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生存者

 敵の気配がなくなった空間を、リリィ、ルテニカ、プミラの3人は何となく警戒しながら進んでいた。それまで歩いていたやや雑な構造の通路から出ると、整ったデザインの元の通路が現れた。

「引き返してきた形になるけど、ここからどっちに行くの」

 さっぱり構造がわからないリリィが訊ねると、プミラはルテニカを見る。

「奥へ進むしかありませんね」

「そうですね。ただし、この奥は実の所、我々もあまり明るくないエリアになります」

 ルテニカがリリィに向き直る。リリィは肩をすくめた。

「私はこのエリア自体知らないもの。行くしかないんでしょ」

「…何とも頼もしいですわね」

 若干怪訝そうにルテニカは目を細めた。リリィは幽霊が現れてもできる事はないのであり、頼もしいのかどうかは不明であった。


 しばらく進むと、廊下のデザインが変わった事に三人は気付いた。今まではごく普通のデザインが施された廊下だったのが、ある境界を越えると、はっきりと「装飾」といえるデザインになったのである。柱は優美なアーチを天井に描いており、壁面もまた単なる垂直面ではなく、ゆるやかな凹面になっていた。

「雰囲気変わったわね」

 リリィはなめらかな柱の曲面を撫でた。表面は雪を固めたような手触りである。

「ここも当然、氷騎士の誰かが支配しているエリアなんでしょ?」

「そう我々も考えていたのですが」

 何か思わせぶりにルテニカが言うので、リリィは首をかしげた。

「いないの?」

「このエリアも当然、私達レジスタンスは調査の手を入れています。しかし、どうもここには誰もいる気配がないのです」

 プミラも頷いた。

「そうです。そして、ここら一帯は何か、妙な気配に包まれています。奥に進めばリリィ、あなたもそれを感じ取れるはずです」

「妙な雰囲気?」

「大雑把に言うなら、霊感のような。しかし、私たちの霊視でもそれが何なのか、はっきりとは掴み切れません。なんというか、意思がないけれど誰かの気配はするような、そんな感覚です」

 プミラの説明は、リリィには難解なものだった。そもそも、霊能者二人がわからないと言っているものを、素人のリリィがわかるわけもない。

「そのため、我々もつい調査のルートから外しがちなのです。我々のみならず、城側の巡回もここを通る事は滅多にないようです」

「ふうん。面白そうね」

 そう呟くリリィを、呆れたようにプミラ達は見た。


 装飾が施された優美な通路をさらに進む。すると、右に折れる箇所に到達した。

「あの先は知っているの?」とリリィ。

「あの先は実を言うと、私も知りません。見た人の話では、礼拝堂のような空間があるとか」

「礼拝堂?」

 三人は曲がり角で一瞬立ち止まり、何かいないか警戒しながら、ゆっくりと角の奥を覗いた。すると、5メートルほどの通路の奥には両開きの扉があった。

「どうする?」

「行くしかない、と先程仰ったのはリリィ、あなたです」

「なんかその皮肉、誰かに似てるな」

 ぽつりと言ったリリィの言葉に、ルテニカが反応した。

「誰か、とは?」

「え?」

「どなたの事を仰っているのですか」

 そう問われて、突然リリィは軽い焦りの色を見せた。目がルテニカとプミラを交互に見る。

「あっ、り、リベルタのこと。あの子けっこう皮肉が上手いから」

「なるほど」

 ルテニカは納得したふうな事を言いながら、その目が何かリリィに探りを入れていた。その時また、どこかで小さく笑い声のようなものが聞こえた。

「またです」

「一体何なんでしょうか」

 ルテニカ達は数珠を振るって、その声の気配を探る。しかし、二人の能力をもってしても、その気配の元を探る事は難しいようだった。

「やはりここは、何か異質な空間らしいですね」

「ルテニカ、入りましょう。いずれここは、私達が調査しなくてはならなかった場所です」

 ルテニカは頷いて、リリィに目線を送った。リリィは、扉を開ける役を買って出る。

「開けるよ」

 取っ手を握ると、リリィはその大きな扉を左右に開いた。中から、いっそう強い冷気が流れ込んでくる。


 扉の中は、話に聞いていたとおり礼拝堂のようだった。手前には何列もの椅子が並んでいる。奥には壇があり、その背後の壁面には大きな十字架が彫られていた。そして、その十字架の下に立っている像に、三人の視線が向けられていた。

