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フォース・ディストリビューター

 氷巌城皇帝ラハヴェの側近ヒムロデのもとに、第二層を調査に向かった兵士達から、遠隔音声による不審な報告らしきものが届けられた。

『ぎっ、銀髪の…うわあああ―――!』

 メイド姿をしたヒムロデの侍従が、盆に載せたオベリスク状の結晶体から、第二層の報告役の兵士の、おそらくは断末魔であろう絶叫が執務室に響いた。

「それで終わりか」

「はい」

 メイドは相変わらず、必要な事だけを答える。ヒムロデは立ち上がると、結晶体を指でコンと弾いた。

『ぎっ、銀髪の…うわあああ―――!』

 さきほどの音声が再び流れる。ヒムロデは眉をひそめた。

「断末魔の前に言いかけた"銀髪"の何者かの攻撃で死んだのだろうが…金髪の侵入者が死んだ次は、銀髪の謎の氷魔か」

 ヒムロデは乾いた笑いを浮かべた。メイドは黙って聞いている。

「こやつが居たのは第二層のどのエリアだ」

「厳密には特定できませんが、西側エリアに向かった一団である事は間違いありません」

「西側というと、くだんの幽霊騒ぎが報告されているエリアか?」

 ヒムロデの問いに、メイドは今度は答えもせず、ただ頷いた。

「あのエリアにはレジスタンスどもが潜んでいるという報告もあるが、一方では奇怪な現象のため、我が軍もレジスタンスもうかつには近寄らぬとの報告もある。いずれが真実に近いか」

「私の手の者の報告を総合する限りでは、後者です。レジスタンス数名が、何者とも交戦した様子がないのに、魂を抜かれたように行き倒れていたという報告も過去にはあります。レジスタンスも近寄らないとなれば、そもそも兵を送る理由もありません」

「なるほど」

 椅子に腰掛けると、ヒムロデは十数秒思案したのち、メイドにむかってひとつ訊ねた。

「お前は、かつてこの氷巌城に存在したとされる、今の人間どもの言葉にするなら"ガランサス"と呼ばれた氷魔の事を知っているか」

「伝説としてであれば」

「うむ。私でさえ伝聞でしか知らぬ存在だ。だが、ひとつだけ確かな事はある。そやつは実在した。これは間違いがない」

「なぜ、そのように断言できると?」

 メイドは、まるで皇帝側近を畏れるふうもなく、少しばかり興味深そうに訊ねた。ヒムロデは唇の端をわずかに浮かせて答える。

「ガランサスを第二層に、かつて封印した氷魔が、今も陛下に仕えているからだ」

「今もでございますか?」

 メイド氷魔は、さすがに驚いた様子で訊ねる。

「さよう。ついでに言うなら、そやつはあの伝説の、金髪の女剣士とも戦っている。最終的に頭を粉砕され、そのダメージを引きずっているせいで、いまだ頭が完全には再生できずにおるがな。それが原因か性格も若干おかしくなり、過去の記憶もいささか曖昧になっているらしい。歳もゆうに6万歳を超えている」

「まさか、その氷魔とは…」


「そこではない、たわけ!もちっと左じゃ!」

 周囲を小高い丘に囲まれた平地に、甲高い声が響く。氷魔兵士達は、指示に従って地面に氷の楔を打ち込んだ。周囲には、かつて草だったであろう凍結した細かな破片が散乱していた。遠くには、四角や三角さまざまな形状の屋根の建物が見える。

「人間どもの巣箱か。数千年前に比べると、何やら小賢しい仕掛けは発達したようだが、千年前、五千年前の方がまだ見栄えがした。見ろ、この空中に張り巡らされた醜いエネルギー伝送ケーブルを!」

 上級幹部の水晶騎士にして錬金術師ヌルダは、さも嘆かわしそうに、道路に沿って等間隔で立てられた柱に下がる、黒いケーブルを見た。あいにくドクロそのものの頭では、表情はわからない。

