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アルマンド

「人類に勝利したはずの我らが滅びた理由…?」

 カンデラは改めて考えた。しかし、即座に答えは出ない。そこへ、ディウルナが助け舟を出した。

「氷巌城のエネルギーは、凍結させた人間たちから得ている。これはもちろん、ご存知ですね」

「う…うむ」

 それくらいは知っていると、カンデラも頷いた。

「では、その人類のエネルギーを食い尽くせば、この城はどうなると思いますか」

「む!?」

 それは、呆れるほど単純な話だった。


 はるかな過去、人類に勝利したはずの氷巌城はなぜか滅び、それから数千年、再び人類に発達した文明が花開いた。それからさらに数千年、人類は非常に複雑な科学文明を発展させた。そして今また、氷巌城が出現した。


 氷巌城が存在するには、凍結させてそのエネルギー源とする人類が存在しなくてはならない。しかし、人類の生命エネルギーを食い尽くせば氷巌城は自らの存在を維持できなくなる。ほんの少し考えれば、誰でも疑問に思い至る矛盾ではあった。

 カンデラは、自分自身そうした謎について思い至らなかったという事実そのものに、軽いショックを感じていた。自分たちは何も考えず、ただ皇帝陛下に忠義を尽くせばよいのではなかったか。

 その時思い出したのは、第一層の謎の怪物を討伐しようと試みて死亡した、と報じられている、氷騎士バスタードの事だった。バスタードはかつて、あろうことか皇帝側近ヒムロデに向かって、氷巌城の在り方への疑問を唱えたのだ。

 それを訊いたカンデラは、忠誠心に篤いと思っていたバスタードが皇帝陛下に異議を唱えるなど、信じられないと感じていた。

 だが、今こうしてディウルナからシンプルな問いを投げかけられ、自分の認識に微かな揺らぎが起こるのを否定できないのも確かだった。


「いや、まあそれは今の話の本質とはズレていましたかな。忘れてください」

 唐突にディウルナが話題を軌道修正したので、返答に窮していたカンデラもまたハッと我に返って頷いた。

「う、うむ。そうかも知れんな」

「過去に現れた金髪の女剣士。確かに、私も聞き及んでいながら、今までその正体について、深く考えた事はありませんでした」

 ディウルナは再び椅子に座って、カンデラと向き合った。

「図書館の書物には、それについての記述はなかったのですか?」

「まあ、ある本を全て読んだわけでもないからな。まだ開いていない本に記述があるのかも知れない。それに、私では読めない禁書もだいぶ存在する」

「禁書ですか」

 その単語にも、ディウルナは興味がありそうだった。

「そうだ。封印が施されており、開く事ができん。司書の話だと、一部の者のみが閲覧を許されているそうだ」

「一部の者とは?」

「さあな。まあ、皇帝陛下であれば紐解けるのかも知れん。だが、いち臣下が好奇心のために、陛下に書物を開いてくれと頼むわけにもいかん」

 カンデラは溜息をついた。その様子を、ディウルナは可笑しそうに眺める。

「カンデラ殿は、あんがい研究者の資質がおありなのかも知れませんな」

「いやいや、それはあるまい」

「ははは。しかし、確かにその女剣士、興味があります。私の情報源から何か掴めないか、探ってみましょう」

「おお、そう言ってくれるか。ありがたい」

 カンデラは身を乗り出して喜んでみせた。

「私は引き続き、図書館の資料を当たってみよう」

「そうですか。ではカンデラ殿、ひとつ調べるうえでアドバイスを差し上げてよろしいか」

「うむ?おお、何なりと」

 立ち上がりかけていたカンデラは、再び腰を降ろして話を聞く。

「歴史書だけを調べても、求める情報が得られるとは限らないかも知れません」

「どういう事か?」

「その女剣士は、常に炎のようなオーラをまとっていたそうです。おそらく、そのために氷巌城の冷気の中でも、凍て付くことなく活動できたのでしょう。しかし、私が知っている限り、そのような人間など存在しません」

