もしもし、我が永遠の好敵手さん。わたしは婚約破棄されました。
「私、ギード・オーランジェとアリアドネ・ヴァイスの婚約破棄を、ここに宣言する!!」
いや、初耳なんですけど。
現在は、我が婚約者……な、はずのギードの実家、オーランジェ公爵家が主催する夜会の真っ只中。
な の に、何故、婚約破棄を宣言しちゃっているんだろう。
え? わたし、聞いてないよ? 寝耳に水ってやつだよ?
しかも、ギードの隣には……オイオイ、うちの異母妹がいるんだけど。
エマ・ヴァイス。わたしの一つ下の母親違いの妹。ぶっちゃけて言えば、父親が不倫して作った子供。うちの母親が病死した後、嬉々として母子共に、十二年前に家にやって来た。腹違いの妹にいい思い出はないので、距離を置いていたが。
奴はこれ見よがしにギードの腕に引っ付いている。
…………いいのか? そいつ、お前の姉の婚約者ぞ? まだ婚約破棄だか解消だかの書類にサインしてないから、まだわたしの婚約者だぞ? 公衆の面前で浮気してまーす! って宣言しているのと同じだからな??
って、言えたらいいなー。
「アリアドネ、お前は平民出身ながらも己よりも遥かに優秀なエマに嫉妬し、虐げていたそうだな? そのように悪虐にして無能なお前は、未来のオーランジェ公爵夫人に相応しくない!」
ギードはわたしを行儀悪く指差して言う。すると一転して、心底愛おしげ〜にエマを見る。
「それに比べ、エマは市井出身にも関わらず、お前よりも深い教養を持つ聡明な女性だ。彼女ほどオーランジェ公爵夫人に相応しい者はいない!」
いや、聡明な女性は姉の婚約者と浮気しないからね? 知ってるからな? お前らがヒソヒソヒソヒソ密会してイチャイチャイチャイチャしていたのは。
あと、貞操は結婚まで大事にしていた方が良いと思うなー。この国の貴族の女は処女性が重んじられてるからね?
……あれ? 無能と名高い(違う)わたしでも知ってるのに、聡明と名高いエマちゃんは知らないんでちゅかー? プークスクス。
って、言いたいなぁー(二度目)。
「わかりましたわ。では、わたくしは帰ります」
優雅〜を心がけて一礼。顔には慈愛の女神の如き微笑を浮かべて。
…………心の中? コイツらをかつてからの愛槍で細切れにしとるわっ!!
おぉっと、危ない危ない。わたしはヴァイス侯爵家の長女。貴族のお嬢様。優雅に、気品を保って。ハイ、美しく〜。
「あっ、ちょっと待て!」
ギードがなんか後ろで喚いてるけど、興味ありませーん。ハイ、ばいばい。
颯爽と会場を出たわたし、ドレスのデコルテから覗く胸の谷間から、ジャジャジャーン! 魔導と化学の結晶たる便利道具、スマホを取り出します。
おっぱいって、大きいとクッソ肩凝るし、動く度に揺れてウザい。その上、将来垂れそうで今から震えてるけど、ちょっとした物を入れられるから便利。
『なんだ?』
とある番号へかけて聞こえたのは、低い声。
「コードEで」
『マジか。任せろ』
短い通話。だけどね、これからのことを想像すると、わたしは高笑いが止まりません。
「あーっはっはっはっはっは!!」
あ、通りすがりの猫に変な目で見られた。
…………帰ろう。うちの車どこだ?
*****
翌日。
窓の外で、ちゅんちゅんと小鳥が鳴く。可愛い。
「オーランジェ公爵家嫡男ギード、婚約者の妹と浮気。
……良かったな、ギードよ。新聞の一面にデカデカと乗れて」
ソファーの上で腹を抱えて転げ回る男がいる。アルセ・シュヴァルツ。これでもこのファルべ王国の王様をやっている。わたしより十歳上のおっさ……いや、お兄さん。もうすぐ三十になるけど、イケメンで若々しいですよ。
「今頃、オーランジェ公爵家と……ヴァイス侯爵家も阿鼻叫喚か?」
「知らなーい」
あー紅茶美味しい。
わたしは朝早くに起きて、父親に咎められる前にさっさと家を出て来たからねー。ここは王宮。
「聖天王国の神姫を敵にまわすとは、愚かな連中だ」
アルセが頬杖をついてボヤいた。
遥か遠い昔のこと。今ではとうに御伽噺か、神話かになっている伝説の一つ。
わたしは聖天王国という、古に存在した伝説の国の王女だった。父親は神と人間の間に生まれた王。その上、わたしは戦い女神を母に持っていた。
誕生と同時に母から伝説の神器、神槍ルペノアウベを授かったわたしは、神姫、神槍の戦乙女などと謳われ、数々の武勇を誇った。わたしは最強だった。
聖天王国の中では。
我が生涯――いや、永遠の好敵手となった男が、国の外にいた。当時、聖天王国の次に力を持っていた大国、彩虹王国の王が。
なんの因縁か、その生まれ変わりが目の前の人物なのだが。
