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第09話_古の王


 カレンは水の張られた器を片手に、静かに扉を閉めた。日は既に暮れ落ち、部屋は青紫色に染められている。部屋の隅に置かれた燭台に、カレンは火を灯していった。


 窓際の寝台ではリーフォウが眠っている。彼女の額にのせてあった布をカレンは取り、替えてきたばかりの水ですすいだ。浮いた氷が音をたてないように、カレンはゆっくりと手を動かした。


 かすかな鐘の音が届く。街の中心にある礼拝堂のものだ。絞った布を額へ戻すと、冷たくて驚いたのか、リーフォウはわずかに動いた。


 リーフォウが目を覚まさなかったことに安心したカレンは寝台のそばの長椅子に腰をおろし、ぬるくなった茶をすすりながらリーフォウを眺めた。


 リーフォウはおだやかな寝息をたてている。カレンのよく知る、妹としての幼い顔だ。


「リーフォウ……おまえはいったい何者なんだ」


 問いかけてみたが返事はない。カレンは三日前の夜  魔神官ギが現れた時のことを思い返した。


 魔神官ギの左腕の爆発の力はすさまじく、ペルシュスの抑えの秘法をもはねのけた。凶暴な力は大広間を満たしかけたが、黄金色の閃光のほうがわずかに早かった。金色の光は波となって爆圧と炎を呑みこんだ。光はリーフォウを中心にして渦を巻いていた。カレンの腕の中でリーフォウは気を失ったままだったが、唇だけが小さく動き、言葉を紡ぎ出していた。その内容をカレンは理解できなかったが、正体はわかっている。


「干渉言語……どうしてリーフォウがあんな物を」


 カレンがリーフォウと出会ってから八年がすぎている。リーフォウが第一秘法を使えるような素振りは一切見られなかった。


「俺と出会う前?」


 カレンは茶をそそいでいた手を止め、急須をもったまま寝台の上へ視線を投げた。


 レシュットガルの街が滅びたあの日----あの事件より前のリーフォウを、カレンは知らない。リーフォウを知る者にも会ったことがない。身内と思われる者たちは、あの日、泣きじゃくるリーフォウのそばですでに冷たくなっていた。


「これまでこんなことはなかったのに……魔神官と出会ったせいなのか?」


 カレンの考えは、扉を叩く音で中断された。見ると、開けられた戸口にラオシュが立っている。


「勝手に入って悪いとは思ったが、返事がなかったのでね」

「すみません。考えごとをしていたもので」


 カレンの弁解をラオシュは聞き流し、寝台のそばにやってくると、リーフォウを見下ろした。


「まだ一度も目を覚ましていません」

「待つしかないだろう。

 君に会ってもらいたい者がいる。少し顔を貸してもらえないか」


 カレンが返事に困っていると、

「すぐに終わる。妹のことが心配なら、部下をつけておく」

 逃げ道を先に塞がれた。すぐに済むのならば、という前提でカレンは了承し、ラオシュについて部屋を後にした。


 リーフォウを休ませてある部屋は、城の離れにある建物の一画にあった。城の中央に近づくにつれて、周囲の騒がしさが大きくなっていった。魔神官ギとの戦いによって壊れた部分を修復しているのだ。ラオシュの話によると、工事の指揮をとっているのはシャーゼトルらしい。


「俺に会わせたい人って誰ですか」

「会えばわかる」


 ラオシュの態度は素気ない。カレンは追求するのを諦めるしかなかった。


 カレンがつれて来られたのは、頑丈そうな扉の前だった。武装した数人の衛兵によって守られたその扉の表面には、勇壮な姿の男性と、それを迎えようとしている女性とが浮き彫りにされていた。


「なにかの物語の一節みたいですけど」


「<(いにしえ)(おう)>と<()もなき女王(じょおう)>だ。この王国の母体となった古代王国の設立に大きく関わったと伝えられている」


「<(いにしえ)(おう)>と<()もなき女王(じょおう)>……」


 カレンが見入っていると、衛兵が二人の到着を告げた。扉が、内側から開けられていく。


 そこは、奥に長細い広間だった。中央には複雑な刺繍の施された絨毯がまっすぐに伸び、三列に並んだ衛兵が左右を固めている。その先には周囲よりも高くなった一画が設けられ、席が二つ並んでいた。今、そこにはウィズクスウェルが座っている。傍らにはローラッドとシャーゼトルの姿もあった。


 カレンとラオシュが絨毯の道を進む間、三人は難しい顔をしていた。カレンは絨毯の先----王座の手前に奇妙な状態の人物がいることに気づいた。


 その人物の両腕は背後に回されて金属質の枷で封じられたうえに、四方から衛兵の槍をつきつけられ、動きを封じられている。床にあぐらをかいているその人物の服は薄汚れ、とこどころが裂けていた。


