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二人

「リベルタ!!」

 百合香は咄嗟にダッシュして、リベルタの手を強引に引いて全速力で退避した。そこへ間髪入れず、ストラトスの身体を完全に乗っ取ったイオノスの魔力が炸裂する。

「もはや弓など必要ない」

 イオノスの右の掌から放たれた雷撃が、百合香とリベルタを狙って床を砕きながら走ってきた。

「うわあ―――っ!!」

 二人は弾き飛ばされ、床に叩きつけられた。百合香の、強化された鎧にまでヒビが入る。リベルタは、すでに息も絶え絶えになっていた。

「あなたはここにいて」

 百合香はリベルタをその場に残し、アグニシオンを構えてイオノスに突撃する。

「でいゃあ――――っ!!」

 高く跳躍すると、一気に全力でエネルギーを叩き込む。

「『ゴッデス・エンフォースメント!!!』」

 いま放てる最大の攻撃を、百合香はイオノスにぶつけた。空間全体が軋むほどの重力の刃が、イオノスを直撃した。

「ふん!!」

 イオノスは、左手の掌から巨大な波動を放つ。それは百合香のエネルギーとぶつかって、凄まじい衝撃波を空間全体にもたらした。床や壁はひび割れ、柱は折れ、天井のブロックが落下する。

「くっ…生意気な!」

 イオノスが全力で気を高めると、百合香の放つ波動は激しく弾かれ、その衝撃が百合香自身を襲う。

「うっ…ぐはっ!!」

 派手に壁面に叩きつけられた百合香の、両肩のアーマーが砕け散る。そのまま百合香は倒れてしまった。

「百合香!!」

 リベルタは叫ぶ。しかし、すでに彼女自身も大きくダメージを負っており、立ち上がるだけで脚が折れそうな状態であった。

 イオノスは、百合香を睨む。

「なるほど、きさま噂に聞く例の侵入者か。生きておったとはな。この私にここまでの力を使わせるとは」

 百合香の技を跳ねのけるために、大きなエネルギーを消費した事をプライドが許さないのか、イオノスは憤った。左手に、わずかにヒビ割れが入っている。

「だが、しょせんそこまでの力よ。わずかにせよ、この私に刃向かえた事をあの世で自慢するがよい」

 百合香に向けて、イオノスが止めを刺すべく右手にエネルギーを込め始めた。

「ゆ…百合香…」

 リベルタは立ち上がろうと腕をつく。しかし、力が入らない。ここまでか、と諦めかけた、その時だった。

「リベルタさま――――!!!」

 突然、甲高い声が入り口の方向から聞こえてきた。そして振り向くと、何かが猛然と駆け寄ってくる。それは、目で追えないほどの速度で駆ける、探偵猫オブラだった。

「オブラ!?」

 リベルタが驚く目の前で、オブラは急ブレーキをかけて停止すると、突然何かを懐から取り出し、リベルタに向けて振り始めた。

「ぶわっ!な、なに!?」

 それは、小瓶に入った青紫色の液体だった。

「百合香さまをお願いします!!」

 

 百合香は、目の前で自分に向けて放たれようとしている、青白いエネルギーの塊を見た。この城に来て何度か死にそうな目に遭ってきたが、ついにこれで冗談抜き、正真正銘の終わりか、と覚悟を決めかけていた。

