第35話 常盤ジュニア戦、決着
衝突した風谷と森は奇跡的に無傷だった。
風谷「悪い、里奈。ボールばっかり見てて里奈との距離を把握してなかった」
森「気にせんでええよ。ウチも声かければ良かったんやし」
中山「とりあえず2人とも無傷で良かったよ。でもさっきみたいな時は掛け声も必要になってくるね」
真野「なんか野球みたいになってきましたね」
先程の相手チームとの一触即発ムードからの衝突事件。
最終セットは嫌な雰囲気の中、再開された。
黒崎「(ちっ、そのまま倒れてくれればよかったのに・・・でもさっきので変化球のコツは掴んだわ。ここからが本当の勝負よ)」
この後、点を奪われた常盤ジュニアは黒崎のスパイクで反撃に出る。
スパイクしたボールはコートの真ん中付近から大きく曲がり再び森の方へ。
森「(やっぱりこっちの方に打って来よるか。でもそんなことは最初から分かっとったで)」
森はバットを構える格好でボールを待つ。
黒崎「はぁっ!?正気なのっ!?あんなのでどうやってレシーブするって言うのよっ!?」
森「ボールをレシーブするのとちゃうん。ボールを打ち返すんや」
森は素手でボールを打つ要領で思い切り打ち返した。
だが・・・
森「あれ?」
ボールは相手コートの場外へと飛んで行った。
森「ま、まぁ・・・最初から上手くいくはずあらへんよな」
黒崎「(呆れた・・・あんなやり方で、レシーブが上手くいくと思ってるの?)」
アスラ「腕の方はどうだ?」
森「腕には影響はあらへん。頑丈な手袋も付けたし手にも影響あらへんし、このやり方で続けていきますわ」
アスラ「オレの後方にボールを打つには外側からえぐり込むように変化させて打つしかない。だからお前は動かず向かってくるボールを打て」
森「了解や」
呆れる黒崎とは対照的に黒崎(母)は、少し焦った様子だった。
黒崎(母)「(まさかとは思うけど、あんな馬鹿なやり方でレシーブできるようになるんじゃないでしょうね)」
その後も黒崎は森を狙ってスパイクを打つ。
黒崎(母)の嫌な予感が的中するかのように森のバッティングレシーブは徐々に精度を上げて行った。
その様子に黒崎も警戒し始めたのか、森を狙う作戦からガラ空きのコースに変化球スパイクを打ち込む作戦に切り替えていた。
そして試合は第2セットの攻防を予感させる展開に。
常盤ジュニアは三崎と真野のコンビを・・・
そしてアスラたちは黒崎の変化球スパイクを止めることが出来ず、最終セットは先取点である15点を過ぎていた。
第2セットでの疲労がピークに達し、5人は立っているのもやっとになっていた。
それにも関わらず、現在29対28でアスラたちがマッチポイントを迎えていた。
黒崎「(くそっ!!さっきから立っているのがやっとだっていうのに何で私たちがリードされなきゃならないのよっ!!いい加減に諦めてよねっ!!)」
同点にすべく黒崎は無人のコースにスパイクを打つ。
風谷「(こ、これを拾うことが出来れば、アタシたちの勝ちだっ!!)」
風谷が必死に手を伸ばしてボールを拾おうとするが・・・
風谷「(ぐっ!?ぼ、ボールが手元で不規則に変化しやがるっ!!)」
ボールは風谷の手をすり抜けて床に落ちた。
黒崎「よぉぉぉしっ!!」
キャプテン「ナイスよ、イリーナッ!!」
同点に追いつき常盤ジュニアも盛り上がる。
黒崎「(や、やったわ、これで試合は振り出しに戻って・・・うぐっ!?)」
アスラ「・・・・・・」
森「はぁ、はぁ・・・こ、これで、試合はまた振り出し・・・かいな」
風谷「が、ガラ空きのコースに追いつくだけでもギリギリなのに・・・その上変化してきやがる」
真野「それにしても・・・あの人だけずっとフル出場なのに・・・」
中山「な、なんで疲れてないのよ」
5人の疲れ切った様子を見て常盤ジュニアのベンチはホッとした表情になっていた。
ミハイロフ「どうやら、我々にもようやく勝機が出て来ましたね」
黒崎(母)「そうね、あの子たちもよくやったわよ。ただ気になるのがあの子ね」
黒崎(母)の視線の先にはアスラが。
