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イチオシ短編

歯肉炎全裸お湯泥棒女 〜事故物件に潜む怪異〜

作者: 七宝

 その日、私はソファーに寝転がってテレビを見ていた。寝転がりながら、棒のままの金太郎飴をかじり、そこにテキーラを流し込む。ひとり暮らしだからこそ許される行儀の悪さだ。まあ許された訳ではないが。


 19時になり、お目当てのホラー特集の番組が始まった。心霊現象や投稿者の恐怖体験が次々とVTRで流れる。正直私はこういったものを1ミリも信じていない。


 ではなぜこんな番組を楽しみにしているのか、そんな疑問が出てくるだろう。答えは単純だ。私がすべてフィクションだという前提の上でも楽しめる人間だからだ。ファンタジーはすべてフィクションだが面白い。それと同じことだろう。


 しばらく見ていると、ふと肌寒さを感じた。基本家ではパンツとシャツなので寒いのは当たり前なのだが、今いきなり寒さが1段階上がったのだ。とりあえず窓を閉めに行こう。


 私は窓を閉めに行ったついでにベランダに出て、夜風に当たることにした。ふぅ、酔いが醒める醒める。まあ、気休めだが。


 パンツとシャツでこんなところに立ってたら、もしかしたら誰かに見られているかもしれないな、と思い私は部屋に入り窓を閉めた。


『電源が入りました』


 給湯器の音声が流れた。もちろん私はボタンなど押していない。家には私1人、猫も犬も飼っていない。泥棒でもいるのか? いや、だとしたら何のために給湯器をつけた? 音声を流したら私に気付かれてしまうだろう。泥棒をする上で給湯器の電源をつける必要があったということか? ということは、お湯泥棒か? お湯泥棒がうちにやってきたのか? なんだお湯泥棒って。


 私は体が硬直した0.5秒の間にこれだけの思考を巡らせた。給湯器の電源をつけることが出来るボタンは2つ。台所と風呂だ。台所はここから見えている。残るは風呂だ。確認しないと落ち着かないが、風呂に行くのは危険だと私の直感が告げている。


 しかしこのままでは眠れないので、私は風呂の方を見に行くことにした。このマンションの部屋の構造上、風呂までの通り道で全ての部屋を見ることが出来る。もし泥棒がおり、どこかに隠れるなどしていなかった場合、遭遇する確率は極めて高い。


 最初に通るのは寝室だ。一応確認しよう。ドアを開けると、そこには闇が広がっていた。ホラー特集を見た後なのと、泥棒がいるかもしれないのとで、私は闇に対して恐怖を抱いた。


 暗闇から誰かが見ているかもしれない。暗闇を見ているうちに後ろに誰かが近づいてきているかもしれない。目が慣れてくると目の前に人の顔が見えるかもしれない。そんなことを考えながら電気をつけた。


「だ、誰かいるのか!」


 私はわざと大きな声で、いるかどうかも分からない泥棒に語りかけた。足音もドシドシと鳴らしていく。


 次にトイレだ。泥棒がいるとしたらここの可能性が高い気がする。理由は特になく、ただの直感だ。ここで私は気がついた。もし本当に泥棒がいるのなら、丸腰な訳がない。私はリビングへ戻り、机に置いてあった金太郎飴を手に取った。これで私は天下無敵のいくさ人だ。(酔っ払いだからその時は本気でそう思っていた)


「出て来いやぁ!」ガラッ! ポチッ!


 ドアを開け、電気をつける。便器のフタが開いている。私が閉め忘れたのだろうか。中を覗いてみると、そこには黄色い水があった。


 やはり泥棒がいるに違いない。人んちでしっこしやがって。見つけたらぶっ殺すぞ。いや、待てよ? 私もアルコールが回ってトイレが近くなって何回も行ってたから、もしかしたら流したつもりが流していなかったということもあるかも?