 そんなに悪い人生ではなかったかも知れない。最後に、友達もできた。


 ありがとう。さよなら。来世で会えたらいいね。


 口元にはつい笑みさえ浮かぶ。だが、待っていたのは予想外の出来事だった。

「なにっ!?」

 その声の主は、イオノスだった。百合香に向けられていたエネルギーの塊が、横から飛んできた誰かの攻撃によって、明後日の方向へ弾き飛ばされてしまったのだ。

「えっ!?」

 驚いたのは百合香もである。痛む首を動かしてエネルギーが飛んできた方向を見ると、そこに立っているのは弓を構えた、満身創痍のはずのリベルタだった。

「リベルタ!」

「オブラ、ありがとね」

 リベルタは、とっくにどこかに姿を消したオブラにそう言った。

「オブラが持ってたよくわからない薬で、なんとか動ける程度に傷が治った。あんなもの、どこから手に入れたのかしら」

「ビロードが作ったあれ!?」

 オブラがリベルタに使用したのは、相変わらず百合香に名前を間違えられている錬金術師ビードロが作った、氷魔用の瞬間補修材である。当然ながら人間である百合香には何の効き目もない。そういえば、すっかり忘れていた。

「!」

 百合香は、思い出したようにサーベラスに叫ぶ。

「サーベラス!!ビロードからもらった、例の薬持ってるでしょ!!」

「な…なに?」

 言われるまでサーベラスも完全に忘れていたらしい。懐をまさぐると、オブラのものより大きな瓶が現れた。

「効き目なんぞまるっきり信用してなかったからな」

 ひどい言われようだが、サーベラスは蓋を開けて傾ける。しかし、そこで周りにいる、傷ついた氷魔少女たちの存在に気が付いた。自分ではなく、彼女たちに使うべきではないのか。

 だが、そんなサーベラスの気遣いを察したのかどうか、グレーヌが瓶を奪い取ると、思い切りサーベラスにぶちまけた。

「ぶわっ!何しやがる!」

「余計な気遣いは無用です!この中でいちばん強いの、サーベラス様でしょ!!」

「そうです!!」

「私たちの事はいいから、リベルタに加勢してやってください!!」

 3人の氷魔少女たちは、サーベラスの背中を押す。そうこうしているうちに、サーベラスの背中や肩の大きな損傷が、目に見えて薄くなっていくのだった。

「おお、あの胡散くさい女もなかなかやるもんだな」

 

 突然立ち直ったリベルタにイオノスは少々驚いたようだったが、すぐに余裕の笑みを見せる。

「ふん、どんな手品か知らんが、全力で私に歯が立たなかったお前たちごとき、わずかに命が長らえたところで死ぬ運命に変わりはない!!」

 イオノスは、空中に氷の矢を生成してリベルタの胸めがけて放ってきた。リベルタはギリギリの所でかわし、イオノスに矢を放つ。

「ただの矢など避ける必要もないわ!」

 その宣言どおり、イオノスの胴体を直撃したリベルタの矢は、わずかな傷も与えられず折れて床に散らばった。

「くっ!」

「どのみちお前に勝ち目はないと、何度言えばわかる―――うっ!?」

 突然の左方向からの衝撃に、イオノスは何事かと振り向いた。すると、続けざまに氷の球が、猛スピードで飛んできた。

「なっ…!」

「千本ノックの練習に付き合ってもらうぜ!!」

 サーベラスは大剣から再びバットに持ち替え、氷魔少女たちが投げるボールを連続でイオノスに打ち込んだ。カーン、という小気味よい打音が空間に響く。その威力は侮れるものではなく、イオノスは姿勢を崩さざるを得ない。

