが…。
ライアとミリアが、一度俺から離れて互いに無言で、顔を見合わせていた。
そして、再び俺の方に視線を向けて来る。
「…どう思う?」
ライアが、ミリアに尋ねる。
「一応、今回のMVPだし…。大目に見てあげる?」
ライアからの問いに、ミリアが悩ましそうに答える。
すると、両親の元にいたユキネがモジモジとしながら俺の方を見て来た。
「詭弁、だったのですか…?私としては、あなたのメイドになるのも悪くはないなと思ったり、思わなかったり…。」
小さな声で、ボソボソと俺に言う。
薄っすらと頬を赤らめてもいた…。
「まあ、あのユキネがあんな表情をするなんて!流石に、この状況に私がいるのは良くないと思うから、アスターの所に行って一緒にお花でも摘んで来るわね。」
ワザとらしい演技をしながら、シエスタがそそくさとその場から去ろうとする。
「お前もこれ以上、面倒なことを言い出すな!お前みたいな不器用なメイドを雇う余裕なんて俺にはないから!だから、そんなに睨んで来るな!」
俺は、ジーっと睨みつけながらピタリと寄り添って来るライアとミリアに対して言う。
「…その。そんなこと言わずに、是非ともうちの娘を貰ってはくれませんか?どんなお仕事でも命じていいので…。何なりと言うことを聞くように、としっかりと言いつけますので。是非…!」
ユノが俺に駆け寄って来ると、またまた爆弾発言を投下する。
本当に、これ以上は面倒ごとを増やさないで欲しい…。
「君、もしかしたらこれが目的だったんじゃないよね?借金なんてゆっくりと返せばいいくらいにしか思ってなさそうだし!」
「うむ。マーヤからこの話を聞いた時は、かなりお前のことを見直したのだが。そういうやましい事が目的だったりするのか?」
ミリアとライアが、ユノの言葉を聞くと、真っ先に俺を非難してくる。
いや、本当に誤解だ。
お金を借りてでもユキネを取り返そうと思ったことに、そんなやましい気持ちなんて一切ないのだ…。
すぐ近くでは、そんな状況を楽しそうに眺めているエレナがいた。
お前は、そこでニコニコ笑っている暇があるなら俺を助けろよと言いたい。
…というか、ライアは今、何て言った?
マーヤから聞いた、とか言っていた気がする。
俺が言った、ではなくて、マーヤから聞いたのか?
俺が不思議そうな顔を浮かべていることに、ライアは気づいたのか、フンと鼻を鳴らす。
「マーヤが、お前に4億をユキネを助ける為に貸したとお前がマーヤと別れた後にすぐに教えて貰ったのだ。」
「…じゃあ、俺がシエスタ達と一緒に向かったことも知っていたのか?」
俺の質問に、ライアは無言で頷く。
「それで、まだ聞けてないんだけど。ユキネさんをどうするつもりなのさ?」
ミリアが、早く言えとばかりに急かして来る。
いや、別に俺が借金をしてまで、買い取ったのは事実なんだから、どうしようが俺の自由だろう。
本当に、コイツはもしかしたら嫉妬でもしているのだろうか?
すると、ライアの方もミリアと同じように俺を睨んで来た。
「さっきも言ったけど、無事に助けれたからこれで終わりだよ!ユキネはこれまで通りに、お前の下でメイドとして働けばいいと思うから!」
俺は2人に向かって言う。そして、チラリとユキネの方を見る。
ユキネは俺からの視線に気づいたのか、少しばかり恥ずかしそうな表情を見せる。
「…その。」
ユキネは小さな声でポツリとつぶやく。
そして、次の瞬間には俺達に向かってこれでもかと頭を下げた。
「本当に申し訳ございませんでした!私の勝手な行動で、皆さまに迷惑をおかけして!何も言わずに、城を出て行って…。」
大きな声で、その場にいる全員に謝っていた。
すると、ライアとミリア。そして、エレナの3人に加えて、出て行くのかと思ったら、まだ様子を眺めていたシエスタがユキネの元に近づいた。
「もう、気にするな。お前が、魔王軍の為だと考えての行動だったことはよく分かっているから。だが、今度からは少しは私に相談をしてくれ。」
「そうだよ!もう、領主のオジサンは捕まったからね!これで、ユキネさんも晴れてお城に戻れるよ!」
ライアとミリアの2人が、慰めるように声を掛ける。
「一応、今回の件で恐らくですけど、4億のヒロトさんの借金は無しになりそうですからね。」
エレナが俺の方をチラリと見ながら、ユキネに言う。