 いや私がそんなミスをするはずがない。泥棒がいるに違いない、殺す。私はドアをバァン! と閉め、ドシドシと風呂場へ向かった。


 洗面所と風呂の電気をつける。洗面台に置いてある歯磨きセットに視線を落とすと、血のついた歯ブラシがコップに入っていた。


「ヒッ⋯⋯!」


 全身に鳥肌が立った。気持ちが悪い。泥棒め、歯肉炎のくせに私の歯ブラシを使ったのか。私の殺意はさらに増していく。


 ふと顔を上げ鏡を見ると、私の後ろに若い女が映っていた。


「キェェェェェェエ!」


 私は力の限り叫んだ。腰が抜け、地べたに尻もちをついた状態で後ろを振り返った。しかし、そこに女の姿はなかった。


 逃げ足の速いやつめ。私は腰が抜けたままハイハイで洗面所から出た。玄関の方を見る。開いていない。音もしなかったし、ヤツはまだ中にいるだろう。


 そのままハイハイでリビングへ向かった。ハイハイをしながら私は考えた。そういえば便座が上がっていなかったな。私は必ず上げて用を足す。便座カバーにしっこが掛かったら死にたくなるからだ。ということはやはり、あの女の仕業か。お湯泥棒のくせに、いっちょ前に黄色いしっこしやがって。


 リビングに着くと、扇風機が回っていた。寒くて窓を閉めたくらいなので、当然私はつけていない。寒いのですぐに止めた。いちいち癪に障る泥棒だ。


『湯はりします』


 どんだけ持ってくつもりだ! もう許せん、必ず泥棒をこの手で捕まえ、罰を与える! 覚悟しろお湯泥め!


 私は腰をさすりながら立ち上がり、金太郎飴を構えた。部屋中を見渡す。扇風機がついているということは、女はこのリビングに入ったということだ。それは間違いない。問題は今どこにいるかだ。


 確か私がハイハイでこちらへ向かっている時、廊下にヤツの姿はなかった。リビングの中のどこかに犯人はいる! 私は片っ端から探した。

 キッチンの下の部分を開け、カーテンを開け、天井を確認した。どこにもいない。仕方がない、とりあえず玄関の鍵を閉めて閉じ込めるか。そう思い私は振り返った。すると目の前にさっきの女が現れた。


「うわぁっ!」


 私は叫んだ。お前、全裸じゃねえか! 犯罪のオンパレードだな! なんか怖くなってきたんだけど。

 とりあえず捕まえてロープで縛った。警察を呼ぶか。いや待てよ? ひとり暮らしの男がマンションの一室で全裸の女を縛ってるって、私の方が悪者にされるのでは?


 でもぶっ殺したいくらい腹立ってるんだよなぁ。そうだ、こいつの動画を撮って生配信してやろう。世間にこいつの悪行を晒して、社会的に殺してやろう。タイトルは何にしようか⋯⋯よし、


『歯肉炎全裸お湯泥棒女』


 にしよう。900億人くらい見に来るに違いない。酔っ払ってるからカメラとか使いにくいな⋯⋯スマホでいいか。サムネ用に1枚撮らせてもらお。


「はいチーズ」パシャ


 画面を確認すると、そこに女の姿はなく、宙に浮くロープだけが写っていた。写真に写らないって、それってもしかして⋯⋯


「ゆ、ゆゆゆゆゆ幽霊! が人んちで風呂沸かしてんじゃねぇぇえええ! クソが!」


 私は恐怖のあまり叫んでいた。広さと安さにつられて事故物件を購入してしまった過去の自分を憎んだ。

 過去の私よ、お前のせいで歯ブラシに血をつけたり、寒いのに扇風機をつけたり、しっこを流さなかったりする小癪な幽霊に悩まされてるんだぞ。


 女の霊はこちらを向いてニヤリと笑い、するするとロープをほどいた。この私の渾身の縛りを難なく()くとは、この女、やるな。って、逃がすか!


 カチッ


 女は足で扇風機の強ボタンを押した。超寒い。私は激怒した。


「お前ふざけんなよ! こっちはパンツとシャツなんだぞ! ていうかお前全裸なんだからお前こそ寒がれよ!」


 言いたいことがありすぎて言いきれなかったので、深呼吸をしてもう1度怒りをぶつける。


「足で扇風機つけるなんて、幽霊のすることじゃないだろ! 人間らしすぎるよ! だいたい幽霊って足が無いんじゃないのか! お前、写真に写らないこと以外幽霊要素皆無だからな!」


 全部吐き出してスッキリしたので金太郎飴をかじり、テキーラを飲んだ。ふーっ、合わねぇ。そういえばこの棒状の金太郎飴、買った覚えがない。そもそもこの状態で売っているのを見たことがない気がする。白くて長くて甘いから千歳飴と間違えてかじっていたが、硬さが段違いなのでそろそろ歯が悲鳴を上げ始める。


 そうか、この棒状の金太郎飴もこいつの仕業か。どこかで買ってきたんだろうか。幽霊が買い物していいのか? もしかして盗んだ? こいつ生前は泥棒だったんじゃないか?


