クァンツ
診断書
住所 〇県△市~~~~
氏名 ×× ×× 様
明・大・昭・平 〇年△月×日 生
診断名 クァンツ
4月1日より、厳正な検査の結果、上記の方は クァンツ と診断されました。
国営機関からの配慮を受けつつ、社会活動を行っていくことを認めます。
配慮に関しての内容:別記の書類にて確認をお願いします。
令和3年2月26日
〇県△市~~~~~~~~~
車井中央病院
医師 阿多真 伊井造 印
「お前、クァンツなんだってな。就職は大丈夫なのか?」
電話の向こう側から父親の声が通ってくる。呆れたような面倒くさいような、それらが渾然一体となって交じり合った、小学生の図画のパレットの汚れのような声。
「クァンツだとあまりまともな仕事に就けないと聞くぞ。こっちも定年が近いんだからちゃんと自立してくれよ」
そう言って父親は電話を切った。ツーツーという音声すら、俺を蔑んでるように聞こえる。
今や俺は他人に蔑まれて当然の存在となっていた。
大多数の人間が持っていない、クァンツを持っていると診断されたのだから。
「大特集!クァンツの人々の生き様!!彼らは常人と何が違うのか!?」
雑誌の特集でこんな記事が表紙一面に出ているのをコンビニで見かけた。以前ならこんな見出し、見向きもしなかっただろう。俺はクァンツとは何の関わりもなかったのだから。しかし今は違う。違ってしまった。今は俺自身がクァンツなのだ。いやが応にでも目に入り大脳を直撃する。もう、俺は常人の見ることができる世界を二度と見ることができない。
「お前クァンツだったんだ」
友人との他愛もない話でそういう話題が出た。道徳観念や社会問題に関する真剣な思念もない、だれがどう見てもディスカッションなんて呼べない、単なる駄弁りである。
「でも全然クァンツなんかに見えないけどなー」
そうだ、俺はクァンツなんかじゃない。だって俺には友人もちゃんといるしその友人と他愛もない会話だってできる。大学に行って講義に出て単位だってもらってるし、掃除、洗濯、自炊だって主婦並みとは言わないが困らない程度にはできるのだ。俺はどこからどう見ても普通なんだ。そんな俺をクァンツ扱いなんて誤診もいい所だ。
「移らないよな?俺に?」
何を言っているんだ?移るわけがないだろう。風邪や水虫とは違うんだから。
「病気みたいなもんだから移るのかと思って。早いうちに治せよ」
こいつは何を言っているんだ。クァンツは病気ではない。だから治す治さない以前に治すものがない。どうやらその区別がついていないらしい。
俺と友人との間に、大きな大きなベルリンの壁ができていることを知った。
「クァンツは危ないというがホントか?」
ゼミの先生にクァンツの書類を渡しに行ったところ、こういう話になった。危ないとはどういうことだろうか。俺はこれまで危ないことをしたことなんてない。
「お前は知らないだろがクァンツは犯罪率が高いという結果が出ているからな。今まで以上に気を付けるように」
俺はこれまで喧嘩すらしたことはない。口喧嘩くらいならあったかもしれないが、殴り合いの喧嘩のような問題になることなんてしたこともない。万引きもしてないし、レポートは期日までに出しているし、立ち小便すらしたことはない。そんな俺がどうして犯罪者になるなと念を押されなければならないのだろう。なら向こうの机でポルノ画像を見ながら汚く笑ってる同期のほうにも注意すべきではないのか。なんで俺だけ低く見られなければならないんだ?
俺はこの日、人間的地位が最下層になっていることを知った。
「クァンツの皆さんのためのセミナーを始めさせていただきます」
今日はゼミの先生の勧めでクァンツのためのセミナーに来ている。クァンツになやんでいる人たちはこういうセミナーに参加し、自分の悩みと向き合うようだ。
「まずは”あいさつ”の仕方から始めさせていただきます。人間関係のうち最も交わされるコミュニケーションはあいさつであり・・・」
ここは小学校か?俺は挨拶なんて毎日のようにしている。それもぼそぼそした声でなくそれなりに聞こえる声でしているはずだ。敬語だって使えている。ここのセミナーのスタッフに会った際にも敬語を使い挨拶をした。俺は天才ではない。しかし、生きていくうちで基本的なことはできるのだ。なんで挨拶という概念を知らない幼稚園児のような扱いを受けなければならないのか。
俺はセミナーに出て、自分の手足がないも同然ということを知った。
「クァンツ雇用のインターンシップへようこそ。御社は2年ほど前からクァンツ雇用を始めております」
大学の先生の薦めで、就活はクァンツ雇用を主にしたほうが良いだろうと言われた。クァンツ雇用でないとクァンツの人たちに向けた配慮というものがされないらしい。なるほど、確かにクァンツというものを知らない人々も多い現状、クァンツ雇用で就活したほうが得かもしれない。
「ではクァンツの方々には商品の袋詰めをしていただきます。手順としてはまず賞品をこの向きで袋の中に入れ・・・」
俺はスタッフの指示通りに商品の袋詰めを始めた。他の体験者も同じように作業をしていく。そんな作業の繰り返しが1週間も続いた。何度も何度も、誰でもできる作業の繰り返しだった。
職人じみた作業ができるとは言わない。だが俺でももう少し複雑な作業はできるんだ。これではまるで社会不適合者の社会復帰のための作業や底辺層が食い扶持をつなぐために行う仕事の繰り返しだ。俺は確かにクァンツと診断された。でも俺本人の能力をもっと見てくれ。もっと高尚な仕事ができるはずなんだ。
俺は社会そのものに、無能の烙印を押されていることを知った。
「クァンツだからさ、できないのはしょうがないよ」
クァンツだからできないじゃない。誰にでもできないことはあるだろう。
「クァンツなんて気のせいだよ。自分の無能を言い訳にするな」
言い訳じゃない。誰だって個性というものはあるだろう。
「クァンツって病気だろ。治すように努力しろよ」
病気じゃない。独自の思考を病気とは言わないだろう。
「あなたはクァンツなので、この作業が適しているかと」
決めつけるんじゃない。人間が得意なことはひとつじゃないだろう。
俺はクァンツだ。だが人間だ。そして俺は“俺”なんだ。“俺”というたった一人に人間なんだ。ふつうと違って当たり前だ。ふつうと違うのがクァンツというなら、お前らだってクァンツだ。クァンツから見ればクァンツじゃない奴らはみんなクァンツなんだ。だから俺たちだけが異常者じゃない。お前たちだって異常者だ。
「このTVではクァンツの皆さんがどのような生活をしているか特集していきます。まず最初のコーナーではクァンツ保護施設のスタッフに話を聞いてみましょう」
診断書
住所 ◇県☆市~~~~
氏名 ○○ ○○ 様
明・大・昭・平 ◇年×月▽日 生
診断名 クァンツ
4月1日より、厳正な検査の結果、上記の方は クァンツ と診断されました。
国営機関からの配慮を受けつつ、社会活動を行っていくことを認めます。
配慮に関しての内容:別記の書類にて確認をお願いします。
令和3年2月26日
S県S市~~~~~~~~~
教陣病院
医師 江良井 博士 印
「診断の結果、あなたは間違いなくクァンツです」