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第06話_青年と宝石


「勘弁してくれ。庭だけで、俺の町がまるごと入ってしまう」


 歩き回って疲れたカレンは呆れと感心の入り交じった悪態をつき、池のほとりの長椅子に腰をおろした。白い石を削って作られた物で、心地よい冷たさが伝わってくる。リーフォウは池のそばで膝をついて屈みこみ、池の中の色鮮やかな鯉たちに見入っていた。


 城の裏手に位置する庭は広く、花々や木々の手入れはゆき届いている。一画を占める淡い紫色の蕾が、蒸し暑い季節の到来を予言していた。


「これから上手くやっていけるのかな」


 カレンは空を仰ぎ、小さく呟いた。英雄(キャプテン)グローリーの弟子になれたとはいえ、この先の保証はまったくない。


「師匠の下でいろんなことを学んで、一人前にならないとな」


 すべては「奴」を倒し、皆の仇を取るため。胸の奥に刻みつけられたその想いを繰り返すと、身体の芯が熱くなった。


「お兄ちゃん。ほら見て。すごいでしょ」


 カレンが視線を落とすと、リーフォウは派手な色の鯉を抱え、誇らしげにしていた。鯉は口をぱくぱくとさせ、身体を力強く動かしている。


「可哀想だろ! すぐに池に戻すんだ!」


 叱りつけた拍子に、鯉がリーフォウの手から逃れた。芝生の上で、鯉が跳ねている。捕まえようとするリーフォウから逃れようと、鯉が激しく暴れた。芝生の上をずるずると移動し、魚は自力で池へたどりついた。


 残念がるリーフォウは、手と膝をつき、波紋の広がる池をのぞきこんでいる。カレンは胃が痛くなるのを感じ、服の上から腹を押さえた。


「リーフォウをずっと連れていていいのだろうか……」


 足手まとい、というよりは、戦いに巻きこませたくない。とはいえ、リーフォウの心が八歳のままで止まっている責任の一端が自分にあることを考えると、カレンは別れる決心がつかなかった。


 鳥のさえずりを聞きながら悩んでいたカレンの視界を、影がよぎった。それは紙切れだった。どこからか風にながされてきたのだろう。


 足下に落ちた紙切れをカレンが拾い上げてみると、それには地図のようなものが簡単な線で描かれていた。


「なんだ、これ? 大陸と、海か」

「返しな! そいつは俺のだ」


 頭上で男の声がした。カレンが顔を上げると、木の枝が折れる音ともに一人の青年が落ちてきた。カレンは逃げようとしたが間に合わず、青年の下敷きとなってしまった。


「すごーい。今日の天気は人が降るんだ」


 リーフォウがわけのわからない理由で感心する。


「痛てて……早くどけよ」


 上に乗っていた青年が退き、カレンも起きあがった。青年はカレンの手にあった紙切れを奪うように取り上げる。これにはカレンも腹をたてた。


「人にぶつかったことを謝るのが先だろ」

「ん。ああ、悪気はなかったんだよ」


 歳はシャーゼトルと同じくらいか。背が高く、浅黒く焼けた肌と金色に輝く短い髪が強い印象を与える。紺色の瞳には警戒の色があったが、カレンとリーフォウを認めると緊張が消えた。


「それだけかよ。打ち所が悪ければ大怪我だったかもしれないんだぞ」


 青年の態度からは誠意がまったく感じられず、カレンは声を荒げた。


「わかったわかった。とりあえず、静かにしてくれ」


 青年は庭のはずれの遊歩道のほうを気にしながら早口で告げた。二人の衛兵が話しながら歩いている。こちらに注意をとられている様子はない。


「衛兵が来たら困るのかよ」

「仕事をさぼっているのがばれたらどうするんだ?」


 青年はそう言うと、紙切れを懐にしまった。怒りのおさまらないカレンが追求しようとすると、


「なにか落としたよ」


 リーフォウが芝生の間からなにかを拾い上げた。大粒の石で、真紅の炎のような色だ。リーフォウが太陽にかざすと、その石は虹の煌めきを放ち始めた。


「わあ。きれい」


 リーフォウが目を輝かせる。美しい宝石だった。青年への不満を忘れてカレンが宝石に見入っていると、「この石、ほしい」とリーフォウは言い出した。青年な拒否したが、リーフォウは納得しない。「ほしい、ほしい」と駄々をこねている。宝石を青年へ返すようカレンも説得したが、リーフォウは聞き入れず、そのうちに泣きだしてしまった。


「どんな躾をしてきたんだ」と言わんばかりに、青年が冷たい眼差しをカレンへ投げる。カレンは奥歯を噛みしめ、我慢するしかなかった。


「わかったよ。他の物をあげるから、それは返してくれ」


 青年が言うと、リーフォウの涙はぴたりと止まった。


 リーフォウの眼前に、青年は掌を突き出した。いったん掌を閉じて作った拳を開くと、そこには花束が出現した。驚き、たじろぐリーフォウ。青年は微笑し、両手に花束を挟んで、丸めてつぶしていった。合わせた両掌を開くと、黄緑色に透けた大粒の石が転がっていた。真紅の石のような曲面ではなく、平面が多く残るように加工されている。


「他にもみせて」とリーフォウは青年の芸を面白がっていた。


「いいとも。その前に、石の交換だ」


 リーフォウは素直に従い、石を取り替えた。それから、青年が数々の奇術を披露した。見事なもので、どのような種が仕掛けてあるのか見抜けないカレンは感心するばかりだった。


