宣戦布告ッ…!
自称女神のプレゼンですらない発表会があってから、数週間が経っていた。
俺は久しぶりに少し遅い時間に起きて、朝ごはんを済ませるとすることもないので城の中を歩いていた。
最初は立派な城だなと思ったが、どことなく内装の所々が壊れているのに直っていなかったりと貧乏な状況を表している気がする。
「なら、いつ金は返してもらえるのか!!!」
突然、通りかかった部屋から大きな声が聞こえてきた。
聞き覚えのない声だなと思った。
俺は、コッソリと隙間から部屋の様子を覗こうとした。
以前、シエスタの発表会を行った会議室であった。
ライアとエレナ、そしてユキネとお決まりのメンバーがいた。そして、周りには警察隊のダンカン、アルベルト、ソルベと部下達がいた。
その中央にはやはり、見たことがない男が2人の部下を連れて叫んでいた。
どうやら、かなり怒っている様子だった。
「いえ、魔王軍としても人間の冒険者達の被害を直すためにお金が使われていますので。必ず、返しますので…。」
エレナが申し訳なさそうに言う。
「必ず、必ずと言って一体何年待たせるのだ!あなたの父君の代からずっと待っているのだぞ!こちらは!」
男はさらに語気を強めて言う。
「それについては本当に分かっている。しかし、どうしてもすぐにとはいかないのだ…。」
ライアも申し訳なさそうな表情を見せて、頭を下げていた。
どうやら、魔王軍にお金を貸している魔族の家の1つのお偉いさんのようだ。
いつまでも返済出来ない借金に痺れを切らして殴り込んで来たのだろう。
「そんなことは聞き飽きている!これ以上、待たせるというのならこちらにも考えがあるぞ!」
脅しに近い言葉で男は叫ぶ。
「待ってください!いくら何でも、それは言いすぎではないでしょうか?」
ダンカンがライアと男の間に入ると少し落ち着くように言った。
「やかましい!大した家柄でもない下級魔族がこの私に意見をすると言うのか!」
そんなどこかでよく聞くようなテンプレみたいなセリフを言う男。
ダンカンの方も身分の差からか強く言えないのか、言い返せないでいた。
「うるさいわね、さっきから。」
俺の背後からここ数週間、すっかり聞き慣れた声が聞こえてきた。
「どうやら、お金の貸し借りの話らしい。」
俺は声の主が誰か分かっているので、振り向くこともしないで状況を説明する。
声の主は腰を下ろすと中腰で俺と同じようにドアの隙間から様子を見ようとした。
「前にユキネが言っていた貸したお金を返せ、返せとうるさいオジサンね。名前は何て言ったかしら?」
鳥頭の自称女神、シエスタが男の顔を見ながら悩んでいた。
何で大して期間も空いていないような会話の内容を忘れているんだ、この女は。
「スレイ殿、どうか考え直していただけないでしょうか?こちらとしても少額ですが返すお金は準備していますので…。」
ユキネの声も聞こえてきた。
シエスタはユキネの言葉にようやく思い出したのか、手をポンと叩いた。
「そうよ、そうよ。スレイって名前だったわ。かなり戦闘力の強い魔族らしくてね。あのオジサンの配下もオジサンに対して忠誠心の高い部下を揃えていて、人間との戦いでの貴重な戦力らしいわよ。」
ユキネから色々と聞いていたらしく、流れるように解説をしてくれた。
確かに、鋭い牙と背中に生えた巨大なコウモリのような翼。絶対に強そうな雰囲気だ。
そんなことを思いながら、様子を眺めているとシエスタが説明を続ける。
「ライアのお父さんの代から戦闘面だったりお金の面だったりでかなり恩があるらしくて頭が上がらないらしいわよ。」
急死した父に代わって突然魔王になったライアからしたら頭が痛い問題なのだろうなと思う。
そもそも、警察隊を新たに作った目的も他の領主達の力を借りなくてもいいためという考えが大きいらしい。
「そもそも、考えがあるとはどういう意味でしょうか?それをお聞きしてもよろしいですか?」
アルベルトが落ち着いた声でスレイに尋ねる。
スレイはアルベルトの方を振り向くと、まるで噛みつくかのような距離で答えた。
「魔王軍を解散して、この私が新たに魔王になるということだ。もしそれを断るというのなら、魔王城に向けて私自らが軍勢を率いて攻めてくれよう!」
その場にいる全員が驚いた表情を見せた。
クーデターを起こすということか。随分と思い切ったことを言うんだなと思った。
それだけ、お金を返さないことに怒っているのだろうか。
「いいか!何も私がこの判断に至った理由は貸した金が戻ってこないことだけではない!ライア!貴様が弱いのが問題なのだ!最近では、変な2人組を城に招いてすらいるようではないか!そんな奴らを食わせることに金を使うくらいなら、私への金を返す方が先であろう!」
変な2人組というのは俺達のことだろうか?