『キッチンで作った』


 こいつ、喋るのか! というか、私の心が読めるのか!? 滅多なことは考えられないな⋯⋯いや、なんでこんなヤツに気を遣わにゃならんのだ。そもそもなんで金太郎飴を作ったんだろうか。飴なんてそのへんで安く買えるのに。


『あなたが喜ぶと思って⋯⋯』


 は? 何言ってんだこいつ。


「どういうことだよ」


『あなたの喜ぶ顔が見たくて作ったの⋯⋯他のことだってそう。全部あなたを喜ばせたくてしたことなの』


 この女の霊は私のことが好きなのだろうか。今までの出来事は私を喜ばせるためだったと? もしかしてお湯を貯めてたのって、私のためにお風呂を沸かしてくれていたのか?


『その通り!』


 でも、今日は入らずに明日の朝シャワーを浴びるつもりだったんだよなぁ。だって⋯⋯


「こんなにテキーラ飲んでるんだぞ。風呂なんか浸かったら死んじまうよ」


 危うく幽霊に殺されるところだった。風呂に入らなくて良かった。酔っ払ってはいたものの、正常な判断が出来ていた訳だ。

 そういえば、全部私のためって言ってたよな。血のついた歯ブラシとか、流してないしっことかはどういう意味があるのだろうか。


『それはあなたがやったことよ』


 私が歯肉炎だって? この間の検診では何ともなかったはずだが。それに、おしっこをする時はちゃんと便座を上げているはずだ。


『歯肉炎じゃなくて、あなたがさっき酔っ払ってお尻に突っ込んだのよ。トイレは座ってしてたし⋯⋯記憶が無くなるまで飲むのやめなよ。マジ心配だからさぁ』


 喋りすぎじゃね? 幽霊なんだろ? でもまあ、優しい幽霊ってことは本当なのかもしれないな。風呂も危なかったとはいえ、私のためを思ってやってくれたことだし。


 じゃあ扇風機はどういう理由なんだ? こいつがつけるところをハッキリ見たぞ。私は露骨に寒がっていたぞ。


『あれは私が暑かったからつけた』


 分かった、こいつ人間だろ。幽霊のフリした私のストーカーだ。そうだ、そうに違いない。


『いや、幽霊だけど』


 あーそうか、この心を読む技があるな。これは説明がつかないよなぁ。あ、写真にも写らなかったんだった。くそ、やっぱこいつ幽霊じゃねぇか。ロマンを返せよ!


「んで、お前は何が出来るわけ? 人に取り憑いたり、殺したり出来るのか?」


『いや、私の幽霊要素は心を読むことと写真に写らないことだけよ。すり抜けたりもしないし』


 つまんな。心を読む技の有用性に対して写真に写らないことのしょぼさよ。写真に写らないからなんなの? 写らないと意味ないだろ。さっきのホラー番組でも心霊写真特集やってたぞ。


『まあまあそんなこと言わないで、これから仲良くしましょうよ』


「やだね、ここは私が金を払って買った家なんだから」


 結局彼女はほぼ人間だからということで、私と暮らすことになった。来年には結婚する約束もしている。子どもも欲しいそうだ。保険証も持ってるし普通に病院に行けるという。この前は車で往復2時間走り、海の近くのスーパーで見事なブリを買ってきてくれた。


 私は今、幸せである。ただ、彼女は本当に幽霊なのだろうか。写真には写らなかったが動画には写るようで、現在ではテレビで引っ張りだこだ。写真に写らないメンタリストという肩書きで出演しているらしい。ちなみに、生前は泥棒だったらしい。

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― 新着の感想 ―
[一言]  私のようにまったくモテない人間には、それでもうらやましかったり(笑)  すり抜ける幽霊って、浮いてないと床もすりぬけて、地球の裏側まで落ちちゃいますね(汗)  足があるなら、すり抜けなくて…
[良い点] 女の正体は謎ですが、仲良くなってくれてよかったです。
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