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第5話 オレは、バケモノだ

森が勢いよく投げたボールは、アスラの近くに転がっていったが、アスラは特に気にすることなく本を熟読していた。


アスラ「この本を読むことになるとはな・・・」


アスラの読んでいる本は、人間社会のある程度の常識が書いてある本である。


この本は、アスラがここの世界に来ることになった時、世話係である『ゼラ』から貰ったもので様々なジャンルが浅く広く載っているが、実のところかなり抜けている部分が多かった。


そんなことはまったく知らないアスラは、その本を頼りにここの世界のことを勉強していた。


アスラ「なるほどな。学校には小学校、中学校、高校というものが存在するわけか・・・そしてオレは、小学校に通っているヤツらを標的にすればいいわけだな」


一人で納得して頷くアスラに森は声をかけた。


森「お~い、そこの兄ちゃん」


アスラ「それにしても資料に書いてある野球チームを見てきたが、今のところオレの最低限の理想である身体能力を持った選手はいなかったな」


森「お~い、聞こえてへんの?」


アスラ「これは、適格者がいなかった場合のことも考えておかなくてはならないな」


森「お~い、無視せんといてや」


森の声が自分に向けられていることに気付いたアスラは、ようやくそっちに目を向ける。


アスラ「なんだ、お前は?」


森「兄ちゃんの足元にあるボールを取ってほしいねん」


アスラ「これか?」


森「そう、それや」


アスラは森のはめているグローブに目が止まった。


アスラ「(コイツも野球をやるのか・・・少し試してみるか)」


アスラ「ほら」


アスラは軽くヒョイと下手投げでボールを放り投げた。


森「おおきに」


しかし、アスラの手元からボールが離れた瞬間ものすごいスピードでボールが森の方へ向かってくる。


森「うわぁぁぁっ!?」


反射的にボールを捕ることができたが、ボールの勢いを止めることができず、森はそのまま数メートル吹き飛ばされてしまう。


アスラ「(身体ごと吹き飛ぶとは、これは期待外れだな)」


森「(な、なんや?何が起きたんや?)」


茫然としながら先程の出来事を整理する森。


森「(あの兄ちゃんとウチの距離は20mくらい。そして兄ちゃんは下手投げで軽くボールを返した。問題はその後や。軽く投げたはずのボールの勢いをウチは止められず、吹き飛ばされて・・・)」


頭の中で整理すればするほど、訳が分からなくなる森。


森「(あ、あり得へん。あの距離から下手投げでウチごと吹き飛ばすなんて・・・)」


森は立ち上がり、おそるおそるアスラに近づいた。


アスラは本に目を向けたまま森に尋ねる。


アスラ「今度はなんだ?」


森「に、兄ちゃん・・・兄ちゃんは一体何者なんや?」


アスラは本を閉じて森の方を見る。


アスラ「さっきので、まだわからないのか?」


森「わ、わからへん。もしかして腕だけがサイボーグとかかいな」


アスラはサイボーグという言葉に首をかしげながらも森に自分の正体を言った。


アスラ「オレは『バケモノ』だ」


森「は?」


バケモノ?


それは何かの例えか?


それとも冗談で言っているのか?


