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第04話_戦いのはじまり


 山々の合間からにじみ出した橙色の光が、次第に強さを増していく。


 彷徨号(ほうこうごう)の操縦室もやわらかな陽射しで満たされ、朝日の照り返す風防に、リーフォウが額をくっつけていた。


 表情を輝かせた彼女が眺めているのは彷徨号(ほうこうごう)の下に広がる世界だ。長大な河が大地の端から端まで伸び、空との境目に見える山はかすんでいる。首の長い翼鳥が森の中から飛び立ち、群をなして走る動物達のたてる土埃が平原に優雅な線を描いていた。


 「山のむこうって、こんなに広かったんだぁ」

 無言で動く唇は、そう語っていた。最前列の副操縦席でリーフォウを眺めていたカレンは、隣りの席のローラッドからいきなり殴られた。


 「ぼけっとしてんじゃねぇ」

 「頭を叩かないでくださいよ! 馬鹿になったらどうするんですか?」

 「馬鹿だから殴ってんだ。もう少しで戦場だぞ。しっかりと話を聞いてろ」


 そう前置きし、ローラッドは今から向かう場所で対峙している二つの勢力について語りだした。


 大陸にはいくつもの国家が存在し、互いの利権を貫こうと相手の様子をうかがっている。今回戦を起こしかけている二つの国はこの西方大陸東部を治める五大国のうちの二つだ。物資や資金の援助などで他国が裏から協力している。戦が本格的なものになれば他の国々が表だって動くことになり、西方の大部分が戦禍にまきこまれる。そうなれば、他の国も黙っていられない。領土を拡大しようと、戦線に参加するだろう。


 ローラッドはその情報をつかみ、戦場へ駆けつける途中で、一方の国が派遣した部隊に襲われたのだった。


 「小競り合いはこれまでもあったが、正規軍同士がぶつかるのはこれが初めてになる」

 「どうやって戦いを止めるんですか?」


 向かっている戦場の地形を調べながら、カレンは尋ねた。ローラッドは悩むふうでもなく、

 「誠心誠意説得すればなんとかなるだろ」

 他人事のように答えると、席を立って操縦室から出ていってしまった。


 「説得ねぇ」


 カレンは納得できず、本当に大丈夫なのかと彷徨号(ほうこうごう)に問いかけた。彷徨号(ほうこうごう)は確固たる意志をあらわした。


 『絶対に説得しなければなりません』

 「俺が心配したって仕方がないか。師匠がなんとか解決するのだろう。なんたって伝説の英雄だもんな」


 カレンは自分に言い聞かせ、朝食の用意にとりかかるために席を立った。


 彷徨号(ほうこうごう)が目指すのは大陸の南東部に位置する、砂漠の縁に屹立した長大な山脈だった。広がる砂の大地を抱くように連なる山々は砂漠を守っているかのようにも見える。


 枯れかけた河を境界とし、二つの陣営が対峙していた。はためく軍旗がそれぞれの国の名を負っている。


 一方は、八枚の翼を広げ、黄金色の鱗に覆われた長い胴の先に、爬虫類の頭部をそなえた伝説上の獣を紋章として掲げる国ルールカウ。


 もう一方は馬に似た純白のしなやかな四肢と二本の長い尾、そして額に対の優雅な角をそなえた貴重な生物を紋章とし、国の名前もそこからもらったと言われるソーマスェラである。


 彷徨号(ほうこうごう)がその場にたどりついた時、二つの軍隊は既に前哨戦を開始していた。対の角もなければ純白でもない馬にまたがったソーマスェラの騎兵が槍を抱えてつっこんでいく。ルールカウ側は相手の馬の倍の大きさはある蜥蜴を装甲で武装させ、本陣の前方に並べていた。


 ソーマスェラの突撃騎兵部隊が、ルールカウの装甲蜥蜴群と衝突する。蜥蜴の装甲と表皮はぶ厚く、騎馬兵の槍はほとんどが使いものにならなかった。蜥蜴に乗っていた兵士が、ソーマスェラの兵に襲いかかる。だが、ソーマスェラ側も負けてはいない。鎧騎兵隊は馬を降り、比較的表皮の薄い蜥蜴の首の付け根に切りつけた。苦痛のため蜥蜴はその場で赤緑色の体液をまき散らせながらのたうちまわり、乗せていたルールカウの兵士を振り落とした。それぞれの乗り物を捨てた兵士達が混戦へとなだれこむ。