「お前の美的感覚はともかく」

 ヌルダの横には、鋭利なデザインの鎧を着込んだ水晶騎士、アメジストのカンデラが腕を組んで立っている。

「その、何とかという装置の試験機なのだな、このけったいな代物は」

「けったいとは何じゃ!この美しさがわからぬか!まこと武官とは…」

 ヌルダは、兵士達によって地球の大地に立てられた、現在の人間の尺度にして16メートルになろうかという、巨大なオベリスク状の輝く柱を自慢げに見上げた。

「さよう。わしが開発した、"フォース・ディストリビューター"よ」

「名前も素っ気ないな」

「ふん。何ならカンデラ、貴様が詩的センス溢るる名を考えてくれてもよいぞ。足繁く図書館に通っては、詩をしたためておるそうではないか」

「詩だと!?」

 カンデラは、憤慨して反論した。

「誰がそのような軟弱なまねをするか!おれが調べているのは――」

「例の黄金の女剣士についてじゃろう」

「むっ」

「部下どもの見当はずれなウワサ話なぞ、初めからまともに聞いてはおらぬわ。お主がわしにあの女剣士の事を訊ねた事と合わせれば、それ以外に武闘派の貴様が、図書館などに籠もる理由はあり得ん」

 そう言いながら、ヌルダは少しずつ組み上がってゆく、フォース・ディストリビューター試験機の様子を眺めた。地中深く埋め込まれた、地表に出た分も含めると40メートルを超える巨大な氷柱の尖頭から、周囲に打たれた楔状の6つの小さな氷柱に、6本の細い糸のようなエネルギーの線が張られた。

「ふむ。ひとまず設置は完了というところかの」

「まだ稼働せんのか」

「慌てるでない。まだ、試験のための器が到着しておらんし、ディストリビューターにもエネルギーの充填の試験が要る」

「器?」

 何の事か、とカンデラは訝しんだ。

「物が揃ってからの方が、説明はしやすいじゃろう。それでカンデラ、お主どこまで調べた?例の女剣士に関して」

 調べたデータより、むしろカンデラ本人を面白がる様子でヌルダは訊ねる。カンデラは、少し考えて答えた。

「正直に言おう。俺には理解が追い付かん」

「ほっほっほ!」

 ヌルダは、さも面映ゆいといった風に肩を揺らした。

「それはどういう意味でじゃ?文字通り理解できぬという意味か、それとも、知った知識を受け容れがたい、という意味でか」

「…後者だ。どちらかと言うとな」

 カンデラは首をひねると、ヌルダに向き直った。

「ヌルダ、きさま氷魔がどうやって誕生したか、知っているか」

「これはまた、えらく根源的な質問をしてきたの」

 そう言いながらも、ヌルダはどこかそれを予期していたかのようでもあった。

「ふむ。氷魔というか、その大元の氷の精霊が、この地球に生まれた時期はわかっておらん。少なくとも、人類より早いという事以外はな。もっとも厳密には、精霊に"時間"という概念は存在しないが」

「そこまでの話になると、俺にはもうついて行けんが…俺が理解しがたいのは、過去の研究データによる結論では、地球にはそもそも、氷魔などが生まれるはずがなかった、という事になっている点だ。そんな馬鹿な話があるのか」

 カンデラの言葉に、ヌルダの首がわずかに動いた。カンデラは続ける。

「氷の精霊も、そこから派生した我ら氷魔も、この地球にこうして存在している。ところが、過去の研究では、それが地球に生まれ出ずる筈がない、というのだ。ヌルダ、貴様は錬金術師だろう。これに関しては、どう思う」

「それを言うなら、地球に人類がいる事も、本来ならばあり得ないのじゃがな」

「なに?」

 カンデラは、訝しげにヌルダを見た。

「どういう意味だ。人類とて、今はこのとおり我らによって滅びんとしているが、少なくとも何万年かは存在してきただろう」

「この先は、わしにも扱いが難しいレベルの話になるからの。うかつな断定はできんが…」

「教えろ。貴様が知っている事を、俺にわかる範囲で」

 カンデラが凄むと、ヌルダはケタケタと笑った。

「この地面を見ろ」

「な、なに?」

「何が生えておる?」

 ヌルダに言われるまま、カンデラは自分達が踏んでいる、氷巌城の下に広がる地面を見た。ここは人類の居住区域の中にある、何らかの理由で利用されていないらしい土地で、下にはやや長い雑草が生い茂り、氷巌城からの冷気によって凍結し、踏まれ、砕け散っていた。

