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第03話_弟子入りの条件


 薄い影が、足元で揺れる。


 カレンは一人、木刀を握りしめたまま、屋外へと続く扉をじっと見据えていた。リーフォウとローラッドは奥の部屋に残してある。


 扉がかすかに動いたような気がし、カレンは木刀を構えなおした。気のせいではない。少しづつ、扉が手前にゆっくりと開いている。


「人の家で好き勝手させてたまるか……」


 カレンは心の中で告げ、扉にそっと手をかけた。思いきり引くと、扉の反対側にくっついていた男が重心を崩し、床に倒れこんだ。そいつの背後に青年が立っている。カレンは間を詰め、青年の喉元に木刀の先端を突きこんだ。青年が悲鳴とともに外へ吹っ飛ぶ。外には三人目の男がいた。


「二人を連れてここから去れ」


 外へ出たカレンは声に気迫をこめた。


 三人目の男が、手に握った物をカレンに向ける。拳大の、金属質の筒をそなえた道具だ。カレンは咄嗟に、木刀を目の高さに固定した。次の瞬間、一筋の閃光が空気を焦がし、カレンの木刀に命中する。


 重い衝撃が手を通して伝わり、カレンは得物を落とした。木刀の上半分が消滅し、異臭をともなって煙をあげている。カレンは男の武器へ視線を投げ、目を疑った。


秘法銃(ひほうじゅう)? そんな馬鹿な」


 短い筒を備えた小さな飛び道具。それが秘法銃(ひほうじゅう)だ。秘法船(ひほうせん)同様に第一秘法と第二秘法の結晶で、誰でも第一秘法のような力を使える。


 秘法銃(ひほうじゅう)の銃口が閃く。カレンは飛び退り、家の中へと戻った。


 雷光がほとばしり、さっきまでカレンのいた地面が大きくえぐり取られる。他の二人も態勢を整えつつあった。家の戸を開けようとした男も、腰の吊革から秘法銃(ひほうじゅう)を抜き取った。残る青年は剣だ。


 カレンは舌打ちした。今さら奥の部屋へ実剣を取りにいく余裕はない。


 青年が、かけ声とともにカレンへと切りかかる。カレンは近くの椅子を取り、盾として頭上に掲げた。青年の剣は音もなく椅子を両断し、カレンの眼前を走りおりていく。微風が、カレンの顔をなぞっていった。