だが森にはアスラが言っていることは冗談とは思えなかった。


なぜなら、あの驚異的な下手投げを森は体験してしまったからだ。


アスラ「わかったら、さっさと消えるんだな」


森にそう言って、アスラは再び本を読み始める。


森は、興味本位でしばらく動かずアスラをじっと観察しているとアスラの横に置いてある資料に目が止まった。


森「何やそれ?」


アスラ「この本か?この本に書いてある中身は、お前には絶対に読めやしない」


森「兄ちゃんの持ってる本やのうて、その横に置いてある資料や」


アスラ「これか?見たいなら勝手に見ろ」


アスラの許可をもらい、さっそく資料を拝見する森。


森「へぇ~、愛媛の強豪リトルリーグの資料やん。兄ちゃん、ひょっとしてスカウトの人なん?」


アスラ「スカウトだと?」


森「けど見た感じ、スカウトにしては若すぎるんとちゃう?どう見ても中学生くらいにしか見えへんで」


アスラ「オレはスカウトではない。オレは最強の野球選手を育成するために必要な人材を探してるだけだ」


森「それをスカウトいうねん!!」


アスラ「そうなのか?」


森「この兄ちゃん一体なんなんや・・・」


スカウトという言葉を知らないアスラの非常識ぶりに呆れる森であったが質問を続けた。


森「ところで兄ちゃんは、どこのリトルリーグのスカウトの人なん?」


アスラ「リトルリーグ?何だそれは?」


森「リトルリーグも知らんのかいな!?」


アスラ「ああ」


森「こんな常識のわからない兄ちゃんにスカウトなんか務まんのかいな」


アスラ「オレをその辺のヤツと一緒にするな。このオレに常識というものは通用しない」


森「常識が通用しないんやのうて常識を知らないだけやろ・・・もう勘弁してや」


両手を広げて降参のジェスチャーをする森。


そのジェスチャーにアスラの目が光った。


アスラ「お前・・・」


アスラの目つきの変わりように森も少し後ずさる。


森「な、なんや・・・急に」


アスラ「手を動かせるのか?」


森「はぁっ!?なに当たり前のこと言うとるんや!!もうええ加減にして欲しいで!!兄ちゃんホンマに頭の病院に行ったほうがええんとちゃうか!?」


数々の非常識発言と今の意味不明な発言に、さすがの森も我慢の限界だった。


ところがアスラにはまったく悪びれた様子は無かった。


アスラ「何を怒っているのか知らんが、お前さっきオレが投げたボールを捕っただろ?」


森「あのバケモノ返球のことかいな」


アスラ「あれを捕ったら普通のヤツは、腕がしびれて半日は動けなくなる」


森「な、なんやて!?」


その言葉で森は再び怒り出す。


森「初対面の相手にそんな返球するなんて狂うとるで!!兄ちゃん、絶対頭おかしいで!!」


アスラ「(身体が吹き飛んだ時点で見限って身体能力を見なかったが、コイツはなかなか悪くないな)」


森「さっきから、なに黙ってんねん!!ちゃんと聞いとんのかいな!!」


怒り狂う森の額に人差し指を付きつけるアスラ。


アスラ「とりあえず、お前は合格だ。オレがお前を最強の野球選手にしてやる」


森「は?」


いきなりの合格宣言に森は呆気に取られた。


森「急に合格って言われてもウチ、何もしてへんで。思い当たるとすれば、手が痺れなかったことくらいや」


アスラ「さっき、お前の身体能力を見させてもらった。お前は合格だ」


森「は、はぁ・・・」


いつ身体能力を見られたかわからないまま合格と認定された森。


だが森は能天気な性格であった。


森「何か分からへんけど、ウチは厳しい関門を突破し合格を勝ち取ったんやな?」


アスラ「そうだ。お前はオレの厳しい審査を突破したんだ」


森「いやったぁ~!!ウチは合格や!!」


一転してテンションが上がる森。


そしてアスラに尋ねる。


森「ところでウチの他にも審査を突破したのはおるんかいな?」


アスラ「いや、お前が初めてだ」


森「それやったらウチの友達も一緒に見てもらってもええ?」


アスラ「友達だと?」


森「そうや。さっきの資料で人材を集める前に友達の実力も見てくれへんか?」


アスラ「いいだろう。連れて来い」


森「ほな、ちょっと待っててや」


目を輝かせながら森は一目散に走り出して行った。


森が戻ると2人はとても心配した様子で駆け寄ってきた。


森「どないしたん?」


風谷「だって、ボールを捕ったと思ったら、そのまま吹っ飛んじゃったじゃねぇか」


中山「本当はすぐ駆けつけたかったんだけど、あの人のことが怖くて・・・」


森「そういえば、そうやったな」


風谷「ところで長い間2人で何を話してたんだ?」


森「おっ、そうやった。そのことで2人に話があってきたんや」


森は先程の出来事を2人に話した。


