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第12話_ねがいごと


 途方に暮れたカレンは石畳を見つめながら歩いていた。


「馬鹿野郎。危ねぇぞ」


 罵声と同時に、横から腕を強く引かれた。カレンが一瞬前までいた位置を、荷車が通りすぎていく。四本足の褐色の獣が引くその荷車は、後からいくつも続いた。大規模な隊商のようだ。獣の蹄と車輪がたてた塩粒が、煙のように大通りを漂う。


「なにぼけっとしてるんだか。もう少しでひかれるところだったぞ」


 レオフィードが言う。カレンは応えずに、道端の木箱に腰をおろした。レオフィードは隣りで壁に寄り掛かり、通りの様子を眺める。


 ザルツフェルト。カレンたちが訪れたその町は、かつて工業で栄えた町だった。一時は第二秘法研究の地として名を馳せたが、成果をあげた研究施設がいくつも他の国家に引き抜かれていくにしたがって、次第に知名度が落ちていった。そして今は、鉱石の採掘と、塩から作られる独特の調味料によって生存している小さな町だ----カレンはそう、レオフィードから話を聞いた。


「第二秘法が盛んだったというから、すぐに用が済むと信じてたのに」


 カレンは頭を抱えた。尋ね歩いた店はどこも、彷徨号(ほうこうごう)の修理に必要となる部品を扱っていなかった。型の古い彷徨号(ほうこうごう)であるから、多少難航することは予想していたが、十数件あたって何一つ手に入らないとは思ってもみなかった。


「このままだと魔神官を追うことができない。いや、その前にきっと師匠から半殺しにされる」


 背筋に悪寒を感じて震えていると、レオフィードが頭をかきながら切り出した。


「金を俺に預けな。なんとかしてやるから」


 カレンは不信感を拭えなかったが、このままでは埒があかないので、財布を渡した。


 人気のない大通りを離れ、レオフィードは裏路地へと入っていく。カレンは落ち着かずに周囲を何度も見回した。陽の光が充分に届かないこの場所の空気には湿気と冷たさが入り交じっており、あちこちから警戒と敵意の視線を感じる。建物は金属建材と煉瓦を組み合わせたもので、錆を放っているものが多かった。緊張感が、カレンに唾を飲みこませた。


「恐いか?」


 レオフィードが尋ねる。カレンはあわてて否定した。


 レオフィードの目的地は、今にも潰れそうなほどに傾いた小屋だった。硝子の割れた窓には内側から板が打ちつけてある。玄関の前で待つようカレンに言い残して、レオフィードは一人で小屋に入っていった。


 カレンは玄関前の階段に座ろうとしたが、そばにあった溝に奇妙な生き物の死骸を見つけた。頭部らしき物が二つあるように見受けられるが、虫がたかっているため確かめられない。


 座る気になれずに、カレンは立ったまま腕組みして時間がすぎるのを待った。道をゆく人々が余所者であるカレンを一瞥する。それは親しみのある視線ではなく、カレンを値踏みしているかのようだ。


 カレンは気づかないうちに、上着の上から剣の柄に手をあてていた。鳥が、奇妙な声で鳴く。羽ばたきの音はしても、その鳥の姿は見えなかった。


 いきなり後ろから肩を叩かれ、カレンは身体を硬直させた。


「待たせたな。部品の在処、わかったぞ」


 誇らしげな笑顔のレオフィードを見て、カレンの全身から汗がひいていった。


 レオフィードがどのような方法で部品を置いている店を調べたのか、カレンには教えてくれなかった。どう贔屓目に考えてもまっとうな店ではない場所で、必要な部品はすべてそろえることができた。それもレオフィードの交渉によって、予算よりも大幅に安くあがった。


 町を出る前にひと休みしようというレオフィードの提案にカレンは賛成し、茶屋を訪れた。


 注文したものが運ばれてくるなり、カレンは飲み物を一気に飲み干した。冷たい液体が喉を潤す。暑さだけでなく、緊張したせいで喉が乾ききっていた。


 カレンは飲み物の追加を頼み、薄焼きの菓子をかじった。レオフィードは熱い液体の入った器には手も触れず、卓台に頬杖をついている。その目線が店の一画へと注がれており、カレンもつられてそちらのほうを見た。


 常連なのだろうか、店の一番奥の卓台に数人の若者たちがついている。その中の一人が大声をあげた。


「あの都市が滅んだ? もっと考えてから冗談を言えよ」

「嘘じゃないって。俺は店に来た隊商から聞いたんだから。その隊商が都市を去った次の日には遠くからも黒い煙が見えたらしい。隊商が戻ってみると、たった一晩で廃墟になっていたんだと」