 青年は手を返し、剣を真上へと跳ね上げる。カレンは大きく身をのけぞらせ、かわした。重心が崩れ、尻餅をついたカレンの頭上すれすれを、背後からの銀色の影が通り過ぎる。


 青年の剣で弾かれたそれがカレンの足元に突き刺さる。銀色の影の正体は、カレンが奥の部屋に置いてきたはずの実剣だった。


 立ったままだったら、背後から身体を貫かれていたに違いない。そう考えるとカレンは背筋に冷たいものを感じた。


「悪い悪い。具合が狂っちまった」


 罪悪感の欠片も含まれていない明るい声。振り向くと、廊下にローラッドが立っていた。


「俺に恨みでもあるんですか?」


 カレンは怒りをこめて尋ねた。


「刺さらなかったから、いいじゃねぇか。そんなことより、敵から目をそらすと死ぬぞ」


 顔を敵のほうへ戻すカレン。青年は剣を振り上げたところだった。その切っ先に重なるようにして、天井に吊り下げた丸燈の中にある炎が強さを増している。


 カレンは自分の剣をつかみとり、敵の攻撃を受けとめた。が、足を踏ん張れない。カレンは相手の剣を押し返そうと力を振り絞った。


「小僧は任せた。俺たちは英雄(キャプテン)グローリーをやる」


 残る二人の敵が、カレンの両脇を駆け抜ける。


「いけない! 奥にはリーフォウもいるんだ」


 銃声が数回、高く響く。ローラッドを始末した後はこちらに矛先が向けられるだろう。


 止まっているのは危険だと気づき、カレンは転がって位置を変えようとした。その時、カレンの腕にかかっていた重みがなくなる。青年が剣を引いたのだ。


 青年がカレンに背を向け、外へ向かう。


「逃がすかよ」


 ローラッドの言葉と同時に、青年を追って、小さな光の筋が扉の木枠や扉そのものを貫き砕く。だが、青年を捉えることは出来なかった。


 ローラッドの左手には秘法銃(ひほうじゅう)が握られていた。床には二人の敵が倒れたまま、動こうとしない。


「利き腕がまともだったら一発でしとめられたんだがな」


 ローラッドは勝ち誇ったように口元を歪め、秘法銃(ひほうじゅう)を指先でくるくると回転させた。


「殺したんですか」


 カレンが侮蔑をこめて尋ねると、「片づけが面倒になるだろ。気絶させただけだ」ローラッドは腰に吊り下げた革箱へ秘法銃(ひほうじゅう)を収納した。


 終わったぜとローラッドが告げると、丸燈内で小さくなった炎の投げかける弱い明かりの中に、藍色の髪の持ち主が飛びこんできた。


「お兄ちゃんなら大丈夫だって、信じてたよ」


 笑顔で抱きつくリーフォウ。カレンは剣に気をつけながら、彼女の相手をしてやった。リーフォウはカレンが侵入者すべてを撃退したのだと勘違いしているようだ。カレンは曖昧な言葉で答えをごまかした。


「よし。こんなもんか」、どこから持ってきたのかローラッドは縄で二人の侵入者をしばりあげ、外へ蹴り転がした。

彷徨号(ほうこうごう)に戻る。案内しろ」

「さっきの仲間がどういった罠をはっているか、確かめてからのほうが安全ですよ」


 カレンは彷徨号(ほうこうごう)から家に戻ってくる途中で見た、何隻かの円盤型秘法船(ひほうせん)を思いだした。英雄(キャプテン)グローリーとはいえ、なんの対策もせずに挑むのは無謀すぎる。


「戦争が始まるかもしれないんだ。こんなところでぐずぐずしてられねぇ」


 戦争----重い言葉がカレンの胸中を圧迫する。カレンは詳しい説明を求めたがローラッドはそれに答えず、「早く案内しろ」と表へ出ていった。


「あの時みたいに……大勢の人たちの命が奪われてしまうのか」


 カレンは納得のいかないまま、赤毛の青年の後を追った。



**********



 星々の投げかけるかすかな明かりが空を、森を、すべてを淡い紫色に染め抜いていた。


 彷徨号(ほうこうごう)が墜落してきた時の慌ただしさが嘘のように、虫も鳴くのをやめ、重い静寂が周囲を満たしている。枝を踏み折る音がやけに大きいものとしてカレンには感じられた。


 闇の中に、涙滴型の影がうかびあがる。リーフォウがくしゃみをしそうになり、カレンは慌てて彼女の口を手でおさえた。


「誰もいないぜ」


 ローラッドは堂々とした足取りで彷徨号(ほうこうごう)へと乗りこんでいった。カレンとリーフォウも、ローラッドに続く。


 彷徨号(ほうこうごう)は最後にカレンが見た時と変わっていなかったが、操縦席だけは違った。先程の三人組の仕業だろう、操船のための操舵手甲や計器類が破壊されていた。正面の風防にも細かな亀裂が入っている。


