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第20話_彷徨う人々


 レオフィードは、引き金にかけた指に力を加えた。


 カレンが何事かを叫んでいるが、レオフィードの耳には入ってこなかった。


「これでやっとあいつに会えるんだ……」


 詠唱弾が弾け、音叉を叩いた時にも似た低い音が短く響く。<(いにしえ)(おう)>の輝きが弱くなったかに見えたが、次の瞬間にはレオフィードの手から逃れて宙に漂い、七色の光の奔流があふれだしてきた。眩しさのあまり反射的に目をかばったが、<(いにしえ)(おう)>から顔を背けることはしなかった。


「ほう……禁忌の秘法を使うとはな。興味深い、見届けさせてもらおう」、フィデルの声が届く。


 禁忌の秘法。レオフィードもそれは承知していた。長い旅と膨大な文献調査の果てにたどりついた、唯一の希望だ。


「禁忌の秘法? なんだ、それは?」、カレンの声をレオフィードは無視した。


 光の奔流は徐々に弱くなっていった。その中に<(いにしえ)(おう)>を抱くようにして人影がひとつ、浮かびあがってくる。


 死者をこの世界で再生する秘法----それが禁忌とされ、数百年もの間封じられてきた秘法だった。干渉言語を使える人間は残っておらず、遺された数少ない詠唱弾を手に入れるためだけにレオフィードは盗賊になった。


 家族も友人も、故郷も世界も捨てた。すべては愛した女----レティシアに再会するために。


 再び姿をみせたレティシアは何も纏っておらず、レオフィードと最後に別れた時のままだった。手入れのゆきとどいた長い髪も、料理中に包丁でつけてしまった薬指の傷も、あの時のままだ。レオフィードの視界が涙でにじむ。


 <(いにしえ)(おう)>の光が完全に収まると、床へ落ちて鈍い音をたてた。そのレティシアが、ゆっくりと瞼をあげる。


 レオフィードは、最愛の女の名を呼んだ。しかし、レティシアは何の反応も示さない。何度叫んでも、レティシアは返事どころか、レオフィードと視線を合わせることもなかった。瞳は虚ろなまま、レオフィードの向こう側を見つめている。


「なんでだよ……詠唱弾が壊れていたっていうのかよ!」

「いいや。禁忌の秘法は間違いなく発動したさ」、フィデルが近づき、<(いにしえ)(おう)>を拾い上げた。


「だったら何故?」

「禁忌の秘法は相手を完全に、心の奥底まで思い描く必要がある。貴様が知っていたのは女の外見だけだった、ということだ。貴様が望んだのは、自分に都合のいい人形だよ」

「なんだと」、レオフィードの中で、何かが音をたてて崩れそうだった。「あいつを辱めるのだけはやめろ!」

「辱めてなぞいないさ。むしろ、物質的には完全な再生だっただけでも、賞賛に値するよ。今の状態でも、貴様が命令した通りに動いてくれるだろうな。そのほうが便利ではないのか?」


 レオフィードはそれを最後まで聞かず、フィデルに襲いかかった。フィデルの顔には明らかな侮蔑の意思がある。最愛の女性を辱めたことだけは許せなかった。


 至近距離からの拳と蹴りを、フィデルは最小限の動きでかわした。レオフィードが崩れた態勢を整えようとすると、腹部に灼熱の痛みを感じた。視線を落とすと、血に濡れた手刀が貫いている。フィデルの手刀はすぐに抜かれたが、レオフィードは下半身の感覚がしびれ、麻痺しているかのような状態だった。


「面白い余興だったよ。礼をしないとな」、フィデルが指を鳴らす。レオフィードとレティシアを取り囲むように、紫色の炎が巻き起こった。紫色の炎がレオフィードとレティシアにまとわりつく。不思議と熱さは感じなかった。ただ、血とともに力が流れでていくような感じだ。


 意識が朦朧となりつつあったが、レオフィードはレティシアのところに辿りついた。そのまま抱きつくように、全体重を預ける。数年ぶりに触れた最愛の女性は、とても温かだった。


 二人を包む紫色の炎は激しさを増し、レオフィードの衣服も燃え尽きていた。


「こんなに温かいんだ。おまえが人形だなんてありえないよな」、レオフィードの思考も重くなっていく。レオフィードは意識がまだ残っているうちに、力をふりしぼった。「ありがとな、レティシア。今までも、そして、これからも愛し……」


 レオフィードの目に最後に焼きついたのは、レティシアのかすかな笑みだった----



**********



 カレンが、レオフィードの名を叫ぶ。


 紫色の炎はひときわ強さを増すと、唐突に消えた。後には、何も残っていなかった。先ほどまでレオフィードと、一人の女性がいたはずなのに、跡形もない。


 レオフィードは消え去る直前、確かに満足そうな笑みをうかべていた。いったい、何を考えていたのだろうか----カレンの思考はフィデルの声で中断された。フィデルは、<(いにしえ)(おう)>を祭壇の元の位置へ戻していた。


「さて、<(いにしえ)(おう)>はここにあるわけだが。貴様はどうする?

