盗賊が盗んでも減らない財宝
こちらは連載小説「人間の習性を知り尽くした魔王が勇者を倒す方法。」、
その第五章を短編小説にまとめたものです。
内容は同じです。
連載小説:人間の習性を知り尽くした魔王が勇者を倒す方法。
第五章 五人目 盗賊が盗んでも減らない財宝 https://ncode.syosetu.com/n4958iq/6
血の色の空、荒れ地にそびえ立つ魔王の城。
今度は盗賊の男がそこにたどり着いた。
小柄なその盗賊は他に同行者などはいない。
先に魔王の城に挑み姿を消した勇者などと同じく、
たった一人でこの魔王の城までやってきた。
盗賊とは泥棒や盗人の類とは違う。
れっきとした戦う職業だ。
盗賊は短剣など軽装な装備品を主に使用する。
罠などの解除を得意としていて、
通常では開けられないような扉や宝箱も開けてしまう。
迷宮などに入る時は身軽で、出てくる時は財宝を持てるだけ持って。
そんな様から盗賊と呼ばれる。
また、盗賊は装備品以外のものも活用する。
石ころから木の枝のような周囲に落ちているものから、
時には魔物が持つ武器を奪って逆に利用することもある。
戦士などの元より強力な武器を装備している前衛には及ばないが、
魔物の武器を奪い使用することで、魔物の戦闘力を下げることができる。
身を隠すことも得意で、魔物との無駄な戦闘を避けることもできる。
前衛の戦闘力と後衛の支援能力を併せ持つ職業、それが盗賊。
その盗賊も小柄で痩せてはいるが引き締まった体つきで、
注意深い様子は歴戦の様相をまとっている。
現にその盗賊は、いかなる団体にも集団にも所属せず、
たった一人でこの魔王の城までやってきたのだった。
「群れれば目立つ。目立って得することはないんでね。」
その盗賊はそんな軽口を呟くと、
魔王の城の周囲にいる魔物たちの目から身を隠し、
がら空きの小窓に体を滑り込ませるようにして、侵入に成功したのだった。
魔王の城の内部は、捻くれた骨のようだった。
床も壁も柱も捻れていて、壁の高い位置に、
青い松明のような明かりが等間隔に設置されている。
人家などとは違い、全体的に明かりが少なく薄暗い。
こう暗くては、魔物と言えど見通しは利かない。
中には視覚に依らない感知能力を有する魔物もいるが、
見たところ、この辺りにはそういった魔物はいないようだ。
鎧の魔物や子鬼たちが見張りのつもりなのか、周囲を徘徊している。
盗賊は闇を縫うようにして移動し、魔物たちの目を欺いていった。
盗賊が魔王の城の内部を進むことしばらく。
進む先に三叉に分かれた通路が見えてきた。
壁際に身を潜めつつ、そっと通路の先を探ってみる。
真ん中と左右のどちらにも、魔物たちの集団が潜んでいるのが見える。
三つの通路のどの先に魔王がいるのかはわからないが、
盗賊の鼻は財宝の匂いを嗅ぎ分けることに関しては常人以上。
「くんくん・・・、匂うな。あっちからお宝の匂いがする。」
そうして盗賊は迷うこと無く、真ん中の通路を選んだ。
真ん中の通路をしばらく進むと、先に魔物の集団が待ち構えていた。
いくら鍛えられているとはいえ、
盗賊が一人で魔物の集団全てを相手にするには無理がある。
その盗賊はまず暗がりに身を隠すと、落ちている小石を手に取って投げた。
カツーンと小石が転がる音がして、気がついた子鬼の魔物が一匹、
様子を見るために集団から離れてこちらへやって来た。
盗賊は暗闇に紛れて魔物の目を逃れると、
がら空きの背中から短剣を突き立てた。
口元を抑えられた子鬼の魔物は、
悲鳴も上げること無く床に倒れ込んで動かなくなった。
まず一匹。
さらに同じやり方で、集団を離れた魔物を一匹また一匹と仕留めていく。
魔物たちは暗さでお互いをよく視認していないため、
まだ異変には気がついてはいない。
すると今度は、盗賊は外套の裏に忍ばせた投げ短剣を取り出した。
刃を指先で持つと、全身を使って投げつける。
ヒュッと空を斬って飛んでいった投げ短剣は、