「おい、俺様が戻ってきたんだ。返事ぐらいしやがれ」


 ローラッドは怒鳴りながら、釦や制御梃子をいじくりまわす。しかし、なんの反応もない。


 制御盤はめくれ上がり、中の機械がのぞいていた。機械の隙間から、褐色の油が流れ出ている。


「駄目だな。彷徨号(ほうこうごう)は死んじまってる」


 左の掌を椅子にたたきつけるローラッド。


「グーちゃん、いなくなっちゃたの?」


 リーフォウが目を潤ませ、すがるようにローラッドに尋ねた。ローラッドは天井へ視線を泳がせ、「うー」と答えに詰まっていた。


「リーフォウになんと説明するだろう」


 興味を覚えながらも、カレンは二人のやりとりを無視して制御盤の前に屈みこんだ。隙間から見える回路を確認し、制御盤の留め具をはずしにかかる。複雑に描かれた紋様のような回路配列を、カレンはいじった。明かりが乏しいが、修理をするのに不都合はない。


「おい、なにやってんだ」


 ローラッドが咎めるのとほぼ同時に、カレンは最後の配線を固定した。天井中央の幾何学図形が繰り返し明滅し、砂利をすりあわせたような耳障りな音が起きる。音はすぐにやみ、整った声が降ってきた。


『……はて。私は確かにあの無粋な輩によって壊されたはず。それがどうして……おや、ローラッドではありませんか。それに、御二方も』


 彷徨号(ほうこうごう)はローラッドが修理をしたと考えていた。ローラッド自身が、修理はカレンによるものだと訂正した。


『どうりで。無駄のない回路配列ですよ。ローラッドでしたらもっとまわりくどい修理をおこなっているはずですからね。御名前はカレンでよろしいですね。して、そちらの淑女は』


 リーフォウは自分のことを指されているのだと気づいていないようだったので、カレンが教えてやった。


「リーフォウっていうの。仲良くしようね、グーちゃん」

『こちらこそ。あなたのような淑女とお知り合いになれるとは光栄です。ところで、ローラッド。こちらに近づいてくる者がいます。あわせて八人。それに加えて、索敵範囲境界線のあたりに数隻の秘法船(ひほうせん)反応あり。おそらく奴等でしょう』

「だろうな。動けるか」

『少々お待ちを。……不可能です。機関そのものに損傷はありませんが、操縦用装置との連結が失われています。私自身の現在の存在位置も、本来の統御座から離れていますので、操船に関わることができません』


 彷徨号(ほうこうごう)の報告を聞き、ローラッドは頭をかいた。


「仕方ねぇな。おい、こいつの修理にはどれくらいかかる」


 カレンは考えた。回路をいじった時に、どういった壊れ方をしているのかだいたいの感触をつかんでいる。


「早くて一五分ぐらいだと思います」


「五分でやれ」とそっけなく告げ、ローラッドは扉へと向かう。カレンはローラッドの前に回りこみ、両腕を広げて道をふさいだ。


「待って下さい。そんな短時間でやるなんて無理です。俺はずっと前に簡単な手ほどきを受けただけなんですよ」

「命令だ、やれ。彷徨号(ほうこうごう)、どこが悪いのかちゃんと教えてやれよ」

『言われるまでもありません。自分の身体ですからね』


 ローラッドに力で押し退けられるカレン。


「ちょっと!」、カレンが呼ぶが、ローラッドは操縦室の扉を強く閉めた。カレンはもう少しのところで指をはさまれそうになり、手を引っこめた。


 カレンは制御盤の前に戻り、大破した機器類を呆然と眺めることしかできなかった。今は亡き父親から、秘法船(ひほうせん)を始めとする第二秘法の知識を教授されたのは八年以上も昔のことで、はっきりとしたものは覚えていない。


 しばらくすると、銃声が連続して聞こえた。どうやらローラッドが敵と銃撃戦を交わしているらしい。


 リーフォウが、心配そうに天井を仰ぐ。


『ローラッドなら心配ありませんよ。口と性格と頭は悪いですが、腕だけは一流です』


「それって誉めてるのか」というカレンの問いに、彷徨号(ほうこうごう)は答えなかった。


『では我々も始めましょう。私の指示に従ってください』

「やるしかないか。これも弟子になるためだもんな」


 カレンは頭をかき、ため息とともに迷いを捨てた。



**********



『四分五二秒。上出来です』


 制御回路の最後の蓋を閉めてから、カレンは床へ大の字になって寝ころび、額の汗を拭った。ローラッドの言った時間内に修理が完了するとは、実際に終えた今でも信じられない。


