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アグニシオン

 白色化した百合香の保護をロードライトに任せ、リベルタ、マグショット、そして聖剣アグニシオンの中に居座る事になった瑠魅香は、ひとまずサーベラス達のいるアジトに戻った。

「リベルタ!」

 グレーヌ、ティージュ、ラシーヌの3人が、右腕のないリベルタに駆け寄ってその身を支えた。

「一体、何があったの!?」

「ちょっと、リベルタ。その剣は…」

 ラシーヌは、リベルタが左手に下げている、黄金の聖剣アグニシオンを見て青ざめた。

「…百合香はどこ」

 まるで、百合香の形見であるかのようにアグニシオンを持つリベルタと、百合香がいないのを見て、アジトにいた全員が最悪の想像をした。リベルタはグレーヌたちを安心させるため、力なく微笑んだ。

「安心していいかはわからないけど、彼女は無事よ」

 それを聞いて、心の底から安心したグレーヌたちは胸を撫で下ろした。オブラは、へたり込んで恨めしそうにリベルタを見る。

「脅かさないでください」

「なんでここにいないの?」

 そう訊ねるティージュに、リベルタはロードライトのエリアで起こった一連の出来事を、マグショットも交えて説明した。


「…どういうこと。白くなった、って」

 グレーヌ達は、説明されてもまだピンとこない様子である。だが、サーベラスは溜息をつきながらも、何か達観したような様子だった。

「あいつは会った時から理解を超えた奴だ。今さら何が起きようが、大して驚かんよ」

「その点は同意するがな」

 棚の上に寝転んで脚を組んでいるマグショットが、首だけを全員に向けた。

「兎にも角にも、あのままではどうにもならん。とんでもない強さなのは確かだが、動く気配もないし、話も聞こえていない。といって、力づくで連れて来ようにも、近付けばわけのわからん力で弾き飛ばされる」

 そう言うと、マグショットはサーベラスを見た。

「話で聞いていたよりは、だいぶ回復してるようだな。お前の装甲と馬鹿力なら、今の百合香でも担いでここに運んで来れるんじゃないのか」

「冗談じゃねえ。折角治った身体が、バラバラになっちまう」

 わざとらしくサーベラスは身震いしてみせた。マグショットは真面目な顔で答える。

「だがあの状態では、百合香自身が大丈夫なのかどうかもわからん。何とかして、元に戻す方法を見つけなくてはならんぞ」

「そうは言ってもね。まず、何が起きてるのかがわからないもの」

 リベルタは左腕だけで、お手上げのポーズを取る。すると、黙っていた瑠魅香がアグニシオンの中から話し始めた。

『…ガドリエルなら何か知ってるかも』

「ガドリエル?」

 全員の視線が、リベルタの横に立てかけられた瑠魅香=アグニシオンに集中した。

「なんだっけ。あなた達が休んでる、何とかの間にいるっていう女神様?」

『そう』

「その女神様なら何かわかるっての?」

『この剣の名前がアグニシオンだっていうのは、彼女から聞いたんだ。そもそも百合香の中にアグニシオンが封印されていた事も、知っていたみたい』

 それを聞いて、一体何者なのだろう、と全員が思った。リベルタは頷きながら瑠魅香を向く。

「なるほど。確かに可能性はあるかもね」

『でしょ?』

「でも瑠魅香、百合香でないと癒しの間へのゲートは開けられないんでしょ?」

 リベルタの問いは、シンプルでいながら大問題であった。確かに、今まで瑠魅香はゲートを開けた事がない。

 だが、と瑠魅香は言った。

『このアグニシオンがあれば、私でも開けられるはず』

「本当に?」

『…たぶん。きっと。いや間違いなく』

「頼りないわね」

 リベルタは頭を抱えながら、おもむろに立ち上がった。

「いいわ、試してみましょう。オブラ、あなた癒しの間へのゲートの場所、わかるのよね」

 オブラは自分に話を振られるとは思っていなかったのか、慌てて立ち上がった。

「え?は、はい!」

「案内して。瑠魅香を連れて行く」

 そう言って片腕のまま出て行こうとするリベルタの肩を、グレーヌが掴んで止めた。

「待ってよ、あなたその状態で外に出るつもり?」

「瑠魅香を持って行くぐらい、片腕あればできるわよ」

『モノ扱いしないでくれる?』

 剣の中から瑠魅香のツッコミが入ったところで、グレーヌはティージュに向かって頷いてみせた。すると、ティージュはリベルタの後ろに回り込み、ガッシリと腰を抑え込んでしまう。

