第21話_選択
カレンはリーフォウの名を叫んだ。
しかし、リーフォウは返事をしない。人形であるかのように、傍らの女性につき従っているだけだ。カレンはリーフォウへ駆けよろうとしたが、ローラッドに襟首をつかまれて止められた。
「やめておけ。今のあいつはおまえの妹じゃない。
久しぶりだな、<名もなき女王>。何も知らない嬢ちゃんに吹きこんで、今度は何を企んでやがる?」
「わたくしはこの世界そのものの総意。私の行動は、あるべき姿。
長いことこの世の移り変わりを目にしてきたあなたたち二人は、もう気づいているのでしょう」
<名もなき女王>と呼ばれた女性は、カレンのほうへ視線をうつす。
「秘法は周囲に強引な干渉を行ない、本来の摂理を捻じ曲げる。
秘法素は極小有機機械。活動源として周辺の有機体の生体物質回路にも影響を与えているわ。作物が枯れ、多くの動物が姿を消しているのは、このためよ。人間の寿命が短くなっているのも。
このままではいずれすべての生命が、この星が死に絶える。それを止めるために、< 古 の王>を使ってすべての秘法素を消滅させるだけよ」
「それとリーフォウに、何の関係がある?」
「< 古 の王>の力を完全に操ることができるのは、古い血を受け継ぐ一族だけ。安心しなさい。これが片づけば、彼女は元に戻るわ。秘法に振り回されることもない」
「相変わらず、口だけは達者だな。すべての秘法素を消滅させたら、どのような反動がこの世界を襲うか、わからぬわけではあるまい」
フィデルが口をはさむ。
今の文明は秘法によって支えられている。人の居住環境そのものもだ。そして、危ういながらも自然を支えているのも、秘法だ。カレンは、秘法の支えを失って落下した城と八年前の故郷の惨劇を思い出した。
「あんなことを……リーフォウを破壊者にさせてたまるか!」
「そうですか。世界そのものの総意であるわたくしを認めないというのですね?」
<名もなき女王>の、どこか冷たい問いかけに対し、
『認めない』----カレン、ローラッド、フィデルの強い意思が重なった。
カレンとローラッドが動き、<名もなき女王>へ仕掛ける。フィデルの周囲にも、秘法発動の兆しが見えた。
だが、頭上から重圧がのしかかり、ローラッドとフィデルは床にたたきつけられた。カレンは反射的に剣を振り上げ、頭上からの秘法を断ち切ろうとした。閃光が散り、重圧をはじき返す。だが、次の波がすぐに押し寄せる。カレンは剣で支えようと踏ん張ったが、横からの重圧を受け、ローラッドとフィデルのいるところへ飛ばされた。
「あなたたちを傷つけることはできないけれど、動きを止めることはできるわ。
三人ともがここまで残っているのは想定外だったけれど、そこで世界の選択を見守っていなさい」
祭壇に置かれていた< 古 の王>が離れ、<名もなき女王>とリーフォウの頭上へ漂っていく。
目を閉じたリーフォウの唇が小さく動き始め、< 古 の王>が七色の輝きを強くしていった。リーフォウの干渉言語は力強さを、速さを増していき、それに呼応して< 古 の王>が放つ七色の光の奔流も激しくなっていった。
「リーフォウ、やめろ!」
「叫んでも無駄よ。この子には何も聞こえていないわ。あなたのことも見えていない」
カレンは舌打ちし、立ち上がった。剣の刃には深い亀裂が入っており、秘法の相殺には使えそうもない。カレンは秘法銃を革箱から抜き取り、スーリー・メイから託された詠唱弾を銃口に装着した。
「それを撃てるのかしら、あなたに」
カレンは<名もなき女王>を睨みつけた。この詠唱弾が< 古 の王>破壊用のものだと知っているらしい。
「やれるさ。リーフォウを破壊者にするぐらいなら、俺がここで幕をおろす」
リーフォウも、世界の破壊者になることなど望んでいないはずだ。カレンは< 古 の王>に狙いを定め、深く呼吸を整えようとした。この詠唱弾を放てば< 古 の王>の消滅の余波で、ここ一帯は消滅してしまうだろう。せめて最後に、リーフォウを抱きしめてやる時間ぐらいはあるだろうか----そんなことを考えながら、カレンは引き金に力を加えていった。
「待て、少年。我々が動きをあわせれば、被害は最小限に抑えられるかもしれん」
足元で這いつくばっているフィデルに言葉をかけられ、カレンは耳を疑った。