「もう嫌だ。秘法回路なんて見たくもない」


 後部座席では、リーフォウが寝息をたてている。いつもならとっくに寝床に入っている時間だ。


『敵の秘法船(ひほうせん)がかなりの距離まで近づいてきています。すぐに発進しましょう。申し訳ありませんが、ローラッドを呼んできてください。伝声管が故障しています』


 操縦室を後にしたカレンが行ってみると、ローラッドは通路の陰に身をよせていた。開けられた扉から腕だけを船外へ出したり戻したりして、秘法銃(ひほうじゅう)を撃っている。


「修理は終わったのか」

「ええ。自動操縦は無理のようです。操縦席に戻ってほしいと」


 ローラッドは承諾し、


「ほらよ」


 銃をカレンへと投げた。カレンはすぐには反応できず、床ぎりぎりのところで受けとめた。


「なんですか、これ?」

「発進まで時間を稼げ。船にとりつかれたら、簡単に入られるからな」


 カレンは拒否しようとしたが、ローラッドの後ろ姿はすぐに見えなくなった。


「なんでああも強引なんだ。秘法銃(ひほうじゅう)なんて八年前に一度触ったことがあるだけなのに」


 警備隊長をやっていた父がもっていた。無断で扱い、ふざけて撃つ真似をして激しく叱られた記憶がある。ローラッドから渡された秘法銃(ひほうじゅう)は軽かったが、ずしりと手に沈みこむように感じられた。無骨な本体から銃身には大小三つの輝く輪がついている。その輪に、文字が刻みこまれていた。


 カレンは文字をよく確かめようとした。その時になって、外からの攻撃が止んでいることに気づいた。


「諦めて帰ったのかな」


 カレンは壁に背を寄せ、ゆっくりと顔を外へ出す。


 目の前に、髭面の男がいた。


 カレンは意味不明の言葉を叫び、咄嗟に秘法銃(ひほうじゅう)を構えた。


「うわぁっ、よせ!」


 髭面の男が態勢を崩し、後ろから船体をよじ登ってきていた仲間を巻き添えにしながら落ちる。


 ざらつく衝撃音がカレンの鼓膜を震わせ、頭の奥まで響く。カレンのすぐそばの壁を、相手の秘法銃(ひほうじゅう)の弾丸がはじいたのだ。カレンは身体を硬直させ、引き金を絞ってしまった。


 秘法銃(ひほうじゅう)が光弾を吐く。反動で、カレンは後ろへ飛ばされ、通路の壁に後頭部をぶつけた。上へそれた光線は大樹の上半分を消し去っていた。


「これが……英雄の使う秘法の力」


 表にいる連中の秘法銃(ひほうじゅう)とは性能が違う。圧倒的な力を前にして、カレンは寒気がした。銃を握った手が小刻みに震えている。熱くないのに、こめかみを汗が伝っていた。


「これを、俺が扱わないといけないのか……命中したら確実に命を奪ってしまうぞ」


 手加減ができない得物など、用いたくない。カレンが外の様子をうかがおうとすると、船体が大きく揺れた。 


 油圧の抜ける軽い音とともに、床がせり上がっていく。天井と床が、地面に対して垂直になろうとしていた。


 カレンは手摺にしがみついた。落としてしまった秘法銃(ひほうじゅう)が通路を滑ってゆく。この傾きかたでは、操縦室の前面風防がちょうど天を指しているはずだ。


「あの人はなにをやってるんだ? 彷徨号(ほうこうごう)が立ち上がるなんて聞いてないぞ!」


 カレンは通路を登っていった。手摺が梯子状に据え付けられていた理由がわかった。このような時に船体内を移動するための足がかりとするためだ。カレンは扉の上を這い進み、頭上の蓋を開いて操縦室へ潜りこんだ。足下の扉を閉めながら、カレンは怒鳴った。