 カレン達が到着したのは、まさに戦闘が本格化する直前だった。


 彷徨号(ほうこうごう)は戦場の中央で空中静止した。皆が争いの手を止め、頭上の涙滴型秘法船(ひほうせん)を見上げている。


 「師匠、これからどうするんですか?」


 操舵手甲の冷たい密着感は、カレンの腕にすっかり馴染んでいる。ローラッドは彷徨号(ほうこうごう)に、船外拡声器を稼働させるよう命令した。


 「こちらは彷徨号(ほうこうごう)。俺の名はローラッド。英雄(キャプテン)グローリーの呼び名のほうがよく知れ渡っていると思う。

 すぐに戦闘を終了し、それぞれの国へ戻れ。これは英雄(キャプテン)グローリーとしての頼みだ」


 その言葉を聞いて、カレンは呆れた。


 「どこが誠心誠意の説得なんですか……」


 ローラッドが睨んだので、カレンは顔を背けた。後部座席ではリーフォウが、備えつけの船外映像盤に見入っている。


 ローラッドは似たような言葉で説得を繰り返していたが、地上ではそれに従う反応は見られない。


 「いくら伝説的な英雄だからって、もうちょっと言い方があるだろうに……」

 「どうして画面をかえるのぉ?」リーフォウが拗ねた口調で尋ねる。

 『もっと美しい映像をお見せしようと思いまして。そのほうが、淑女である貴女にふさわしいでしょう』


 彷徨号(ほうこうごう)の意図していることがカレンにもわかった。地上では戦いが再開されつつある。剣と鎧がぶつかり、血溜まりが大きくなっていく。制御を失った蜥蜴や騎馬が暴れ回り、破壊力を秘めた光の激流  第一秘法による秘法大筒の砲撃  や炎を纏った矢が飛び交う。それを食らって兵士が次々と地に伏していった。


 副操縦席専用の小さな船外映像盤にその光景が映しだされている。見ていたカレンは気分が悪くなった。音が届かないのがせめてもの救いだ。そして、リーフォウに対しての彷徨号(ほうこうごう)の配慮をありがたく思った。


 ローラッドがなにかをこらえたような忍び笑いをもらし始め、その声は次第に大きくなっていく。


 「なにがおかしいんですか?」

 「あいつら、俺を無視するとはいい度胸じゃねぇか。<栄光砲>、発射用意」

 「師匠! なに考えているんですか!」

 「安心しろ。山を吹っ飛ばして、連中をびびらせるだけだ。よっぽど運が悪くなければ、死にやしないだろ。やるぞ、彷徨号(ほうこうごう)

 『許可できません』

 「そうですよ! 運がどうのという問題ではないでしょう。人の命にかかわるんですよ!」

 「いつから俺に指図できるほど偉くなったんだ?」


 その目は明らかに据わっている。カレンが助けを求めて頭上を仰ぐと、天井の幾何学模様が激しく明滅した。


 『ローラッド、<栄光砲>を用いずに戦いを鎮めましょう。それが私達のなすべきことです』

 「嫌だね。下の連中におとしまえをつけさせないと納得がいかねぇ。早く発射準備にとりかかれ」

 『不許可です』

 「伝説の英雄がそんな真似をしたら、この先ずっと笑いものですよ」

 「なんだと?」


 ローラッドが席を立つ。カレンは副操縦席を挟んで反対側に回った。ローラッドが近づいてきたので、カレンは椅子が盾となるように逃げた。


 「なにを逃げてんだよ。俺はもっと真剣に話をして考えを改めようとしてんだぞ」

 「真剣な話の時にどうして拳骨を固めているんですか?」


 ローラッドの歩幅が大きくなる。カレンは小走りで操縦席の中を動き回った。


 「鬼ごっこなの? リーフォウもまぜて」

 『遠慮なさったほうが宜しいですよ。二人とも状況をわきまえてください。下では血を流す戦闘がおこなわれているのですよ』

 「こっちだって、誇りをかけた戦いだ」


 ローラッドが言い捨てた時、遥か彼方の空でなにかが閃いたような気がした。気をとられたカレンの動きの止まったその隙に、ローラッドが椅子を乗り越えてから間を詰める。カレンは背を向けて逃れようとしたが、服の端をしっかりと掴まれ、顎に一撃を食らった。


