第1話 洩矢アスラ
【愛比売山】
教頭「校長、本当にあんなところに人が住んでると思いますか?」
校長「それはわからないわ。でも理事長の命令だから仕方ないわよ」
教頭「でも、あそこは自殺スポットで有名な場所なんですよ?」
校長「そんなことは知ってるわ。だから朝早く来たんじゃない」
愛比売山の駐車場にいる2人は、今治中央高校の校長と教頭で理事長の命令により、この山に住んでいる『洩矢アスラ』という人物を探しに来ていた。
この愛比売山は、自殺スポットで有名な場所であると同時に幸運を呼ぶパワースポットとしても有名なのだ。
この愛比売山の登山コースを使って頂上まで行くと幸運が訪れると言われている。
しかし登山コースから外れた山奥では人々が自殺するために夜な夜な足を踏み入れている場所でもある。
その事からこの山は通称『天獄山』と呼ばれていた。
教頭「さて、何事もなく愛比売山の登山コースの入り口に着いたわけですが・・・」
校長「問題はこれからね」
教頭「はい」
2人の目的地は山奥、登山コースから外れたところにあった。
理事長から預かった地図とコンパスを頼りに歩くこと2時間半、ようやく目的地にたどり着くことができた2人。
しかし・・・
教頭「校長・・・これって」
校長「何かの冗談・・・かしら」
2人の目の前には崖しかなかった。
教頭「やっぱり、こんなところに人が住んでるわけありませんよ」
校長「そうね」
2人は深くため息をつきながら来た道を辿り、帰ろうとするが・・・
教頭「あれ?」
校長「どうしたの?」
教頭「ここ、さっき通りましたよね?」
校長「そ、そんなはずはないわ。変な冗談はやめてちょうだい」
地図とコンパスを入念に確認しながら歩くこと4時間。
しかし一向に景色は変わらない。
教頭「こ、校長!!もう日が沈みかけてますよ!!」
校長「そんなことは分かっているわよ!!」
ただでさえ夜になると不気味な雰囲気になる山奥。
さらに加えてここは有名な自殺スポットであり、危険な野生動物だっている。
日が沈むにつれて2人の恐怖心はどんどん大きくなっていった。
そして校長は決断する。
校長「これは野宿を考えた方がいいわね・・・」
教頭「こ、こんなところで野宿ですか!?」
校長「目の前が真っ暗になる前に火を起こしましょう。幽霊よりも動物への対策が先よ」
こうして2人は野宿をするための準備を始める。
幸いなことに遭難に備えて道具や食料は持って来ていた。
日が落ちると辺りは一気に真っ暗になった。
校長「じゃあ、火が消えないよう交代で見張りをしましょう」
教頭「わかりました」
そして深夜・・・
教頭「校長起きてください!!」
校長「もう交代の時間なの?」
教頭「そうじゃないんです!!」
教頭「さっきから女の子の笑い声が聞こえてきて・・・」
校長「女の子?」
耳を澄まして聞いてみると確かに女の子が笑っている声が聞こえた。
校長「き、きっと風の音がそう聞こえるだけよ」
教頭「そ、そうですよね」
なんとか風のせいにして平静を装っていた2人だが声はどんどん大きくなっていく。
教頭「こ、校長!!これは風の音じゃありませんよ!!ゆ、幽霊です!!女の子の幽霊が出たんですよ!!」
校長「ゆ、幽霊なんか存在いないわ!!存在するわけがないのよ!!」
完全にパニックになる2人だが、この暗い山では走って逃げることもできず、黙ってじっとしているしかなかった。
すると・・・
教頭「ひっ!!」
教頭が急に声を上げて、ガタガタと震え始めた。
校長も恐る恐る教頭の視線を追うと、その先にはクマが立っていた。
校長「そ、そんな・・・どうしてこんなところに」
あまりにも突然のことで頭が真っ白になる校長。
そしてクマはグォォォという声を上げながら2人に向かって突進してきた。
教頭「ぎゃああああああ!!!!」
校長「きゃあああああああ!!!!」
2人は悲鳴を上げながら、その場で気を失った。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
校長「はっ!?・・・ここは?」
気が付くと2人はベッドで横になっていた。
校長「たしかあの時、クマに襲われて・・・」
記憶を辿りながら辺りを見渡す。
校長「ここは一体どこなのかしら?」
教頭「さ、さぁ?」
見た感じ小屋の中であることはわかる。
2人はベッドから降りて外を確認しようとすると大きな物音がした。
その音はガンッ、ガンッ、ガンッと一定的なリズム音を鳴らす。
校長「何の音かしら?」
教頭「しかも物凄い地響きですね」
音のする方へ行ってみると遠くで中学生くらいの少年が薪割りをしていた。