「ひとこと言ってからにしてくださいよ。もう少しで船の外へ落ちるところだったんですから」

「あー、お兄ちゃんがもどってきたぁ」


 頭上ではリーフォウが椅子の陰から身を乗り出し、目をこすりながらカレンを見下ろす。


「伝声管が壊れてんだ。仕方ねぇだろ。席につけ。すぐに出発するぞ」


 主操縦席のローラッドはカレンのほうを見向きもせずに、操縦用機器をいじっていた。こちらの相手をするつもりはまったくなさそうだ。


「まったく、身勝手な人なんだから」


 カレンは後部席に座ってからも小声で不平を並べたてた。


「身体を椅子に固定したか?」


 制御機器を慣れた手つきで扱いながら、ローラッドが尋ねる。


「どうやるの?」、リーフォウは幅の広い座席帯をくるくるとふり回している。カレンは隣りのリーフォウの座席帯をしめてやった。


 内燃機関の高鳴りが、足と椅子を通してカレンの身体を震わせる。椅子に固定された状態でも、カレンの視線はローラッドの席の前を埋め尽くす制御機器に吸いつけられたままだった。先程までは金属の塊だったそこでは、今は、計器類の数値がめまぐるしく変動し、様々な色の輝点が流れている。


 風防を、強い光が舐める。爆発が起こり、衝撃が彷徨号(ほうこうごう)を叩いた。爆発は続き、吹き飛ばされた木々が風防に覆い被さった。リーフォウが悲鳴混じりに、カレンに助けを求める。


「早く発進してください! やられてしまいますよ!」

「わかってる。彷徨号(ほうこうごう)、発進しちまえ。設定項目の確認なんざ後でもできる」

『責任はとってくださいよ。では、発進します。リーフォウお嬢様、女性には苦しい加重がかかりますが、出来る限り短く終わらせますのでご容赦ください』


 彷徨号(ほうこうごう)の丁寧な言葉もリーフォウには届いていないようだ。リーフォウはカレンの手を強く握り、眉間に皺寄せて目を閉じている。


「格好つけてねぇでとっととやれっての」


 ローラッドが制御盤を蹴るのが見えた。


『まったく、無粋ですね。

  では、点火します』


 下方で、甲高い破裂音がした。それが、主推進機関が力を解放した合図だとわかった瞬間、見えない手がカレンの頭を、腹を、全身をうちすえ、椅子に押しつけた。リーフォウとつないでいた手も離れている。圧力で肺の空気がすべて吐き出され、呼吸が詰まった。轟音と衝撃がすべてを呑みこむ。


「なんて加速だ……俺が昔乗った船とは比べものにならない」


 耳鳴りがする。リーフォウの様子が気になったが、顔を横に向けることさえできない。


 永遠に続くかと思われたその苦痛はなんの前兆もなく、唐突に終わった。


 宙を漂うような感覚がまとわりつく。カレンはあえぎ、空気を肺につめこんだ。リーフォウは呆然としていた。大丈夫かとカレンが声をかけると、リーフォウは小さく頷いた。


「座席帯は緩めるなよ。これから軽く戦闘だ」


 指を鳴らし、ローラッドが嬉しそうに言う。肘から指先までを覆う金属製手袋の操舵手甲に手を通しかけるローラッドの動きが止まり、操舵手甲が床に落ちた。カレンは、家でもローラッドの右腕の様子がおかしかったことを思い出した。


『どうしました、ローラッド』

「なぁに、腹が減って気が遠くなっただけだ。一撃で片づけてやるさ」 


 勢いこんで手甲を装着するローラッド。


 彷徨号(ほうこうごう)が加速し、カレンは呻いた。一方向からの加重ではなく、彷徨号(ほうこうごう)が方向転換をする度に大きく振り回される。身体を椅子に固定していなければ、何度も壁にたたきつけられていたことだろう。