「なぁ、国王さんよ。せめて酒でも出してくれよ」


 衛兵たちが槍の包囲を狭めるが、その人物は動揺したそぶりを見せずに続けた。


「俺は忙しい身なんだぜ。そろそろ解放してくれたっていいだろ」


 その声に、カレンは聞き覚えがあった。そばを通りすぎる時に横目で見ると、カレンとリーフォウに手品を披露してくれた、金髪に浅黒い肌の持ち主だった。右腕に巻かれた包帯や顔の絆創膏が痛々しい。


「陛下、カレン=ラドアートを連れて参りました」


 ラオシュが片膝をついて、右腕を左肩へそえる。カレンもそれに倣い、儀礼的な挨拶を口にした。カレンが青年を一瞥した時、ラオシュが青年を指差す。


「三日前、保管庫で血を流して倒れていた男だ。君がここに来た日に出会った、手品の得意な男に間違いないか?」


 ラオシュの真剣な表情に気圧されたカレンは一瞬答えることを忘れたが、すぐに「はい」と返事をした。その途端、室内の空気が張り詰めたものへと変わった。その中心にいるのが、例の青年だ。全員の注目を浴びながら、青年は大きなため息をついた。


「ああ、そうさ。あんたらのご想像どおり、お宝目当てに忍びこんだ盗人さ。俺はレオフィード。『疾風のレオ』の名前ぐらいは耳にしたことがあるだろ」


 白状し終わると、レオフィードを名乗った青年はふてくされたように膝に頬杖をついた。カレンは耳を疑った。


「あの人が盗賊? じゃあ、リーフォウがもらった石はまさか……」


 誰にむけたわけでもないカレンの呟きに、ラオシュが答えた。


「この城の宝物庫から奪われた物だ。真紅の宝石、かつての南部争乱の際、ペルシュス王妃の秘法の鍵となった『暁の女神』もな」

「あれなら処分したぜ。保管が厳重だったわりには、たいした値はつかなかったな。あんたらの審美眼を疑っちまうぜ」


 レオフィードは大声で笑う。カレンの中で怒りの感情がわきおこってきた。


「俺やリーフォウを騙したのか?」

「騙した? 俺が? どうやって? 一体どんなことで騙したってんだ」


 レオフィードは心外だとばかりに目を大きく開く。正面から反論され、カレンはなにも言い返せなかった。確かに、青年レオフィードはカレンやリーフォウに対して嘘をついたわけではない。そう頭でわかっていても、カレンはたまらなく悔しかった。


 カレンが唇を噛みしめて、金髪の盗賊を睨みつけていると、シャーゼトルが声を荒げた。


「そんなことはどうでもいい。魔神官が向かったはずの保管庫で貴様が倒れており、<(いにしえ)(おう)>に関する記録はすべて失われていた。

 これの意味するところはただ一つ。貴様も<(いにしえ)(おう)>の秘密を狙って潜りこんだのだろう。そして魔神官とはちあわせ、先に貴様が確保していた記録のすべてを奪われた。違うか?」

「ご名答。あんた、王子なんかにさせておくにはもったいない頭だね」

「ならば貴様の罪は重大だな。貴様があらかじめ<(いにしえ)(おう)>の記録を集めていたために、魔神官はすぐに目的を達成することができた。貴様がいなければ、少なくとも時間が稼げたはずだ」

「なるほどね。すると、俺が潜りこむのを防げなかった警備に責任があるわけだ。ついでに言わせてもらえば、そんな無能者を使っている国王にも問題があるってことか」


 黙れ、とシャーゼトルとラオシュの二つの怒声が広間に響いた。カレンは思わず耳をふさいだ。


「それにしても、<(いにしえ)(おう)>が実在したとはな。都合よく作られた言い伝えかと思っていたぜ」


 ローラッドが腕を組んで唸る。


「ラオシュさん、ずっと気になってたんですけど、<(いにしえ)(おう)>って何ですか?」


 カレンが疑問をぶつけると、ラオシュは口を曲げ、王座のほうを向いた。ウィズクスウェルが身体を前に出して説明しかけたが、


「貴様には関係ない。これは我が国の根幹に関わる問題だ」


 シャーゼトルの毅然とした物言いがさえぎった。代わりにレオフィードが大きな声で言う。


「やだねぇ、器の小さい野郎は。

 <(いにしえ)(おう)>ってのはな、伝説に何度か登場する謎の存在なんだ。有名なところでは、八百年以上も前、中部大陸全土を支配していた大帝国を一夜で滅ぼしたといわれている。あらゆる望みを叶える万能の力をもつ存在、それが<(いにしえ)(おう)>だ」

「万能の力……あの魔神官たちはなんのためにそれを欲しがるんだ?」


 カレンの独り言に、シャーゼトルが口を開いた。


「おおかた、世界を支配しようというのだろう。スーノエルの威信にかけて、連中を阻止しなければならない!」


「事情は一刻を争う。ただちに追跡を開始してもらいたい。頼めるか、ローラッド」ウィズクスウェルが尋ねる。


「この貸しは大きくつけとくぜ」、ローラッドはため息まじりで面倒そうに吐き捨てたが、目は輝いていた。。


「シャーゼトル、おまえもローラッドに同行しろ。あいつの戦い方を間近で見るいい機会だ」

「時代遅れの英雄から学ぶことなどありません」


 むきになって言い返すシャーゼトル。ウィズクスウェルは言葉を換えて説得しようとするが、シャーゼトルは聞き入れようとしなかった。


 カレンはラオシュに、レオフィードの処分がどうなるのか訊いてみた。正式な判決が下っていないので断言はできないが、おそらく死刑は免れ得ない。ラオシュは平然とそう答え、「死刑?」とカレンは叫んでしまった。カレンは滑らせてしまった口を手で隠し、レオフィードのほうを見たが、変わった様子は見受けられなかった。