「ちょっと!」

「あなたはここでおとなしくしてて」

 グレーヌは、瑠魅香入りのアグニシオンをむんずと奪い取ると、ティージュに部屋の奥へ連行するよう指示する。聞こえてくるリベルタの抗議を無視して、オブラを見下ろした。

「私が行く。案内して」

「は、はい」

 

 その頃、同じ第二層。ロードライトが受け持つエリアの隣のエリアで、先刻起きた謎の振動についての報告が、守護する氷騎士に伝えられていた。

「氷騎士ディジット様にご報告申し上げます」

 一人の制服少女氷魔が、天蓋に覆われた寝台の向こうにいる人影に向かって言った。

「氷騎士ロードライト様より、さきほどの振動は魔晶天使の暴走によってエリアや兵士に被害が生じたため、との連絡がありました。現在、同エリアの各所は崩落などの危険があるため、移動される場合は安全のため避けるよう、との事です」

 すると、カーテンの向こうに寝そべっていた影が僅かに動き、甲高い声が返ってきた。

「魔晶天使の暴走?」

「はい。ロードライト様からは、そのように。側近のアルマンド様は、ロードライト様をお庇いになり亡くなられたとの事でした」

「ふうん。ナロー・ドールズの一斉リコールがあったばかりよね。欠陥品ばかりじゃない」

 そう言うと、ディジットと呼ばれた氷騎士は面倒くさそうに、上半身だけを起こした。おもむろにアイスフォンを取り出すと、ニュースをチェックする。

「ふーん。わかった。もういいよ。アルマンドと死んだ子たちに弔文でも送っておいて、あたしの名前で」

「はい。失礼いたします」

 少女氷魔が一礼し、寝台のある間を退出しようとした、その時だった。ディジットが思い出したように声をかけた。

「ちょっと待って」

「はい?」

「ロードライトのやつは何ともなかったの」

 その問いに、連絡係の少女は報告内容を思い出しながら答える。

「報告によるとロードライト様も、だいぶ傷を負われたそうです」

「どれくらい?」

「そこまでは。ただ、アルマンド様が亡くなられる程ですから、それなりのものとは推察されます」

「ふうーん」

 しばし考え込んだのち、ディジットは少女に手をヒラヒラさせた。

「うん、わかった。行っていいよ」

「失礼いたします」

 礼もそこそこに、少女は寝室を今度こそ退出した。誰もいなくなった部屋の中で、ディジットはひとり呟くと、口の端をわずかに上げた。

「…なるほどね」



 オブラの案内で、アグニシオンを握ったグレーヌは、通路の隅にある癒しの間のゲートの前にやって来た。アグニシオンの中にいる瑠魅香に声をかける。

「どうすればいいの?」

『うーん。とりあえず、ゲートに私を向けてくれる?』

「もう完全に、自分のこと剣だって思い込んでない?」

『おっと、それはまずいな』

 瑠魅香は、この先ずっとアグニシオンとして生活する可能性を考えて、少しばかり戦慄を覚えた。

「ゲートって、あれでいいのね」

「そうです」

 グレーヌがわかりやすいよう、オブラはもう一度シャボンを空間に吹いた。無数の細かな泡がキラキラと、城の持つ氷魔エネルギーに反応して光る中で、一箇所だけ反応がない空間がある。そこが、氷巌城の中にランダムで点在する、癒しの間に至るゲートだった。