「あんたが俺に力を貸すというのか?」
「私とローラッドが長い間担ってきたことを、今さら否定されるのが我慢ならんだけだ。
ローラッド、行けるな?」
「嫌とは言わせないんだろ。人遣いが粗いのには慣れてるよ。どうせ先は長くない」、苦笑するローラッド。
「やれ、少年。我々は貴様にあわせる」
フィデルの力強い言葉がカレンの背中を押す。カレンは、秘法銃の引き金を絞りこんだ。
同時に、疾走するローラッド。ローラッドは大きく跳躍すると、詠唱弾の着弾の直前に< 古 の王>に右の拳をたたきこんだ。ローラッドの右拳と詠唱弾、それぞれが放つ力の塊が、七色の光を押し戻す。詠唱弾が青銅色に輝きだし、周囲に広がっていく。
轟音とともに雷が降り注ぎ、稲妻が灼いた床から漆黒の幕がせりあがる。それは< 古 の王>とローラッド、リーフォウを覆い隠し、狭まっていった。
わずかな間をおき、漆黒の幕に亀裂が走る。澄んだ音を響かせ、漆黒の幕は内側の力から砕け散った。七色の、青銅色の、漆黒の光が旋風とともに荒れ狂い、周囲を染め抜いていく。
光と風が鎮まった後でカレンが見たのは、輝きが微弱なものになりながらも浮いている< 古 の王>と、その下に立つリーフォウだった。ローラッドは、リーフォウと<名もなき女王>のそばに横たわっている。カレンは、ローラッドのところに走り寄った。呻きをあげるローラッドの右腕は消炭のように黒くなっており、全身から血を流していた。だが、まだ生きてはいるようだ。
リーフォウが、干渉言語の詠唱を再開する。
カレンは奥歯を噛みしめ、刃の欠けた剣を握る手に力をこめた。< 古 の王>の破壊は失敗した。リーフォウを止める手段は、ひとつしか残っていない。カレンは覚悟を決めた。
「俺もすぐに後からいく」、動こうとしたカレンの手首を、ローラッドの右腕がつかむ。
「早まるな。俺たちの、勝ちだ……」
ローラッドが弱々しくつぶやく。その視線に促され、カレンも頭上を仰いだ。< 古 の王>の輝きが断続的になり、完全に消えると、支えを失なったように床に落ちて転がった。
干渉言語の詠唱をやめたリーフォウがゆっくりと瞼をあげる。その瞳には意志がやどっていた。カレンが知っている、幼いリーフォウのものではない。自分に課されていることを自覚し、成すべきことを悟った人間特有の深い光だ。
「どうして途中で止めるの? 草木や動物がたくさん生きている世界を創りたいはずでしょう」、<名もなき女王>の言葉にはなんの感情も感じられない。
「これでいいの」、リーフォウは応える。「あたしはこのままが好き。空も大地も、草も木も、動物も虫たちも、そしてなによりも人間が大好き」
「その人間たちが、心の成長を止めたあなたを冷たく扱ってきたのよ」
首を横に振るリーフォウ。
「冷たい人たちばかりじゃなかったから。だからあたしはこのままが好き。だから、こんな物はいらない」
「そう。あなたがそれを選択するのであれば、仕方がないわね。今回はあなたたちに譲るわ。
しばらくの間は様子を見させてもらいましょう。できれば、もう会いたくはないわね」
それだけ言うと、<名もなき女王>の姿がかき消えた。それを見届けたリーフォウは気が緩んだのか、くずおれそうになる。カレンは剣を捨て、リーフォウを支えてやった。
「おかえり。よく頑張ったな」、リーフォウの頭を撫でてやるカレン。
「ただいま……」、カレンの腕の中でそれだけつぶやくと、リーフォウは気を失なったようだった。
カレンはリーフォウを抱えたまま、もう一方の手でローラッドを立たせてやった。
「リーフォウを救ってくれて、ありがとうございます」
「俺だけじゃねぇよ。あの詠唱弾で解放された力を抑えこむフィデルの協力がなければ、うまくいかなかった。
どっちしても賭けだったけどな。< 古 の王>はスーリー・メイに任せてまた封印しておくか」
「----そうはいかんだろう」
フィデルが水を差す。声のした方向に顔を向けると、フィデルが祭壇のそばにいた。いつの間に確保したのか、その手には機能を停止した< 古 の王>がある。
「すでに< 古 の王>の存在は明るみに出た。スーノエルが得た情報だけでなく、今この時にも大陸中に広まっている。封印したところで、また誰かに奪われるだけだ」