魔物の集団の後衛にいた、魔法使いの魔物たちの、
ボロの法衣を纏ったがら空きの頭に突き刺さっていった。
これで魔物の集団の数はかなり減った。
とは言え、まだそれなりに数は残っている。
残っているのは鎧の魔物など、短剣や投げ短剣では相手にし難い魔物ばかり。
するとその盗賊は今度は、鈎縄を取り出した。
鈎縄とは、縄の先に金属の鈎を付けて引っ掛けやすくした物。
盗賊は鈎縄をくるくると回して上へ遥か高く投げる。
鈎縄が通路の上に食い込んだのを確認して、鈎縄を登り始めた。
登った先は、魔王の城の通路の遥か高くの上。
足下には暗がりに青い松明の炎、それと魔物たちが見える。
盗賊は更にいくつかの鈎縄を横に向けて張って、移動の自由を確保する。
それから無防備な魔物たちに上から攻撃を仕掛けた。
大柄な魔物の脳天に、遥か高くから投げつけられた投げ短剣が突き刺さる。
倒れ込んだ魔物の様子に、慌てた鎧の魔物が上を見上げる。
その真っ暗な兜の顔に目掛けて、さらに投げ短剣が投げ落とされてくる。
オロオロとする魔物の首元に縄が降りてきて、首から締め上げられる。
予期せぬ頭上からの攻撃に、魔物たちはなすすべもなく倒れていった。
残ったのは粘液状の魔物など、足の遅い魔物たちだけ。
あれならば放っていっても後を付いてこられて挟撃されることもないだろう。
盗賊はまだ使える短剣や鈎縄を回収し、
そのまま通路の上方に鈎縄の橋を張って先に進んでいった。
やがて鈎縄で張られた通路の上方を進む盗賊の先に、
豪華で大きな扉が見えてきた。
この先に重要な何かがあるのを予感させる。
いや、盗賊にとっては中身が知れたも同然だった。
「へっへっへ、あの中にはお宝がありそうだな。
と、その前に。」
鈎縄で張られた上方から、下の通路を確認してみる。
豪華で大きな扉の前には、それを守護する魔物たちの集団の姿があった。
「しめしめ、今度も上から仕留めるとするか。」
がら空きの獲物を前にして、その盗賊は油断していた。
獲物を前にしていたのは、自分だけではなかった。
プッと何かが吐き出され、こちらに向かって飛んでくる。
その盗賊は既のところで気が付き避けた。
あわやのところで片足だけの宙ぶらりんになる。
それでも、片手を粘着質の何かで封じられてしまった。
糸だ。
太くて粘着質の糸が、腕に絡みついていた。
持ち主が姿を現す。巨大な蜘蛛の魔物だった。
その盗賊は下に気を取られていて、
通路の上方の暗がりに潜む魔物を見逃していたのだった。
しかしそれも無理もない。
相手は静かに動くことを得意とする、蜘蛛の魔物。
しかも足を畳めばその巨大な体は小さく隠れることも可能。
通路の上方には青い松明の明かりも及ばない、蜘蛛の領域だった。
「ちっ!上にも魔物がいたのかい。」
急いで盗賊は鈎縄を投げ、場所を移動した。
通路の下には魔物たちの集団がいる。
移動するのは横か上しかない。
盗賊は鈎縄を橋ではなく掴まってぶら下がることで急速に移動していった。
合間に投げ短剣で反撃する。
しかし巨大な蜘蛛の魔物が固い足を閉じることで、
盾のように投げ短剣は弾かれてしまった。
あわてて盗賊は鈎縄を投げて、弾かれた投げ短剣を回収する。
物を下に落としてはいけない。
下の魔物たちに勘付かれて、余計に厄介な状況になりかねないから。
幸い、巨大な蜘蛛の魔物は今のところ、他の魔物を呼ぶ気配は無い。
獲物を独り占めしたいのかもしれない。
薄暗い魔王の城の高い通路の上方で、
盗賊と巨大な蜘蛛の魔物との熾烈な戦いは、静かに続いた。
巨大な蜘蛛の魔物がプッと糸を吐きかける。
盗賊がそれをかわしたとしても、粘着質の糸はそこに残り移動を妨げる。
盗賊が縄を結わえた短剣を投げるが、
やはり蜘蛛の固い足の防御は崩せない。
巨大な蜘蛛の魔物は無尽蔵に糸を吐き続けるが、盗賊の鈎縄には限りがある。
蜘蛛の糸は弾性があって丈夫で、短剣ごときでは中々切ることはできない。