「えっ、どういうこと!?」
俺は、エレナの言葉に驚いて反応をする。
「あの男の罪状は明らかだ。つまり、あの男の財産は全て没収となる。その際に、お前が渡そうとしたあの4億も戻って来るから、マーヤに返すなり好きに出来るということだ。」
ライアがエレナに代わって、説明をする。
ということは、予想されていたような借金返済の為に汗水たらして働く必要はないということだろうか。
俺としては、願ったり叶ったりの展開で、逆に悪い事が起きないか怖くなってきた。
「後は、今回の件で一番頑張ったであろうお前に、あの男の財産の一部を上げようと思っていたが…。」
そう言うと、再びライアは俺のことを睨んで来た。
「別にユキネを買ったのなら、それをする必要はないな。何せ、これからはユキネをあの領主に代わって好き放題するのだろう?」
ここぞとばかりに、俺に仕返しをして来る。
この女、本当にいい性格をしているなと思う。
というか、絶対にユキネに嫉妬しているだろう。
そんな事を言い出すなら、友達以上恋人未満じゃなくて、恋人になりたいくらいのことを言えばよかっただろう。
流石に、結婚云々はまだ覚悟も何も出来ていないが…。
「そんなこと、するわけないだろ!ほら、さっきも言ったけどこれで晴れてユキネはお前とエレナのメイドとして魔王城に戻って来るんだから?だから、ユキネもいつまでもモジモジするなよ…。」
俺は、いまだにモジモジと恥ずかしそうにしているユキネを見ながら、ライアに言う。
「…本当に、良いのですか?」
ユキネが少しだけ残念そうに、俺に言う。
あれ?実はこれって、ユキネの方も満更じゃなかったりするのだろうか?
俺のことが今回の件で好きになってしまって、俺の専属メイドになりたいとか言い出してくれるのだろうか?
それなら、少しは考えてやってもいいかもしれない。
「当たり前よ!ユキネは魔王城のメイドなのよ!」
シエスタが、ユキネに抱き着きながら、大きな声で嬉しそうに言う。
その言葉に、ユキネは再び嬉しそうに涙を流してしまった。
「…はい!ただいまです!」
ユキネは、俺達に向かって嬉しそうに叫んだ。
ネロウとユノの2人も、そんなユキネの姿を見ながら、涙を流していた。
いい話だなぁ…。俺は、ハッピーエンドの終わり方にそんなことを思っていた。
「…でも、本当はちょっと残念だったりしない?実は、ユキネとワンチャンあるんじゃないかって期待してたんじゃないの?」
シエスタがニヤニヤとしながら、俺に近づいて来ると、そんなことを尋ねて来る。
コイツは、本当に空気というモノを読む気がない奴だ…。
俺は、これ以上余計なことを言うんじゃねえとシエスタを睨む。
「別に、お前がユキネを自分のメイドにしたいのならいつでも言って構わないぞ?」
ライアが分かりやすく、不機嫌そうな態度を見せながら、俺に言う。
「今の状況なら、ユキネさんにエッチなことしても平気なんじゃないか、とか思ってそうだよね。」
ミリアもライアに同調するように、うんうんと頷きながらそんなことを言う。
「そうですね。あんな熱い言葉を言われたら、一応私も女の端くれとして、その気になってもおかしくないですからね…。」
ユキネの方も、なぜか恥ずかしそうにしながら、そんな事を言う。
何だろう、このデジャブ。
また、さっきまでのやり取りが再開しそうな気がする。
「…お前の方こそ、俺とあの屋敷で再会した時は目を真っ赤にして泣いてた後だったくせに。」
俺は、ポツリとつぶやく。
すると、ユキネは分かりやすく顔を真っ赤にする。
「あら?ユキネったら、やっぱり私達のことが寂しかったんですね。」
エレナが珍しく、ユキネを弄った。
「ち、違います!あれは、俗に言うパワハラというモノを受けてしまったからです!」
必死に、俺達に向かって言い訳をする、ユキネ。
俺は、止めとばかりにユキネの肩をポンと叩く。
「というか、お前が分かっているかは知らないけど、今回の件で、お前の職歴にあの領主の元で働いて即、辞めたってのが書かれることになるけど平気なのか?」
俺の言葉に、ユキネ以外の全員があっ、という表情を見せる。
そして、次の瞬間には、ユキネも気づいたのか、ワッと泣きながら、自室の方へと逃げて行った。
これで、無事にめでたしだ。俺は、ユキネの姿を見ながらそんなことを思っていた。




