第54話 黒崎vsマリー
マリー「(さて次はあの変な5番ね・・・)」
マリーとモニカの2人は黒崎の構えが気になっていた。
モニカ「(もっとも打つ気がないように見える棒立ちの構え・・・『神主打法』って訳でもないし、ちょっと不気味デ~ス)」
2人は大きな勘違いをしていた。
黒崎にとってこの構えは、今できる精一杯の構えなのだ。
思い切り振りぬくとケガしてる腰に響くからスイングも満足にできない。
これが黒崎の中で一番腰に負担がかからない構えなのだ。
マリー「(まぁ、どんな構えであれ、コイツもさっさと三振に取って、この回を終わらせちゃうわよ)」
だが同点に追いついた後ということもあり慎重になるマリーは1、2球目ともボール球で様子を見る。
黒崎は2球とも一切バットを振らず、ツーボール。
モニカ「(まったく打つ気配がしない・・・こういうバッターが一番困りマ~ス)」
マリー「(ちょっとコイツを買いかぶり過ぎてたみたいね。こんなデクの坊相手にボール球を放る必要なんか無かったわ)」
マリーは2球続けて外角の低めにストライクのボールを投げるが、それでも黒崎はバットを一切振らない。
カウントはツーストライク、ツーボール。
モニカ「(ツーストライクに追い込んだし、ここは切り札を出すに限りマ~ス)」
モニカはスプリットのサインを出す。
マリーも頷き、決め球のスプリットを黒崎に放る。
黒崎は、打席に入る前にアスラに言われたことを思い出していた。
回想・・・
アスラ「黒崎」
黒崎「なに?」
アスラ「お前はアイツの球を絶対に打つことはできない」
黒崎「なっ!?」
アスラ「バットをロクに振ることができないんだから当然だろ」
黒崎「そ、それはそうだけど・・・」
アスラ「いいか、お前は打つことはできない。それどころか前に飛ばすこともできるかどうかわからない。そんな中でお前ができることはバットに当てることだ。とにかくお前はバットに当てることだけを考えろ」
黒崎「・・・わかったわ」
回想終・・・
黒崎「(試合前にお詫びはこの勝負の結果で示すなんて言ってたけど、全然結果が出せていない。腰をロクに回転できない私はバッティングでは完全にお荷物だわ。でもそんな私でもできることがある。それは・・・誰もバットに当てられなかった彼女の決め球『スプリット』を当ててチーム内の士気を高めることよ!!)」
黒崎の打つという雑念を完全に捨てて当てるだけに専念した力のないスイング。
落ちるスプリットに当てようと片膝をつきながらするスイング。
その欲のない・・・しかし執念のあるスイングでついにマリーのスプリットをバットに当てた。
マリー「なっ!?」
モニカ「ま、マリーのスプリットを!?」
黒崎「あ、当たった・・・」
風谷「つ、ついにボールに当てやがったぞ!!」
中山「しかも切り札のスプリットを!!」
アスラ「打つという感情を捨ててバットに当てることだけに専念しろと言ってもそれができないのが現実だ。しかもそれが三振予告をしてきた相手なら尚更な」
風谷「そ、そりゃな」
アスラ「あれが打つ雑念を完全に捨てたスイングだ。フォームが崩れようが関係ない。とにかくバットに当てる。バットに当てることだけに執念を出したあのスイング。打つ見込みがまったくない黒崎だからこそできるスイングだ」
中山「それって・・・褒めてるの?」
アスラ「ああ」
ボールに当てたことでわずかながら感覚を掴んだ黒崎。
その異次元な身体能力を駆使して、その後もマリーのスプリットに食らいつく。
ストライクゾーンに決まるスプリットはもちろん完全にボール球になるワンバウンドするスプリットも黒崎はバットに当ててファールの連続。
バットをボールに当てる。
黒崎の頭には、もうそれしかなかった。
マリー「くそっ、さっきからファールばっかり。一体何なのよ、アイツ・・・」
モニカ「(ここまでマリーのスプリットに食らいついた選手は初めてデ~ス。ここは、ストレートを混ぜるしかありまセ~ン)」
モニカは、ストレートのサインを出すがマリーは必死に首を振ってストレートを投げることを拒んだ。
モニカはタイムをかけ、マリーのもとへ向かう。
モニカ「マリー、ここはストレートを投げるべきデ~ス。マリーのプライドもわかりますがスプリットは多く投げられるボールではありまセ~ン」
マリー「そんなことは、わかってるわ。でも・・・」
モニカ「マリー・・・この試合に万が一負けることがあったら私たちだってどうなるかわかりまセ~ン・・・また孤児院に戻されることだって」
マリー「!?」
モニカ「だから、ここはストレートを投げて」
マリー「・・・モニカ、それは違うわ」
モニカ「え?」
マリー「たとえ勝っても、打つ気がまるでない相手から逃げてスプリットで勝負しなかったことだって十分問題になるわ。勝負から逃げた臆病者の腰抜けなんて・・・それこそ孤児院行きになるわ」
モニカ「で、でも・・・」
マリー「いい?ここは絶対にスプリットで勝負よ。ここでストレートを投げるくらいならスプリットで打たれた方がまだマシよ」
モニカ「お、オーケー。こうなったら絶対にあのバッターを抑えてやりましょう」
