第2話 アスラ、見限る
【今治中央高校】
校長「着いたわ。さっそくだけど、まず理事長に会ってもらうわ」
アスラ「ああ」
教頭「くれぐれも理事長に失礼のないように頼むよ」
アスラ「断る」
教頭「えぇっ!?」
アスラ「早く理事長とかいうヤツのところへ行くぞ」
教頭「り、理事長をヤツなどと呼ぶとは、なんて無礼な!!」
校長「まぁまぁ、落ち着きなさい教頭」
教頭「し、しかし校長・・・」
校長「後は理事長に任せるしかないわ」
教頭「は、はぁ・・・」
本当に連れて来てよかったのだろうかと思いながら2人はアスラを理事長室に案内する。
そして理事長室に入ると部屋の中には40代前半の理事長にしては比較的若い女性が座っていた。
理事長「その子が洩矢アスラくん?」
校長「ええ、そうです」
アスラ「お前が理事長だな。コイツらが頭を下げてきたから練習だけ見に来てやったぞ」
教頭「キミ!!理事長に向かって、その言い方はなんだね!!」
理事長「いいのよ、教頭。それよりウチの野球部を見る前にこれを見て欲しいの」
理事長が持っていたのは1枚のディスク。
理事長「このディスクには今年の選抜優勝校や優勝候補の練習風景が記録されているわ」
ディスクが流されるとその凄まじい練習量や個々の能力の高さに全員が息をのむ。
そんな中、アスラは表情一つ変えずに、じっとその光景を眺めていた。
理事長「これが全国のレベルです」
アスラ「身体能力の基準は大体わかった。後はここの連中を見るだけだな」
理事長「それでは行きましょう」
アスラ「ああ」
理事長「もし見どころがあると判断したときは、野球部の指導をお願いできますか?」
アスラ「・・・いいだろう」
理事長の案内で野球部のグラウンドへ案内されたアスラ。
教頭「どうだね?野球部専用のグラウンドだ。設備も一流だぞ」
アスラ「だったら見る必要もないな。オレは帰る」
教頭「えぇっ!?急にどうしたんだね!!」
アスラ「設備が一流なのに頂点に立てないということは人間の方にかなり問題があるということになる。そんなヤツらを見る必要はない」
教頭「そ、それはそうだが・・・」
校長「で、でもせっかくここまで来たんだし、見るだけ見てくださいよ」
アスラ「・・・今度くだらないことを言ったら、オレは帰るからな」
校長「わかりました」
グラウンドでは野球部員たちが守備練習をしているところだった。
理事長「どうです?」
校長「一応このメンバーで秋季大会は地区予選ベスト4に入ったんですけど・・・」
アスラ「・・・・・・」
教頭「ど、どうかね?見どころのある選手は見つかったかい?」
アスラ「鍛えられる期間はどのくらいだ?」
理事長「早くて3か月、遅くても2年半です」
アスラ「話にならないな。オレは帰る」
教頭「なっ!?」
校長「そ、そんなに酷いんですか?このメンバーで地区予選ベスト4に進出してるんですよ?」
アスラ「オレが鍛える以上は最強の身体能力を持った選手に作り上げる。そのための特訓に耐えられるだけの力は、コイツらには備わっていない」
教頭「さ、最強ってキミ・・・」
アスラの言葉は近くで練習していた野球部員にも当然聞こえており、全員が怒りに満ちた表情でアスラを見ていた。
野球部員A「何だアイツ、ガキのくせに随分偉そうなこと言ってくれるじゃねぇか」
野球部員B「話を聞く限りアイツが次期監督になるみたいだな」
野球部員C「あんなのが監督になったらオレは野球部を辞めるね。キャプテンはどう思いますか?」
キャプテン「たしかに彼の発言はオレもどうかと思うよ。だがその前に彼の実力を見てみよう」
キャプテンはバットを持ち、アスラの方へと向かう。
教頭「我々は、甲子園で優勝できれば最強じゃなくても別にいいんだよ」
アスラ「なら他の人間に頼め。オレは帰る」
教頭「そんな・・・」
キャプテン「あの、ちょっといいですか?」
教頭「何か用かね?」
キャプテン「教頭先生たちの会話が聞こえちゃって・・・一応確認したいんですけど、その子がオレたちの監督になるんですか?」
教頭「一応そのつもりだったんだが・・・」
アスラ「オレは監督になるつもりはない。あんな程度の身体能力しか持ってないお前らじゃどう頑張っても2年半で最強になるのは無理だ」
校長「本人たちの前でそんな言い方しなくても」
キャプテン「随分と言ってくれるね。そこまで言うならオレと1対1の勝負をしないか?」
アスラ「勝負?」
キャプテン「3球勝負で、キミが1本でもヒットを打てたらオレたちもキミの言ったことを認めるよ。ただし、もしオレのボールを打てなかった時は野球部員全員に謝ってもらう」
