チャイルド・レンタル
「ただいま帰りました。お母さん」
「お帰り」
家のドアが開き、午後三時の昼と夕方が混じりあった空気とともに我が子が家に入ってくる。眼鏡と清涼感ある髪と相まって見るからに理知的そうだ。
「おやつ用意してるから。食べてね」
「ありがとうございます。いただく前に手を洗ってきます」
何も言わなくても親がしてほしいことをしてくれる。おかげ手も育児のストレスもかからない。
「思い出しました。今日は学校で算数のテストがありました」
我が子はランドセルから臆することなくテスト用紙を出し私に見せる。文句なし、欠点なしの1000人中1000人が認める100点だった。そう、我が子は”見るからに”ではなく”実際に”理知的なのだ。
「いい子ね。ご褒美に何か買ってあげるね」
「いいえ。ご褒美をもらうために100点を取ったわけではありません。自分の将来のために勉学に励んだ結果ですから」
我が子はどこまでいい子なのだろう。理知的で理性的で困るところがない。これなら将来も安泰だろう。明るい未来が見えすぎて逆に不気味でもあった。
「ストップ」
「なんでしょうか。お母さん」
「ああいいの。今は親子じゃなくてお客として接して」
「何か問題がありましたか。お客様」
「特に問題なかったわ。私の要望通り、手のかからない頭のいい子を寄こしてくれたから。ただね」
「ただ、なんでしょう」
「手がかからな過ぎて逆に不気味なの。変な話だけどいい子過ぎて子供感がないというか」
「そうでしたか。ご希望に添えず申し訳ありません」
「もうちょっと無邪気感がある子はいない?」
「そうですね。リストのほうから探してみましょう。ううむ、それではこのスタッフなどいかがでしょうか。サッカー大好きで勉学のほうはからっきしのように教育されていますが」
「いいわね。じゃあ明日はこの子を寄こして」
「わかりました。本日はご利用ありがとうございました」
「母ちゃんただいまー!」
ドタドタとせわしない足音がドアの開閉音とともに聞こえてきた。うちの子が返ってきたのだ。
「今日のおやつ何?」
「先に手ぇ洗ってから!」
「えー、めんどい」
うちの子はいつも私に対して反骨的だ。子供としては健康的かもしれないが育てる親の身にもなってもらいたい。
「そういえば今日はテストがあったと思うけど。結果どうだったの?」
「げ」
うちの子の顔と声がひきつる。ここまでくるともう顔と声に結果が書いてあるようなものだ。
「出しなさい」
「あぁ!おやついらね。遊びに行ってくるー!」
「コラ!!!」
うちの子は元気だが勉強のほうはからっきしなのが困り者だ。勉強だけしていては学べないことも数多くあるだろうが、それでも勉強するにこしたことはない。親の私の考えも少しはわかってほしいものだ。
「タイム」
「なんだよ、母ちゃん」
「今はお客なの」
「どうかされましたか、お客様」
「やっぱり手のかかる子はいやだわ。こっちのストレスと不満がたまっちゃう」
「はあ、それでは昨日のスタッフを呼び戻しましょうか?」
「昨日の子もあまりにいい子過ぎてなんか嫌だわ。ちょうどいい子いないかしら?」
「そうですね~。我々としてもお客様のご要望にはできる限りお答えしたいのですが・・・
それでは女性のリストから選んでみてはいかがでしょう。同性同士、分かり合える部分は我々男性より多いかと思いますが」
「そうね、そうしてみるわ。じゃあ明日は女の子よこして」
「了解しました。ご期待に沿えず申し訳ございません。本日はご利用ありがとうございました。」
「ママ。ただいま」
「あら、おかえり」
娘が帰ってきた。廊下を歩く足音も軽く、まるで羽毛でできたお人形のようだ
「お皿洗ってるの?お手伝いするね」
「ありがとね」
帰ってくるなり親である私の手伝いをしてくれる。男の子なら大体の子がまず3時のおやつに直行するだろう。だが私の娘は絵に描いたような女の子である。
「今日のご飯は何?」
「ビーフシチューよ」
「私も作るの手伝っていい?」
「もちろん」
私と同じ女同士、私の心情を優先した言動をしてくれる。男だったらこんなこと言われても上から目線という気がしてならないだろう。全く、一姫二太郎とはよく言ったものだ。
「待って」
「何?ママ?」
「お客」
「どうかされましたか?お客様?」
「どうも同じ女同士だと八方美人感が見えて鼻につくわ」
「そうですか。それでは男性スタッフから再度お選びになられますか?」
「そうねぇ。当分の間はもういいわ。じっくりリストを見て時間をかけて考えてみる」
「わかりました。ご利用ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
「う~ん、どの子もピンとこないわね~」
机の上の電球がリストを照らす。リストの中の100以上のレンタルチャイルドを見渡すがどうも心の底から育てたいという子が見当たらなかった。
「スポーツ好き、勤勉、家庭的、いたずらっ子、天才、努力家、不登校・・・」
レンタルチャイルドは客の要請に答えるため様々な個性の子を用意している。しかし、どの子もそれ相応に不都合がありそうだった。
「はぁ~」
面倒くさくなり私は天を仰ぐ。
「良い子いないかなぁ」
どうせ子供を育てるなら人に迷惑をかけず将来も安泰な良い子を育てたい。積極的に悪い子を育てたいという奴なんていないだろう。
私はリストを一からもう一度眺め始めた。