第34話 黒崎のさらなる進化
三崎、真野この2人が攻撃の要となり試合は点の取り合いとなる。
この第2セットは互いに相手の攻撃を止めることが出来ないまま2点差以上付けることが出来ず試合は、35対35まで進んでいた。
黒崎「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
黒崎(母)「だいぶ、イリーナの体力が削られているわね」
ミハイロフ「無理もない、もう200回近くスパイクを打ち続けているんだからな」
ロマン「桁外れの身体能力を持つイリーナちゃんだからこそ出来ることですね」
森「(はぁ、はぁ、はぁ・・・む、向こうにもようやく疲れが見えて来たみたいやけど、ウチもかなりヤバい・・・)」
森はあのタイムアウト以降、アスラの後ろを付いていくようにずっと走り回っていた。
しかし、走り回っているのは森だけではない。
風谷「や、ヤバい・・・アタシも結構キツくなってきたかも」
森「れ、玲奈もかいな」
真野「あ、アスラお兄ちゃんがブロックに向かって空いたところには、私たちが入らないといけませんからね」
中山「そ、その上ボールも拾わないといけない」
疲れが酷い5人に対して黒崎を除いた常盤ジュニアの選手たちは、選手交代をさせながら試合運びをしていたので余裕があった。
キャプテン「さすがにもう限界なんじゃない?」
選手C「でもここまでよく頑張った方だと思うよ」
黒崎「そろそろ、トドメを刺さないとね」
黒崎の思惑とは裏腹に試合はさらに続いた。
疲労のため走るスピードが衰え始めた5人だがそんな状態にも関わらず黒崎のスパイクには徐々に対応し始める。
対して明らかに優位に立っているはずなのに連続得点が奪えず、それどころか常にマッチポイントを奪われ続けることに常盤ジュニアの選手たちは苛立っていた。
試合は45対44でアスラたちがリードする展開。
この時、選手交代で入った選手にアスラは目を付ける。
アスラ「いいか、風谷。今代わったアイツにボールを打ってやれ」
風谷「了解って言いたいところだけど、見ての通りアタシはもうフラフラだ。いちいち狙ってサーブが打てるほど余裕なんて・・・」
アスラは風谷の言葉を最後まで聞かずコートに戻って行った。
風谷「(まったく・・・)」
風谷の打ったサーブはアスラの指示通り代わった選手に。
すると相手選手がまさかのレシーブミスを犯してしまう。
意外な形で第2セットは48対46のスコアで、アスラたちが制することになった。
風谷は真っ先にアスラの方へ向かった。
風谷「な、何でアイツがミスするって分かったんだ?」
アスラ「今までアイツらは選手を疲れさせないようにと選手を交代させていたが、中には試合経験のないヤツまで入れていた。さっき入ったばかりのヤツは試合経験こそあるみたいだが気が小さい。身体が小刻みに震えていたのがその証拠だ。それに試合が長引いて苛立っているアイツらを見てさらに委縮していた。だからアイツにボールを打てば絶対に何かやらかすと思っていた」
風谷「なるほどな」
これでセットカウントは1対1となり試合は最終セットへ。
最終セットを前にアスラたちは作戦会議をしていた。
中山「私たちもあの子のスパイクに慣れてきたけど、もう走る気力がないよ」
真野「スタミナの面で最終セットは圧倒的にこっちが不利です」
森「ハッキリ言ってもうヘトヘトや」
アスラ「もうお前らは走る必要はない。おそらくアイツは攻撃の改良に入ってくる」
中山「攻撃の改良?」
アスラ「ああ。その改良によってオレの後方の攻撃も可能になるから、森の方にもボールが飛んでくる」
風谷「それでその改良した攻撃の対策は出来てるのか?」
アスラ「ああ」
アスラの対処法を聞き5人は心底驚いた。
風谷「そんなやり方で本当に上手くいくのか?というか野球との関連付けが強引過ぎるだろ」