校長「そ、そんな・・・勝負なんて急に言われても・・・」
アスラが野球を知らないなんてことは口が裂けても言えない校長。
それは教頭も理事長も同じだったようで、2人ともただ苦笑いを浮かべるだけだった。
キャプテン「まさか逃げるつもりはないだろうね?あそこまでボクたちのことをダメ出ししておいて」
アスラ「いいだろう。その勝負受けて立つ」
校長・教頭「えぇっ!?ちょっ、ちょっと!!」
慌てた校長と教頭がアスラを遠くまで連れて行く。
アスラ「どうした?」
教頭「キミは野球のルーㇽも知らないくせに一体何を考えているんだね!!」
アスラ「要は、アイツが投げた物をできるだけ遠くに飛ばせばいいんだろ?」
校長「それは、そうですけど」
アスラ「別にアイツらにオレの言ったことを認めてもらう必要はないが、このオレに勝負を挑むと、どういうことになるのか教えてやらんとオレの気が済まん」
アスラたちが話している間にキャプテンはマウンド上で肩を作っていた。
キャプテン「そろそろ始めてもいいかな?」
アスラ「オレはいつでもいいぞ」
キャプテン「確認しておくけど、打てなかったら野球部全員に謝るんだよ」
アスラ「そんなことより自分の心配をしたらどうだ?」
キャプテン「は?」
アスラ「オレが思うにおそらく当たっても前に飛ぶことはない」
校長・教頭「へ?」
野球部員A「おいおい、いきなり敗北宣言かよ」
野球部員B「今になってビビったんじゃねぇの?」
キャプテン「前に飛ばないってことはキミの負けってことになるけど?」
アスラ「オレが言いたいことがわかってないようだから教えてやる。もはや勝ち負けの問題ではない。この辺一帯が間違いなく吹き飛ぶから覚悟しておけと言ってるんだ」
その言葉を聞いて野球部全員が大笑いした。
野球部員A「聞いたか?ボールが前に飛ばない代わりに、この辺一帯が吹き飛ぶんだとよ」
野球部員B「コイツ、頭おかしいんじゃねぇのか?」
野球部員C「ある意味大物だよ、コイツは」
全員がアスラをバカにして笑う中、校長と教頭の顔は青ざめていた。
校長「理事長、念のため遠くに離れておきましょう」
理事長「え、ええ」
キャプテン「まぁ、一応キミが言ったことは肝に銘じておくよ」
アスラ「そうか」
キャプテン「それじゃあ、さっそく始めよう」
アスラ「ああ」
その時、キャプテンは投げるのを止めた。
キャプテンが投球動作に入ってもアスラは構えようとはせず、バットを片手で握ったまま立っているだけだった。
キャプテン「どうしたんだい?構えないのかい?」
アスラ「何度も言わせるな。オレはいつでもいい」
キャプテン「(あんな状態からどうやってボールを打つつもりだ?)」
アスラの構えを不気味に思いながら、キャプテンが第1球を投げる。
ボールは内角高めいっぱいのストライク。
アスラもバットを振る気配はなくボールは通過。
そのまま、ボールがミットに収まりストライク・・・になるはずだった。
だがミットに収まる瞬間、驚異のスイングスピードで一気にボールを捉える。
キャプテン「へ?」
ボールがバットに当たった瞬間、ガキッと鈍い音がした。
そして・・・
選手たち「うわぁぁぁぁぁ!!」
スイングの風圧でグラウンドにいる全員が吹き飛ばされてしまった。
地面には大きな地割れもできていた。
この光景には、グラウンドの遠くまで逃げていた理事長たちも唖然としていた。
アスラ「ここの世界の力の加減は理解していたつもりだが、それでもやはり力の加減は難しい。だがこれでわかっただろ?当たっても前には飛ばん。当たって飛ぶのは、お前たちだ」
そう言ってアスラは、硬式ボールがめり込んだバットをその場に捨てた。
校長「こ、こんなことになるなんて・・・」
教頭「ひ、ひぃぃっ!!」
理事長「す、素晴らしいわ。グラウンドを破壊するあの威力・・・完璧よ」
アスラのパワーに校長と教頭が驚愕する中、理事長だけが賛美していた。
その時、3人の目の前にいきなりアスラが現れる。
アスラ「おい」
校長・教頭・理事長「うわぁっ!?」
アスラ「見ての通りコイツらがオレの指導に耐えきれる可能性はゼロだ。諦めて他をあたれ」
そう言ってアスラは今治中央高校を去ってしまう。
理事長「す、凄いわ・・・これは想像以上よ。私が求めていたのは、彼のような逸材だわ!!」
アスラに完璧に見限られてしまった今治中央高校。
理事長はこの後どうやってアスラを説得するのか。