「頑張って奴を追うこった。ま、結果はみえてるけどな。

 ところであんたら、<(いにしえ)(おう)>の居場所を知っているのか?」


 返事はない。レオフィードが勝ち誇るかのように鼻で笑った。


「記録にあった星地図を覚えた。俺なら、その場所に案内することもできるぜ」

「盗人の助けなど----」

「なしでどうするつもりだい、王子様よ」


 レオフィードがすごみをきかせる。レオフィードが手首を小刻みに動かすと、腕を封じていた枷が抜け落ちた。一同の視線が手枷に注がれたその瞬間にレオフィードは身をひねらせ、槍の包囲の外へ出ていた。衛兵たちはあわててレオフィードをとらえようとするが、レオフィードは衛兵の頭を飛び越えたり、槍の柄に立ったりといった曲芸じみた動きで逃げ回る。その軽やかな姿からは、怪我をしていることが信じられない。


「リーフォウがいたら喜ぶだろうな」


 カレンが感心していると、


「茶番はやめろ。国王陛下の御前だぞ」


 シャーゼトルが一喝した。衛兵たちの息は荒いのに対し、レオフィードは汗ひとつかいていなかった。


「そう怒るな。なかなか楽しい見せ物だったではないか」


 ウィズクスウェルが残念そうに言う。


「なにを呑気なことを。父上の命が狙われでもしたらどうするのですか!」

「私の命を?」


 ウィズクスウェルはローラッドと顔を見合わせる。二人は同時に吹き出して、笑い始めた。


「私の命を、か。こいつはいい」

「こいつの命を奪えるような奴を、この城の誰が止められるってんだ」

「なにがおかしいのですか? 不愉快です。失礼させていただきます」


「シャーゼトル、<(いにしえ)(おう)>はどうするつもりだ」との ウィズクスウェルの問いに、

「歴戦の英雄がいるのです。勝手になされば良いでしょう」、シャーゼトルは扉を乱暴に閉めることで答えた。


「あいつの短気にも困ったものだ。ローラッド、いつ出発できる?」

彷徨号(ほうこうごう)の調整が終わり次第、明日の夜明けぐらいには大丈夫だろう。それまでレオフィードが逃げないように気をつけるんだな」

「逃げやしないさ。俺だって<(いにしえ)(おう)>をこの目で確かめたいんだから」

「なるほどな。それじゃ、俺は彷徨号(ほうこうごう)の様子を見てくる」


 ローラッドが広間を後にする。カレンはリーフォウの様子を確かめに戻りたいと理由をつけて、ローラッドを追った。



**********



 カレンが部屋へ戻っても、リーフォウは相変わらず眠ったままだった。かけ布団から出ていたリーフォウの手を、カレンは握った。意識を失ってから二日は高熱をだしていたが、今はすでに落ちついている。


 やわらかくて、無理をすれば壊れてしまいそうな華奢な手を、カレンは握りしめた。


「リーフォウ……俺、朝になったら師匠と一緒にここを発つよ」


 もちろんリーフォウからはなんの反応もない。カレンは構わずに続けた。


 謁見の間を出てからその気持ちを告げた時、ローラッドは反対した。この先に待つのは命の保証ができない戦いだ。強くなりたいと願っているだけでは勝てない。そう言うのだ。


「でも、俺にだってやらないといけないことがあるんです」


 カレンの決意を汲み取ったのだろうか。ローラッドはそれ以上追求せず、「出発には遅れるなよ」と言っただけだった。


「俺一人であいつらに勝てるとは思ってない。どこまでできるかわからないけど、やってみる。

 正直いって……恐いよ」


 弱気を口に出すと、不安と恐怖、それに八年前の苦痛と悲しみが震えとなって全身を襲った。


 カレンの指先に温もりが伝わる。リーフォウが、カレンの手を握り返してきたのだった。


 カレンの期待に反して、リーフォウは依然として眠ったままだ。しかし、カレンは嬉しかった。あの過去の事件の傷をわかちあった人間は、カレンが知る限り、自分とリーフォウだけなのだ。そのリーフォウは、自分の気持ちを感じとってくれている。そう考えると、体の震えに抵抗することができた。


 出発までのわずかな間が、リーフォウといられる最後の時間になってしまうかもしれない。カレンはリーフォウの顔を脳裏にやきつけておこうと心に決めた。


 燭台で揺らめく炎が、波のような影を静かになげかけていた。



(つづく)

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