第45話 女子は男子に勝てない
放課後・・・
アスラが河川敷に着くと人数が2人増えていた。
一条(翔)「紹介します。こちらのガッシリした方が矢野で、細身の方が結城です」
体格こそ違うが2人とも背は高い。
アスラ「ふむ、確かに悪くない身体能力を持っているな。いいだろう、お前らも配下に加えてやる」
矢野・結城「よろしく、お願いします」
アスラ「今日もいつも通りだ。一条(翔)は、矢野と結城と一緒に山を登れ」
一条(翔)「わかりました」
今回も1位は一条(翔)、そして結城と矢野が続いた。
アスラが全員を河川敷まで送っていなくなると一条(翔)が5人に言った。
一条(翔)「今日の結果を見てわかると思うけど、ボクらとキミたちとではこの先、差はどんどん広がっていくと思うんだ」
風谷「・・・何が言いたいんだよ」
一条(翔)「あの監督はどう思ってるか知らないけど、野球はチームプレーだ。チーム内で選手との実力に差がつき過ぎてしまうと、チームの輪が乱れちゃうと思うんだ」
森「チームの輪を乱してるのはそっちやないか!!さっきから遠回しに言いよって!!言いたいことがあるならハッキリ言えや!!」
一条(翔)「じゃあ、ハッキリ言わせてもらうよ」
その瞬間、先程まで笑みを浮かべていた一条(翔)の顔が一変して真顔になった。
一条(翔)「『足引っ張りはいらない。キミたちはこのチームから出て行って欲しい』」
風谷「な、なんだと!?」
森「・・・ホンマにハッキリ言いおったな」
一条(翔)「今、キミたちは途中から入って来たボクたちの方が出て行くべきだって思ってるかもしれないけど、このチームは最強を目標にしてる。それに監督は実力主義者だ。チームにとって不要な存在がどっちなのかは言うまでもないはずだ」
5人が答えずに黙っていると一条(翔)の後ろにいた2人も加勢する。
矢野「お前らも本当は気付いているんだろ?女の自分たちじゃ最強の野球選手にはなれないってな」
結城「女のお前たちじゃ、どう頑張っても男のオレたちには敵わない。それにやってるメニューが同じならなおさら無理だ。早いうちに別のチームに入って最強の女子野球選手を目指す方を勧めるぜ」
風谷、森、中山は今の男子3人と今治リトルの松尾と青木の姿が重なって見えた。
風谷は男3人をキッと睨みつける。
結城「お?女1人でオレたちやろうっていうのか?」
矢野「やるなら構わないぜ。思い知らせてやる」
矢野と結城が風谷を迎え撃とうとすると森と中山が風谷を止めた。
風谷「な、何するんだよ!!放せ!!」
森「玲奈、どう考えてもアイツらには敵わへん。ここは堪えるんや」
風谷「みんなは悔しくないのか!!コイツらに言いたい放題言われて!!これじゃ今治リトルにいた頃と変わんないじゃないか!!アタシたちは何のためにここで最強の野球選手を目指していると思ってるんだよ!!また男子のせいでチームを抜けなきゃいけないなんてアタシはイヤだぞ!!」
中山「気持ちは分かるけど、だからと言って殴っていい理由にはならないよ。それに返り討ちに合うのは玲奈の方だよ」
風谷「くっ!!」
一条(翔)「そういうわけだからさ。キミたちがなんだかんだ監督に見限られるのは時間の問題だと思うよ?もし監督に言いにくいんだったらボクから言ってあげてもいいんだよ?まぁ、よく考えておくんだね」
矢野「よ~し、アイツらがいつ抜けてもいいように他のヤツらに声かけておかないとな」
結城「そうだな」
笑いながら一条(翔)たちは帰って行った。
風谷「くそっ!!」
5人はしばらくの間、その場でずっと立ち尽くしていた。
その時、朝飯を持ったアスラが河川敷にやって来た。
アスラ「こんなところで何してる?なぜ家にいなかったんだ?」
5人は下を向いたまま何も答えないが、ポツリポツリと目から涙が溢れていた。
アスラは5人が話すまで、じっと黙って見ていた。
涙を服の袖で拭いながら、それぞれの想いをアスラにぶつけた。
森「なぁ・・・ウチら、やっぱり邪魔なるんかな」
中山「私たちなんかよりも身体能力が高い男子がチームに入った方が・・・」
風谷「アタシたちじゃ・・・やっぱり男子に勝つのは無理なのか?」
三崎「最強の野球選手は女の子は目指しちゃいけないのかな」
真野「お願いします。私たちに構わずハッキリ言ってください」
5人はそのまま黙ってアスラの返答を待った。
だがアスラからは、かなりズレた答えが返って来た。
アスラ「オレの特訓をはかどらせるために自分の目標を捨てようとするとは大した忠誠心だな。まぁオレの配下だ。それぐらいは当然か」
全員「へ?」
アスラ「だがそんな心配は無用だ。オレに選ばれたヤツが、最強の野球選手になれないわけがないだろ」
真野「で、でもあの人たちと私たちじゃ、この先どんどん差をつけられてしまいます。それなのに最強の野球選手になることなんて出来るんですか?」
アスラ「確かに同じ特訓を男であるアイツらがやれば、お前らより実力が上になる可能性は高い。だがそれがどうした?最強の野球選手の線引きはどこで行うと思ってるんだ?」
三崎「その基準を決めるのは・・・やっぱりアスラ兄ちゃん」
アスラ「そうだ。オレの中で最強の野球選手の基準値は決まっているんだ。だから要はその基準値に達すれば、男であれ女であれ誰でも最強の野球選手になれるということだ。お前らは間違いなく基準値に達する素質を持っている」