黒崎(母)「あの子だけ涼しい顔をして立っているわ。それに今まで目立った動きも見せてない。正直不気味ね」
ロマン「この試合の鍵は彼にありそうですね」
黒崎(母)「それにしても・・・」
黒崎「(ちっ、こんな時に痛みが来るなんて・・・)」
黒崎の表情の異変に気付いた黒崎(母)は、慌てて駆け寄った。
黒崎(母)「どうしたの、イリーナ?疲れが酷いんなら交代した方が・・・」
黒崎「バカ言わないでっ!!このままベンチに下がれるわけないでしょっ!!絶対に勝ってみせるわよっ!!あんなヤツらに私は絶対に負けないわっ!!」
黒崎(母)「イリーナ・・・」
ミハイロフ「イリーナがこんなに闘志むき出しになるなんて・・・こんなこと今まで無かったぞ」
黒崎「(こんな・・・こんな2日間練習しただけの相手に・・・こんな痛みに・・・私は絶対負けないっ!!)」
アスラ「かなり疲れているようだが、ここを制してこそ最強の野球選手への第1歩だ。それからアイツの変化球を拾うイメージを少し変える」
5人とも声を出す余裕はなく無言で頷くだけだった。
試合は続行し、常盤ジュニアのサーブ。
黒崎「(絶対、点は取らせないっ!!)」
真野は、フラフラになりながらもスパイクを打つ。
真野「(ヤバい呼吸が苦しくなってきた。でもこんなの・・・アスラお兄ちゃん達の殺気に比べたら全然苦しくなんかないっ!!)」
黒崎「なっ!?」
黒崎の手に当てたボールは常盤ジュニアのコートに落ちた。
真野「や、やった・・・また勝ち越した」
真野は息を切らしながらその場に倒れ込んでしまった。
真野のところへ駆けつけたいところだが、全員足が動かなかった。
見兼ねた黒崎(母)がアスラのところへやって来る。
黒崎(母)「もう棄権したらどう?まともに立てない人間がいるんだから試合にならないわよ?」
アスラ「いや、寝てるならそのまま寝かせて試合続行だ。それに負けてるのはお前たちだ。そのことを忘れるな」
黒崎(母)「ふんっ、せいぜい頑張るのね。イリーナ、今度こそ決めちゃいなさい」
黒崎「分かってるわ」
中山はフラフラになりながらサーブを打ち、その場に倒れてしまう。
黒崎「(今度こそ終わりよ)」
黒崎は後方で倒れている中山を狙ってスパイクを打った。
中山「(へ、変化球を打つイメージは捨てて、スクイズを決めるイメージで・・・)」
スクイズとは三塁にいるランナーを本塁に生還させることを目的としてバントを行うことであり、失敗は絶対に許されないバントだ。
どんなに酷い暴投が来ようが顔面に来ようがバットに当ててランナーを還さなくてはならない。
ボールは中山の手前で大きく曲がった。
中山は立ち上がって思い切り飛びついた。
そして・・・
中山「で、出来た・・・」
ついにボールを拾うことに成功した中山。
だが最後の力を振り絞った結果、その場で仰向けになって倒れてしまう。
しかもレシーブしたボールはそのまま相手のコートに飛んでしまった。
黒崎「(当てたまでは良かったけど、そんなレシーブじゃ全然ダメねっ!!)」
黒崎は飛んできたボールを倒れている中山に向かって打とうとする。
だがそこはアスラがすかさずブロックに入った。
黒崎「(やっぱり来ると思ったわよ。でもそんなのは計算のうちよっ!!)」
黒崎は瞬時にコースを変えて倒れて動けなくなっている真野の方にスパイクを打った。
だが真野はムクリと起き上がった。
真野「(・・・ぼ、ボールに食らいつく)」
フラフラになりながらも奇跡的に手に当たったボールはまたも相手コートに。
黒崎「(またなのっ!?もういい加減にしてよっ!!)」
次こそは言わんばかりの強烈なスパイクは倒れている中山に。
しかし、風谷が先読みして全速力で中山のもとまで走る。
風谷「(絶対ボールを拾ってやるっ!!)」
風谷もギリギリでスパイクを拾うことに成功。
だがまたしてもボールは相手のコートに。
これで3回連続である。
黒崎「(コイツらわざとやってんのっ!?)」
今度は人がいないコースへ無回転スパイクを打ち、確実に点を狙いに行く黒崎。
だが、三崎が落下地点まで猛スピードで向かった。
黒崎「ば、バカなっ!?いつの間にあんなところに!?」