 ひとしきり芸をした後で、青年はそろそろ仕事に戻ると言った。リーフォウはもっと手品を見たかったようだが、渋々と頷いた。


 カレンたちも部屋へ帰ることにしたが、道を覚えていないことに気づいた。なにしろ城の内部は広すぎるのだ。出会った人々に尋ねながら戻るしかないだろう。


「そうだ。ここで働いているあの青年なら『銀幕の間』の場所を知っているはずだ」


 庭の奥の道へ向かっていた青年に追いすがり、カレンは部屋の場所を訊いた。


「情けないな。城の中で迷子かよ」


 小馬鹿にしながらも、青年は道案内を引き受けてくれた。


 カレンが見覚えのある置き時計を目にしたのは、それからすぐのことだった。ここをしばらく行けば衛兵の詰め所があり、そばの階段を上れば部屋に着く。衛兵の詰め所の手前の曲がり角で青年は足を止めた。


「ここから先へは許可のある人間しかいけない。俺が案内できるのはここまでだ」


「後はわかるよ」、カレンとリーフォウは礼を述べ、青年と別れた。


「銀幕の間」へたどりつくと、ラオシュが部屋を出てくるところだった。彼はカレンたちの様子を見にきたのだと言った。


「城の中を散歩してきました。誰かに一言いっておけば良かったですね」、カレンは頭を下げた。


「いや、君たちは客人であって、監視しているわけではないからな。そこまで気を遣う必要はない」


 部屋に入ったラオシュは、飲み物を作ってくれた。盆も、取手つきの茶碗も手のこんだ高級品だった。淡い緑色の飲み物は優しい香りを漂わせていた。口をつけると、甘味でカレンの舌は重くなった。 


「で、どうだね? 城の感想は」


 カレンは城の豪華さに圧倒されたことや、道がわからなくなったことなどを正直に話した。ラオシュの相槌では、初めてこの城を訪れた者は一度は迷子になるらしい。


「親切な人がいて、この近くまで案内してもらいました」


「いろんな手品をみせてくれたよ」、菓子を頬張りながらリーフォウが割りこむ。


「ほう、手品。そのような特技をもつ者がいるとは知らなかった。私もぜひ見たいものだ。名前はなんという」


 茶碗を口元へ運び、ラオシュが尋ねる。カレンはあの青年の名前を聞いていなかった。浅黒い肌で金髪だと特徴を口にしたが、ラオシュに心当たりはないようだった。


「これももらったの」


 リーフォウが上着の隠し袋から、黄緑色の石を取り出す。それを目にしたラオシュの顔から穏やかなものが消えた。ラオシュは瞬きもせずに石を見つめ、


「他にもね、真っ赤な石があったの。お日様に向けると、虹みたいないろんな色にかわって綺麗なの。おじちゃんにもみせたかったなぁ」


 リーフォウの言葉に大きく首を縦にふった。


「どうかしたんですか?」、カレンは不安を感じた。


「いや。気にしないでくれ。その面白い青年の特徴をもっと詳しく教えてくれないか」


 ラオシュは細かいところまで聞き出そうとあれこれ質問を重ねてきた。「参考になった」とラオシュが退室した時には、陽がずいぶんと傾いていた。


 カレンとラオシュが話していた間に、リーフォウは寝台で眠っていた。


秘法船(ひほうせん)に長く乗って疲れたんだろうな。夜の準備に呼びにくるまで寝かせておいてやろう」


 陽射しが寝台の、リーフォウの顔にあたっているので、カレンは銀色の窓掛けをおろしにいった。遠くに、二つの尖った頂きのある山がかすかに見える。頂上付近は万年雪で白く覆われているはずだ。


 霊峰アインスベルガ。中央大陸で最も高いその山を知らない者はいない。カレンの生まれ故郷レシュットガルからは、晴天の時に限って頂上までがはっきりと眺められた。


「あれからずいぶん遠くまで来たと思っていたけど、こんなに近かったんだな」


 目を伏せるカレンだったが、囁くようなそよ風に誘われ、瞼を上げた。


 窓の下に広がる中庭には日時計の柱があり、周囲を埋め尽くした花々が文字盤を形作っている。そこには楽しそうくつろいでいる侍女や衛兵たちの姿があった。


 窓枠に頬杖をつき、微笑ましく思いながら、カレンはしばらく彼らを眺めていた。


 視線を感じ、カレンは中庭の隅に目をやった。一人の女性がこの部屋を見上げている。足元を隠すほどに裾が長く、飾りのついていない純白の服に身を包んだ若い女性だ。


 カレンと目線があうと、その女性は微かな笑みを作った。美しいが、寂しさと脆さを感じさせる笑みだ。その女性の唇が動いたが、どのような言葉が紡ぎ出されたのかカレンにはわからなかった。


「なんだろう。俺に用があるのかな」


 以前に会ったことのある人物かもしれない。そう考えたカレンは目を凝らしてみたが、はっきりと判別できなかった。その女性はカレンに背を向け、庭の木立の中へと去ってゆく。


「まあ、いいや。俺に用があればまた顔を会わせるだろう」


 答えをうまくはぐらかされたような気分だが、思い出せないものは仕方がない。そう結論づけたカレンは大きな欠伸をもらした。


「俺もさすがに疲れたな。ひと眠りするか」


 アインスベルガには雲がかかったままで、頂上はやはり隠されている。それを見届けたカレンは窓から離れ、陽射しを遮るための掛け布をおろした。



 (つづく)

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