だがこの光景になぜか違和感を覚えていた。
少年は、ひたすら片手で薪を割り続ける。
校長「教頭・・・あれって・・・」
2人はゆっくりと近づきながら目を凝らしてもう一度よく見ると違和感の正体に気が付いた。
少年が割っているのは薪ではなく、丸太だった。
しかも振り下ろしている斧もかなりの大きさで軽く30~40キロ以上はある。
2人は震えながらゆっくりと後ずさった。
教頭「こ、校長!!あの子、普通じゃないですよ!!」
校長「そ、そうね。でも理事長の言ってたことは本当だったみたいね」
??「一体何が本当だったんだ?」
校長・教頭「ひゃぁっ!!」
いきなり後ろから声をかけられ、思わず情けない声を上げる2人。
声の主は、先程まで遠くで丸太を割っていた少年だ。
??「どうしてお前らは、あんなところに居たんだ?あそこに行くやつは大抵自殺志願者のはずなんだが」
この少年の得体の知れない力に怯える2人。
それでも校長は平静を装いながら質問に答えた。
校長「実は私たち理事長にある人物を本校へ招くように言われて来たの」
??「ある人物?」
校長「ここの山に住んでる洩矢アスラって人に会いに来たのよ」
その時、その少年は少し困った顔をした。
??「会ってどうするんだ?」
校長「ちょっと頼みたいことがあって・・・」
??「・・・・・・」
校長「そ、それよりキミのお父さんを呼んできてくれないかしら。私たちが探している人は、たぶんあなたのお父さんだと思うの」
??「親父はここにはいないし呼ぶ必要もない」
校長「どうして?」
??「オレが洩矢アスラだからだ」
校長・教頭「えぇっ!?」
2人は心底驚いた。
自分たちが探し求めていた洩矢アスラがこんな少年だったことに。
アスラ「オレはお前たちの頼みを聞く気はない。今回は特別にマミに送らせてやるからさっさと山を下りろ」
校長「マミって?」
アスラ「オレの妹だ」
教頭「そ、それはありがたい。校長、早く帰りましょう」
校長「あなた達、学校には行ってるの?」
アスラ「学校とは、なんだ?」
教頭「が、学校を知らないのか!?」
校長「言葉は、どうやって覚えたの?」
アスラ「本だ」
校長「そう・・・」
質問を終えると校長は急に頭を下げ始めた。
教頭「校長!?急にどうしたんですか!?」
校長「改めてお願いするわ!!あなたにウチの野球部の監督になってもらいたいの!!」
教頭「こ、校長!!な、何を言い出すんですか!!」
校長「理事長が求めているのは異次元の思考を持つ監督。彼は、まさに理事長の理想にピッタリだわ」
教頭「何をバカなことを言ってるんですか!!この子は学校すら知らないんですよ!!そんな子に野球の指導なんて無理に決まってますよ!!」
校長「教頭、あなたも先程の彼の得体の知れない力を見たでしょ?」
教頭「理事長が求めているのは異次元の思考であって異次元の力じゃありません」
校長「とにかく彼を連れて行きましょう。判断は理事長がするわ」
教頭「しかし彼は見たところ中学生。ウチは高校なんですよ?ウチの野球部が年下の子の指図を素直に受けるとは思えませんし、あの偉そうな言い方じゃ・・・」
アスラ「ちょっと待て。勝手に話を進めるな。オレは監督をやるなんて一言も言ってないぞ」
校長「どうか、お願いします。それが無理でしたら、せめてウチの野球部の練習だけでも見てもらえませんか?」
アスラ「ソイツの言ったようにオレは学校というものすら知らない。そんなオレが練習を見てどうなるというんだ?」
校長「そ、そうね・・・選手の動き方や身体能力とかを見てもらえるだけで結構です」
アスラ「動きと身体能力だと?」
校長「え、ええ」
自分でも何を言っているかわからなかったが、とにかく思いつくことを言った校長。
それが運よくアスラの興味を引く形となった。
アスラ「いいだろう。見るだけ見てやる」
校長「ほ、本当ですか!?」
アスラ「ああ」
校長「ありがとうございます」
アスラ「それじゃあ、後は頼んだぞ」
マミ「あははは、任せてよ。お兄ちゃん♪」
いつから居たのだろうかアスラの背中から小さな女の子がひょこっと顔を出した。
この声を聞く限り昨日の女の子の笑い声の正体はこの子だ。
校長「他には誰も住んでいないんですか?」
アスラ「ああ、オレ達だけだ」
校長「な、なるほど・・・」
アスラ「そんなことより早く行かないのか?」
校長「は、はい。では行きましょう」
こうして洩矢アスラを今治中央高校へと招くことに成功した校長。
果たして、この洩矢アスラは理事長が求める異次元の思考を持つ逸材なのだろうか。