「あれは…」

「何の像なのでしょうか」

 それは、おそらく女性と思われる彫像だった。ローブをまとい、祈るように両手を合わせている。しかし、その像は首がなかった。

「気味が悪いわね、首なしの像なんて」

「リリィ、気をつけてください。何が潜んでいるかわかりません。これを」

 プミラは、懐から一枚の護符を取り出すとリリィに手渡した。さきほどオブラに渡したものを同じである。

「持っていてください。霊の影響を、ある程度は抑えられるはずです」

「…ありがと」

「もし相手が霊体の場合、物理攻撃が主体らしいあなたでは対抗しようがありません。私とルテニカの間から、動かないでください」

 そう言われて、リリィは憮然とした。氷騎士ディジットを打ち破ったその実力も、霊体相手では何の役にも立たないらしい。だが実際その通りなので、黙って頷く以外になかった。

「この部屋、行き止まりなんだね。何かないか、調べてみよう」

 リリィを前後で挟む形で、三人は礼拝堂中央の通路をゆっくりと進んだ。

 そして、椅子が並ぶ真ん中の列くらいまで進んだ時だった。ガタン、と何かが椅子にぶつかる音が左奥から聞こえた。

「!」

 とっさに三人は警戒して身構える。

「誰?」

 リリィが左奥に声をかける。しかし、何の返事もない。

「気のせいでしょうか」

「そんなはずはありません」

 ルテニカは数珠で気配を探ると、何かピンときたようだった。

「何者かが、椅子の陰にいます」

 霊能者がそう断言したので、リリィは勇んで椅子の奥へと剣を手に回った。

 一歩、また一歩とリリィが近寄ると、それは絶叫とともに飛び出して壁側に逃げた。

「たっ、助けて!!!」

「わああ!!!」

 椅子の陰に潜んでいた何者かと、それに驚いたリリィの絶叫が礼拝堂の高い天井に響き渡る。隠れていたのは、レジスタンスの少女だった。

「助けて!助けて!」

 両腕で顔を覆い、壁の隅に逃げるその様子は只事ではなかった。ルテニカとプミラは、ゆっくりと少女に近付くと膝をついて肩に手を載せた。

「落ち着いて。私たちはレジスタンスの仲間です」

「その服装からすると、ロークラスの子のようですね」

 二人の穏やかな語り口にようやく安心したのか、少女は両腕を下ろしてその顔を見せた。少女は珍しくウェーブのかかった長い髪で、優し気な目元をしていた。椅子の脇には彼女の武器らしい、ショートソードが転がっている。

「何があったのです。あなた一人ですか」

 ルテニカは、ロークラスの氷魔が一人でいる事を不審に思い、周囲を見渡した。少女は、まだ怯えを見せながらもとつとつと語り始めた。

「わっ、私、逃げて来たんです。幽霊が襲いかかってきて、友達のみんなが、突然、気が狂ったように」

「落ち着いて。整理して話してください。お名前は?私の名はルテニカ」

「だ、ダリア、です」


 ダリアと名乗った少女は、冷静さを取り戻すと剣を鞘におさめ、椅子に座って説明を始めた。

「私はロークラスのレジスタンスです。他の仲間たち13人とともに、ミドルクラスの皆さんのアジトへ移動していました」

「移動?」

「はい。やはり私達の実力で、分散しているのは不利だと思ったんです。それよりなら、あなた方のようなチームと行動を共にすべきだと話し合った末の事です」

 ルテニカ達は顔を見合わせた。それは、先刻三人で話し合っていた内容に通じるからだった。

「そうして、城の巡回に警戒しつつ移動していた時の事です。私たちは、突然現れた幽霊の群れに襲われたのです」

「少女氷魔と同じ格好の幽霊ですね」

 それは、少女にとって驚きを伴う事らしかった。

「そうです。もしかして」

「ええ。私達も遭遇しました。他に、幽霊に襲われたらしい仲間の亡骸も見つけました」

「なんてこと」

「ダリア、あなたはどうにか逃げ出せたという事なのですね」

 ルテニカがそう言うと、ダリアは顔を覆って伏せてしまった。

「そう!私は、みんなを見捨てて、自分だけ…ごめんなさい、ごめんなさい…」

 見捨ててきた仲間に詫びるように、ダリアは嗚咽をもらした。ルテニカはその背中をそっと撫でた。

「逃げる事は、時には卑怯かも知れませんが、時には賢明な判断です。生き残って戦う事も、ひとつの立派な選択。それにあなたがこうして私達と巡り会えた事で、私たちは敵の情報が得られるのですから」

 ルテニカの励ましで少しだけ落ち着きを取り戻したらしいダリアは、恐る恐る顔を上げた。

「ダリア、話してください。あなた方を襲ったという幽霊について」

「は、はい…」


 ダリアの説明によると、その少女氷魔の霊たちは、ダリアの一行の魂に直接攻撃を加えてきたという。一切の武器の攻撃も通用せず、魂を攻撃されたダリアの仲間たちは、一切抵抗できないまま、一瞬で屍になってしまったとの事だった。

