第8話 アスラの攻略法
3人が一番恐れていたことが起こった。
最もアスラに練習を見てもらいたくないチーム今治リトル。
全員が、どこからか持ってきた双眼鏡でアスラの視線を辿った。
その先にはやはり青木と松尾がいた。
3人は絶望的な顔になり頭を抱えた。
風谷「あれは完全にスカウトするつもりだ」
中山「どうしよう・・・あの2人が入って来たら私たちもう終わりだよ」
森「兄ちゃんは人材に男も女も関係ないって言うてたし、もう決まったも同然や」
風谷「アイツら性格は最悪だけど野球センスは抜群だからな」
3人はため息をつきガックリと肩を落とす。
その時アスラに後ろから声をかけられた。
アスラ「お前らそんなところで何をやってるんだ?」
風谷・森・中山「うわぁぁぁっ!!」
驚きのあまり3人はひっくり返った。
アスラ「そこまで驚くこともないだろ」
風谷「いや、驚くだろ!!少なくても100m以上前にいたはずの人間に真後ろから突然声をかけられるんだぞ!!」
森「飯の時もそうやけど、ええ加減突然現れるの辞めて欲しいわ!!」
アスラ「それに関しては考えておいてやる。それよりここで一体何をしてるんだ?筋肉痛とやらは治ったのか?」
中山「筋肉痛はまだ治ってないよ。ただちょっと気になることがあって・・・」
アスラ「・・・まぁいい。今回は聞かないでおいてやる」
アスラは再びグラウンドの方へと歩き出す。
どうにかして青木たちのスカウトを阻止しようと3人はアスラの前に立ちはだかった。
アスラ「何の真似だ?まさかこのオレに戦いを挑むつもりか?」
風谷「あ、アンタみたいなバケモノと戦って勝てるわけないだろ」
森「ウチらはただ兄ちゃんの手伝いをしたいだけなんや」
アスラ「手伝いだと?」
中山「いい人材を見つけるなら人手は多い方がいいでしょ?」
アスラ「・・・・・・」
森「ここはウチらが見るさかい、兄ちゃんは別のチームを見てってや」
アスラ「断る」
風谷「な、なんでだよ・・・みんなで探せば時間の短縮にもなるし、もしかしたら人数が多いアタシたちの方がアンタよりも隠れた逸材を見つけられるかもしれないだろ?」
アスラ「それはあり得ないな。お前らよりオレが多く見つけるならともかく、お前らがこのオレより多く人材を見つけることは絶対にない。それにオレは人材を選別するのに10秒もかからん。お前らにオレ以上のことができるのか?」
もはや返す言葉もない3人はただ黙って俯くしかできなかった。
アスラ「わかったなら、そこをどけ」
アスラは3人をかき分けてグラウンドの方へと歩く。
もうダメだと地面に手をついたその時、アスラはグラウンドを通り越して別の方へと向かって行った。
風谷・森・中山「あれ?」
予想外の行動に3人は慌ててアスラを追いかけた。
アスラ「・・・しつこいヤツらだな」
風谷「い、いや・・・スカウトはしないのかなって思って・・・」
アスラ「しない」
森「そ、そうなんか!?そりゃよかったで!!」
アスラ「まぁ2人ほど迷った逸材はいたがな」
3人とも心臓がドキッとなり恐る恐る聞いてみた。
中山「迷った逸材ってひょっとして・・・あの2人?」
中山は青木と松尾を指差した。
アスラ「ああ」
中山「やっぱりね・・・」
森「でもなんで、2人はダメだったん?」
アスラ「2人とも身体能力に突出した部分はあったが、その反対にかなり劣っている部分もあった」
風谷「なるほどな。青木はすごく足が遅いし松尾は体力が無さすぎるしな」
アスラ「オレが求めているのは全体的に高い身体能力を持っているヤツだ。たとえ突出した部分が数多くあっても1つでも劣った部分があるヤツをオレは絶対に選ばない」
この言葉を聞いて青木と松尾のスカウトの可能性が完全になくなったことに3人は、ものすごく喜んだ。
その時だった。
中山「あっ!?」
中山があることを閃いた。
中山「(この人の性格を逆手に取れば、選手集めを任せてもらえるかもしれない)」
意を決して中山はアスラに話す。
中山「ねぇ、今後の人探しなんだけどさ。やっぱり私たちに任せた方がいいと思うんだけどなぁ・・・」
またかと言った顔で眉をひそめるアスラ。
アスラ「さっきも言ったが人材を見分けるのはオレの方が間違いない。わざわざ欠陥だらけのお前らに任せる必要はない」
中山はゴクリと息をのんで言った。
中山「で、でもこういうのは『下っ端』がする仕事だから私たちの方が向いてると思うんだけど」
アスラ「下っ端・・・だと?」
思った通りアスラの表情が一気に怒りの表情に変わる。
中山は心底震えあがっていたが、ギリギリのところで堪えていた。
そしてアスラに一歩も引かず答える。
中山「だって選手集めって監督はやらないもん」
アスラ「なに?」
中山「監督はチームの要。つまりあなたは神様のような存在なんだよ?」
アスラ「か、神だと!?」
この一言で手応えは十分だと確信した中山。
ところがアスラは今まで見せたことがないほど怒りの表情に変わった。
その影響で地響きが起こり、空間には亀裂が生じ始めた。
風谷・森・中山「ひぃっ!?」
どうやらアスラにとって神という言葉は、かなりの地雷だったようだ。
震える声で中山は、すぐに言い直す。
