合流
リベルタ、ヒオウギ、フリージアの3人は、再び城側の追手が現れないか、ヒヤヒヤしながら来たルートを引き返していた。
「さっきの正規兵たち倒しちゃったの、当然城側には察知される事になるね」
フリージアはナイフを握り締め、後方を警戒しながらしんがりを務めていた。ヒオウギはそんな不安どこ吹く風、といった様子である。
「今さらでしょ。これまで、どれだけ城の兵士を倒してきたのよ。むしろ、それぐらいでなきゃレジスタンスなんて、恥ずかしくて名乗れないわ」
レジスタンス。その肩書きというか括りに、リベルタは何となく、以前から違和感を覚えていた。
「マグショットって奴の話はしたっけ」
唐突にリベルタがその名を出したので、ヒオウギは首を傾げた。
「ああ。猫レジスタンス達のはぐれ者だっけか。めちゃくちゃ強いんでしょ」
「強いなんてレベルじゃない。あのロードライトと互角だからね。もし戦ったなら、私達3人でかかってもたぶん勝てない」
リベルタは、直立しても自分達の腰まで届くか、という小さな猫拳士の強さを思い出していた。
「そのマグショットがね。自分はレジスタンスじゃない、こっちが皇帝を裁くのだ、みたいな事言ってたんだ」
「なるほど。レジスタンスは受け身の発想、ということか」
ヒオウギは、なるほどと頷いた。抵抗者、と自身を認識した時点で、すでにひとつ負けを認めている事に他ならない、というわけだ。
「ふうん。面白いわね。じゃあ何か考える?レジスタンス、以外の括りというか、呼称というか」
「うーん」
そう改めて問われると、リベルタもすぐには思い浮かばない。すると、フリージアが呆れたように言った。
「呼称は呼称でしょ。要は中身。ごたいそうな名前を名乗ってるのに手も足も出ないよりは、レジスタンスを名乗ってそれなりに文字通り抵抗できてる方がマシだと思うよ」
なるほど、とリベルタ達はなんとなく納得させられてしまった。名前なんかどうでもいい。それもそうかも知れない。
そんな会話をしていると、リベルタは何かに気付いて、ふと足を止めた。
「どうしたの?」
フリージアに、リベルタは指を立てて周囲を警戒した。
「静かに。いま、何か気配を感じた」
「気配?」
とっさに、フリージア達も武器を構えて警戒する。ヒオウギはいつもの氷扇ではなく、予備のショートソードを抜き放った。
「気のせいじゃないの?」
「だといいけど」
リベルタもまた、やや狭い通路での弓は不利とみて、ショートソードを構える。そのとき、リベルタはまたも気配を感じた。
「間違いない。何かがいる」
「私達、何も感じないけど」
フリージアは、周囲をぐるりと見回しながら後方を向いた。すると、突然何か得体の知れない感覚がして、フリージアは全身の力が抜け、ナイフを取り落として片膝をついてしまった。
「フリージア!」
慌ててヒオウギは駆け寄ると、両脇を抱えてフリージアを支えた。しかし、リベルタは叫んだ。
「ヒオウギ!壁から離れて!」
「えっ!?」
ヒオウギは一体何のことかと一瞬考えた次の瞬間、とっさにフリージアを引っ張って壁から離れる。だが、一瞬判断が遅かったこと、フリージアを抱えていた事が災いした。そして、ヒオウギもようやくリベルタの言う意味がわかった。壁から謎のエネルギー体が、にじみ出るようにヒオウギに覆いかぶさる。
だが、ヒオウギは予想外の方法でその謎の現象から身を守る事ができた。リベルタが、ヒオウギに向けて迷うことなく弓を引いている。
「エアロ・プレッシャー!」
突然、強烈な空気圧がヒオウギとフリージアを襲い、通路の奥まで二人を吹き飛ばしてしまった。どちらも受け身を取る余裕はなく、氷の床を転げて壁に激突する。
「ぐあっ!」