 このまま黙って去るか、私に挑むか」

「そんなこと、決まっている」


 カレンは剣を低く構えなおした。腰につけた秘法銃(ひほうじゅう)も、すぐに使える状態にしてある。


 勝つにせよ、負けるにせよ、ここですべてが終わる。カレンはこの日を八年間待ち続けたのだ。フィデルはあの時とまったく変わっていない。対峙しているのはあの時と同じくカレン一人だが、八年前とは違う。長い年月の間修行を重ね、多くの人々と出会い、そして、大切な人々を失なってきた。


「もうあの頃とは違うんだ」


 カレンは全身の気力を振り絞り、一気に間合いを詰めた。


 フィデルから秘法は放たれない。カレンは剣をフィデルの頭上に振りおろした。渾身の一撃を、フィデルは片手の指先で受け止めた。その衝撃が剣を伝わり、カレンの両手がしびれる。力の緩んだ瞬間をつかれ、剣を受け流された。態勢が崩れたカレンめがけて、フィデルの手刀が迫る。その指先には、火花が蠢いている。


 ----今だ。


 カレンは秘法銃(ひほうじゅう)を抜くことなく、革箱に入れたまま引き金だけ絞った。フィデルとカレンの間に、防御力場が生まれる。それは強力な力をもっていたが、効果は刹那的なものだった。


 その刹那の瞬間に、カレンはフィデルに向かった。


 防御力場が消失する直前に、フィデルの手刀をはねかえす。よろめいたフィデルに対して、カレンは剣を横へ薙いだ。


 耳触りな破砕音が響く。カレンの剣はフィデルの両の掌の直前で阻まれていた。この剣には、秘法を相殺する力が備わっている。その効果が及ばないほどの、フィデルの強力な防御壁だ。


 カレンは全身全霊をこめて、剣を押しこんだ。しかし、まったく動かない。


「せめて片手が動かせれば秘法銃(ひほうじゅう)が使えるのに」


 歯ぎしりするカレン。剣の柄から片手を離せば、その瞬間にフィデルに押し切られ、反撃にあうのが目に見えている。それはフィデルも同じようだ。どちらか先に引いたほうが負ける。


 だが、体力という点では生身の人間であるカレンが不利なのかもしれない----そんな不安が脳裏をよぎった時、秘法銃(ひほうじゅう)特有の銃声が轟いた。フィデルのこめかみあたりで何かが爆ぜ、防御壁が弱くなった。


 カレンは全力で地面を踏み抜き、裂帛の気勢とともに剣を押しこんだ。鈍い音とともに防御壁が砕けたか、遮るものがなくなった剣の刃はフィデルに喰いこみ、フィデルを腰のあたりで両断した。切断面には機械の塊が見えた。人間の血液のようなものは、一滴も流れていない。


 カレンは剣を杖のように使って体重を支えた。脱力感がひどく、気を抜くと倒れてしまいそうだ。乱れた呼吸を整えながら、カレンは物音のした方向を見やった。秘法船(ひほうせん)の突入で開いてしまった穴のところに、人影を認めることができる。


「間にあったみたいだな。どうなることかと思ったが、やればできるじゃねぇか」


 その口調と派手な服装。隻腕の人影は、間違いなくローラッドだった。


 カレンは目を疑った。


「本当に師匠なんですか? 俺はてっきり、<聖域>で死んだものかと……」

「死んでいたさ。少なくとも、昨日まではな」


 ローラッドは説明を続けながら、カレンの元に歩みよってくる。<聖域>の戦闘の際、ローラッドの生命活動は確かに停止したらしい。空間転移の時にスーリー・メイがローラッドを補足できなかったのは、そのためだ。しかし次にローラッドが目覚めたのは、<聖域>のはずれにある資源処理場のガラクタ類の山の上だったらしい。満足に立ち上がることもできず、いつ機能が停止してもおかしくない状態のまま、<聖域>の建物の中へ這っていったとのことだった。


「死に損ないが、よくも邪魔をしてくれたな。

 貴様のせいで、我々がこれまで保ってきた均衡が崩れることになるぞ」


 フィデルが呻く。


「死に損ないなのはお互い様だろ。それに、俺がここにきたのは、その均衡を守るためだ。

 いるんだろ? 出てこいよ」


 ローラッドの言葉を合図に、祭壇の周囲の空間が歪む。


 見えない扉を開けるかのように空間の奥からあらわれたのは、いつか目にした銀髪の女性と、<聖域>に残してきたはずのリーフォウだった。



 (つづく)

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