「それで、その後はどうなったのです」

「正直に言うと、私はみんなが倒れたことに恐れをなして、もうすでに逃げ出していたのです。なので、その後の事はわかりません…無我夢中で走ってその場を去り、必死で知らない通路を走っていたら…」

「この礼拝堂に辿り着いた、というわけですね」

「はい」

 ダリアはそれだけ言うと、がくりと肩を落とした。

「なるほど。ダリア、ひとつ教えてください。その霊たちは、どうやって現れたのですか」

 ルテニカの質問は、横で聞くリリィには意味不明の問いだった。ダリアはその様子を思い出すために記憶を辿った。

「ええと…確か、私達が廊下を歩いていると、突然空間にぼんやりとオーラがいくつも浮かんで、それがやがて幽霊の姿になった、と記憶しています」

「なるほど。オーラが見えたと」

「はい」

 ルテニカは、プミラと顔を見合わせて小さく頷いた。何やら納得したようだが、リリィには何の事かさっぱりわからない。

「よく話してくださいました。おかげで、貴重な情報を得る事ができました」

「どっ、どういう事ですか」

「あとの事は、我々に任せてください。あなたは私達が守ります。決して、離れないようにしてください」

「えっ」

 ダリアは、何か意外そうに訊ね返した。

「わっ、私がいたら足手まといになるのでは」

「あなたを一人では置いて行けません。ある程度調査をしたら、我々の仲間が大勢集まっているアジトに案内しますので、あなたはそこに留まるとよいでしょう」

「そっ、そうですか…それでは、ご一緒いたします」

 申し訳なさそうに、ダリアは頭を下げた。


 ダリアを加えた四人は、改めて礼拝堂の中を調べ始めた。ルテニカとプミラは、奥にある女性の彫像が気になっているようだった。ルテニカが、像の首の断面を睨む。

「この像、なぜ首がないのでしょう」

「わかりません。ですが、ひとつ気になる事があります」とプミラ。

「え?」

「ルテニカ、我々氷魔にとって、首がないというのはどういう事を意味しますか」

「…なるほど」

 ルテニカは、片肘に手を当てて思案した。首のない像を見たあと、リリィに視線を向ける。

「リリィ、あなたは今まで多くの敵氷魔を倒して来たはずです。その剣で、敵の首をはねた事は?」

「…あるけど。無数に」

 あまり思い出しても楽しくない光景が、リリィの脳裏に浮かんだ。首をはねるのは、一番手っ取り早い敵の倒し方だからである。ルテニカは頷いてみせた。

「首を失う事は、我々氷魔にとって死を意味します。ここに、何かあるような気がしませんか」

「何か、って?」

「我々がいま直面しているのは、死んで幽霊になったと思われる氷魔たちです。首を失ったこの像と、一連の出来事が無関係であるとは思えません」

「どういうこと?まさかこの像が氷騎士で、私達に幽霊をけしかけてる、とか?」

 リリィは、像に近寄るとその側面をガンガンと叩いた。すると、黙っていたダリアがビクッとして姿勢を崩し、椅子の背もたれに手をついた。

「どうしたの?」

「ごっ、ごめんなさい、ビックリして」

「心配いらないわよ、このお姉ちゃん達は霊能力のエキスパートだから。幽霊の百や二百、いっぺんに片付けられる」

 すると、プミラが咳払いした。

「勝手に他力本願で安請け合いしないでください。私達でも百の霊を一気に払うなど、できるはずがありません」

「そうなの?」

「私達は氷騎士ほどの実力はありません。過信なさらぬよう」

 そのやり取りを見て、ルテニカが小さく笑った。

「心配要りませんよ。霊を操る氷騎士などの情報は、我々レジスタンスにも入ってはおりません。少なくとも今回の件で、氷騎士と戦うような事にはならないと思います」

「そうだといいですが」

 プミラが不安げに像を見上げる。ロークラスで一番実力が劣ると思われるダリアは、これからの事態に恐れをなしたのか、小さく震えていた。

「やっ、やっぱりわたし、どこかに隠れていた方が」

 すると、ルテニカとプミラは安心させるように微笑んだ。

「いいえ。私達と一緒にいる方が、確実に安心ですよ」

「そうです。それに、幽霊ではない普通の氷魔が現れた場合は、千体でも二千体でもこのリリィさんが、一人で全部片づけてくれるはずです」

 すると、今度はリリィが憤慨して声を荒げた。

「私だって千もいっぺんに片付ける事、できるわけないでしょ!あなた達も手伝ってもらうからね」

「物事は分担が肝心です。適材適所、ですよ」

 いよいよ冗談を言い合うくらい馴染んで来たリリィだった。その様子を、何か不安そうにダリアが見つめていた。

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