2人は森の言うことに半信半疑であったが、最強の野球選手というものには興味があったのでアスラのところに向かった。


森「お~い、連れて来たで」


森が手を振ってアスラの元まで走って来るといきなり風谷と中山の顔面にボールが飛んできた。


風谷・中山「うぁぁぁっ!?」


2人も先程の森と同様、反射的にボールを捕ることができたが、勢いに押されて、そのまま吹き飛ばされてしまう。


2人も森のように茫然としたが、怒りの表情に変わってアスラの方に詰め寄った。


風谷「お前、いきなりどういうつもりだ!!」


中山「いきなりあんな殺人ボールを投げるなんて有り得ないよ!!もしあれが顔に当たってたら首が飛んじゃうところだよ!!」


2人の怒りなど気にせず、アスラは黙って2人を凝視していた。


アスラ「(コイツらも腕のしびれを起こしていないようだな。それに身体能力も悪くない)」


風谷「これは、さっきのお返しだ!!」


アスラが2人の身体能力を見ている時、風谷がアスラの顔面に向かってボールを投げた。


アスラはボールを避けることはせず、そのまま顔面に直撃した。


アスラ「・・・・・・」


風谷「お、おい・・・大丈夫か?」


森「ち、血とか出てへんか?」


中山「すごく鈍い音がしたけど、骨が折れたんじゃない?」


3人でアスラの顔を覗き込むが、ケガらしいものは見当たらなかった。


アスラは、足元に落ちているボールをゆっくりと拾いあげる。


風谷はボールをぶつけられると思い後ずさった。


風谷「わ、悪い・・・まさか避けないとは思わなかったもんでよ。一応手加減して投げたつもりだったけど、やっぱ痛かったよな・・・」


アスラ「痛いだと?あんな柔らかい物でオレが痛がるわけないだろ」


アスラの返答に3人は目を丸くする。


中山「や、柔らかいって・・・」


森「こ、硬式ボールやで」


風谷「へ、変な強がりは辞めろよな」


アスラ「そこまで言うなら、今見せてやる」


そう言ってアスラは持っているボールを口の中へ入れ、硬式ボールを噛み砕き始めた。


この光景を見た3人は目を見開いたまま唖然としていた。


風谷「う、嘘だろ・・・」


森「ほ、ホンマや。あの兄ちゃんは本物のバケモノなんや・・・」


中山「ゆ、夢よ。これはきっと夢だわ」


3人の顔はどんどん青ざめていく。


アスラ「これでも強がりだと思うか?」


3人は、ものすごい勢いで首を振った。


アスラ「まぁそれより、お前ら2人とも合格だ」


先程の光景がまだ頭に残っているため素直に喜べない2人。


本当にこのバケモノのもとで野球をしても大丈夫なのかと3人はかなり不安だった。


風谷「合格って言われたけど、どうする?あんなバケモノを信用しても大丈夫なのか?」


森「でも最強の野球選手にするって言うてるで」


中山「だけど硬式ボールを食べちゃう人だよ。練習だって絶対まともなことしないよ」


アスラ「まともなことをしないのは当然だ。そもそも普通のことをやって最強になれると本気で思っているのか?」


風谷・森・中山「う~ん・・・たしかに」


アスラ「合格とは言ったが、オレの特訓を受けるかどうかは自由だ。辞めておくなら今の内だ。最初に言っておくが、オレの特訓はかなり厳しいぞ」


3人はかなり悩んだ。


このままアスラの特訓を受けて最強の野球選手を目指すか。


それとも普通の軟式野球チームに入ってプロ野球選手を目指すか。


しかし、そんな3人の脳裏に自分たちに嫌がらせをしてきた青木と松尾が浮かんできた。


中山「(もしこの人の特訓を受けたら青木や松尾たちを見返すこともできるかもしれない)」


森「(この兄ちゃんが目指す最強の野球選手になれば松尾や青木なんか目じゃあらへん。それにプロ野球選手になる近道にもなるで)」


風谷「(青木と松尾にリベンジするためにもこの特訓を受けた方が絶対いいよな)」


3人は顔を見合わせ一斉に頷き、アスラの特訓を受けることに決めた。


アスラ「よし、これで3人は集まったわけだ。だが、その前にお前らに確認しておきたいことがある」


森「なんや?」


アスラ「まず、お前らは小学校というところに行っているのか?」


森「せや。ウチら3人とも今治中央小学校の5年生や」


アスラ「ということは、6年後には高校というところにも行くんだな?」


風谷「そんなの当たり前だろ?」


中山「本当に、この人の特訓を受けちゃって大丈夫なのかなぁ・・・」


アスラに対する不信感がまた芽生えて来たその時、アスラから衝撃の一言が。


アスラ「それからオレは野球というものを知ったのは2日前だ」


風谷・森・中山「は?」


あまりの告白に3人の思考は停止した。


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