「いい?瑠魅香」

『どうぞー』

 瑠魅香の合図で、グレーヌはアグニシオンの切っ先をゲートに向けた。

 が、一向に何の変化もない。

「ダメなんじゃないの」

『うーん』

 瑠魅香は考える。百合香は、ゲートを開ける時に何をしていたか。

『…これでいいのかな』

 瑠魅香は、百合香の真似をして炎のエネルギーを発現させた。すると、突然ゲートが輝き始め、アグニシオンが炎に包まれ始めたのだった。

「あっつい!!!」

 思わずグレーヌは手を離す。しかし、アグニシオンはそのまま光の塊となって、ゲートに一瞬で吸い込まれてしまったのだった。

「るっ、瑠魅香!?」

「成功したみたいですね!」

 オブラは無邪気に喜ぶが、グレーヌはそうでもなかった。

「…次があったらサーベラス様にお願いしよう」

 グレーヌは、炎のエネルギーで毛先が溶けた髪を、ゾッとしながら指でつまんだ。



『わあ!!』

 ものすごい勢いでアグニシオンとともに癒しの間に転がり込んだ瑠魅香は、ケガをする心配はないものの、なんとなく受け身を取って床に転がった。

『やった、なんとか来れた…のはいいけど』

 いつもの癒しの間である事を確認したのち、瑠魅香は一緒に飛んできたはずのアグニシオンが見当たらず、慌てて周囲を見回した。

『どっ、どこ!?』

 あれがないと百合香が戦えなくなる。いや、最悪素手でもやれるかも知れないが。

 そう思いながら注意深く見回すと、ガドリエルが出て来る泉の脇に、アグニシオンは転がっていた。瑠魅香はほっと胸を撫でおろす。

『心臓に悪いわ』

 心臓などないが、と精神体の自分にツッコミを入れつつ、無理だよなと思いながら、剣のグリップに手をかけてみる。案の定、半透明瑠魅香の手はアグニシオンをすり抜けてしまった。

『参ったな』

 すると、泉の中心が渦巻いて、その上にやはり半透明の、自称女神・ガドリエルが姿を現した。

「瑠魅香、どうかしましたか」

『ガドリエル!』

 今までで一番頼もしく見えるなと思いながら、瑠魅香はアグニシオンを持ち上げるのを諦め、ガドリエルの前に立った。

『ガドリエル、百合香が大変なの。力を貸して』

「何があったのですか」


 いつもどおり落ち着いてはいるが、わずかに不安の色を浮かべるガドリエルに、瑠魅香は百合香が白色化した事など、説明できる全てを話した。

「白色化…」

『そうなの。強いのは強いんだけど、まるで取り付く島もないような状態。ガドリエルなら、何か元に戻す方法、わからない?』

「…」

 瑠魅香の真剣な問いに、ガドリエルはだいぶ考え込んでいるようだった。そんなにやばい話なのかと瑠魅香が不安になり始めたところで、ようやく口を開いた。

「おそらく、それは百合香の保護プログラムが働いた結果です」

『…なんて?』

 瑠魅香は、ガドリエルの言う意味がさっぱりわからなかった。ガドリエルは話を続けた。

「私の記憶もかなりの部分が失われていますが、知っている情報に照らし合わせると、百合香は今、何らかの覚醒段階にあると見ていいでしょう」

『覚醒段階?』

「百合香がとてつもない力に目覚めた、というのが何よりの証明です」

 ガドリエルの説明は、状況からすると筋は通っていた。しかし、と瑠魅香は訊ねる。

『じゃあなんで、あんなふうになっちゃったの?覚醒どころか、夢遊病者だよ、あれじゃ』

「瑠魅香が伝えてくれた現在の状況を聞いて、かすかに思い出した事があります。アグニシオンの持つ、本来の役割です」

『本来の役割?』

 瑠魅香は、泉の脇に転がるアグニシオンを見た。

「瑠魅香、アグニシオンが今まで、幾多の激戦を経ていながら、傷ひとつついていないのを、不思議に思った事はありませんか」

『…そういえば、そうだね』

 瑠魅香は、それまでの戦いを思い起こしてきた。基底層の怪物たち、第一層の戦士たち、そしてカンデラやイオノスといった超強敵。その戦いの中で、百合香の鎧がついに砕けたというのに、アグニシオンだけは傷つきも、欠けもしないのだ。