マリー「当然よ」
戻ったモニカはドッシリ座ってミットを構える。
黒崎「へぇ~・・・勝負する気なんだ。上等じゃない」
ここからマリーと黒崎の長い戦いが続いた。
マリーは、黒崎のバットの空を切らせようとスプリットを投げ続ける。
対する黒崎の方は持ち前の小学生離れした身体能力と桁外れの動体視力でマリーのスプリットをファールにし続けた。
互いに一歩も引かないまま、40球目を超えたあたりでアスラは次のバッターである中山を呼び出す。
アスラ「中山、お前にアイツのボールに触れる方法を教えてやる」
中山「え?」
マリー「く、くそっ、さっさと空振りしなさいよ!!段々ムカついてきたわ!!」
黒崎「そう思うなら、私が空振りするほどの凄い球を投げればいいでしょ?」
マリー「なっ、なんですって!!」
余裕の笑みを浮かべながら構える黒崎に怒りの表情をするマリー。
マリー「ただボールに当ててるだけで、そんな得意げな顔してんじゃないわよ!!」
怒りと気迫のこもったマリーの渾身のボール。
そのボールはこの試合で一番の速度と落差の大きいスプリットだった。
黒崎「(これは・・・今までで一番の落差が大きいボールね)」
黒崎も食らいつこうとバットを振る。
だがその時・・・
黒崎「痛っ!?」
黒崎は思わずフルスイングしてしまい、腰を回転させてしまった。
黒崎「しまった!?」
腰の痛みでスイングが鈍くなった黒崎のバットは空を切った。
マリー「しゃぁぁぁぁっ!!」
主審のバッターアウトのコールにマリーはマウンド上で歓喜の雄たけびを上げた。
モニカ「マリー!!ナイスピッチング!!あのバッターを乗り切れたから、後は楽デ~ス」
マリー「さぁ!!次のバッターをさっさと片付けて次の攻撃に行くわよ!!」
モニカ「イエ~ス!!」
完全に勢いづくマリーたちとは対照的にアスラベンチは、完全に意気消沈していた。
森「あかん、完全に調子づいてしもうたで」
風谷「あのイリーナでも三振なのかよ」
真野「この回もゼロなら後は最終回の攻撃のみ。確実にイリーナに打席は回って来ない」
中山「逆に向こうは、あのバケモノに打席があと1回は確実に回って来る」
もはやこれまでといった雰囲気になる中でアスラは首を傾げた。
アスラ「お前らは、黒崎に一体何を望んでいたんだ?」
全員「え?」
アスラ「黒崎はボールをバットに当てていただけで会心の当たりをしたわけでもない。何を落ち込むことがある?」
風谷「で、でもアタシたちはバットにかすることもできなかったんだ。当てることだってかなり難しいんだぞ」
アスラ「当てることが本当に難しいかどうか、中山の打席を見てから言うんだな」
風谷「え?」
マリー「さ~て、行くわよ!!」
モニカ「オーケー!!」
中山「さてと・・・」
中山の構えにマリーとモニカも目を見開く。
モニカ「あ、あの構え・・・」
マリー「さっきのヤツとまったく一緒じゃない」
モニカはタイムをかけ、マウンドへ向かう。
マリー「一体どういうつもりかしら?アイツもまたファール攻めでアタシのスタミナでも奪おうって魂胆?」
モニカ「でもファール攻めなんて狙っていてもそう簡単にできるものじゃありまセ~ン。さっきのバッターが異常だっただけデ~ス」
マリー「あくまでアタシたちに不気味さを見せつけてペースを狂わそうってことね」
モニカ「それ以外に考えられることはありまセ~ン」
マリー「なら真っ向勝負。三球三振で片付けるわよ」
モニカ「オーケー」
作戦会議が終わって試合が再開。
中山「(本当にこれで当たるのかな。でもアスラ兄ちゃんの言ったことが本当なら大丈夫。それにイリーナが見本をみせてくれたわけだし・・・)」
マリー「(そんな自信のない顔してアタシのボールに触れることなんて、絶対できやしないわよ!!)」
マリーの初球は、真ん中低めのストレート。
中山はこのボールを打ち返そうとスイングする。
この時、中山はある違和感を感じていた。
中山「(こ、これは・・・打ち返すのは無理かも)」
中山のスイングは、黒崎と同様に力のないスイング。
そして、カキッと音を立てて、力なくファールゾーンにボールが転がった。
中山「やった・・・当たった・・・私にも当たったよ!!」
風谷「うぉぉぉ!!すげぇぞ!!」
森「イリーナと同じスイングで当てよったで!!」
黒崎に続き中山もボールに当ててベンチは歓喜に沸いた。
中山「(それにしてもメチャクチャ痛った~い・・・ただかすっただけで、こんなに手が痺れるなんて、こんな球を何度も当て続けたイリーナのバケモノぶりがわかるよ)」
アスラ側のベンチの様子を見て不機嫌な表情になるマリーを見て、すかさずモニカがマウンドへ歩み寄る。
マリー「ちっ、たかがストレートのボールにかすっただけであんなに喜んじゃってバカみたい」
モニカ「まったくその通りデ~ス。でも先程のスイングはさっきのバッターとまったく同じデ~ス」
マリー「ふんっ、いくらスイングが同じだからっていつまでもファールが続くわけないじゃない。たとえ奇跡的に芯に当たって前に飛んだってアタシの球威じゃ、せいぜい・・・」
その時、マリーの顔は豹変した。