ヒオウギはフリージアもろとも衝撃を受け、左肩を打ち付けてしまう。リベルタはすでに弓にエネルギーを込めて、敵と思われる何者かに備えた。
「ヒオウギ、大丈夫!?」
「吹き飛ばした張本人が言わないでよ!」
ヒオウギもヨロヨロと立ち上がる。フリージアは意識はあるものの、声さえも出せず、戦うだけのエネルギーは残っていないようだった。
「助かった、ありがと!」
「気をつけて、何かがこの通路にいる!壁を通過できるみたい!」
「そんな幽霊みたいな奴…ぐっ!」
ヒオウギは、左肩の関節にダメージを受けている事に気付いた。だが、もし回避が遅れていれば、フリージアのようになっていただろう。痛む肩を無視して、ヒオウギはフリージアを守る態勢で周囲に神経を研ぎ澄ました。
「まさか、これが噂の第2層の幽霊?」
吹き飛ばされたショートソードは無視して、ヒオウギは氷扇を出現させると、閉じた状態で左右に構える。リベルタは弓の発射態勢を維持したまま、ゆっくりとヒオウギの近くまで移動した。
「だとしたら厄介ね。ルテニカ達と分かれたツケが回ってきたか」
「おねーさん、余裕かましてるヒマあるの?」
「ないから余裕あるフリしてんのよ」
二人は一瞬視線を合わせると、ニヤリと微笑んだ。だが次の瞬間、二人はすでに敵の術中にはまっている事に気付いた。
「あっ!」
ヒオウギが気付いたときには、もう遅かった。紫色に光る謎のエネルギー体が、通路の全面を壁のように接近していたのだ。視界全体に広がっていたせいで、二人はそれに気づかなかった。
「下がって!」
リベルタは弓に蓄えたエネルギーを一気に放つ。
「プラズマストーム!」
弾けるようなエネルギーの渦が、一直線に謎のエネルギー体めがけて放たれる。エネルギー体はリベルタの技を受けて飛散し、消え去ってしまったように見えた。そのとき、通路の奥から何やら、悲鳴のような声が聞こえたような気がした。
「敵の断末魔かな」
「倒したとは限らない。フリージアは?」
リベルタは警戒を解かず、再び弓にエネルギーをチャージする。
「まずいね。意識はあるけど、エネルギーを極度に消耗しているらしい。アジトに連れ帰らないと」
すると、フリージアが弱々しく唇を動かすのが見えた。ヒオウギは耳を近づける。
「…て…行って、私…足手まといだから…」
「なに?」
ヒオウギは、フリージアの襟首を掴んで、顔を真正面に向けて行った。
「馬鹿やろう、置いて行け?そんな面白くないジョーク、また一度でも言ってみろよ。ぶっとばすからな」
そう言い捨てると、ヒオウギはフリージアを背負って歩き出した。リベルタが意地悪く笑う。
「相変わらずね」
「うるさい」
二人は、まだ敵がいるかも知れない通路を、仲間が待っている方に向かってゆっくりと歩いて行った。
◇ ◇ ◇
同じ頃、リリィ改め百合香とルテニカ・プミラのコンビ、そしてダリアの4人は、リベルタ達と落ち合えるはずのエリアに向けて通路を進んでいた。そして、敵の気配がないな、と思い始めた、まさにその時だった。
「わああああああ!」
百合香が叫ぶ。なぜかというと、鈍く輝く壁面だけの暗い通路の奥から、突然プラズマ状の渦がこちらに向けて直進してきたからだ。瞬間的に、百合香は身体を瑠魅香にバトンタッチする。瑠魅香は杖を突き出し、無言で壁一面に障壁を展開した。
「ん?」
これくらい余裕で防げる、と思った瑠魅香だったが、すぐに見通しが甘い事を悟った。障壁は一撃で打ち砕かれ、威力こそ打ち消したものの、その余波で全員が吹き飛ばされたのだった。
「ぎゃーーー!」
ダメージこそ負わなかったものの、4人はそれぞれ情けない姿で壁や床に打ち付けられる事になった。しかも、プラズマの影響で起きた静電気で、髪がすごい事になっている。