 そう言われて、カンデラは黙り込む。そこへ、ディウルナは思考を促すための問いを投げかけた。

「常に炎のエネルギーをまとう存在。それは、はたして本当に、人間だったのでしょうか?」




 第二層、百合香たちが待機しているアジトからだいぶ離れたエリアの通路を、マグショットはいつもの二足歩行ではなく、猫らしい四本脚で走っていた。

「おかしい。さっきの雑魚どもは何だったのか」

 オブシディアンによく似た数体の氷魔拳士を倒したあと、いよいよ目的のエリアに到達したと思っていたマグショットだが、いくら進んでも、造花で装飾された華麗な通路が続くだけである。

 何かがおかしい、と思ったマグショットは、立ち止まると周囲に神経を尖らせた。そして、左手の壁を拳の裏でコンコンと叩きながら、ゆっくりと移動する。

「むっ」

 マグショットは、一箇所の壁に何か違和感を感じて、立ち止まると拳に微かに気を込めた。

 青白い光が壁を照らす。すると、ひとつのポイントに強い反応があった。直立したマグショットの背丈より、わずかに高い位置だ。

「ここか」

 マグショットは軽くジャンプすると、そのポイントにエネルギーの塊を放った。すると、その隣にある凹んだスペースに置いてあった大きな花瓶が魔法のように消え去り、空いたスペースの壁面に、両開きの豪奢な扉が出現した。

「なるほど」

 マグショットは扉の前に立つと、再びジャンプして把手を握り、勢いよく引いた。扉は音もなくスムーズに開き、その奥には華麗なホールが広がっていた。

「……」

 注意深く足を踏み入れる。すると、上半身が中に入ったタイミングで、扉が閉じ始めた。

「!」

 マグショットはすぐにホール内に飛び込むと、構えを取って警戒する。その後ろで、扉が重い音を立てて閉じられた。

「当然か」

 低く呟くと、ホールを見回す。あたかもダンスフロアのような広さで、壁も天井も装飾は華麗だが、四隅に太い柱が立つのみで、調度品の類は一切ない。

「ダンスフロアというよりは、闘技場だな」

 聞こえよがしにマグショットの声が響く。だが、それは伊達に発したのではない。

「この響き具合からして、いるのは40人程度か。姿を現すがいい」

 言いながら、マグショットは何ら恐れる様子も見せず、ホールの中央に進み出て腕を組んだ。すると、それまで何もいなかったはずの空間に、ドレスをまとった少女氷魔たちが突如として出現した。その中の、ひときわ華麗なドレスをまとう一人がマグショットの前に進み出る。どことなく瑠魅香に似た容姿で、薔薇の髪飾りが印象的だった。

「よくぞ我々が潜んでいる事を見抜かれました。わたくしの名はアルマンド。お初にお目にかかります」

 どうやら、この一団のリーダー格がこのアルマンドという少女氷魔らしかった。マグショットは低い声で答える。

「気配を殺した者が潜む空間には、それはそれで独特の緊張があるものだ」

「さすがはマグショット様。わが主と互角に戦えるだけの事はございますわ」

「世辞を言うために雁首を並べて現れたわけでもあるまい」

 わずかに構えを取ってみせるマグショットに、アルマンドは笑った。

「ふふふ、もちろん」

 そう言うと、全員が重ねてまとっていたスカートを剥ぎ取り、太腿が露わなミニスカート姿になった。

「ここまで歩かれてお疲れでしょう。ごゆっくりとお寛ぎください。永遠に!!」

 すると、まず左右から6人ほどの氷魔が飛びかかり、一斉に蹴りを放ってきた。

「はっ!」

 マグショットは跳躍してそれをかわす。しかし、待ち構えていた別なグループがそこへ飛び蹴りを放った。

「おあたぁ!!」

 強力な回転蹴りでそれをまとめて払うと、マグショットは真下にいた氷魔の首に、縦回転の手刀をお見舞いした。

「狼爪断!」

 一撃で少女氷魔の首は刎ね飛ばされ、鈍い音を立ててホールの床に転がった。

「次はどいつだ。首を刎ねられたい奴から出て来るがいい」

 着地し、多数の氷魔をまるで恐れる様子も見せず挑発する。しかし、相手もまた怯む様子はなかった。

「えやあ―――っ!!」

 今度は、一斉にローキックを放ってくる。再びそれを跳躍してかわすマグショットに、やはり同じように蹴りの第二波が飛んできた。

 するとマグショットは、その蹴ってきた脚のひとつを踏み台として、さらに高く跳躍する。

「なにっ!」

 驚く氷魔たちに、マグショットは上空からエネルギーを込めた横回転の蹴りを放った。

「竜旋脚!!」

 高速の回転とともに唸りを上げる旋風が、床面をえぐりながら、多数の少女氷魔を巻き込んだ。ドレスは千切れ、手足や胴体が捻じ折れて、ホールに無惨に散乱する。風が収まったところに、マグショットは静かに着地して合掌した。

