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第5話 レアモンスター捕獲作戦

「では本日最後の迷宮。気張ってくぞー」

「おーっ!」

「……おー」


 係長ミカドの掛け声に、元気に返事するエマと、ちょっと疲れ気味のマルス。

 そして今回は新しくメンバーが追加されている。タイトスカートにピンヒールを履きこなし、栗色の髪がゆったりとウェーブを描く女性だ。


「新人エマちゃん。この人は君と同じ回収係のソフィア。さっきも話した、ヒールでガツガツ仕事するスーパーウーマンです」

「ミカド、その言い方語弊あるんだけど」


 ソフィアの淡い碧眼がキッと上司を睨み、エマに向かっては朗らかに微笑みかけた。エマはおずおずとお辞儀を返した。


「さてさて。人員増加には理由がある。このダンジョンの回収対象宝物の一つに、希少迷宮生物……俗に言う“レアモンスター”のドロップアイテムがあってね。そいつを見つけ出してやっつけねえと、俺らは今日帰れません。ここは攻略済みダンジョンで宝箱はほとんど開いてるから、回収物が少ないってのがラッキーなところかな」

「じゃあ手分けして探しましょうか。この……“ゴールデンゾウリムシ”を」


 センスのない迷宮生物(モンスター)がいたものだ。データによるとこの“ゴールデンゾウリムシ”、実際のゾウリムシとは異なり、体長約三十センチほどの大きさであるらしい。


「エマちゃんはソフィアと行動しなさい。マルスは俺と。ソフィアチームは下階から、俺らは頂上のボス部屋を先にやってから探索する。異論ある人ー、いないな、よしじゃあ──」



 ──行動開始!











 それからおよそ一時間経ったろうか。

 狩れたゴールデンゾウリムシは、全数五体のうち、たった二体だけ。しかも見つけられたのはどちらもミカド・マルス組。

 ソフィア・エマ組は未だ、ゴールデンゾウリムシの姿を拝めずにいた。これだけ探し回ってまだ二体とは、レアモンスター恐るべし。ゾウリムシと言うくらいだから見目も好ましからぬものだろう、出会いたくはないが、しかしそれでは仕事が終わらない。


「さすがに疲れるわね。どうにかできないかしら」


 ソフィアがため息混じりにそう溢し、上品にマニキュアの塗られた指で携帯電話を操作した。


「ミカド。管理人室でエンカウント率調整できない?」

『さっきやったよ。二倍に上げた』

「……ちなみにパーセンテージは?」

『0.5%から1%に上がりました。やったね!』


 それは上がったうちに入るんでしょうか、係長。

 と、エマが前方を指し示した。


「ソフィアさん。あれってもしかして──」


 新人の指は通路の奥、前方数十メートル先を指していた。そこには松明の灯りを受けてキラキラと光る、楕円形の物体が──。

 視界にその姿を捉えるや否や、ヒールが石の床を蹴った。


「エマちゃん行くわよ! 絶対逃がすな!」

「了解ですッ!」


 レディ二人、通路を全速ダッシュ!


 エマ速い、速いぞ、スタートダッシュこそ遅れましたがあっという間にソフィアを抜く! さあゴールデンゾウリムシは目前だ、行け、行け新人エマ……おおっとどうした新人、標的を飛び越した、ゴールをオーバーしてしまいました! どうやら想像以上のビジュアルに怖気づいた模様。ッとそこへソフィア迫る、髪が振り乱れ凄まじい形相です、これにはさすがのゴールデンゾウリムシも慄いたか、じりじりと後退している、しかしそれを新人エマが許さない、得意の防御魔法で標的逃亡を妨げている──ッ!


「エマちゃんナイス挟み撃ち! おら食らいやがれーッ!」


 キター! やりましたソフィア、先輩の貫録を見せてくれましたァッ!

 リプレイ映像を見てみましょう。綺麗な跳び蹴り、十二分につけられた助走と装備している八センチピンヒールが破壊力を増しているようですね。これにはレアモンスター・ゴールデンゾウリムシも敵わなかった! いやしかし素晴らしいおみ足、蹴られたゴールデンゾウリムシはなんとも羨まs……