三崎「(こ、今度こそ・・・拾うっ!!)」
必死に手を伸ばした結果、三崎もボールを拾うことに成功。
だがやはりボールは黒崎のもとへフラフラと上がった。
この奇跡的な現象を前に黒崎の表情は青ざめていた。
黒崎「(なんでよ・・・なんで戻ってくるのよ・・・なんで拾ってくるのよ・・・アンタたち一体なんなのよ・・・)」
怯えた表情でスパイクを打つ黒崎。
コントロールが乱れ、森の正面にボールを打ってしまう。
森「(変化球を打つイメージでボールを打つ)」
森もついにバッティングレシーブを成功。
しかし、ボールはまたしても黒崎のもとへ・・・
黒崎「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
このまま無限ループに入るのかと思ったその時、黒崎は気付いた。
相手のコートに立っているのはアスラただ1人だったことに。
黒崎「(こ、これでブロックする以外にアイツらが得点できる術は無くなったわ。しかも私はブロックを避けてスパイクを打つ技術を持ってる。少なくても私たちの負けは無い)」
アスラ「少し納得のいかない出来だったが、一応アイツの変化球を全員拾えたということで今日の特訓は終わりにする」
黒崎「(なにが特訓よ、ふざけたこと言ってるんじゃないわよっ!!)」
黒崎は一番奥のギリギリのコースにスパイクを打つ。
だが、アスラがギリギリのところで追いついてボールを黒崎に返した。
黒崎「なっ、なんであのコースが追いつくのよっ!!」
動揺する黒崎に対してアスラは言った。
アスラ「お前は・・・バレーボールが出来なくなる」
黒崎「うっ!?」
脳裏に残っていたあの言葉がまたしても蘇る。
黒崎「(じょ、冗談じゃないわっ!!予言通りになんかなってたまるかっ!!)」
必死に雑念を振り払うようにスパイクを思い切り打つ黒崎。
だがまたしてもアスラに拾われる。
黒崎「ぐっ!!」
黒崎(母)「ど、どうなってるのよ・・・どこへ打っても拾われるじゃない」
ロマン「彼は真ん中にポジションを取って、イリーナちゃんがスパイクを打つのと同時に落下地点に向かって走っている。未来でも見ない限り出来ない芸当だ」
黒崎は何度も何度もスパイクを打ち続けた。
しかし、アスラはそれをことごとく拾い続ける。
アスラ「どうした?威力が落ち始めているぞ?」
黒崎「く、くそっ!!バケモノめっ!!」
黒崎は腕を思い切り振り降ろし、前線の真下にスパイクを叩き込んだ。
この近距離でのスパイクを拾うのは、真正面にボールが来ない限り拾うのは難しいコースだ。
だがそれさえもアスラは難なく拾ってボールを黒崎に返した。
黒崎「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
アスラ「身体が悲鳴を上げているぞ?もう辞めた方がいいんじゃないか?」
黒崎「う、うるさぁぁぁぁいっ!!」
もはや崩壊寸前の黒崎だった。
このまま試合を続けたら娘は、おかしくなってしまう。
そう思っては試合を中断させようとしたその時・・・
黒崎「うぐっ!?」
黒崎はスパイクを打てず、そのまま倒れ込んでしまった。
黒崎(母)「い、イリーナッ!!」
一目散に黒崎(母)が駆け寄る。
黒崎「う、うぅ・・・」
痛みで苦しむ黒崎を見下ろすアスラ。
アスラ「ついにこの時が来たな」
黒崎(母)「あ、あなた・・・ウチの娘になにしたのよっ!!」
アスラ「オレは何もしていない。やったのはコイツ自身だ」
黒崎(母)「どういうことよっ!!」
アスラ「三崎のやった攻撃は異常なほどの柔軟性を持っていて初めて出来るものなんだ。それを身体の硬いコイツが同じことをすればどうなるか、言わなくても分かるだろう」
黒崎(母)「ぐっ!!」
アスラ「さらに攻撃の改良を加えようとあの無理な体勢からコントロールの難しい変化球まで。こんなことをやっていれば身体が壊れないはずがない。まぁ、他にも理由はあるがな」
黒崎はその後、急いで病院へと搬送された。
予想外の形で終わった試合はアスラたちの勝利で幕を閉じた。