アスラの言葉に5人はホッとし表情が少し明るくなった。
アスラ「だが最強というからには基準はかなり高い。特訓はかなり厳しいものになる」
中山「最強の基準に達したっていうのは、私たちの身体能力を見たのと同じやり方で判断していくんだよね?」
アスラ「いや、最強の野球選手に必要なのは身体能力だけじゃない。精神力も一つの重要な要素だ。それを判断するのは難しい」
真野「それじゃあ、精神力はどうやって判断するんですか?」
アスラ「これはかなり先の話になるが最終段階の特訓に入ると命懸けになる。その特訓を突破するには最強の野球選手に必要な要素をすべて満たしていないと突破できないようになっているんだ。つまりそれを突破できれば晴れて最強の野球選手となるわけだ」
前にも聞いたが命懸けという言葉をアスラから聞く度に背筋が凍る。
アスラの言う命懸けは例えではなく本物だからだ。
それは藤田にやった特訓で証明されている。
風谷「と、ところでその命懸けの特訓を受ける前には、当然基準を満たしているかどうか見てくれるんだよな」
アスラ「身体能力のみではあるが当然見る。だが基準を満たしているからといって安心するな。何度も言うが命懸けの特訓だ。基準を満たしているからといって必ず突破できる保証はないぞ」
5人はゴクリと息をのんだ。
アスラ「今日はここで食べろ。家まではオレが送ってやる」
そう言われて5人は朝食を頬張る。
だが食事は一向に喉を通らなかった。
それは今後の命懸けの特訓を想像したのもあるが、何より一条(翔)を含めた男子たちについて考えていたことが原因だった。
やはり彼女たちの中で一条(翔)たちの言葉は、かなり深く突き刺さっていた。
アスラの説明で自分たちが女でも最強の野球選手になれるということはわかった。
しかし、だからといって一条(翔)たちによる男女差別が無くなるわけではない。
おそらく、一条(翔)たちは実力差のことを理由に、自分たちを精神的に追い詰めて辞めさせる方向に動くだろう。
その嫌がらせを想像して食事が喉を通らないのだ。
その心配事を見透かしたようにアスラは言った。
アスラ「アイツらのことなら心配するな。お前らの特訓の妨げになるようなことは二度とさせん。万が一、アイツらがお前らの特訓の妨げるような真似をしたらその時は、オレがアイツらを排除してやる」
アスラが味方になってくれたことにかなり安堵したのか5人は、凄い勢いで朝食を頬張った。
5人を見送った後、アスラは一条(翔)たちがいる学生寮へと向かった。
一条(翔)たちが通っている小学校は全寮制の私立小学校だった。
アスラ「おい」
一条(翔)「あっ、監督ちょうど良かった。実はお話したいことがありまして」
アスラ「アイツらなら辞めないぞ」
一条(翔)「え?でも・・・」
アスラ「最強の野球選手に実力の差は関係ない。オレの設定した基準さえ満たしていれば最強の野球選手になれるんだ。だからお前たちとアイツらの実力の差なんて関係ない」
一条(翔)「は、ははは。で、でも男子と女子とでは体つきからして違います。女子じゃいくら頑張っても監督の思い描く最強の野球選手の基準値に達するなんて絶対に不可能ですよ」
アスラ「お前の理屈や常識などオレの知ったことではない。アイツらは最強の野球選手になる素質を持っている。お前はオレの判断が間違ってるっていうのか?」
一条(翔)「べ、別にそういうつもりはありませんが、女子は成長するにつれて筋力が付きにくい身体になるんですよ?監督はそのことをちゃんと計算した上でそんなこと言ってるんですか?」
アスラ「ああ。当然だ」
一条(翔)「は、ははは・・・だったら監督の言う最強の野球選手のハードルってかなり低いことになりますよ。これじゃあ、運動神経がいいその辺の男子でも簡単に監督の特訓を・・・」
その時、アスラの冷たい視線が一条(翔)の心臓を鷲掴みにする。
一条(翔)「うっ!?」
アスラ「お前、オレの特訓を舐めているのか?運動神経のいいその辺の男子でも耐えられるだと?たかが山登りを1位で通過したぐらいで思い上がるな」
一条(翔)「うがっ!?」
アスラ「オレの特訓を耐え抜くのは簡単なことじゃない。身体能力の高さだけで乗り越えられるほど甘くはないぞ」
一条(翔)「(な、なんだ、この凄まじい威圧感は。ただ睨まれているはずなのにこんなに息苦しくなるなんて・・・)」
アスラ「いいか、お前は自分のことだけ考えていろ。他人のことなど考えるな」
一条(翔)「わ、わかり・・・ました」
アスラ「それからアイツらに、特訓の妨げになるようなことをするな。その意味を理解しなくてもいいが、お前なら大体の想像はつくだろ?」
一条(翔)「で、ですが意図せずにそういうことが起きる場合だって・・・」
アスラ「黙れ、オレの言うことは絶対だ。偶然であっても許されん。もしオレの命令に逆らったら・・・」
その瞬間、一条(翔)の呼吸が一気に苦しくなる。
一条(翔)「ぐぇっ!!い、息が出来な・・・た、助け・・・て・・・」
首を抑えながら必死に一条(翔)は必死にアスラに助けを求める。
アスラ「逆らえば、こうなる。わかったな」
その言葉とともにアスラは一条(翔)の前から姿を消した。
それと同時に先程の呼吸困難は収まった。
一条(翔)は、この時、自分はとんでもない人物の配下になってしまったと後悔した。