「答えは単純です。アグニシオンは、百合香の魂の欠片だからです」

『魂のかけら!?』

「そうです。彼女がまだ地上にいた時、氷魔に襲われたため彼女の魂が自らを分かち、アグニシオンを生み出したのです」

『ちょっと待って』

 瑠魅香は、眉間に指を当てて質問を整理した。

『なんで百合香が生み出した剣の名前を、あなたが知っているの?』

「それはわかりません」

 ガドリエルの回答は清々しいほどであったが、納得がいかない瑠魅香は食い下がった。

『じゃあ、アグニシオンについてあなたは何を知っているの』

「百合香の魂の中には生まれたその時、おそらくはその遥か以前から、アグニシオンとしての情報が封印されていました。百合香自身を含めて、氷巌城に対抗し得る唯一の手段です」

『…じゃあ、百合香がもしこの土地にいなかったら、どうなっていたの』

 瑠魅香は恐る恐る訊ねる。ガドリエルの回答は、またも簡潔だった。

「仮にどこか遠くの土地に百合香がいたとしたら、彼女がここに辿り着くまでの間に、氷巌城はその計画の第一段階を終了させていたでしょう。人類にはすでに、今よりもはるかに甚大な被害が及んでいたはずです」

『ちょっと待って』

 さっきと同じ事を言って、瑠魅香は再び訊ねる。

『なんで百合香が、そんな都合よく、氷巌城が出現する学園に通っていたの?あまりに出来過ぎた話よね』

「その通りです。私もそう思います」

『…つまり、それが何故なのかも、あなたにはわからないっていうこと?』

 そう訊ねると、ガドリエルは申し訳なさそうな表情を見せた。

「…ごめんなさい。私にも、その理由まではわからないのです。私にあるのは、私は百合香をサポートしなくてはならない、という使命です」

 ガドリエルの声色が弱々しくなるのを聞いて、瑠魅香もまた申し訳ないような気持ちだった。ガドリエルは何かを隠しているのではない。本当に知らないか、あるいは記憶を失っているらしかった。

『…わかった、もういいわ。ごめんなさい』

 そう言うと、改めてガドリエルに向き直る。

『話を逸らしてしまったみたいね。それで、今の百合香を元に戻せるの?』

 ガドリエルは、うつむき加減に思考を巡らせたのち、考えをまとめた。

「確証はありませんが、百合香の中には、力の暴走を抑えるための保護プログラムが組み込まれていた可能性があります。それを施したのが百合香自身なのか、別の誰かなのかはわかりません」

『うん、それはそれでいい。…続けて』

「はい。つまり今の百合香は、おそらく自分自身の力を解放することに、恐れを抱いているのだと思います」

『でも、百合香は強くなりたい、って何度も言ってたよ。力に目覚める事の、何が悪いの?』

 瑠魅香の質問はもっともである。ガドリエルは答えた。

「私の推測に過ぎませんが、目覚めたその力が、あまりにも強大で恐れをなしたのではないでしょうか。その力を自分自身が制御できない可能性を恐れたのです」

『…強大って、どれくらい?』

「あなたが目にした今の百合香の強さは、まだ本当の強さの一端でしかない、ということです」

 それを聞いて瑠魅香はゾッとした。あの強敵の魔晶巨兵を、飽きた人形のように千切ってバラバラにしてみせたのだ。それが力の一端でしかないというなら、全ての力を解放した場合、何が起こるというのか。

『…じゃあ、なに?百合香は、自分が暴走しないように、自分を閉ざしてしまったというの?』

「推測だということは忘れないでください。ですが、わたしに考えられる唯一の推測です」

『じゃあ、百合香を元に戻すには、どうすればいいの!?』

 叫ぶように瑠魅香は問い詰めた。

『私は、百合香の笑顔がまた見たいだけなの!力なんて知らないわよ!暴走するっていうなら、私が抑え込んでやるわ!』

 瑠魅香の声が、百合香のいない癒しの間に響き渡る。そのとき、ガドリエルに閃きが訪れた。

「瑠魅香、わかりました」

『何が?』

「あなたこそが鍵です」

 その言葉の意味は、その時の瑠魅香にはまだわからなかった。

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