「そうかもな。だが、そのために、均衡を守る存在がいる」
「これまでは、私や貴様がな。だが、もう時代は変わる。私たちがいなくなった後、誰が均衡を保つのだ?」
「それは俺たちが決めることじゃないだろう。どうする? 残っている力で、< 古 の王>を発動させるか?」
ローラッドの問いに、フィデルは顔を歪めた。
「もはや私にそれだけの力はないよ。今の私にできることは、< 古 の王>が誰の手にも渡らないよう、消滅させることだけだ」
そんなことが可能なのか?----カレンの口をついてでた疑問に、しかしフィデルもローラッドも答えてくれなかった。
ローラッドはフィデルを見つめ、フィデルもまた、何かを悟ったかのような表情で返すだけだ。
「さらばだ。先にいっているぞ」
フィデルは短く告げ、祭壇の後ろの大きな穴の奥、赤銅色の煌めきが噴き上げる空間へと身を投げた。
カレンは祭壇の背後へ急ぎ、空洞を覗きこんだ。遥か眼下では溶岩が蠢き、時折炎の蛇が鎌首をもたげている。
「まったく……変に真面目なとこは変わらねぇな」、ローラッドがため息を吐く。
「おい、カレン。ここでお別れだ。外に彷徨号を待たせてある。嬢ちゃんを連れて、ここから離れろ。すぐに大噴火が起きるぞ」
「そんな? 師匠はどうするんですか?」
「身内の最期は見届けてやらないとな。どうせこの身体ではたいして長くない。
後のことはおまえたちに託す」
一方的なローラッドに、カレンは反抗しようとした。しかし、うまく言葉にならない。ローラッドが一度決めたことを覆さないことは、カレンもよく知っている。
「わかりました。これまでの御指導、ありがとうございました!」、カレンは深く頭を下げる。
「おう、じゃあな。あの秘法銃は餞別にやる。『< 英雄 グローリー>』にふさわしい、強い男になれよ」
カレンは、あふれる涙を拭うことができなかった。顔をあげずに身を翻し、リーフォウを抱えたまま外へ向かって走りだす。
言葉にならない無数の想いを、カレンは背中でローラッドに伝え続けた----
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カレンの姿が見えなくなると、ローラッドは一度大きな伸びをした。
「まったく……あの野郎、最後の最後まで人の手を焼かせやがる。
そんなに俺のことが嫌いなのかね」
目見当をつけ、ローラッドは飛び降りた。何度か足場を見つけては着地し、また跳躍を繰り返して、縦穴を降りていく。すでに熱さは感じない。体内の回路が破損しているためだろう。
中腹あたりに張りだした岩棚に、目的の人影を認めて、着地した。
「ローラッドか、何をしにきた?」
「おまえの無様な姿を笑いにきた。で、< 古 の王>はどうなったんだよ? 一緒に溶岩へ心中するつもりだったんじゃないのか?」
フィデルが、離れた岩肌を指さす。壁面に刻まれた窪みに、< 古 の王>がはさまっていた。
「おいおい、あそこまでは俺も行けないぜ。壁を破壊すれば溶岩溜まりに落ちるだろ」
「言っただろう。私には秘法を発動させるだけの力は残ってない」
「わかったよ。だったら、直接力をもらうまでだ」
ローラッドは懐の秘法銃を取りだした。充填しておいた秘法素は切れている。これに秘法素を貯めるよう、ローラッドはフィデルに指示した。
「一発でいい。すぐに貯まるだろ」
フィデルが銃身に手を添えると、秘法素の充填率を示す針がわずかに振れる。
「最後がおまえとの共同作業だなんて、笑うしかないな」
「お互いの役割のため、反目しあうように調整されていたからな。充填は終わった。一発分だ」
ローラッドが狙いを定める。片腕のため、狙いを維持することが難しかった。フィデルが両腕で秘法銃を支えてくれた。ローラッドは無言で、照準を< 古 の王>に固定した。
「いままでありがとよ」、ローラッドの心からの感謝に、
「何を今際の際に。お互い様だ」、フィデルが笑みを返した。
もう思い残すことはない。
ローラッドは、引き金に最後の力を加えた。
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その日、なんの前触れもなく始まった霊峰アインスベルガの噴火活動は、その後数年に渡って続いた----
(つづく)




