森の中の不思議なエルフ
「文通ねぇ…。」
リリィが俺の手に持っているグラスに酒を注ぎながら、つぶやく。
「まあ、俺としてはシエスタが馬鹿をやらかしてくれたお陰でユキネ達からのレオーナとの文通の追及が忘れられたのはいい事だったんだけどな。」
ここ数日あった出来事を話すと、俺はグイッと一気に酒を飲み干した。
空になったグラスに、リリィが再度注ぎ入れる。
「わざわざ手紙を書くくらいなら、直接会えばいいと思うんだけどね。」
「それが難しい状況だから、こういう文化が生まれたんだろうな。まあ、俺がいた国だと通信機器も進んでいたからそんな文化もなくなりつつはあったけど。」
「なるほどねー。まあ、私が今こうしてヒロト君と話しているのもそういう違う世界の人達が広めたからってのもあるからね。」
「えっ、この手の店って俺みたいな転生者が広めてたの?」
俺は、突然のカミングアウトにリリィに聞き返す。
リリィは、それを聞くと頷いた。
「そうだよ。だから、多分ここに攻めて来るようなヒロト君と同じような髪色をした人達が多くいる国だともっとこういうお店はあると思うよ。」
「ナヤを作ったマスターにも言えるけど、変な部分ばかり異世界の人間に教えるのはやめろよ…。やっぱり、あのバカが適当にポンポンと転生者を送り続けた弊害が出てるんじゃねえか…。」
俺は、リリィの言葉を聞くと呆れたようにつぶやく。
ということは、あれなのか。俺と違って、順当にチート能力を貰って金を儲けている転生者の連中はそういうお店に遊びに行きまくっているということなのか。
そう考えると、俺を魔王軍とかいう辺境の地へ送り込んだあの駄女神に無性に腹が立って来た。
「でも、シエスタさんって女神様って聞いたけど意外とポンコツな部分があるのね。」
「逆に、ポンコツな部分しかねえよ。むしろ、あいつにまともな部分があるなら是非教えて欲しいよ。」
俺は、そこまでシエスタと絡んでいないリリィの言葉にツッコむ。
すると、リリィが何やら思いついたような表情を見せる。
「そうだ!ヒロト君に少し頼みたいことがあるんだけど!」
「…嫌だ。」
何となく、面倒そうな匂いがしたので俺はリリィの言葉を拒絶する。
すると、リリィが甘えるように俺の腕を掴んで来た。
「お願い!そんなに大変なお願いじゃないから!最近、全然お店に来てくれなかったんだからお詫びとして手伝ってよ!」
「それは、ライアが無駄に制限をかけて来るからだって言っただろ!懐自体は潤っているんだから、行けるならほぼ毎日行きたいくらいだよ!」
俺は、リリィに言い返す。
すると、リリィが少しだけ不満そうな表情をして頬を膨らませる。
「ねえ、お願い!君だけが頼りなんだよ!」
個室なのをいいことに、これでもかと甘えた声を出してくるリリィ。
まあ、でも確かにライアのせいとはいえ最近は中々店にも来ることが出来ていなかった。
お詫びとして手伝ってやるのもいいかもしれない。一応、リリィにはそれなりに愚痴を聞いて貰ったりと世話になっているからだ。
俺は、顔を覗き込んで来るリリィを見ながらため息をついて思った。-
-リリィがその日の仕事が終わった後、俺達はそのまま出発した。
かなり遅い時間で、帰ったらそれこそ下手すると朝になっているかもしれない。
まあ、コッソリと帰ればあの面子にバレないだろう。
リリィは、いつもの店でのドレスとは違っていた。
「普段はそういう服を着るんだな。」
ワンピースのような割と動きやすそうな服を着ていた。
「ナヤちゃんからオススメされたんだよね。こっちの方が動きやすいよ、って。」
「意外と似合ってると思うよ。ちょっと、若作りしてる感じで。」
「ねえ、それどういう意味!」
リリィが俺の言葉に少しだけ怒りながら、言い返す。
意味は、そのままだ。深い意味なんて、全くない。
俺は、リリィの言葉を無視して歩き出す。
「それで、頼みって何だよ?」
「まだ、さっきの発言の意図を聞けていないんだけど!魔王様に言いつけちゃうよ!」
「おい、それはやめろ!ただでさえ、今日も店に行くってライアに言ったら嫌味を言われたんだから!」
俺は、慌ててリリィに言い返す。