 円盤からの飛行爆雷が後部に続けて命中し、彷徨号(ほうこうごう)の推進出力が低下した。


『ローラッド。もっと真面目に操縦してください。<栄光砲>が使用できませんよ』


「仕方ねぇだろ。右手がまともに使えない時だってたまにはある」


 声を荒げるローラッド。


『どういうことですか』


 彷徨号が詳しい説明を求めると、


「うるせぇうるせぇ! おい、操縦をかわれ。お前がどの程度使えるのか品定めしてやる。彷徨号(ほうこうごう)、<栄光砲>以外の接続を副操縦席へまわせ」


 ローラッドは喚きちらした。カレンは反論せず、副操縦席に移る。押さえつけていた期待感が、カレンの頬の筋肉を緩ませた。


 カレンが予備の操舵手甲を身につけると、肘から五指までが締めつけられた。手首に位置する無骨な輪に光が宿り、操舵手甲の役割がローラッドからカレンへ移行したことを示す。


「いいか。とにかく攻撃をかわして、敵の船が直線上に並ぶよう誘え。その時になったら合図する」

「勝手なこと言ってくれるよ。俺は秘法船(ひほうせん)乗りじゃないのに」


 カレンは聞かれないように毒づいた。右手の指を様々な形に組み合わせ、彷徨号(ほうこうごう)の特徴を把握しようと集中した。


 接近してくる敵の円盤型秘法船(ひほうせん)は十隻以上にも及んだ。彷徨号(ほうこうごう)と比べるとずいぶんと小型だが、連携をとりながら砲撃を繰り返し、彷徨号(ほうこうごう)を追いこんでいる。それらに加え、最も離れた場所には敵の母船と思しき反応もある。


「こちらの砲台は弾切れみたいだけど、どうするつもりだろう」


 カレンは敵の攻撃を避けることだけに専念した。回避運動そのものは無駄も多いが、操縦の勘を徐々に掴みつつあった。


秘法素(ひほうそ)反応増大。母船からの主砲がきます』


 秘法素(ひほうそ)。秘法を行使する際に利用される力の源だ。


「上昇しろ」


 ローラッドの指示に、カレンは従った。彷徨号(ほうこうごう)は天上を目指し、推進機関を全開に吹かす。数瞬前まで彷徨号(ほうこうごう)のいた空間を、青紫色の巨大な光線が通過した。


 彷徨号(ほうこうごう)は厚い雲を突き抜け、星々の真下にやってきた。星の輝きがいつもよりも強さを増している。星下に広がる雲海は白銀とも青白ともつかない色をたたえ、どこまでも伸びているようだった。


 リーフォウが感嘆の声をもらす。カレンも、初めての光景に見とれて、言葉が出なかった。


「いける! 地表軸と平行に保ち、六○度回頭。

 彷徨号(ほうこうごう)、干渉言語の高速詠唱を開始しろ」

『おこなっています。<栄光砲>発射まで残り二九秒』


 興奮しているローラッドに応答する彷徨号(ほうこうごう)。なにが起こるのかカレンにはわからなかった。カレンは、ローラッドに言われたとおりに機体の向きを変えた。後ろではリーフォウが何事かを小さく呟いているようだった。


 風防の外で、稲妻が連続して閃いた。稲妻は彷徨号(ほうこうごう)の鼻先へと集まっていき、光の渦が凝縮してゆく。それは次第に激しくなり、彷徨号(ほうこうごう)よりも大きな光の珠が前面に出現した。


 彷徨号(ほうこうごう)を追いかけてきた秘法船(ひほうせん)が雲の下から姿を見せる。母船である柱状船も、雲を纏いながら浮上してきた。計一三機、そのすべてが同一直線上にいる。


