買われたメイドの少女を取り返す為に…!
俺とシエスタ、そしてアスターの3人は、バルトラの屋敷に到着した。
俺の左手には1枚の紙が、そしてシエスタとアスターはパンパンに膨れ上がったカバンを2人で持ち抱えていた。
「…重いんですけど。」
シエスタが、あまりにもの重さに俺につぶやく。
「お前が持つって言ったんだろ。というか、何でアスターまで来てるんだよ。」
コイツに関しては、本当に部外者なので別に来る必要はないと思っている。
アスターはシエスタと共に持っているカバンの重さに耐えかねて虚ろな目をしていた。
「だって、帰るタイミングが無かったんですもの…。」
恥ずかしそうに、アスターが俺に答える。
そして、チラリとシエスタの方を見る。
シエスタの方はどうして自分に視線が向けられているのか分からずに、首を傾げていた。
どうせ、シエスタのことが心配で同行したのだろうが、それは本人の前では言いたくないということなのだろう。
「別に今からでもお前だけなら帰れるだろ、まあ来るってならそのデカいカバンを頑張って持ってくれよ。」
「まさか、現金を直接持って行くとは思わなかったわ…。」
俺の言葉に、アスターが泣きそうな声で言い返す。
俺はそれを無視して、再びバルトラの屋敷を見上げた。
「ねえ、本当にやるの…?」
同じく屋敷を見上げていたシエスタが不安そうに俺に尋ねる。
俺は、シエスタの方をチラリと見る。
普段はあまり見せないような、心配そうな目をしていた。
「ここまで来たからには、やるしかないだろ。こっちは、これの為に誓約書まで書かされたんだぞ。今更、引き下がれるかよ…。」
まあ、それでも若干恐怖の方が上回っているが…。
俺はシエスタに言い返しながら、そんなことを思う。
「一応聞くけど、これって私も捕まったりはしないわよね?」
アスターが恐る恐る、俺に尋ねる。
「いや、そもそも正規の段階を踏んでいるんだからあのオッサン達に俺を捕まえることなんて出来ないはずだけどな。」
「それは、日本みたいな法治国家の話よね?この世界なんて、お偉いさんの言葉1つでいくらでも好きに出来ちゃうわよ?」
流石、文明レベルが中世と大して変わらない異世界だ。
前から思っていたが、この世界の庶民の命の軽さは紙のように薄っぺらいなと思ってしまう。
「シエスタ、お前も腹を括れ!どうせ、ここまで来たからにはやるしかないんだから!お前だって、ユキネを助けたいんだろ?」
俺は自分自身を鼓舞する目的もあり、シエスタに言う。
シエスタは自信なさそうに、頷いた。
「えっと、私も腹括らないといけない流れかしら?」
アスターがなぜか期待してそうな表情で俺に尋ねる。
「お前は面倒ごとを起こさなければそれでいいよ。シエスタにも同じことは言えるけど。」
「「ちょっと、どういう意味よ!!」」
俺の言葉に、2人が同時に言い返して来る。
俺は怒っている2人を無視して、屋敷に入れてもらう為に衛兵の元へと向かった。-
-衛兵によって、バルトラの前に俺達は案内された。
2回ほど会ったこともあり、俺とシエスタの顔はすぐに分かったようだ。
「お久しぶりですな。今日は、一体何の用で?」
バルトラは笑みを浮かべたまま、俺達に対応してくれた。
どうやら、見た感じは機嫌が良さそうだ。
俺は回りくどい事を言うのも面倒だと思って、いきなり本題に入ろうと思った。
「この屋敷に、ユキネってメイドがいると思うんですけど?」
「あー、ユキネですか。最近、息子に頼まれて新しく買いましたな。確か、魔王軍の方で何度かお会いしたことがありましたが、かなり高い買い物となりましたな。」
俺の質問に、バルトラは特に表情を変えることなく答える。
俺は、軽く息を吐いた。
落ち着け、緊張して上ずった声にとかならないように…。
「そのユキネってメイドをこちらで買わせていただきたいのです!」
俺は大きな声で、バルトラに向かって堂々と言い放った。
バルトラの表情が少しだけ、驚いた様子になった。
「…ほう。ユキネを買い戻したいと?」
「正確には、俺が買いとるって話です。別に魔王軍が買い戻す、って話ではないです。」
俺の言葉に、バルトラは少しだけ考え込んでいる様子だった。
そして、沈黙が数秒ほど流れると、再び俺達の方を見て来た。