「意外と、嫉妬とかしちゃうタイプなんだね。魔王様って。」
意外そうな感じで、リリィが言う。
正直、俺も同じことを思っていた。
別に、現在進行形で付き合っているわけではないんだから俺が何をしようと自由なはずだ。
「ホント、いい迷惑だよ。お前からも何か言っておいてくれよ。」
「私が言ったら、余計に怒ると思うよ。ただでさえ、この前も魔王様からあまりヒロト君をお店に連れて行かないでくれって言われたんだから。」
あいつ、そんなこと言っていたのか。
すると、リリィの方は話が逸れていたことに気づいたのか、ハッとした表情を見せる。
「まあ、いいや。それで、頼みってのは、ワルキューレの本業の護衛をしてってこと。」
リリィが、思い出したかのように俺に言う。
「それなら、俺よりもダンカンさん達に頼めばいいじゃん?正直、俺のレベルだとちょっと高レベルのモンスターと遭遇したら逃げるしかないぞ?」
普段の仕事で忘れがちだが、リリィはワルキューレだ。
この世界だと、彷徨っている魂。特に、魔族の魂の浄化を生業としているらしい。
「あの人達って、忙しそうじゃん。後、警察隊の人達って君が私ばかり指名するからか、あまり話しかけてくれないんだよね。」
「俺のせいじゃないだろ、それは…。」
よく分からない理由を言い出す、リリィに俺は呆れながら言い返す。
「まあ、でもさっきも言ったけど最近来てくれなかったお詫びで手伝ってよ。別に、何事もなければただ散歩するだけで終わるから。」
そう言うと、リリィは元気よく俺の前を歩き出す。
「でも、珍しいな。最初に会った時は、その仕事が廃業しかけてるから店に入ったって言ってたのに。」
「高レベルな冒険者の人達が、魔王軍の領域までやって来てレベル上げ目的で魂をドンドン浄化しちゃってたからね。最近は、そういう人が減ったからこっちが副業的な感じになってるんだよ。」
「こんな所にまで、転生者関連の問題があったんだな。ホント、あの女神ってロクな事しないな…。」
俺は、何かと話題に上がっているシエスタの顔を思い浮かべながらリリィに言う。
すると、そんなことを話していると目的の場所に到着したらしい。
「墓、って感じの場所じゃないんだな。」
シエスタがたまに、小銭稼ぎ目的で共同墓地で除霊クエストをしているので何となく、そういう場所でするのかと思っていた。
「そういう人もいるけど、私の担当エリアは違うんだよね。」
「エリアとかあるんだ。」
「店の子達と分担してるんだよ。今回の担当エリアは、ここって感じかな。」
そう言うと、リリィはその辺りに浮遊している霊魂らしきモノを自身の元に集めていた。
シエスタの除霊をよく見ているので、それとは違うやり方なんだなと思った。
「たまに、シエスタさんだっけ?あの人が、除霊とかしてくれるから助かってはいるんだよね。」
「不定期で、小遣い稼ぎが目的だけどな…。」
俺の言葉に、リリィは笑っていた。
そして、自身の元に集まった霊魂のいくつかを選んで天へと戻して行った。
「全部を除霊みたいな感じでするんじゃないんだな。」
「言い方は悪いけど、選別みたいな感じだからね。まだ、未練があるのなら残してあげて、未練がない魂なら天へと返してあげる。だから、人間の冒険者がしてるのとはまた全然違うんだよ。」
いまいち、仕組みを出来ていないが俺がするわけではないので適当に聞いている。
多少、未練が残っている魂もその内シエスタが除霊する可能性だってあるだろう。
そんなリリィの様子を眺めていると、何やら足音が近づいて来たのを感じた。
「リリィ、何かが近づいているから隠れるぞ。」
俺は、作業を続けているリリィに声を掛ける。
そして、そのまま草むらの中に隠れた。
気配を消して、辺りの様子を見る。
すると、かなり大型の魔獣が歩いて来た。
「随分とデカいな…。」
普段では見たことがないサイズの魔獣だ。
帰ったら、エレナに一応報告だけはしておいた方がいい気がする。
「魂が怖がって、いなくなっちゃった…。」
少しだけ、残念そうにリリィがつぶやく。
すると、もう1つ別の気配を感じた。
それは、目の前を悠々と闊歩している魔獣の向こう側からやって来た。