今や、聖天王国も、彩虹王国も、実在したかもあやふやなぐらい、遠い遠い過去の話。
同じ国に生まれたわたし達は今や、同じ時代の記憶を有する者同士、なんやかんや親しくやっている。……と、少なくともわたしは思っているのだが。
「にしても、今生でもまた、異母妹に陥れられるとはな」
「好きでそんなことになってるわけじゃないんだけどねー」
アルセの言葉に、思わず遠くを見た。
わたしが死んだのは戦場ではないし、わたしを殺したのもアルセでもない。
わたしは父に処刑された。何故? 異母妹――エマじゃなくて、前世のわたしの異母妹、フリーサに毒を盛って殺そうとしたから。ちなみに、完全に冤罪です。
昔はあんな子じゃなかったんだけどね。普通にいい子だった……はず。
でも、結婚して子供が産まれてから、変わった。自分の子供を次の王にしようとし、何度もわたしに暗殺者を仕向けてきた。全員返り討ちにしたけど。毒も盛られた。生まれつきわたしに毒は効かなかったから、無意味だったけど。
どうやってもわたしを殺せないからと、フリーサは逆に自分が毒を飲んだ。一命は取り留めたけど。彼女はわたしの部屋に毒瓶を隠していた。父はわたしを疎んじ、異母妹を溺愛していたこともあって、これを好機だとばかりにわたしを捕らえ、処刑したのだった。
何故それを、先に病死したアルセが知っているのかと言うと、この話が有名だから。細部は違うけど、大体合ってる。聖天王国最強だったわたしの死をきっかけに、神々の加護を受けた偉大なる聖天王国は、衰退の一途を辿ることとなった。
「他にも写真はわんさかあるが、どうする?」
ぴらっとアルセが見せて来たのは、ギードとエマの熱愛写真。せこせこヒソヒソ撮っていた甲斐があったものだ。
昨夜の電話の相手はこの王様。ギードとエマの浮気を相談したところ、「浮気の証拠を集めて、いざとなったら新聞社にでも売れ」とアドバイスを貰った。
こうして昨日、アルセが新聞社などに写真を売ってきた。お陰で、どの新聞も本日の一面にギードとエマの写真を大々的に掲載している。なんせ、ギードは名門公爵家の次期当主。
まぁ、この件でそれがどうなるのかは知らないが。ギードには、優秀な弟が二人もいるから。
「あーぁ。婚約も破棄。完全に傷モノだよ。その上、多分、お父様に家追い出されそう」
「ヴァイス侯爵も妹の方を溺愛しているからな。お前、父親運と妹運ねーな」
「ホントそれ」
家を出たらなにをしよっかなー。どこに行こっかなー。
ヴァイス侯爵である父親とその後妻である義母から嫌がらせで教育を受けさせてもらえず、得意な戦闘も攻撃魔法も、はしたないと禁じられた。お陰でついたあだ名は、『無能令嬢』。
だがしかし!! 家さえ出れば、わたしは自由!! 前世も終ぞ得られなかったものが、今、目の前にある!! ふははははははーー
*****
後日譚。
勘当されました☆
予想通り。
『お前を娘だと思ったことは一度もない!』だって。それ、前世の父親にも言われたんですけど。芸がねーな。
まぁ、別人なんだけど。
「てなわけで、わたしは旅に出る!」
「そうか」
現在の場所は、ファルべ王国の王宮前。
目の前にはアルセがいる。わたしは纏めた荷物を足元に置いて、旅装束に身を包んでいるんだけど……
「なんでアルセも??」
何故か、アルセも旅装束を着ていた。何故?
「お前、忘れたのか?」
「なにを?」
鼻で笑われた。
「俺が先日退位し、ヘルムに王位を譲ったことを」
「はっ!!」
わたしは息を呑んだ。
思い出したのは、一ヶ月前のこと。
十八歳の時、病死した兄、ヨハン五世の後を継いで国王に即位したアルセは、いわゆる中継ぎの王ってやつ。兄の子ーーアルセの甥、ヘルムフリート王子が幼かったが為に、彼が成長するまで王様をすることになったのだ。
わたしはヘルムフリート陛下の戴冠式を熱を出してお休みしたから、すっかり忘れていた。
申し訳ありません、ヘルムフリート陛下。
………………あれ? てことは、先日も王様ですとか心の中で言ってたけど、実は元王様だった?
間違えてしまって申し訳ございません。ハイ。
「俺も暇だからな。お前の旅とやらに付いて行ってやろう。どうせ、宿の取り方もわからないんだろ」
「…………野宿は出来るもん」
「ずっと野宿をするつもりか?」
「………………」
ガクリ。
あまり深く考えていなかった……。
……………………まぁ、いっか!
「しょうがないなぁ。じゃあ、どこに行く?」
「お前が行く予定の場所でいいぞ」
「いや、まだ決めてないから」
「決めてから行けよ!!」
頭を叩かれた。
ところでそのハリセン、どこから出した?