 ──こほん、失敬。


 おぞましい造形のモンスターが、その体をぐずぐずと崩して床に溶けていく。完全に溶けきった時、そこには小さな宝箱が残っていた。

 中には【木霊(こだま)の涙】という宝石が収められていた。武器や防具に取りつけることで地・水属性の加護を得られるアイテムだ。


「まあ、レアと言えばレアなんでしょうけど。これだけェ?」


 空間収納に仕舞い込んだソフィアは肩を落とした。通話中のままであった携帯電話からミカドの声が応える。


『人間にとっちゃ貴重なモンさ。こっちも今、もう一体片付けたところだ』

「ラッキーね。残るは一匹か、ここからが長そう……」

『なァにすぐ終わるって。それより、君らの近くに裏ボス部屋があってよ、相性もよさそうだからソフィアやってくれる?』

「人使いの荒いヤツね!」

『だって上司だもーん。火属性のボスらしいから、ソフィアならパパっと終わるだろ。じゃ、頼んだ』


 エマはマップを確認していた。ちょうどこの先の曲がり角を行った先に、裏ボス部屋があるようだ。


「でも裏ボスって強いんですよね? 私、攻撃の方は全然自信がないんですけど……」

「問題ないわ。あたし一人でも十分。でも、経験積んでもらうためにも、あなたには守りの方をお願いしようかしら」


 ソフィアのほっそりと美しい指がパキパキ鳴らされた。


「さっさと終わらせて報告書も書いて、今日は定時で上がりましょう」











 一方その頃ミカド・マルス組。

 倒したゴールデンゾウリムシから【木霊の涙】を回収し終わり、最後の一体を探し求めていた。


「考えてたんですが。新人研修に係長も同行する必要、あります?」

「え、ちょっとマルス君、どういう意味。辛辣に聞こえるよ」

「だってミカドさん、ほとんど手出さないでしょう。知らないトラップ箱とか厄介なモンスターじゃない限り、基本的に僕とかエマとか、部下にやらせてますよね」


 別に不満を抱いているわけではない、とマルスは前置きをした。


「ミカドさんだって暇人じゃないはずです。ここで見守り役なんて必要なんでしょうか」

「ああ、そういう意味ね……嫌われてんのかと思った」


 ホッと胸を撫で下ろしたミカドは、携帯瓶から一口飲んで言った。


「君らにやらせてるのは経験を積ませるためだ。後輩もできたことだし、マルスもある程度自己判断が出来るようになった方がいい。エマは素質こそ高いがとにかく経験不足だ。せっかく凄い防御魔法や回復術を使えても、いざって時は繰り出す度胸、自信、反応……そういう点が分かれ目になる」


 ミカドは「それは君も同じだ」と、自分よりも背の高い部下を見上げた。


「火星系列の天使は頭に血が上りやすい。君もそういうきらいがあるって自覚あるだろ。上司や先輩の目のある……まあ余裕のある環境と言うかな、その中で確実な経験を蓄えれば、ウチの若手はもっと育つはずだ」

「迷宮消滅期限近いのにこんな悠長にやっていていいんですか」

「むしろ、その来たるべき時のために育ててんだよ」


 マルスの翠色の瞳が、ダンジョンの奥の闇に眼を凝らす。迷宮の中はどこも、心を落ち着かせない空気が漂っている。


「二十年後の迷宮消滅期限近くには、俺自身出ずっぱりになるだろう。いつまでも部下のピンチに駆けつけたり、尻拭いをしてやったり、やりたくてもできないくらいになっちまう。そんな時『これぐらい自分たちで出来る』って自信があれば、君らとしても楽だろ」

「……なるほど」

「ま、それだけじゃないけどな」


 ──マルスの視界に、キラリと何かが光った。ミカドの口の端が上がった。


「今回俺がついてんのは──パーティ全体の“運”を底上げするためです。さあやっちゃえマルス!」


 ミカドの掛け声とともに、金色の光が炎に包まれた。繊毛に覆われた金色の楕円体は苦悶にのたうち回り、やがて崩れ落ちて宝箱を落とした。


「グッジョブ。凄いじゃん。あとはソフィアたちが裏ボス倒すだけ……」

「『運を底上げ』ってどういう意味です?」


 最後の宝物を回収するマルスがミカドの言葉を遮った。眼鏡の向こうから翠の目で見上げると、見つめられたミカドは肩を竦めた。


「そのまんまの意味。天使ってのァ地で運ステータス高めなの。人数多けりゃ多いほど、全体の運も上がンだろ」

「けど、ソフィアさん達は一体しか遭遇しませんでしたよね。別行動中とはいえ同じパーティの扱いのはず。こっちに四体ってバランス崩壊してると思うんですが……」


 黒い髪。黄色い肌。

 自分やソフィアよりも小柄な体躯。コンパクトながら引き締まった体つき。

 マルスはこの上司について知らないことの方が多い。天界連合には世界各地の天使や妖精、精霊が職員として在籍するが、ミカドのような天使にマルスは会ったことがなかった。そもそもこの男が果たして“天使”なのかも疑わしい。


 それは言動から来る疑念ではなく、彼から漂う気配、雰囲気を感じ取ってのもの。


(……まあ、問い詰めたところで、答えてはくれなさそうか)


 マルスは小さく首を振って、立ち上がった。


「やっぱりいいです。()()()()()()ですね、僕は」

「そうそう。神のご加護があったのよ。んじゃあ、先に管理室に向かっていようか」


 伸びをしながら踵を返したミカドに、部下マルスは黙ってついて行った。

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