 「今度はお兄ちゃんが鬼だね」


 笑っているリーフォウの間の抜けた言葉に相槌を打つ余裕はカレンにない。


 「師匠だからって、こんな理不尽な仕打ちを受けて黙っていられるか!」


 カレンは反撃しようとした。その時、風防の外を幾筋もの光の火線がよぎっていった。火線は大地に突き刺さり、刃をぶつけていた兵士達を砂塵とともに吹き飛ばした。


 火線は絶えることなく続き、その度にソーマスェラとルールカウの軍の中で爆発が起こった。黒い煙がたちのぼり、地に倒れる人々の数が増していく。悲鳴や怒声が起こっているはずだが、彷徨号(ほうこうごう)の中までは届いてこなかった。ただ重い爆音が大気を震わせている。


 『威力は抑えられていますが、<栄光砲>と同質の秘法火器によるものです』

 「師匠、あなたって人は……」


 カレンは壁際に置いた剣を掴み取り、鞘に手をかけた。


 「いくら英雄だからって、こんなことをしていいと思ってるんですか?」

 「待て。俺じゃない。俺は操作盤に触れてもいなかったんだぞ」


 腰を落として半身に構えたカレンだったが、ローラッドの言い分を聞いて納得した。この船から射出された火線が前方を横切っていくはずもない。


 「だったら、一体誰がこんな酷い真似を」

 「俺が知るか。とりあえず剣から手を離せ」

 「ねぇ。さっきからグーちゃんがなにか話したそうにしてるよ」


 カレンとローラッドは同時に天井を見た。


 『ようやくこちらに意識を向けてくれましたね。

 この場に急接近してくる秘法船(ひほうせん)団があります。望遠処理した映像を表示します』


 正面の映像盤上に、朝日を背景にした六つの機影があらわれる。各船とも色までは判別できない。そのうち五つは上下に薄く、横幅のある翼を備えた同型機種だ。残る一隻はふたまわりほど大きく、緩やかに丸みを帯びていた。


 「覇王号(はおうごう)だと。シャーゼトルめ、若造のくせにふざけた真似をしやがる」


 ローラッドが苦々しそうに吐き捨てる。カレンは状況がわからず、近づいてくる秘法船(ひほうせん)団を見つめることしかできなかった。


 突如出現した船団は彷徨号(ほうこうごう)を無視して、戦場脇の砂地へと着陸していった。



**********



 カレンは彷徨号(ほうこうごう)を降り、ローラッドの後についていった。


 戦闘は終了しており、ルールカウとソーマスェラの兵士たちが傷ついた仲間や骸を運んでいる。飛び散った血と肉片の量はおびただしく、異臭が漂っていた。


 赤く濡れた鎧の群の中で、ローラッドの派伝な原色の服装は違和感があった。カレンは周囲の視線がこちらを探っていることに気づいた。だが、誰も声をかけてこない。


 秘法船(ひほうせん)団が駐機してある場所にたどりつくと、数人が話していた。鎧の紋章や年齢から想像すると、二つの国の軍のまとめ役といった上級役人だろう。他にも、兵士とは思えないような身軽な格好の人々がいた。その服の造りはどことなくローラッドのものに似ている。