「ちなみに、私がいくらで買ったかをご存じですか?」
バルトラはニヤリとしながら、俺に尋ねて来る。
目の奥が笑っていない。凄く嫌な予感がする。
俺はこんな状況に今まで、慣れていないのでこの時点ですでに帰りたいとすら思っていた。
後ろでは、ビクビクしながらシエスタとアスターが俺を眺めていた。
「3億ですよね?ユキネの両親から聞きました。」
「なるほど、それは話が早い。では、分かっていると思いますけど、それ以上の金額を用意して来たということですか?あなたの噂はよく聞いていますが、それでもそんな大金を用意出来るとは思っていませんが…。」
ワザとらしい、心配しているような言い方をする。
顔を見ていれば、とてもそんなことを思っていないのはすぐに分かることだった。
俺はシエスタとアスターが抱えていたカバンを受け取ると、それをバンと思いっ切りテーブルの上に叩きつけた。
勢いで、カバンのチャックが少しだけ開いて、札束が見えていた。
「ここに、4億あります!これで、ユキネを買い取らせてもらいます!」
目の前に叩きつけられた、大量の札束でパンパンになっているカバンに、流石のバルトラも驚きを隠せていない様子だった。
そして、慌てた様子でカバンの中の札束を見つめていた。
「よ、4億だと!?一体、どこからそんな金を用意した!?」
先程までの丁寧な口調から一変した。恐らく、これが素の口調なのだろうか?
俺は、カバンの中を漁っているバルトラをジッと見つめていた。
「魔王軍にそんな大金があるわけがない!そうなると、この男自身が用意した…?いや、いくら何でもこんな大金を一気に用意出来るとは思えん…!」
バルトラはブツブツとつぶやいていた。
そして、俺の方に再び視線を戻した。
「借りて来た!知り合いに金持ちがいるからな、誓約書まで書かされて、4億借りて来た!」
俺は、バルトラに種明かしとばかりに説明をする。
そして、俺はさらに追加だと言わんばかりにテーブルをバンと叩いた。
「足りないってなら、俺の全財産も出してやるよ!100万だか何だかはあったはずだからな!一応、確認でユキネの両親に聞いてみたら、買われた額よりもさらに多い金額を出せば買い取れるってのは教えて貰った。これで、あんたがこれ以上払えないってならユキネは買い取らせてもらうぞ!」
「よ、4億くらいならまだ出してやる!」
バルトラが、完全に慌てふためいた様子で俺に言い返す。
「ちなみに、4億を借りたと言ったがあんたの返答次第ならさらに借金をするつもりだ!最大で10億までなら貸せるって言われたからな!」
4億だとどこか不安だった俺は、マーヤに頼んで追加の借金の約束も取り付けた。
4億で済むならそれが一番だが、これ以上借金の額が増えるとなるといよいよ不眠不休で働くことになりそうだ…。
それに比べれば、全財産の100万程度を差し出すくらい安いモノだと錯覚してしまうから不思議だ。
「じゅ、10億だと!?ふざけるな!借金をしてまで、あの女を取り返そうというのか!」
流石の金額に、バルトラもとうとうお手上げだと言わんばかりの表情を見せる。
いや、先程の反応から見ても恐らくは4億あれば十分に買い取れそうだ。
まあ、それでも4億何て途方もない額。これから返していくとしても、途方もないなと頭が痛くなる。
「そうだよ!あんたのせいで、俺の今後の生活プランが滅茶苦茶なんだよ!ということで、これ以上の額を払えないってならユキネは返してもらうぞ!」
俺は、バルトラに言い切る。
バルトラは、まだ何か言い返せないかと考えている様子だった。
「なら、このお金を拒否すればいいだけだ!ユキネを売るのは認めない!つまり、お前が苦労して借金したこの4億は無駄金になるのだ!」
何とか捻り出したのだろう。バルトラが、俺への反論をぶつけて来た。
「ちょっと、拒絶されたら意味ないじゃない!」
後ろで不安そうに様子を見ていた、シエスタが俺の服を引っ張りながら慌てながら言う。
俺はそんなシエスタを無視して、左手に持っていた1枚の紙をバルトラに向かって投げつける。
「…これは?」
バルトラが不思議そうに、紙を眺める。
「それは、ユキネの両親から貰った契約書だ。あんたよりも高い金額さえ出せば、必ずユキネを買い取らせるっていう契約書だ!」
「…そ、そんな話は聞いていないぞ!」