「いたたたっ、いたい!なにこれ!」
瑠魅香は、身体を動かした瞬間に静電気がはじけ、激痛に身をよじらせた。頭の中で百合香が冷徹に言い放つ。
『それ、あんたが人間になったら年に何度も経験するからね。ドアを開ける時とか、コインランドリーの洗濯物を取り出す時とか』
「なに言ってるかわかんない!交替!」
瑠魅香は、強引に百合香と身体をチェンジする。百合香になっても静電気は残ったままだった。
「ぎゃー!」
『いい気味だわ』
「せっ、静電気はいいから、みんな敵に警戒してよ!」
百合香は痛む身体を押して、聖剣アグニシオンを構える。百合香に続いて、他の3人もプラズマが飛んできた方向を見た。すると、確かに足音が近づいてくる。
「これだけの力を持った敵、只者じゃない。気をつけて」
百合香は、アグニシオンに精神を集中した。剣を中心として、重圧を伴った力場が形成される。後方のルテニカ達も、数珠を構えて前方の通路を睨むものの、百合香よりは少しばかり緊張感が薄かった。
やがて、敵の足音が一歩、一歩と接近してきた。それと同時に、百合香は相手が強大なエネルギーをチャージしているらしい事に気付く。
「気を付けて。来るわよ!」
先手必勝とばかりに、百合香は剣を構えて前方に突進した。そして、相手の姿を視界に捉える。それは、どうやら弓を構える敵のようだった。そのとき、ルテニカが「ちょっと待ってください、百合香」と声をかけたのも、百合香には聞こえていない。
「(弓使いか!)」
そこで相手の武器に気付いたのが、幸運といえば幸運だった。そういえば今まで、敵が弓を使ってきたのは、氷騎士ストラトス=イオノス以外にいない。では、この弓使いは何者なのか。そう考えた瞬間、相手の特徴的なポニーテールが目に入った。
「あっ!」
気付いたときには、もうお互いが技を放つ態勢に入っていた。まずい。百合香は、ぎりぎりの所で自ら放った技の進行方向を変える事に成功した。聖剣アグニシオンから放たれたレーザーのような衝撃波は、前方に現れた一団のすぐ横をかすめ、通路の壁面に激突する。
かたや、相手が放ってきたエネルギー波もまた、百合香のすぐ横わずか数センチのところを突き抜けて、壁面を直撃した。結果、誰でもわかる事だが、狭い通路の二箇所の壁面が強大なエネルギーによって粉砕されてしまった。
「どちらも警戒心があるのは良いことですが」
ルテニカは、通路をふさぐ瓦礫のひとつをどかしながら言った。
「そもそも私達は落ち合うために互いに移動していたのです。そろそろ合流してもいい頃だと考えるべきだったのでは?」
「だって、奥からいきなりあんなエネルギー波が来るんだもの!」
「いきなり剣振り上げて襲いかかってくるんだもの!」
百合香とリベルタは互いを指さしたあと、口をへの字に結んで睨み合った。それを見てヒオウギも、弱り果てているフリージアも笑う。
「あれ、もし互いに避けられなかったら、私達どうなってたのかな」
「全滅していたのではありませんか」
ルテニカがボソリと言うと、百合香とリベルタを除く全員が爆笑で応えた。フリージアも、少しだけ気力を取り戻したようである。
「まあ、結果オーライという事です」
「プミラ、ちょっと優しすぎます。全員死にかけたんですよ」
ルテニカのツッコミに、百合香とリベルタは声を揃えた。
「もういいでしょ!」
「もういいじゃない!」
いくぶん落ち着いたところで、リベルタは見慣れない顔がいる事に気づいて訊ねた。
「その子は?」
「ああ、この子はダリア。ロークラスの子で、一人だけ生き残ってたのを連れてきた」
百合香に紹介され、ダリアは初めて会うリベルタに、緊張の面持ちで頭を下げた。