三崎「でも私たちにとっては、その方が分かりやすいかもしれない」
アスラ「それから森、お前には腕を使わない特別なボールの拾い方を教えてやる」
秘策を受けて最終セットへの意気込みをするアスラたちに対して、常盤ジュニアの監督である黒崎(母)はある決断をしていた。
それは最終セットを戦わず、試合を放棄することだ。
来週の練習試合や来月にも大会が控えている以上、この試合で無理をさせたくないのが心情だ。
黒崎(母)は棄権の意思を伝えようとすると黒崎によってそれを止められる。
黒崎(母)「イリーナ、一体どういうつもり?」
黒崎「最終セットを前に棄権なんて冗談じゃないわ。私は最終セットも戦う。そして絶対勝ってみせるわ」
黒崎(母)「たしかに相手はかなり疲れているし勝てる可能性は高いわ。でも疲れてるのはイリーナ、あなたも同じでしょ?それにあなたのスパイクが拾われるのは、もはや時間の問題になってるし、あの子だってこの先、何を仕掛けて来るか分からないわ」
黒崎「そんなことは分かってるわ。でも私はあんなヤツの策略には負けない。それに勝算だってある。最終セット、私はスパイクをさらに進化させて見せるわ。だからお願い、私を信じて」
娘の言葉に悩む黒崎(母)に、コーチのミハイロフが黒崎の意見に賛同する。
ミハイロフ「監督、イリーナを信じましょう。もしスパイクの進化を成功させれば次の大会にも絶対に役立つはずです」
黒崎(母)「・・・分かったわ。イリーナ、この試合で意地でもスパイクを進化させなさい。私はあなたを信じるわ」
黒崎「ありがとう、母さん。私は絶対にやるわ」
さらなる進化を賭けて黒崎は最終セットへと向かう。
そして、試合は常盤ジュニアのサーブで始まる。
ちなみに最終セットは15点先取だ。
陣形は少し変わって森がアスラから離れて後衛の位置に移動した。
それを見逃さなかった黒崎のサーブが負傷の森に襲い掛かるが、森は負傷を感じさせることなく難なくレシーブ。
中山のトスから真野がスパイクを打つ。
真野は黒崎のブロックを避けてボールは無人のコースへ。
そこにキャプテンが必死に走って取りに行こうとしたがあと1歩及ばず、ボールはポトリと落ちた。
キャプテン「ごめん、イリーナ。間に合わなくて」
黒崎「いえ、いいんです。切り替えていきましょう」
先制点を取られたことで黒崎の中で焦りが見え始めたその時、アスラが急にキャプテンに向かって言った。
アスラ「今のボール、どうして飛びついて取ろうとしなかったんだ?」
キャプテン「え?」
アスラ「今のは、飛びついていれば間違いなく届いていたはずだぞ」
キャプテン「なによアンタ、私たちの監督にでもなったつもり?あのボールは仮に届いても上手くレシーブ出来るものじゃないわ。敵チームのくせに相手のプレーにいちいち口出しして来ないでちょうだい。そういうの凄くウザイのよ」
アスラ「オレは先月の大会のお前らの試合の映像を見たが、お前らのチームのほとんどはボールへの執着心が感じられない」
キャプテン「そんなのただの憶測じゃない」
アスラ「上手い具合に誤魔化してるつもりだろうが、練習でのボールの拾い方と試合とでは明らかに違う。お前らは本気で勝とうとしていない。お前らは来週の試合どころか次の大会でも優勝することは出来ん」
キャプテン「だから勝手な憶測で物事を語るなって言ってんでしょうがっ!!さっきからなんなのよ、アンタはっ!!今は試合中なのよっ!!」
アスラは不敵な笑みを浮かべてジッとキャプテンを見た。
その目はすべてを知っているようなそんな感じを思わせるものだ。
キャプテン「や、辞めてよ。そんな目で見るのは・・・」
その時、黒崎(母)が中に割って入った。
黒崎(母)「今は試合中よ、私語は慎んでちょうだい」
