表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空行く月の末の花橘  作者: アサミズ
形見草之章
19/25

 日は陰り、誰そ彼が迫る薄暗い室内。けれども彼女は、夕映えが建物の中に取り残されているのかと思ったほどだった。

 目の前に広がる、赤い色。

 酷い臭気だった。血の生臭さと、汚物と。様々な物が混ざりあった嫌な臭いが立ちこめる薄闇の中、気が触れたとしか思えない人々の姿が蠢いているのが見て取れる。

 一体、何があったのか。

 そんな疑問は、不気味に膨れ上がった奇妙な気配に比べれば、些細なことだった。警戒しながら、気配の主を探すように視線を滑らせる。そして、その最も暗い闇の奥に、愛し子の姿を見い出した。点々と、どす黒い物が飛び散った藍の長着。床に散らばるように広がった長い黒髪。まだ伸び切らぬ細い手足。白くて細い頚。

 その手は、大切そうに妹の御首(みしるし)を抱えて。

 顔を俯かせて壊れたようにけらけらと笑う子供は、頓着無く真っ赤に濡れた床に、ぺたりと座り込んでいる。

 その惨状に、雪乃(ゆきの)の意気地が挫けた。

 咽ぶその声を聞きながら、彼女は両手を伸ばして子供の頬を包み込む。笑い声がぴたりと止んで、子供は虚ろな眼差しを上げた。血の気の失せた白い頬は壊れ物のようで、そっと覗き込んだ瞳の奥に、ちろちろと燃え立つような狂気が見える。そちらへ行くなと囁いて、彼女は仄かな笑みを浮かべた。

 思い出すのは他愛のないことばかり。真っ白な新雪が積もる中、妹が生まれたと大喜びで報告に来てくれた時のことが、昨日のことのように思い出される。

──きら、っていうんだ

──きらってね、ゆきのけっしょうのことなんだって、おとうさんがいってた

──ゆきのけっしょうのきらはね

「わらわに名を」

 僅かに子供の表情が揺らぐ。紡がれる言葉は予想がついた。

──『雪花』って、かくんだって

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