「おのれ、ふざけた真似を…!」

 たまらずイオノスは障壁を展開し、その球を防ぐ。サーベラスとて元は第3層の氷騎士であり、ダメージさえ負っていなければイオノスと戦える実力はあるのだ。


「百合香!」

 リベルタはボロボロの百合香に駆け寄ると、傷の様子を見た。骨折こそしていないが、とても戦えるようには見えない。すると、百合香は叫んだ。

「リベルタ、私の事はいい!サーベラスと力を合わせて、あいつを倒すのよ!!」

「でも!」

「バカ!私に覚悟を決めろって言ったのは、あなたでしょ!!」

 唐突に怒鳴られて、リベルタは面食らった。

「あなたの師匠を乗っ取った、あの偉そうな女に、一泡吹かせてきなさいよ!」

「うっ…わっ、わかった!」

 ようやくリベルタは立ち上がると、百合香を置いてイオノスに向かって行った。

「まったく…うっ」

 百合香は、唐突に頭が重くなる感覚がして、ふらついてしまった。なんとなく、幻聴が聞こえるような気がする。背筋もゾクゾクする。

「くっそ…打ち所が悪かったのかな…やばいな」

 正直、立てる気がしない。ここは、黙って見ているしかなさそうだった。


「ほれほれ、どうしたどうした!!」

 回復したとたん調子に乗り始めたサーベラスが、今度はノックではなくウインドミル投法でボールを直接、イオノスに投げ込む。

「ぐはっ!」

 障壁を破られたところにボールが飛んで来て、イオノスの腹部を直撃した。そのショックで、大きく後退する。

「おのれ!」

「こっちよ、イオノス!!」

「むっ…!」

 今度は右手方向からリベルタが放った、強烈な竜巻のエネルギーがイオノスを直撃した。

「うおっ!!」

 威力はそこまででもないが、不意を突かれてバランスを崩す。そこへ、サーベラスがバットを振り上げて突進してきた。

「どおおりゃあああぁぁ――――――!!!」

 めったやたらに打ち付けられるバットの連撃に、イオノスの張った障壁はいとも容易く打ち砕かれてしまう。サーベラスは好機とみて、全身に容赦なくバットの打撃を与えた。

「そりゃっ!」

「ぐっ…!」

 ついに、上半身にまとった鎧にヒビが入る。その様子を、百合香は唖然として眺めていた。

「サーベラス、こんな強かったんだ…」

 もし最初に出会った時に敵として本気で戦っていたら、ディウルナが言っていたとおり、すでに百合香はサーベラスの大剣に一刀両断されて死んでいたのだろう。そう考えるとゾッとしたが、逆にそれが今は頼もしい。というか、今回あまり活躍していないな、と思う百合香である。

「…負けてらんないな」

 アグニシオンを突き立て、ふらつく足を無理やり押して立ち上がる。もともと、無茶だと言われると俄然やる気になるタイプである。


「調子に乗るな!!」

 ついに限界を迎えたイオノスが、破れかぶれにサーベラス目がけて魔法を放った。バットの強烈な一撃を左肩に受けながら、お返しとばかりに巨大な氷の塊がサーベラスの胸を直撃する。

「どわあぁ――――っ!!」

 サーベラスは今度こそ深刻なダメージを負い、床を跳ねて倒れると、そのまま動かなくなった。

「サーベラス様!!」

 グレーヌ達が慌てて駆け寄る。意識はあるようだが、さすがに限界のようだった。

「めんぼくねえ…百合香、あとは頼んだぜ」

 聞こえたのかどうか、百合香はボロボロの身体でイオノスに突撃する。

「だああ―――っ!!」

「ぬっ!」

「ディヴァイン・プロミネンス!!!」

 百合香は、残った体力で唯一放てる技を繰り出す。だが、油断していたイオノスはそれを背中にまともに喰らうことになった。

「ぐああっ!!」

 イオノスの右の翼が、根本から切断されて床にドサリと落ちる。無数の羽根が炎のエネルギーに照らされて宙に舞った。

「おっ…おのれ!!」

「まだよ!!」

 今度は、リベルタが技を放つ。鋭い旋風を伴う矢が、イオノスの全身を斬り付けた。

「ぐううっ!!」

「今だよ、百合香!!」

 リベルタの合図で、百合香は残ったエネルギーを剣に込める。

 だが、怒りに震えるイオノスは、もはや関わるのも面倒とばかりに、容赦なく百合香たちに魔法を放った。

「この小娘どもが―――――!!!」

 もはや魔法なのかさえわからない、怒涛の衝撃波が百合香とリベルタを襲う。

「うああっ!!」

「きゃああ―――――!!!」


 百合香とリベルタは、壁面に叩きつけられて折り重なるように倒れていた。百合香の黄金の鎧は完全に破壊されており、黒いアンダーガードが裂けて血がにじんでいた。リベルタは百合香が下になっていたためか、壁の直撃は受けずに済んだものの、ビードロの薬で治った身体が早くも傷だらけになっていた。