アスラは何も言わず、自分のポジションに戻った。
一時中断した試合はアスラたちのサーブで再開。
黒崎「(さてと・・・上手くいけばいいけど・・・)」
サーブを拾った常盤ジュニアは黒崎のスパイクで同点を狙う。
だがそうはさせまいとアスラのブロックが立ちはだかる。
黒崎「(本当にコイツのブロックは質が悪いわ。私がスパイクを打とうと思っているところを完全にブロックしているんだから。でも・・・)」
黒崎は例のごとく、アスラのブロックを避けてスパイクを打つ。
だがボールはガラ空きのスペースではなく、中山の正面に。
中山「(やっぱりアスラ兄ちゃんの言った通り、真正面に来た。後は私次第)」
ボールは中山の手前で大きく曲がった。
中山「(うわっ!?なにこれっ!?手元でこんなに曲がるもんなのっ!!)」
必死に腕を伸ばすが届かず、常盤ジュニアが1対1の同点に追いつく。
黒崎「(よしっ!!上手く決まったわっ!!後はコントロールを完璧にすればいいだけねっ!!)」
黒崎(母)「す、凄いわっ!?あんな無茶な体勢から打ったスパイクを変化させるなんて・・・」
ロマン「それにしても凄い変化だ。ここから見てもスパイクの軌道の変化が分かりますよ。本当にあの子は小学4年生なんですか?」
風谷「やっぱり初見じゃ難しかったか」
中山「うん。あのスピードであの変化。本当に反則レベルだよ」
森「けど、その割に絶望って顔はしてへんけどな」
中山「うん。全然無理ってわけじゃない。アスラ兄ちゃんの言う通り変化球をバットに当てるイメージでボールに食らいつけば必ず拾えるよ」
真野「そうと決まれば、実践あるのみですね」
絶望どころかやる気を増した5人を見て、黒崎は怪訝な表情になる。
黒崎「(なんなのよ、アイツら。どいつも私の変化球を受けたいって顔をしてるわね。今に、その顔を絶望的にしてやるわよ)」
その後、アスラたちが点を取り2対1でリードされ、黒崎のスパイク。
黒崎「(次はこれを試すか・・・)」
今度は三崎のところにボールが飛んで来る。
三崎「(ボールをよく見て、バットに当てるイメージでボールを手に当て・・・!?)」
頭の中で野球のバッティングをイメージしながらレシーブを試みる三崎だったが、ボールはそのまま三崎を通過する。
黒崎「(コントロールはまだまだだけど、変化量は完璧のようね)」
真野「成美先輩、どうしたんですか?」
三崎「さっきのボール、手前で不規則に動いて・・・」
森「野球で言うところのナックルボールやな」
風谷「マジかよ、そんな変化球まで持ってんのかよ。アイツ、本当にバケモノだな」
黒崎「(正直、こんなに早く感覚を掴んでいる自分が恐ろしいわ。次くらいでコントロールを調整出来るんじゃないかしら)」
そして3回目のスパイク。
黒崎「(それにしても私がいくら点を取っても相手の攻撃が防げない以上、このセットもかなり長引きそうね。だったら早めに手を打っておこうかしらね)」
黒崎のスパイクは、風谷と森のちょうど真ん中の地点に。
風谷・森「(今度はなんで来る?)」
黒崎「(アイツのブロックのせいで今まで打てなかったけど前からずっとあそこに打ちたかったのよね。間違いなくあの関西弁の腕は負傷してるわ)」
ボールは森の方向へ曲がる。
森「(よし、ウチの方や。後はアスラ兄ちゃんに言われた通りに・・・)」
森が構えようとしたその時・・・
風谷「うわぁっ!?」
森「え?」
ボールを追うことに集中し過ぎた風谷が森に衝突してしまう。
森「ぐわぁっ!!」
お互い倒れ込み試合は一時中断する事態となった。
黒崎「(予想とは違う展開だったけど、素人らしい無様な最後だったわね)」
少しホッとしたような表情を浮かべた黒崎だったが・・・
黒崎「!?」
一瞬だけ黒崎は顔を歪ませた。
アスラはその様子をジッと見ていた。