通路の上方は徐々に蜘蛛の糸によって支配されていった。
時間をかければ不利になる。
意を決した盗賊は、勝負に打って出た。
鈎縄をデタラメに、天井に向かって投げる。
そちらには魔物はいない。完全なデタラメ。それでいい。
鈎縄には短刀だの石ころだのが結び付けられ、
天井からブラブラといくつもぶら下がっている。
すると、巨大な蜘蛛の魔物は途端に盗賊の位置を見失ったようだった。
盗賊がニヤリと笑う。
「やっぱりな。図体はデカくても、所詮は蜘蛛。
動くものを見る視力は弱いってわけだ。
それじゃあ、これはどうだ!?」
次に盗賊は、まごつく蜘蛛に向かって、力いっぱいに投げ短剣を投げつけた。
巨大な蜘蛛の魔物は、固い足を閉じて防御する。
それでいい。盗賊の狙い通り。
投げ短剣は固い足に当たること無く、低い位置をすり抜けていった。
投げ短剣がすり抜けた先には、蜘蛛の糸が横向きに張られていた。
蜘蛛の糸は投げ短剣程度では切れることはない。逆に跳ね返す。
蜘蛛の糸に当たった投げ短剣は跳ね返され、
まるで投石機のように短剣は弾き飛ばされた。
短剣が飛んだ先には、固い足で防御されていない蜘蛛の腹がある。
巨大な蜘蛛の腹に、投げ短剣は根本まで深々と突き刺さったのだった。
「ようし!やはりデカくても蜘蛛は蜘蛛。
腹は柔らかくて脆いってわけだ。」
盗賊の指摘に答えるように、巨大な蜘蛛の魔物は苦しみ暴れまわった。
滅茶苦茶に糸を吐き足をバタつかせる。
開いた足の間に、さらに盗賊が投げた投げ短刀が何本も突き刺さる。
その度に巨大な蜘蛛の魔物は暴れまわった。
しかしそれもやがては力尽きて、通路の下の方へ落ちていった。
一服遅れて、ズシンと重いものが床に落ちた音が聞こえてきた。
「いっけね、下に落としちまった。でも、問題なさそうだな。」
盗賊が通路の下を覗き込むと、そこには、
巨大な蜘蛛の魔物の死骸に押し潰された魔物たちが転がっていた。
下の魔物たちが下手に密集していたのが災いしたようだった。
その盗賊は鈎縄を伝って通路の下に降りると、
豪華で大きな扉を悠々と開いていったのだった。
「うっひゃー!こりゃあすげえ!」
盗賊が色めき立った声を上げた。
その盗賊の見立て通り、豪華で大きな扉の中は、財宝で一杯だった。
どうやらここは魔王の城の宝物庫らしい。
床から高い天井に至るまで、金銀財宝が積み上げられている。
きっと魔王を打倒する使命に燃える勇者なら、
財宝など見向きもしなかったことだろう。
しかし、今ここにいるのは、財宝を何よりも愛する盗賊。
迷うこと無く、宝石の群れに向かって飛び込んでいった。
大小さまざまな宝石が輝き、盗賊の目を彩る。
「さすが魔王の城、すごい財宝だ。
これだけあれば何でも買えるぜ。」
財宝などに手を出さなくとも、魔王を討伐すれば、莫大な報奨金が得られる。
それはわかっているのだが、しかし目の前の財宝たちに盗賊は無視できない。
丁度、先程までの魔物たちとの戦いで、いくらかの傷を負っている。
その治療も必要ではあるし、物資の補充も必要だ。
「そのついでに、ちょっとくらいお宝を拝借しても、いいよな?」
そんな言い訳じみた言葉が、盗賊の口からついてでた。
そうしてその盗賊は、鞄や衣服の物入れに、
詰め込めるだけの財宝を詰め込み、巻物を開いて手に取って詠唱した。
「帰還魔法!我を安全な場所に運び給え!」
風がびゅうびゅうと寄り集まって、盗賊の体が浮かび上がる。
そうして盗賊は、休息のため帰還することになった。
ありったけの財宝とともに。
気がつくと、その盗賊は王都の街の中にいた。
血の色の空も荒れ地もない、平和な街並み。
王都に戻ってその盗賊は早速、道具屋へと足を運んだ。
薬草だのを買い足す前に、物入れの宝石を一つ取り出して見せる。
「なあ、これ、いくらで買い取ってくれる?」
台の上に無造作に置かれた宝石を目にして、道具屋の主人は目の色を変えた。
「こ、こりゃあすごい!