『照準、固定。発射許可をお願いします』

「許可する。ぶちかましてやれ」


 ローラッドが一本だけ立てた親指を、真下へと突き下げる。それを合図に光の珠が弾け、淡い青色の光の奔流が一直線に疾り抜け、夜空を斬り裂いた。


 発射の衝撃で操縦席が揺れる。あまりの眩しさに、まるで真夏の太陽が落ちてきたかのような錯覚をカレンは抱いた。


 衝撃と轟音が鎮まりかける。


 光が薄らぎ、視界の回復したカレンは何度も目をこすった。


 十隻以上の敵艦は影も形もなくなっていた。飛散した雲間に生じた巨大な穴が、そこで炸裂した圧倒的な破壊力を物語っている。


『私以外の秘法船(ひほうせん)の反応が消失しています。戦闘は終了したようです。<栄光砲>使用により機関部総出力が大幅に低下します』


 カレンは外の様子に目を奪われ、言葉を発することができなかった。


 <栄光砲>----あのような強力な秘法兵器が現在の秘法船(ひほうせん)すべてに備わっているのかと考えると、恐ろしくなった。使い方次第では、カレン達の町など跡形もなく消しとんでしまうだろう。


「さて、と。戦闘も片づいたことだし。お前達には降りてもらうとするか」


 腕を伸ばして背を大きく反らし、ローラッドが告げる。カレンは立ち上がりかけたが、座席帯のせいで椅子から離れることができなかった。


「約束が違う! 弟子にしてくれるっていう話はどこにいったんですか?」

「俺はそんなことを言った覚えがないぞ」

「う……確かに。でも、お願いします。俺は強くならなければならないんです」


 カレンは座席帯をはずし、冷たい床の上で土下座した。


「俺はもう弟子をとらないことに決めたんだ」

「そこをなんとか」

『良いではありませんか、ローラッド。貴方も右腕が使えなくなっているのですし。それに、貴方より彼のほうが上手ですよ。操縦も、整備の腕もね』


 彷徨号(ほうこうごう)が落ち着いた口調で諭すと、ローラッドは、「なおさら気にくわない」と低く言った。


『連中の仲間が、彼ら二人の家を襲うこともあり得ます。あの国は体面にこだわりますから。私達と接触した御二人を放っておく可能性は低いはずです』

「それもそうだな……。あの家に住んでいたのはお前達だけか」


 カレンは肯定の返事をした。


「だったら、炊事や洗濯、掃除なんかは誰がやっていたんだ」


 奇妙な問いだと思いながらも、カレンは素直に「俺です」と答えた。それを聞いたローラッドが意地の悪い形に口元を歪める。


「よし。お前をこの船で使ってやる。まずは飯、それから掃除な。その後はたまった俺の着替えを洗うこと。わかったな」

「……それって、弟子というより小間使いのやることですよ」

「馬鹿野郎。文句をつけんじゃねぇ」


 ローラッドの靴底が素早く顔面につっこんできた。


 カレンはしびれたように痛む鼻に手をあてた。


「弟子にしてくれるんですか。それとも小間使いなんですか」


 カレンは追求したが、ローラッドは興味なさそうに背を向けた。


「嫌なら今すぐ出ていっても構わないんだぜ。それより早く飯にしろ。少し眠るから、飯ができたら起こせ」


 カレンは苦い不安を心の奥で噛み潰した。


 副操縦席に足をかけ、ローラッドは横になった。数秒とたたずにローラッドはいびきをかき始めた。


彷徨号(ほうこうごう)、ここで料理なんてできるのかい?」

『簡単な物でしたら。調理部屋に案内しましょう。ついでに鼻も冷やしたほうが良いですよ』

「とんでもない人の弟子になったな。英雄が人格者だなんて期待したのが間違いだったのか?」


 後ろの椅子ではリーフォウが幸せそうに眠っており、安らかな寝息をたてていた。

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