 ローラッドは、大型の風防眼鏡を額にずらした中年の男へと話しかけた。彼はルールカウとソーマスェラの人間と言葉を交わしており、ローラッドはそこに割りこむ形となった。


 「なんだ、貴様は?」

 「貴様だぁ。口のききかたを知らねぇみたいだな。俺はローラッド。ウィズクスウェルの国にいたんなら、名前ぐらい耳にしたことがあるだろ。シャーゼトルに会わせな」


 ローラッドは腰に手をあて、中年を見下ろしている。


 「私は事後処理で忙しいのだ」、中年の男は離れた位置にいる仲間に声をかけた。「この男をつまみ出せ」


 駆けつけた若者がローラッドを捕まえようとすると、ローラッドは若者の顎を拳で打ち上げた。周囲にいた他の者たちがざわつく。


 「人の扱い方がなってねぇな。ウィズクスウェルの国も地に落ちたもんだぜ」

 「師匠、喧嘩をふっかけてどうするんです!」


 カレンはローラッドの耳元で叫んだ。だが、ローラッドは鼻で笑っただけだ。


 軽装の男たちがカレンとローラッドの周りを取り囲む。その数一四人というところか。手には短剣や秘法銃(ひほうじゅう)をもっている。


 「こいつは我らが王と国を侮辱した。少々痛めつけてもかまわんぞ」


 男たちは無言でそれに応え、徐々に間を詰めてきた。


 「師匠。なんとかしてくださいよ」


 カレンは剣を携えていない。相手を刺激するのは良くないと考えて船内に置いてきたことが裏目に出た。


 「お前は黙ってろ」


 ローラッドの瞳には激しい意志があらわれていた。ためた怒りが爆発する直前のような、張りつめたものをカレンは感じた。


 カレンとて、連中の仕業には我慢がならない。だが、ローラッドを放っておくと彼らに対してなにをするかわからない。カレンはローラッドをなだめようとしたが、聞き入れてくれなかった。


 緊張感が最高潮に達しかけた瞬間、


 「なにをしている!」


 よく通る若者の声が全員の動きを止めた。男たちは伸ばした両手を腿につけ、直立不動の姿勢をとった。


 白銀色の髪を長く伸ばした青年が、落ちついた足取りであらわれた。年齢はカレンと同じくらいだろう。秘法船(ひほうせん)乗り特有のゆとりの多い服は、襟や袖のあたりに銀の刺繍が施されている。肩にかけた袖無し外套にはスーノエルの紋章である十二個の星がきざみつけてあった。整った顔つきだが、目つきがやけに鋭いため、冷たい印象が与えられる。


 「気迫で負けてたまるか」、カレンがその青年を睨み返していると、青年はローラッドの前で止まった。


 「久しぶりですね、英雄(キャプテン)グローリー。いや、ローラッドと呼ぶべきかな」


 言葉こそ丁寧だが、侮蔑の響きがこめられているようにカレンには感じられた。


 「ずいぶんと偉くなったもんだな、シャーゼトル。年下の女からも苛められていたくせに」

 「昔のことなどいいでしょう」


 シャーゼトルの右腕が、左腰に下げた剣の柄に乗る。右の腰には銃の容れ物が見えた。青年の右腕の甲には一二個の星が彫られていた。


 「良くねぇよ。秘法船(ひほうせん)で兵士どもを攻撃するなんてなに考えてんだ」

 「覇王号(はおうごう)の主砲をあの程度と侮らないでいただきたい。私の覇王号(はおうごう)に比べれば、彷徨号(ほうこうごう)など時代遅れの代物です」 


 ローラッドが組んでいた腕を解き、だらりと垂らす。右手が秘法銃(ひほうじゅう)にかかっていた。カレンは二人の間に割り込んだ。


 「引っ込んでろ。小間使い」、背中に投げつけられるローラッドの言葉をカレンは無視した。


 「あんた、自分がなにをしたかわかってるのか? 秘法船(ひほうせん)の主砲で兵たちを攻撃しておいて、自慢するようなことか?」

 「なんだ貴様は。私は最小限の犠牲で戦争を止めた。それのどこが悪い。大陸最大の国家としての責任を果たしただけだ。退け。私が用があるのは、時代遅れの英雄だ」


 相手が言い終わるより早く、カレンはシャーゼトルの顔を殴った。


 「なにが国家の責任だ! 大国なら他にも方法があっただろう。あんたは単に大きな力を弱いものにぶつけて喜んでいるだけだ」


 よろめいたシャーゼトルは唾を吐き捨てる。


 「国家の重みを知らない奴が、知ったふうな口を……。上に立つ者は、全体のためとなる行動をしなければならないのだ!」


 シャーゼトルの拳が、カレンの腹にめりこむ。重くて熱いものがこみあげた。カレンは歯を食いしばり、意識を保った。


 「いきなり主砲で大勢の人を撃っておいて。説得力がないんだよ」

 カレンは蹴りを放つ。シャーゼトルはそれを肘で受け、カレンの顎を膝で打ち上げる。カレンは態勢を整えながら、足払いを繰り出した。シャーゼトルの身体は浮き、背中から落ちる。二人の喧嘩は続いた。