「あっ、あの、初めまして。リベルタさん、ですね…お噂は聞き及んでおります」
「そんな、畏まらなくていいよ」
困ったようにリベルタは笑う。
「さっきのザマ、見たでしょ。あんなものよ。よろしくね、ダリア」
そう言って差し出された手を、ダリアはしっかりと握った。
「私の事はどうでもいいけど、フリージア、あなた大丈夫なの」
「大丈夫じゃない、って言ってる」
フリージアを背負ったままのヒオウギが、冗談めかしつつも不安げにその目を見た。すると、唐突に百合香の中から瑠魅香が言った。
『私、ひょっとしたら何とかできるかもよ』
その聞いたことのない声に、瑠魅香の存在を知らないヒオウギ、フリージアが怪訝そうに周囲を見渡した。
「だっ、誰!?」
「ああ、忘れてた。さっき説明するって言ったんだっけ。瑠魅香、ちょうどいいや。出てきて」
『りょーかい』
とぼけたような声とともに、百合香=リリィの姿が突然、紫のローブをまとった黒髪の魔女に変ぼうすると、ヒオウギはむろん、弱っているフリージアまでもが目を瞠った。
「なっ、なに?どういうこと!?」
「この子が、さっき私が説明するって言ってた事」
リベルタは、リリィの本当の名が百合香で、実は生きていた金髪の少女剣士であること、もと氷魔の瑠魅香の魂がその身体に”間借り”していて、身体を百合香と交替できる事などを、かいつまんで説明した。
「わかった?」
「…言葉では理解できても頭の理解が追いつかない」
ヒオウギは、目の前に現れた人間そのものの瑠魅香をまじまじと見た。
「ちょっと待って。リリィはどう見ても私達氷魔と区別できない、青白いというか、ほとんど真っ白な姿だったじゃない。金髪の剣士はどうしたのよ」
「あー、それはあとで説明する。今はフリージアを助けるのが先でしょ」
瑠魅香は、背丈ほどもある巨大な杖を振るうと、ヒオウギの背にいるフリージアに向けた。ヒオウギが焦る。
「ちょっと、何する気」
「私のエネルギーをフリージアに分ける。どこまで回復できるかはわかんないけど。ヒオウギ、そのまま動かないで」
まだ名乗ってもいない名前を呼ばれて、ヒオウギは黙って従う事にした。すると、杖の先端から紫色の柔らかなエネルギーの波が、フリージアに向けて注がれた。エネルギーはフリージアの全身にゆっくりと満ちていき、やがてぐったりとなっていた腕がぴくりと動いた。
「フリージア!」
驚くヒオウギの背で、フリージアの首が持ち上がる。その目には力が戻っていた。
「ヒオウギ、降ろして」
「だっ、大丈夫なの」
恐る恐るヒオウギがフリージアを降ろすと、やや危なっかしいが、フリージアはきちんと立っていた。少なくとも、それまでのぐったりした状態からは目に見えて回復している。
「おおー、やればできるもんね」
「ちょっと待って。今までやった事なかったみたいな言い方ね」
怪訝そうにヒオウギは、瑠魅香と名乗った魔女を見た。瑠魅香は平然と答える。
「うん、リベルタの負傷を治した事はあるけど、エネルギーの回復っていうのはやった事がない。まあ、私も元は氷魔だしね。必要なエネルギーはわかってるし、どうにかなるだろうって思った」
「思った、って」
呆れるようにヒオウギは、突然現れて無茶苦茶な回復魔法を使ってみせた瑠魅香を見た。
「…まあ、悪い奴ではなさそうね。礼は言っておく。ありがとう」
「ありがとう、瑠魅香。私、フリージア。改めて、よろしくね」
差し出されたヒオウギとフリージアの手を、瑠魅香もしっかりと握り返す。本来であれば、自分も同じように氷の身体をもって、この城に存在していたはずだ。百合香の身体を借りて、半分だけ人間として接するのは、とても不思議な気がした。
「こちらこそ、よろしくね。ヒオウギに、フリージア」