「まだ手向かうか」

 今の一撃で、すでに三分の一の氷魔が骸と化したのを見て、マグショットは凄んだ。

「このまま、お前達の主のもとへ黙って通すなら見逃してやる。さもなくば、死を覚悟することだ」

「とんでもない。今のはほんのご挨拶。おもてなしは、これからですわ」

 アルマンドが手を鳴らすと、先程とは違う一団が進み出た。ドレスではなく、ヴィクトリアン様式のメイドのような格好をしており、左手にはトレイを持っている。

「お客様にお茶を」

 アルマンドが命じると、メイド氷魔たちの持つトレイに、ティーセットが出現した。すると、そのティーカップやソーサーが、突如として高速回転し、マグショットめがけて飛んできた。

「むっ」

 そのスピードと、翻弄するような動きにも、マグショットは動じる事なく対応した。どこからともなくヌンチャクを取り出すと、流れるような動きで全て叩き壊してしまったのだ。

 だが、次にはそれらを載せていたトレイが、ブーメランのような軌道を描いて四方八方から飛来した。すると、マグショットは一瞬で全ての動きを見切り、まず一枚のトレイをヌンチャクで上方に跳ね上げた。

「ホァッ!」

 跳ね上げられたトレイは、もう一枚のトレイに激突し、その軌道を変える。それはさらに別なトレイに当たり、連鎖的にほぼ全てのトレイがマグショットを避けてしまった。

「ホオーッ!!」

 残りの一枚を蹴り返すと、それはアルマンド目がけて飛んでゆく。アルマンドは微動だにせず、トレイは横に控えていたドレスの少女氷魔によってキャッチされた。

 手にしていた武器を全て失ったメイド氷魔たちは、今度はスカートの内側に隠してあったテーブルナイフを一斉に投擲してきた。マグショットは避けるのも面倒になったのか、かわそうともせず気を込める。

「はあぁ――――!!!」

 マグショットが気を全方位に放つと、ナイフは逆方向に弾かれ、投げたメイド氷魔たちの喉笛を貫通した。メイドたちは声もなく、その場に崩れ落ちた。

「もう一度だけ言う。貴様らでは俺には勝てん。無益な事は諦めて、主の下へ黙って通せ」

 さすがにこれだけの実力差を見せつけられて怯んだのか、少女氷魔たちは動きを見せなかった。

「ふむ」

 アルマンドは一歩進み出ると、手で少女たちに合図をした。

「あなた達は控えていなさい。もしわたくしが敗れたのなら、マグショット様をご案内して差し上げるように」

 命じられた少女たちは、無言でホールの両脇に下がる。アルマンドは、マグショットの前にカツカツと床を鳴らして進み出た。

「ロードライト様の護衛を仰せつかっている以上、退く事はできませぬ。極仙白狼拳のマグショット様、相手にとって不足なし。いざ尋常に勝負!」

 アルマンドは、脚のリーチを前後に広げ、両掌を前方に突き出した、独特の構えを見せる。マグショットはそこにアルマンドの本気を見て取り、合掌して小さく礼をしたのち、自らも構えを取った。

「よかろう」

 マグショットの全身に気が満ちる。それに呼応するように、アルマンドもまたオーラを立ち上らせた。


 両者は、微動だにせず機を窺う。恐ろしいまでの緊張が、広いホールを支配した。

 その静寂を破ったのはマグショットだった。一瞬でアルマンドの懐に飛び込むと、その腹に向けて強烈な突きを繰り出す。並みの氷魔であれば、一撃で打ち抜かれてしまうほどの拳だった。

 だが、アルマンドは予想外の動きを見せた。

「はっ!!」

 アルマンドは一歩引くと、マグショットの拳をゆるやかに逸らせ、逆にその腕を掴んできたのだ。

「むっ!」

「せえぇ――――いっ!!!」

 その腕を掴んだままマグショットの身体を持ち上げ、そのままアルマンドは硬い床に向けて背負い投げを食らわせた。それはマグショットの予想を超えた速さであった。

「ぐおっ!!」

 どうにか受け身を取るマグショットだったが、バランスを崩した所にアルマンドの肘鉄が飛んでくる。避けるのは不可能とみて、マグショットは腕を交差させてそれを受け止めた。