 取り巻きのスーノエル兵たちが助けに入ろうとしたが、最初の一人をローラッドが当て身で気絶させた。


 「ガキ同士とはいえ、男の喧嘩を邪魔しちゃいけねぇな。どうしても止めたいというなら、俺が相手だ」


 その一言でスーノエル兵の動きは止まった。ローラッドは最初に声をかけた中年の男を指差した。


 「おい。そこの中年野郎。さっきまでの威勢はどうした」

 「ならば私がお相手しましょうか」


 その声とともに、野次馬の壁を割ってこの場にやってきたのは、背の高い頑強な壮年の男だった。彼の姿を認めるなり、ローラッドは破顔した。


 「ラオシュじゃねぇか! まだ生きてやがったのか」


 ラオシュと呼ばれた壮年は、口元だけをわずかに緩めた。 


 「シャーゼトル様が王となるまではこの世を去れませんよ。

 あまり部下たちを苛めないでいただきたい。あなたを英雄(キャプテン)グローリーと知って喧嘩ができるのは、ウィズクスウェル王とペルシュス王妃ぐらいのものです」

 「それと、あそこにいる世間知らずの若造だな」


 喉を潰したような奇妙な悲鳴があがる。シャーゼトルが股間を押さえ、うずくまっていた。カレンが男の急所を蹴ったのだ。


 「殺せ。あいつを殺すんだ」

 口の端から泡をこぼし、シャーゼトルは喚く。緑色の瞳は血走っていた。スーノエルの兵は困惑した様子で互いに顔を見合わせていた。


 「なにをしている。この私の命令がきけんのか」

 「そこまでです、王子。面白い余興でした。そろそろ本来の仕事へ戻りましょう」 

 「ラオシュ。これは余興などでは」

 「我々には時間がないのです。この後の作業がどれほどたまっているかご存じでしょう」


 ラオシュに一喝されるとシャーゼトルは静かになった。


 「誰か、王子を船まで運んでさしあげろ」


 駆け寄ってきたスーノエル兵の手を払い、シャーゼトルは自力で立ち上がった。


 「この借りはかならず返すからな」、カレンを凝視するシャーゼトル。歩き方がぎこちない。


 張りつめていたものが切れ、カレンは膝の力が抜けた。へたりこもうとすると、ローラッドが肩を貸してくれた。


 「尻をつくのは格好悪いぜ。もっとしっかりしな」

 「すみません、師匠」

 「ラオシュ。転移網の噂を聞いた。ウィズクスウェルに会って確かめたい。俺たちもスーノエルへいっていいな」

 「断っても、いらっしゃるのでしょう。王へは私から話を通しておきます」


 会話は終わり、カレンとローラッドは彷徨号(ほうこうごう)へと向かった。カレンは喋らなかった。身体のいたるところが痛みと熱でうずいた。


 「カレン、彷徨号(ほうこうごう)へ戻ったら傷の手当をしておけよ。打撲傷でも放っておくと面倒だからな」


 カレンは耳を疑った。今、名前で呼ばなかったかと尋ねた。


 「小間使いよりもカレンのほうが短くて苦労しないからな。弟子の見習い期間も切れたことだし、丁度いいだろ」

 「俺、弟子にしてもらえるんですか?」

 「まぁ、な。しごいてやるから覚悟しておけよ」


 気のせいか、ローラッドの声が明るく感じられる。カレンは力強く頷いた。


 号砲が蒼穹に重く響く。秘法大筒が空へと吠えていた。命を落とした兵士たちを弔うためのものだ。


 「これが……戦いなのか。俺は本当にやっていけるのか」


 腫れた頬に触ると、激痛が走った。


 「痣だらけになったこの姿をみたら、リーフォウは驚くだろうな」


 カレンの予想に反して、一目見るなりリーフォウはカレンの顔を笑った。傷の手当をする暇もなく、食事の用意と掃除、彷徨号(ほうこうごう)の各機関の状態の確認などでさんざん働かされた。


 この船でローラッドの弟子として修行することが本当に良いことなのか、カレンは真剣に悩み始めていた。



 (つづく)

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