1話
202X/12/6
本当に悪いことをしたと思っています。結果的に大勢の方を巻き込んでしまったことを後悔しています。
でもこれだけ伝えたかったのは、本当にあなたのことを愛していたという事なんです。
どんなことになろうとも、この想いは変わらなかったと思います。
・・・とある日記による記述
・・・・・
・・・・
・・・
「南さん、これ全く終わってないけどどういう状況?」
「申し訳ありません・・・」
おいおい、まーた南さん怒られてんじゃん。
加藤課長もいちいち細かいんだよ。
南さん大丈夫?特に問題ないから気にしなくていいからねえ。
「ありがとうございます・・・」
おおむね教室程度の営業部の中で未だになれない野太い声が響く。
それと同時に少々か細い感じ、いやいまにも泣き出しそうな女性の返事が続く。
自分も声をかけるべきか悩んだが、見守るだけだった。
加藤の声で自分の握るペンも湿ったくなる。
「堀井さん、あの・・・」
彼女が話しかけてくる。急な呼びかけにたじろいでしまった。
「ど、どうしました?」
「さっき加藤課長から訂正の指示があったんですけど堀井さんならわかるかなと思って」
どんよりした空気を醸しつつも納期の迫りつつある案件に私も彼女も必死だ。
「わ、わかりました。とりあえず自分、時間がありますからそこの訂正はやっときますよ。」
言ってしまった、まだ担当してる業務山ほどあるんだけど。
「本当ですか、ありがとうございます・・・」
空気が柔らかくなった感じがした。
私はロナ医療機器株式会社で医療器械の修理を行っている業者だ。
系列の会社から常駐としてこの会社に派遣されている。
月給21万、年間休日110日、並みの待遇だがアルバイトからこの会社に入り、縁あって3年前から正社員として拾ってもらうことになった。
もともと辛抱強い方でもなく転々と職を変えていたが、性に合っていたのかこの仕事は続けられている。
職場での人間関係は口下手ゆえ、世間話はそこまでしないものの関係は良好だ。加藤を除いては。
1日の中で病院へのお伺いが大半だが終業間際のこの時間帯は書類関係で営業所に入っている。
ここに常駐するのもおおよそ1年になる。案件・以来ともに比較的多い所で定時で帰る日はほぼほぼ無くなってしまった。
もう5時か。そろそろ終わりたい。
いや、彼女の訂正以来の件、そういえば明後日までだった。続々と退社の準備を始める社員、そして加藤を横目に作業を始める。
それじゃあお先です。
すみません、今日はもう帰りますね。
お疲れさまでした。
「じゃあ堀井君、あとはよろしく頼むよ。早く帰るようにね。」
珍しい。普段は野太い声がいまだに響いている時間であるが皆帰ってしまった。残ったのは私と・・・
「堀井さん、すみません。やっぱりさっきの・・・」
「いやいや、任せといてください。お互い早く片付けてしまいましょう。」
南さんである。
一言返した後、私たちはそれぞれの業務に再びつくのであった。
・・・・・
・・・・
・・・
「堀井さん、あの・・・」
彼女が話しかけてくる。急な呼びかけにたじろいでしまった。
「ど、どうしました?」
「もう帰られますか?」
どうやら集中してしまっていたようだ。いつのまにか外は真っ暗になり19時を回ろうとしている。
「だいぶ経ってしまいましたね。すみません、あとは報告書書いたら終わりますので。」
「そうですか・・・私、終わったので帰ろうと思います。」
「わかりました。カギ閉めしとくんでお先にどうぞ。」
さぞくたびれていたのだろう。少しばかりずれた眼鏡を両手でかけなおした後、
「それではお疲れさまでした。」
ため息交じりの声で帰っていった。
もう19時か。そろそろ終わりたい。
いや、県立病院の見積書作成、そういえば明後日までだった。
営業所出口の自販機で缶コーヒーを買い、休憩室でしばらくボーっとする。
「近年ストーカー件数は増加傾向にあり、警察庁の調査によると、2020年のストーカー被害の相談件数は2万件にのぼるとみられ、早急な対応が求められています。」
備え付けのテレビのをつけっぱなしにすればアナウンサーの声だけが流れる。
さっさと帰ればいいものを、だがまるでこの空間は自分だけかのように感じてしまい、どうも捨てがたい。
そして、この時間帯こそが私にとっての本来の時間でもあるのだ。
「さてと見積書作って、準備したら帰りますか。」
独り言をつぶやいた後、私は再び営業室に戻るのであった。
「それでは次のニュースです、津中市の繁華街で・・・」