 強い。結局、この相手を倒すのは不可能なのではないかと、百合香たちを絶望感が襲った。

「許さん…貴様らごときが、この私にここまで楯突くなど。欠片も残さず消し去ってくれる」

 イオノスの頭上に、巨大なエネルギーが渦巻いた。

「…ここまでかしら」

「よくやったわ」

 百合香とリベルタは、手を取り合って微笑み合った。もう、歩く力も残っていない。イオノスのエネルギーはさらに巨大化する。


 今度こそ、終わりね。そう思った、その瞬間だった。


 その場の誰一人、ただの一人も予期していなかった、声が空間に轟いた。



『誰よ、その女!!!!!!!!!!!!!!』



 あまりの大きな声に、イオノスが驚いてエネルギーを散らしてしまうほどだった。百合香もリベルタも、鼓膜を襲う超高音に耳を覆った。

 その声は、百合香がよく知る声だった。誰よりも。


『説明なさい、百合香!!!私の不在によその女と手を握り合うとは、いい度胸ね!!!』

「るっ…瑠魅香!??」

『どこで知り合ったの!?名前は!?関係はどこまで―――』

「うるさ――――い!!!」

 百合香の一喝に、再びその場の全員が押し黙った。

「あんたね、今私達がどういう状況かわかってるの!?」

『知らないわよ!!』

「あそこにいる滅茶苦茶強いオバサンに殺されかけてんの!!」

 百合香がキレ気味にイオノスを指差す。

『何?あのオバサン』

「滅茶苦茶強いの!油断したら――――」

『ふん、何さ。あんなオバサン』

 そう言うと、瑠魅香は勝手に表に出てきた。百合香が目の前で突然、紫のドレスの魔女に変貌したのを見て、リベルタやグレーヌたち、そしてイオノスまでが驚きを隠せなかった。

「百合香、あなた体ボロボロじゃない。こんなのでよく戦ってたわね」

『軽口叩いてられる相手じゃない!』

「憂さ晴らしの的には丁度いいってわけね」

 そう言うと瑠魅香は、巨大な銀色の杖をイオノスに向ける。

「カタがついたら説明してもらうよ!」

『説明でも何でもする!やっちゃって、瑠魅香!』

 突然の予期せぬ援軍に、百合香は正直歓喜の気持ちだった。誰よりも頼もしい魔法使いが、ようやく戻って来てくれたのだ。

「一体、お前は!?」

 イオノスは、撃ちそびれた魔法を改めて、ついさっきまで百合香だった少女に向けて放つ。それは、暴風を伴う冷気の渦だった。

「百合香!!」

 まだその魔法使いを百合香だと思っているリベルタが叫ぶ。だが、瑠魅香は一歩も動くことなく、杖から魔法を放った。

「トライデント・ドリリング・バーン!!!」

 青い炎が渦巻く三本の矢が現れ、イオノスが放った魔法の渦を3方向から直撃した。イオノスの魔法は一撃で粉砕される。

「なっ…!」

 渾身の魔法が粉砕されるのを見て、イオノスは流石に驚きを隠せないようだった。そこへ、続けざまに瑠魅香は魔法を放つ。電撃のエネルギーのネットが、イオノスの全身を絡めてその場に縛り付けた。

「ぬうううう!!」

「ボーッとしてんじゃないわよ!!」

 相変わらず口が悪いな、と百合香は思う。

「いっ…一体百合香、その姿は何なの!?ていうかあなた、魔法が使えたの?」

「おあいにく様。私は百合香じゃないの。私は瑠魅香」

「ルミカ…?」

 唖然とするリベルタに、瑠魅香は仁王立ちして迫った。

「そう。言っとくけど、百合香は私のカレシなんだからね」

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