「ただの草だ。これがどうした」

「その、ただの草さえも、この地球にはそもそも、1本たりとも生える筈はなかった、と言われたら、お主は信じるか?」

「なんだと!?」

 さすがに、その意見にはカンデラも面食らった。雑草ていど、星が生まれれば放っておいても生えてくるものではないのか。だが、ヌルダは氷巌城でも最古参の錬金術師である。広範な知識の持ち主が言う事であり、カンデラも信じ難いとは思いながら、耳を傾けた。

「仮にそれが真実だとしたら、この地球上の生物のおおもとは、どこから来たと言うのだ」

「生物、という言い方は適当ではないな。"生命"と言っておこう。地球上の生命の根源は…」

「…いや、まっ、待て!」

 カンデラは、離れた所にいる兵士達が振り向くくらいの声で、ヌルダを遮った。

「その先は言わんでいい!自分で調べる!」

「ほう?」

 それまでの、やや冗談めかした口調ではなく、真剣さを帯びた様子でヌルダはカンデラを見た。

「面白い。わしに聞けば答えが得られるかも知れんというのに、自分で調べると言うのか」

「…そうだ」

「ふむ。お主、意外だが研究者の性質があったらしいの」

「な、なに?」

 カンデラは、以前誰かにも指摘された事をヌルダに言われ、驚いて後ずさった。

「ま、わしもさっき、ここからは自分もうかつに結論など断定できん、と言ったばかりじゃからの。よかろう、気の済むまであの図書館に籠もっておるがよい。その前に、お主にひと仕事してもらうぞ。せっかく、腕の立つ水晶騎士が立ち会ってくれているのだ」

「なっ、なんだ」

 ちょうど、氷巌城が浮かんでいる方向から、黒い車輪がついた人類の乗り物を踏み潰しつつ、一体の魔晶兵が兵士たちに先導されて進んできた。全高7メートル以上ある大型だ。

「魔晶兵か?」

「さよう。造ったはいいが、巨大すぎて始末に負えんやつを、第三層から引き取ってきた。あれが、このフォース・ディストリビューター実証試験の"器"じゃ。さすがに、生きておる氷魔を器にするわけにもゆかんしの」

「俺に何をしろと言うのだ?」

「まあ、もしもの時の保険じゃ」

 保険。そう言われて、カンデラには嫌な予感がした。そもそも保険というのは、良くない事態のために使われる言葉である。 

 不審に思うカンデラの眼前で、兵士の一人がヌルダに向かって敬礼した。

「水晶騎士ヌルダ様に、試験準備完了の報告を申し上げます!」

「うむ」

 ヌルダは力強く頷くと、巨大な氷の六角柱と、柱の前に立たされた人型の巨大兵器・魔晶兵を交互に見た。

「前置きは抜きだ、始めよ!」

「了解!」

 六角柱、フォース・ディストリビューターの下で氷のタブレットを手にしている兵士が、その光る板面に何事かの文字を指で書き込んだ。すると六角柱の内部に、何層にもわたって複雑で広大な、紫に光るパターンが走った。

 それに伴い、六角柱は美しくも不気味な通奏低音を大地に響かせる。兵士達の間にどよめきが起きた。

「いっ、今は何が起きているのだ」

 カンデラは訊ねる。ヌルダは、真下の地面を指差した。

「吸い取っているのだ。地球のエネルギーをな」

「地球のエネルギー!?」

「さよう。そしてそのエネルギーを、このフォース・ディストリビューターは我ら氷魔のエネルギーに変換できるというわけだ」

「そっ、そんな事が…」

 カンデラが訝しむ眼の前で、フォース・ディストリビューターの全体が発光し始めた。冷気の靄で薄暗い一帯が、柱によって照らされる。先程より、わずかに黄色がかった輝きだった。

「よし、送れ!」

「了解!」

 ヌルダの指示で、タブレットを手にした兵士がさらに何かを書き加える。すると、六角柱の下に等間隔に置かれた6つの楔から垂直にエネルギーの柱が立ちのぼり、六角柱の上空に同心円状のエネルギーの波紋のようなものが浮かび上がった。