いや、まあ確かにそうかもしれないが。シエスタと同列に語られるのは何かムカつく気がする。
「待ってください!いくら、スレイ様といえど、魔王であるサタン様を呼び捨ては許しがたいです!」
ダンカンが詰め寄るようにスレイに言う。
「弱い魔王など、魔王ではない。呼び捨てすることに何の問題があるか!それとも何か?この私とやり合うと言うか?」
ダンカンのことなど何も怖くないぞ、という表情で言い返すスレイ。
ソルベが腰に差していた剣で今にも斬りかかろうとするのをアルベルトが強引に止める。
まさに一触即発という感じだ。
正直言って、怖いのでこのままここで見ていることにしよう。
ライアの顔がどんどん曇っていて、必死に悔しさに耐えているのが見ていられない。
「そこまでよ!失礼な魔族オジサン!」
突然、ドアがバンと開くとシエスタが大声を上げる。
俺は慌ててドアの隅に体を隠す。
あの馬鹿、何をしているんだ。
「誰だ、貴様は?」
スレイがシエスタのことを睨む。
シエスタは全く動じず、むしろいつも以上に自信満々の表情を見せていた。
あいつは本当の馬鹿なのだろうか。一度、脳内を調べてみたいものだ。
「私の名前はシエスタ。この世界を統べる女神よ!図が高いわよ、魔族ごときが!」
堂々とした声で自己紹介をするシエスタ。
その自己紹介に、一瞬だけ沈黙が流れる。
よし、このまま他人のフリをしておこう。あの女は女神を自称する知らない女だ。
うん、そうだ。きっと、そうなんだ。
俺は心の中で自分に言い聞かせる。
「何だ、この無礼な女は?」
スレイが可哀そうな子供を見るような目でシエスタを見ると、ライア達に尋ねる。
「ちょっと待ちなさいよ!何よ!その反応!」
シエスタが想像していた反応と違ったのか怒りだす。
いや、当然の反応だろう。むしろ、いきなり攻撃とかされていないだけ助かったと思っている。
「そのままです。最近、魔王城で住んで仕事などしてもらっている方の1人です。」
エレナがどう紹介しようか迷っていたが、無難な言葉でスレイに言った。
スレイは再び、シエスタを一瞥した。
「なるほど、これが。噂通りのアホらしい。そういえば、以前ここでよく分からないことをそこで発していた女か。」
そう言うと、スレイが壇上を指さす。
よく覚えてるな、と思った。確かに記憶に残りやすいとは思う。
「何なのよ!本当に失礼な魔族ね!」
プンプンと怒りながら言うシエスタ。
そして、そのままの勢いでスレイに言い返す。
「いいわ!あんたなんかと比べたら百倍いい奴らなんだから、ライアは!あんたに悪く言われる筋合いはないわよ!」
シエスタがライアを見ると、そんな言葉を言った。
そして、そのままスレイに対して言葉を続ける。
「ライアの方があんたなんかよりも優しいし、美味しいご飯をくれるもの!たまに一緒に遊んでくれるのもいいわね!仕事が忙しいとか言って構ってくれないことの方が多いけど!」
一瞬だけ明るくなったライアの顔がどんどん微妙な表情へとなって行く。
多分、その場にいる全員が同じ表情の変化になっている気がする。
この女は本当に空気を読めないことに関してはワールドクラスだと思う。
「それにね!眠れない時は部屋に行くと、一緒に寝てくれるのよ!最近はペットの子の餌やりも一緒にさせてくれるの!」
…褒めているんだよな?