「ここに来る前に書いてもらった!あんたのことだから、絶対に拒否すると思ったからな!この契約書がある限り、あんたが拒否することは出来ないし、もし拒否してユキネを俺に渡さなければ、あんたの方が契約無視ということになる!」
この屋敷に行く前に、一度ユキネの両親と会って話し合って来たのだ。
その際に、一緒に作ったのがこの契約書。
バルトラは、急いで書類に目を通していた。
「こ、こんな話は聞いていない!無効だ!」
「そう言われても、雇い主側からの命令なんだから無視すればあんたはこれから捕まることになるぞ?書類にもちゃんと書かれている。」
俺は、そう言うとカバンの中にある札束をここぞとばかりにバルトラの前にぶちまける。
「さっきも言ったけど、4億だ!これ以上の金額を出せないなら、この金でユキネを買わせてもらう!」
俺は、止めだとばかりにバルトラに最後の通告をする。
バルトラは悔しそうに歯ぎしりをしていた。
そして、何かをひらめいたのかニヤリと笑みを見せた。
「分かった…。だが、ユキネは今もこの屋敷にいる。もし、ユキネを連れて帰りたいのなら自分で見つけることだな。だが、あの女が承知するかな?」
その言葉と共に、突然俺達の周りには武装した兵士達が現れた。そして、手に持っていた武器を俺達に向けて構えて来た。
「あの女は、今回の魔王城の城下付近でスライムによって破壊された場所の修復をワシに依頼して来た。つまり、あの3億は魔王軍の元に支払われることになるのだ。それを無効にして、ワシに4億を支払って買い取ることにあの女が果たして首を縦に振るかな?」
兵士に囲まれた俺達に対して、逆に勝ち誇った様子でバルトラが言う。
「あんた、最初からユキネを返す気はないってことかよ…。」
俺は、この場をどう逃げきるか必死に考えていた。
シエスタが恐怖のあまり、顔を引きつらせながら俺にしがみついていた。
そういえば、アスターの奴はいないがもう逃げたのだろうか?
流石に、シエスタを置いて逃げて行くのは考えられないが、大した戦力にならないので先に逃げてくれた方が俺からするとシエスタと一緒に逃げやすいので楽と言えば楽だ。
「別にそこまでは言ってない。私の兵士達が見回っているこの屋敷で、ユキネを見つけ出して、尚且つ、説得出来れば返してやると言っているのだ。」
意地の悪そうな笑みを見せながら、バルトラは俺に言う。
要は、返す気はないぞと言っているようなモノじゃないか…。
「…あの、悪いんだけどそのユキネって人?すぐ近くにいたわよ?」
背後から、突然アスターの声が聞こえる。
俺達は全員、驚いた表情で振り向く。
すると、目の前の光景に唖然としているユキネと、何も分からないままユキネの手を掴んでいたアスターがいた。
バルトラはもちろん、俺達を囲んでいた兵士達もポカンとしたアホ面を晒していた。
俺は、心の中でアスターにお礼を何度も言っていた。
そして、そのままユキネの元に駆け寄ると手を引っ張った。
「おら、帰るぞ!」
俺は、呆気に取られているユキネに言うと、部屋から出て行こうとする。
「…どうして、あなたがここに?」
ユキネは俺達の姿に、驚いた眼をしていた。
そして、すぐに俺の引っ張っていた手をふりほどこうと抵抗し始めた。
「何で、ここで意地を張るんだよ!帰るんだよ!」
俺は思わぬ抵抗を見せて来た、ユキネに叫ぶ。
アスターは、目の前の状況にオロオロとしていた。
「帰りません!私は、この屋敷の主に買われたのです!もう、魔王軍には所属していない、赤の他人なのです!」
ユキネが必死に抵抗しながら、言い返す。
俺は、大きくため息を吐く。
「いつまで、この屋敷のメイドみたいに振る舞ってるんだよ!聞き分けのないお前に教えてやるよ!お前は、今この瞬間に俺に買われたんだよ!3億よりもさらに高い、4億の金でな!」
俺はユキネにそう言い放つと、再び呆気に取られているユキネの手を強引に引っ張って逃げようとした。
品行方正に、警察のご厄介になんて絶対になるなよと小さい頃から両親から言い続けられてきた俺が、まさか異世界で権力者を相手に、女の子を金で買って連れ去ることになるなんて…。
俺は、ユキネの手を引っ張りながら、産んでくれた両親に形ばかりの謝罪を心の中でした。