「ふむ。おおよそ、計算どおりじゃな」

「なっ、何なんだ、あれは?」

「見ておれ」

 ヌルダもカンデラも、兵士達もその波紋をじっと見つめていた。すると、波紋の中心からひとすじの光が、直立した魔晶兵の心臓部に向かって延びた。

 魔晶兵の全身に、六角柱と同じような光のパターンが走る。すると、魔晶兵の全身が、突然にブルブルと振動を始めた。何やら、今にもバッタリと倒れそうである。カンデラはボソリと訊ねた。

「おい、大丈夫なのか、あれは」

「さあの、試験じゃしな」

「いい加減なものだ」

 しかし、やや呆れ気味のカンデラの眼前で、唐突にそれは起きた。予想外の出来事に、カンデラは思わず後ずさる。

「なっ、なに!?」

 ブルブルと揺れていた魔晶兵の全身が、謎のエネルギーによってその形状を変化させたのだ。鈍重で見栄えのしなかった鎧は、まるでカンデラがまとっているような、尖鋭的なデザインに変化した。そして、全身に力がみなぎっているように見える。兵士達も驚嘆の声をあげた。

「ふむ。ひとまず、最初の段階の試験は成功のようじゃの」

「…どういう意味だ。最初の段階、とは」

「いま起きた事を教えてやろう。フォース・ディストリビューターによって吸い上げられた、地球の持つエネルギーは、ディストリビューターの内部に仕掛けられた魔法のプログラムによって氷魔エネルギーに変換された。ここまではわかるか」

 別に、そこまで難しい話でもない。カンデラは頷いた。

「それくらいなら俺にもわかる」

「うむ。そして、その変換されたエネルギーは、やはりディストリビューターの機能によって、魔晶兵にに注入された」

「注入?」

「さよう。エネルギーを得た魔晶兵は、それによって自己進化を遂げた。まだデータを取っていないので何とも言えんが、おそらく破壊力、機動力、耐久力の全てが向上しているだろう」

「まさか、フォース・ディストリビューターとは氷魔を強化するためのものなのか?」

「そう限定した話ではない。要するに、氷巌城を創り上げるために人間から吸い上げたエネルギーを、地球という巨大なエネルギー源から直接吸い上げているだけの話じゃ。人間どもをちまちま凍らせるより、この方が手っ取り早い」

 あっけらかんとしたヌルダの説明に、カンデラは二の句が継げなかった。ヌルダは実証試験の初歩が上手く行った事に満足したようで、饒舌になっていた。

「これは試験機じゃからの。もっと大型のフォース・ディストリビューターを、地球の地脈エネルギーが強い地点に次々と設置し、地脈から吸い上げたエネルギーを氷魔エネルギーに変換する。要するに、地球自身のエネルギーで地球全土を凍結させられる、という事じゃ。少しずつ凍結範囲を拡大して、少しずつ人類から生命エネルギーを吸い上げる、そんな非効率的な手順は必要なくなる」

 人類も地上の生物も、母なる地球のエネルギーで全て滅び、氷魔だけが支配する星になる。顕現するたびに滅んで来た氷巌城は、今度こそ永久不変の支配者として地上に君臨できるのだ。

 だが、なぜかカンデラはその可能性に、心躍るものを感じないのだった。それが何なのかはわからない。皇帝陛下に仕える身として、氷巌城が地球の支配者になるのは喜ばしい事のはずだ。なぜ、それを受け容れがたい自分がいるのだろうか、とカンデラは自問した。


 しかし、カンデラの自分自身への問い掛けは、兵士たちの絶叫で中断させられた。

「ぐわあああ――——!」

「ぎゃああ!」

 何事か、とカンデラは声がする方を見た。すると、そこには驚がくの光景があった。たった今、地球から吸い上げたエネルギーで強化された魔晶兵が、突如暴走して足元の兵士たちを攻撃し始めたのだ。

「なに!」

 驚くカンデラの眼前で、部下たちの身体が魔晶兵に踏み潰され、殴り砕かれ、氷の破片となって地面に散乱した。ヌルダは慌てるでもなく、その様子をじっと観察していた。

「いっ、いったい何が起きた!?」

 カンデラは言葉で疑問を投げかけつつも、剣を抜いて魔晶兵を止めるため駆け出した。

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