あんた、こんな宝石、どこで手に入れてきたんだい?」
「あ、ああ、魔物から奪ってきたんだよ。
それで、価値はあるんだろう?」
「価値はあるさ。すごい額になるよ。」
「同じような宝石がいくつもあるんだけど、買い取ってくれるか?」
「一つじゃないのか?ちょっと待ってくれ。
現金を用意しないといけないから、明日までかかるよ。」
「ああ、いいぜ。ちゃんと金を用意してくれよな。」
魔王の城の宝物庫から持ち帰った宝石をいくつか預け、次の店へ。
そこでも同じようなやり取りが繰り返された。
鞄や物入れにパンパンになるほど持ち帰った宝石は、
数個だけでも一軒の道具屋が持つ現金を上回るほど。
中には、魔物に略奪された王家の宝石だとかで、
さらに特別な報奨金が付いたものまであった。
そうして次の日。
その盗賊の元には、大袋に入れて抱えるほどの金が集まったのだった。
「へっへっへ!すげえな。
あの魔王の城の宝物庫から、ちょっと財宝を持ち帰っただけでこの金だ。
全部持ち帰ったら、きっと使い切れないほどの額になるぞ。
しかし困ったな。」
盗賊を腕を組んで考え込んだ。
これだけの大金となると、おいそれと宿に置いておくわけにもいかない。
誰か人に預ければきっと出所を探られることになるだろう。
結果、魔王の宝物庫の場所が他人にも知られるかもしれない。
そうしたら、財宝を独り占めにできなくなる。
その盗賊にも隠れ家の一つや二つあるが、
それらはただの洞窟や廃屋でしかない。
誰かに金を見つけられて奪われる可能性もある。
どうしようもなく、金の保管場所に困ったその盗賊が向かったのは、
どこでもないあの魔王の城だった。
魔王の城の宝物庫なら、金を保管しておいても安全。
なぜなら、元々の財宝があった場所なのだから。
その盗賊が至ったのはそんな結論だった。
結局、その盗賊は魔王の城の宝物庫にある財宝を両替して持ち帰っただけ。
しかし本人はそのことに気がついていない。
魔王の城の宝物庫の財宝を全て自分のものにした気になっている。
それどころか、宝物庫に積み上げられている財宝を見上げると、
開いている鞄や物入れが軽く感じられるのだった。
「手ぶらで王都に戻るのも何だし、もう少しお宝を持っていくか。」
もう一個だけ、もう一回だけ。
そうしてそれから、その盗賊の、
魔王の城の宝物庫と街を往復する日々が始まった。
鞄や衣服の物入れに詰め込めるだけの財宝を詰め込んで街へ。
その財宝を売った金を持って魔王の城の宝物庫へ戻る。
その繰り返し。
幸いにも魔王の城の魔物が増えることもなく、戦いにはならなかった。
しかし、その盗賊が魔王の討伐に向かっていないことも事実で、
金が増えれば増えるほど、その盗賊は他に行き場がなくなっていった。
誰かが自分の金を狙っているのでは。
誰かが自分の金の隠し場所を探っているのでは。
誰かが自分の後をつけているのでは。
そう考えると、その盗賊は街で眠ることもできなくなった。
またその疑いは一部では当たっていた。
その盗賊があまりにも貴重な財宝を多数持ち込むため、
不審に思う人がいたのも事実ではあった。
しかしそれは盗みをしているのではとかそういう疑いで、
その盗賊の金を奪おうとかいうものではなかった。
それでも、実際に感じられる疑いの目は、
その盗賊の猜疑心を育てるには十分だった。
そんなことがあってしばらくの後。
その盗賊は今も魔王の討伐には出かけていない。
魔王の城の宝物庫に金を隠すようになってから、
その盗賊が安心できるのは、魔王の城の宝物庫の中だけになっていた。
誰かが金を狙っている。今もどこかに誰かが潜んで隙を伺っている。
そんな考えに取り憑かれて、
今もその盗賊は魔王の城の宝物庫で金を見張っていた。
山程の金を抱え、しかし一片の食料もない魔王の城の宝物庫で、
その盗賊は、目だけをギラギラと血走らせて、うわ言のように呟き続けていた。
「これは全部、俺の金だ。誰にも奪わせない・・・!」
聞こえてくる魔王の高笑いも、その盗賊の耳にはもう入ってはいなかった。
終わり。
ハイファンタジーではやはりおなじみの、盗賊の話です。
盗賊と言うと一人だけで行動する印象はあまりないですが、
今回は一人で行動する盗賊の事情を考えてみました。
戦うには盗賊が一人でもいいのですが、
金銀財宝を見つけてしまった時には、
誰か止めてくれる人がいた方がよかったという結果になりました。
お読み頂きありがとうございました。