「ぐっ…!!」

 マグショットの全身に衝撃が走る。咄嗟に、危険を感じてその場を飛び退ると、間髪入れず今度は蹴りが飛んできた。すんでの所でかわすとマグショットは瞬時に構え直し、再び両者は距離を置いて睨み合った。

「なるほど。俺はお前を甘く見ていたようだ」

「さすがはマグショット様、並みの相手であればすでに全身を打ち砕かれていたでしょうに」

 今度はマグショットも、うかつには手を出さない。

「お前の拳もまた、あの女によく似ている。しかしわずかに異なるようだ」

「むろんです。わたくしには、わたくしの戦い方がございます」

 言いながら、アルマンドは少しずつマグショットとの距離を詰め始めた。マグショットは警戒し、後退する。しかし、その瞬間を狙っていたかのようにアルマンドは、一気にリーチを詰めてきた。

「はああ――――っ!!!」

 腰を低く、這うような動きでマグショットの前面まで躍り出ると、腕を床について強烈な足払いを仕掛ける。マグショットはそれを飛び上がってかわすと、アルマンドの背中に回し蹴りを放った。

 だが、アルマンドは足払いで回転している脚を、そのままブレイクダンスのように上方に向けてきた。

「ぬっ!!」

「せやっ!!」

 両者の脚が激突し、衝撃波が走る。互いにその場から一歩後退すると、今度はそれ以上の距離を取らず、再び踏み込んで蹴りと蹴りの応酬が始まった。

 マグショットの脚は猫である以上、どう考えてもリーチが短く不利なはずである。しかし、その蹴りの重みは凄まじく、また小さいぶんスピードは明らかに上であるため、重い蹴りが連続で襲いかかってくるところに恐ろしさがあった。アルマンドはその蹴りを二発、三発と受け、危険を感じて戦法を変える。

「はっ!!」

 マグショットの蹴りを、受け止めるのではなく流すように腕で払う。マグショットの胴体がガラ空きになった隙を逃さず、アルマンドはひざ蹴りを繰り出した。

 だが、マグショットはすでにその動きを予測していた。

「なに!!」

 アルマンドが驚いたその時には、すでにマグショットは全身を回転させ、ギリギリの所でひざ蹴りをかわし、アルマンドの横に出ていた。

「おあたぁ!!!」

 滞空したまま、マグショットはアルマンドの腰椎に回し蹴りをくらわせる。

「ぐぁぁ――――っ!!」

 アルマンドは声を上げ、激しく床に叩きつけられてうずくまった。マグショットは静かに着地すると、その背中に向けて言い放つ。

「お前の拳は受け身の拳だ。こちらが仕掛けたのを狙って受け流し、隙を見出す所に極意がある。だが逆に、こちらにお前の動きを予測された時は、対応できなかったようだな」

「私があなたの攻撃を受け流す事を予測し、逆に私が隙を作る事になった…ふふふ、なるほど…」

 アルマンドは、ヨロヨロと立ち上がる。

「やめろ。腰椎に深刻なダメージを負った今、お前に勝ち目はない。お前を愚弄するつもりはない、もう動くな。命は取らないでおいてやる」

 マグショットの言葉に、偽りはなかった。しかし、アルマンドはそれを理解したうえで、なおも立ち上がる。

「私は、ロードライト様の衛士…仰せつかった役目は最期まで貫き通す!!!」

 アルマンドは、マグショットに真っ正面から勝負を挑んで接近した。マグショットはそれを受け、本気で迎え撃つ。

「極仙白狼拳奥義!!」

 マグショットの右拳に、青白いエネルギーが一瞬で集束し、それを一気に前方に突き出した。

「牙狼疾風!!」

 レイピアのような細いエネルギーの刃が、アルマンドの胸を一瞬で打ち抜く。氷魔の持つ生命の中核部分が破壊され、アルマンドは無言で背中からその場に倒れると、二度と動く事はなかった。

「見事な腕前であった。アルマンド、その名は覚えておこう」

 マグショットは氷の亡骸に深く礼をしたのち、静かに合掌した。

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