中山「か、か、神様じゃなくて支配者!!か、監督はチームの支配者なんだよ!!」
アスラ「支配者?」
支配者という言葉はアスラにとって、かなり好評だったのか表情が一気に和らいだ。
そして地響きや空間の亀裂も徐々に消えて無くなっていく。
風谷「あ、危なかった・・・」
森「この兄ちゃん、ホンマにヤバいで」
中山「(この人の相手は本当に大変だ。言葉を一つ間違えただけで何をするか分からない)」
中山は言葉を慎重に選びながら話を続ける。
中山「支配者である監督の下にいる選手。つまり私たちのことね。私たちは配下だと思って欲しいの」
アスラ「う~む・・・配下か」
明らかにアスラの表情に迷いが見える。
中山はその隙を突いて一気に畳みかける。
中山「支配者は配下が連れて来た人を選別する。そっちの世界でもそういう感じでやってたんでしょ?」
これにはアスラも大きく同意した。
アスラ「お前の言う通りだ。それに考えてみれば、このアスラ様が資料を持ってわざわざ出向く必要などない。そういうのは配下であるお前たちに任せれば済む話だ」
中山「それじゃあ、配下である私たちに選手集めを任せるってことでいいよね?」
アスラ「ああ」
風谷「おぉっ!?」
森「さすが奈々やで!!」
野球を戦場と照らし合わせるアスラの思考を逆に利用した中山。
あえて監督ではなく支配者という言葉を使うことでアスラをのせる作戦が上手く行き見事に選手集めの仕事を勝ち取った。
これで女子だけのチームを作ることができると3人は大喜びだった。
そして次の日・・・
3人は今後のことを教室で話し合っていた。
森「さっそく人材集めなんやけどな」
風谷「実際女子で野球やってるヤツなんているのか?」
中山「可能性はかなり低いよね」
森「とりあえず、軟式の野球チームをあたった方がええな」
中山「そうだね」
3人はアスラが理事長から追加でもらってきた軟式野球チームの資料を頼りに近くの強豪チームをあたった。
しかし女子選手は1人も見つからなかった。
この結果に足取りを重くして河川敷に向かう。
そこにはアスラが腕組をしながら待っていた。
アスラ「誰かいいヤツは見つかったか?」
風谷「いなかった」
森「でもまだ初日やから堪忍してや」
アスラ「逸材が簡単に見つからないことはわかっている。明日も必死で探すんだな」
以外にも怒らなかったことに3人は驚いた。
アスラ「いよいよ今日が初めての泊まり込みだ。前回同様時間の制限はない。それから命の心配はないと思うが足元には十分気を付けろ」
風谷・森・中山「は~い」
アスラ「今日はここから出発してもらう。距離はこの前の道の半分くらいだ」
風谷・森・中山「本当に!?」
3人は一瞬だけ喜んだが表情がすぐに引き締まる。
風谷「距離が半分ってことは絶対何かあるぞ」
森「この兄ちゃんが優しい特訓なんか用意するはずあらへんもんな」
中山「今度は何が待ってるんだろう・・・」
不安になりながら山道を進んでいく。
そして道の距離が半分だった理由がすぐに判明した。
ここは湿気が多く足場がかなりぬかるんでおり、かなり最悪な状態だった。
中山「地面が柔らかくて足が埋まるし、上手く進めないよ」
森「これ距離が短いかもしれへんけど、前回よりもキツいんやない?」
風谷「足元に十分気を付けろっていうのは、こういうことかよ」
山登りを始めて1時間半。
距離で言えば、全体の4分の1しか進んでいなかった。
しかし、すでに3人の体力は限界だった。
中山「もう暗くなっちゃったね」
森「もう歩けへん。ここらへんで野宿した方がええんやないか?」
風谷「そうだな。けどこんな地面で寝るなんて最悪だ」
野宿をするため寝袋の用意をする3人。
そこへアスラがやってきた。
アスラ「今日の夜食だ。食べ終わったらそこらへんに置いておけ」
森「ちょっとええか?」
アスラ「なんだ?」
森「水筒がもう空っぽだから水を持ってきて欲しいんや」
風谷「アタシのも頼む」
中山「私も」
アスラ「このオレに・・・水を持って来いだと?」
表情が険しくなっていくアスラ。
中山は慌てて言葉を言い直した。
中山「夜は暗くて何も見えないでしょ?だから私たち弱者はどこにも行けなくて・・・」
森「ここは強者である兄ちゃんにしか頼めへんのや」
風谷「頼む。配下であるアタシたちを救ってくれ」
アスラ「・・・・・・」
アスラは、ため息をつく。
アスラ「しょうがないヤツらだ。配下じゃなかったら自分で持って来させるところだぞ」
そう言ってアスラは、森の中へ消えて行った。
森「奈々は、あの兄ちゃんの操縦法をマスターしてきたんやないか?」
中山「みんなだってそうじゃない?」
風谷「ああいうタイプの人間は、おだてに弱いからな」
3人が笑いながら世間話をしていると、ドスンッ、ドスンッと大きな音が森に響き渡った。
しかもその音はどんどん大きくなっていく。
3人は身体を密着させてブルブルと震えた。
そして近くの木がどんどん倒れていく。
風谷・森・中山「ひぃっ!?」
倒れた木の奥から人影が見えた。
風谷・森・中山「だ、誰!?」
そこには大きな水の塊を担いだアスラが立っていた。
風谷・森・中山「えぇぇぇっ!!み、水を担いでるぅぅぅ!!」
3人の驚く声が森中に響き渡った。