パッと見た感じだと、人のように見える。
魔獣がいることなんて、一切気にしていない感じだ。
魔獣の方は、少しだけ警戒している様子だった。そして、目の前に現れるとあからさまに威嚇を始めた。
「…誰かしら?」
リリィが俺に尋ねる。
俺は、首を横に振った。
見たこともない人だった。
その人は、手に握られていた杖を魔獣へと向ける。
杖を向けられた魔獣は、一瞬だけたじろいでいた。
そして、次の瞬間には杖から光線のようなモノが飛び出して、魔獣の体に大きな風穴が開いていた。
俺とリリィはその一部始終を唖然として見ていた。
「もう大丈夫よ、出て来ても。」
どうやら、声の感じ的に女性のようだ。
俺は正直、そのまま隠れていようかと思っていた。
しかし、このまま隠れて先程の攻撃をこちらに放って来たことを想像したら怖くなって言われた通りに出た。
「そんなに怖がらなくてもいいわよ。魂を浄化してたんでしょう?別に、危害を加えるつもりはないわ。むしろ、その邪魔になりそうな魔獣を追い払っただけだから。」
追い払ったというより、殲滅しているんですが…。
俺は、目の前の女性らしい声をする人に近づいた。
月明かりでようやくその姿を確認出来た。
白く、腰まで伸びる長い髪をした女性だった。そして、何より特徴的だったのは、エルフの特徴とも言える長い耳を持っている事だった。
「ワルキューレなんて、久しぶりに見たわね。」
リリィの姿に、女性が珍しそうな視線を送りながら言う。
リリィは、俺の陰に隠れながら軽くお辞儀をしていた。
「別にそんなに怖がらなくてもいいのに。まあ、でもこれで辺りは安全だから安心したらいいわ。」
女性はそう言うと、俺の方を見た。
何となくだが、誰かに雰囲気が似ているように感じた。しかし、それが誰なのかがよく分からない。
一応、こちらに危害を加えなさそうなので難しいことは考えないようにしよう。
「あら?よく見たら、あなたは人間なのね。」
俺の正体に気づいたらしく、少しだけ驚いた表情を見せる。
「まあ、色々とあって…。」
俺は、そう言うと頭を下げる。
何やら俺を観察しているのか、値踏みをされているような目を向けられる。
一通り、確認したのか俺から視線を外す。
「そうなのね、まあ特に詳しいことは聞かないから安心して。」
そう言うと、女性は再び歩き始めた。
そして、思い出したかのように俺達の方を振り向いてきた。
「最近は、色々と物騒だから除霊が終わったらすぐに帰ることをオススメするわ。」
そう言い残すと、女性は再び歩き始めた。
女性の姿が消えると、リリィが止めていた息を吐きだした。
そして、汗をダラダラと噴き出していた。
「こ、怖かった…。」
そう言うと、大きく息を吐く。
正直、あの巨大な魔獣を一撃で倒すなんてどんな実力者なのだろうか。
「…でも、エレナ様以外だと初めてエルフなんて間近で見たなー。」
リリィが先程の女性を思い出したのか、つぶやく。
「そういえば、エルフって珍しいんだっけ?」
俺は、リリィに尋ねる。
以前に、エレナが教えてくれたことだ。
「そうそう、珍しいから絶滅してる説もあるくらいだよ。あの感じだと、かなりの高齢なエルフなんじゃないかな?」
「パッと見た感じだと、全然そんな様子には見えないけどな。」
「長命種にありがちだよね。見た目が全然変わらないのって。でも、あのレベルの魔獣を倒せるくらいだから相当に強いエルフだと思うよ。」
「エレナと比べても?」
俺の質問に、リリィは頷く。
「エレナ様よりもずっと強いと思うよ。」
そんな、凄い人だったのか。
帰って、エレナに会ったらこの話をしてもいいかもしれないな。
「よし、じゃあササッと残りを終わらせて帰ろうか。あまり遅いと、また魔王様から怒られちゃうかもしれないから。」
リリィがそんなことをつぶやくと、服の腕をまくる。
「頼むよ、下手すると夜が明ける可能性があるからな。」
俺は、リリィに言う。
その後、リリィと共に夜明けと共に城下に帰った俺はすでに朝の掃除などが始まっていた魔王城に帰ることが出来ずに、ジルの家に泊らせてもらった。