とても褒めているようには聞こえないが、恐らくシエスタなりの精一杯のライアに対しての擁護をスレイに言っているのだろう。
そんな言葉はもちろん、スレイに響くわけがなく鼻で笑われた。
「ふん!くだらん。そんな奴だから弱いのだ。最弱の魔王にふさわしいエピソードだな。」
まるで虫けらを見るような目でライアを見ていた。
「何よ!その目!いいわ!今、私の力で浄化してやるわ!」
そう言うと、シエスタが両手を天に掲げた。
緑色の光が両手から発せられていた。
その直後、ユキネが滑り込むようにしてシエスタを押さえつける。
間一髪だったと思う。
俺は姿を見られたくないのでドアの陰に隠れて、その光景を眺めているだけだった。
「何するのよ!この失礼な男にきつい一発をお見舞いするの!」
「そんなことしたら、本当にライア様の立場が危うくなってしまいます!気持ちは分かりますがここはおさえてください!」
必死な表情でシエスタを押さえているユキネ。
本当にあの女は何しに行ったんだろうか?ただ場を荒らしているだけにしか見えない。
そんな光景を先程からの虫けらを見るような目で見ていた、スレイがドアの外の方に視線を移した。
「くだらん。それで、そこの外で隠れているのは誰だ?出て来ればいい。貴様も私に何か言うことがあるのだろう?」
どうやら、俺が隠れていることはバレバレだったらしい。
別に言いたいことはないとしか答えれない。
ただ、たまたま通りかかったら大声が聞こえたので覗き見していただけなのだから。
「…ふむ。姿も見せられない臆病者だったか。弱い魔王と弱い魔王が住む城にふさわしいと言えるな。」
明らかに挑発してくるような声音が聞こえてきた。
俺の中の何かが流石にここは行かないとダメだと言っている気がした。
今の言葉は流石にカチンときた。
「別にただ覗いてただけだから言うこととかも無いんだけどな…。」
俺は申し訳なさそうに部屋の中へと入った。
正直、勢いで入ってしまったモノの何をすればいいか分からない。
「…ふむ、人間か。」
どうやら、俺の正体が一瞬でバレたようだ。
スレイは俺を観察するように眺めていた。
すると、突然何が可笑しいのかスレイは笑い出した。
「フハハハハ。本当に滑稽だな。ライア。我々の敵である人間を魔王城にかくまっているのか。しかも、この男。最近聞く、おかしなことをする男ではないのか?」
一通り、笑い終えると再び怒りに満ちた表情に戻っていた。
というか、俺の噂が変な方向に広まっている気がする。
まあ、そんなことよりも情緒不安定なのかこの男は、と先に思ってしまう。
「本当に甘い女だ。そういえば、昔言っていたな。人間と仲良くしたい、だったか?良かったではないか。夢が叶って。」
そう言うと、スレイはライアの方を見た。
同時に、周りを囲んでいた警察隊の面々が一斉にスレイとその部下の2人組に対して武器を構えた。
「貴様らごときが束になったところで私に敵うと思っているのか?」
スレイの声が一段と低くなった。
正直言って、今すぐにでもこの場から逃げたい気分だった。
「何よ!強いだけなんて何の自慢にもならないのよ!ライアは優しいの!あんたなんて口だけだって教えてあげるわ!」
ユキネに取り押さえられているシエスタが再び大声を出し始めた。
頼むから、挑発をしないで欲しい。
ユキネも慌てたようにシエスタの口を塞ぐ。
「今、この場でライア。お前を殺してもいいのだがな。それでは、私にも面子というモノがある。そこでだ1週間後にこの城に攻め入ることをここに宣言しよう。弱い貴様はただ怯えて泣いていればいい。それが嫌なら、今すぐに魔王の座を明け渡すがいい。そうすれば、皆殺しは許してやろう。」
馬鹿にするような言い方でライアに対して宣戦布告をするスレイ。絶対的な勝利を確信しているかのような言い方だった。
ライアは必死に唇を噛みしめていた。今にも泣きそうな顔だろう。
そして、絞り出すような声でライアに何かを言おうとした。
「…分かった、この城をあけ」
「いいぜ!相手になってやる!」
か細いライアの返事が言い終わる前に俺は思わずスレイに対して言い返した。
スレイ以外の全員が突然の声に驚いたような表情を見せていた。
「ほう、相手になると?」
スレイが俺を睨みながら言う。
本当に今にでも逃げだしたいくらいに怖い。
日本で学生していただけのオタクにこんな状況に耐えられるわけがないだろう。
俺はそんなことを思いながらも、必死に耐えようとしていた。
少なくとも、この数週間の間にライア達から受けた恩は多い。
色々と迷惑をかけてもそれでも城に住まわせてくれたのだ。少しくらい、それを最後に返すのも悪くないだろう。
別に失敗したら逃げればいいだけなのだ。
「なってやるよ!この城を落とせるモノならな!」
俺は覚悟を決めてスレイに言い返す。
スレイはニヤリと笑みを浮かべた。
「いいだろう、いいだろう。では、1週間後再び会うとしよう。」
そう言うと、部下2人と共に姿を消した。
俺は3人がいなくなると、恐怖のあまり座り込んでしまった。足がガクガクで立ち上がることが出来ません。
「どうするのよ!?あのオジサン攻めてくるのよ!」
シエスタが真っ青な顔で俺に掴みかかって来た。
いや、元はと言えばお前が勝手にスレイに言い返したのが原因だろうと言いたい。
周りからもどうするんだと言った声が聞こえてくる。
そんな時だった、ライアが俺の側に近寄って来た。怒られるかな、と思った。
あの時、ライアは恐らく城を明け渡すと言おうとしていたと思う。
しかし、ライアの表情は晴れやかだった。
「ありがとう、ヒロト。」
そう言うと、目に涙を浮かべていた。