「信じられないな。どこの国の軍隊がやったんだ」

「それが、生き残っていた奴の話では、たった数人の人間の仕業らしい」


 中心にいた若者が告げると、周囲の者たちは笑いだした。


「そんなに笑うことないだろ」


若者が椅子から立ち上がったところで、鐘の音が聞こえた。その音を耳にすると、

「仕事に戻らなくっちゃ」

「なかなか面白い話だったぜ」

 奥にいた人々が疲れたような表情となって、ぞろぞろと店から出ていく。


「俺の作り話なんかじゃないんだって。最後まで聞いてくれよ」


 若者は訴えるような口調で仲間の後を追っていった。


「どう思う? さっきの話」


 レオフィードに問われ、カレンは少しだけ考えた。


「魔神官たちの仕業だ。あいつらなら、一夜で都市を滅ぼすことができる」

「今のやつが言っていた都市は、俺たちの目的地の近くにある。連中も、別の道で<(いにしえ)(おう)>に近づいているようだ。おまえみたいに連中だという確信はもてないけどな。こんな御時世だ。どこかの軍隊が攻め入っただけなのかもしれない」


 レオフィードは苦笑し、茶器を静かに口につけた。


「ひとつ質問してもいいか。どうしてレオフィードは<(いにしえ)(おう)>を求めるんだ? <(いにしえ)(おう)>を手に入れてどうするつもりなんだ?」


 レオフィードは黙って茶をすすっている。カレンは待った。レオフィードは空になった器を皿の上に戻してから、ぼつりと言った。


「人に会いたいんだ。<(いにしえ)(おう)>なら、俺をそいつに会わせてくれる」


 あっさりとした答えに、カレンは拍子抜けした。


「それだけ?」

「それだけだ」

「嘘だ。<(いにしえ)(おう)>は国を一夜で滅ぼしたり、その気になれば世界を支配することもできる万能の力なんだぞ」

「俺にとってはあいつが世界だ」


 頑固な物言いだった。これまでの軽いレオフィードからは想像もつかない。本当の答えなのか、真意を強情に隠しているだけなのかわからず、カレンは喉の奥で唸った。


「そういうお前はなんのためだ?」

「俺は……やつらに渡ったら大変だから、だからこうやって奴等よりも先に<(いにしえ)(おう)>の許へ急いでいるんだ」

「ふぅん。お偉いこって。頭もあがんねぇな。それが本当の理由ならな」

「刺があるぞ。はっきり言ったらどうなんだ」

「御免だね」


 レオフィードは代金を卓台に残し、席を立った。カレンは運ばれてきた飲み物を一気に飲み干し、レオフィードに続いて店を後にした。


 ザルツフェルトの外縁部には塀が設けられ、町を囲んでいた。それは塩が入りこんで農地や建物を傷めるのを極力抑えるためのものだ。町の関所となっている門を出たばかりの頃は隊商や旅人も多く見られたが、カレンたちが正規の路を外れると、すぐに二人だけとなった。


 白銀色の大地の輝きは弱くなっていた。地平線には太陽が沈みかけ、カレンとレオフィードの影を長く描きだしている。茜色に照らし出された夕焼けの空とは異なり、対極の空は薄紫色に染められ、大小二つの満月が淡い光を放っていた。


 塩の丘をこえたところで、カレンは視界の隅に動く影を認めた。


「なんだ、あれは?」


 レオフィードが止めるのも聞かずに行ってみると、影の正体は一匹の犬熊だった。全体的に丸い、四本足の動物で、ふかふかの毛皮で覆われている。カレンが抱きかかえると、弱々しい声音で「キュッ」と鳴いた。カレンを見上げる黒い瞳には、怯えの色がある。全身の毛はこびりついた塩のせいで灰色にくすんでいた。


「町の人の飼い犬熊かな」

「違うな。人間慣れしていない。餌を求めてここまで来たんだろう。そうとう弱っているようだな」

「ふぅん。よし、今からおまえの名前はムクムクだ」


 カレンが犬熊を頭上に掲げると、犬熊はじたばたとあばれた。リーフォウの土産にと町で手に入れた焼き菓子を一枚差し出すと、ムクムクは最初は警戒しながら臭いを嗅いでいたが、ひと舐めして危険でないことがわかると、すぐに平らげた。もっとくれと言うようにカレンの掌をなめるムクムクだったが、焼き菓子をすべて食べられてしまいそうだったので、彷徨号(ほうこうごう)に戻るまでお預けとした。


 カレンたちが彷徨号(ほうこうごう)にたどりついた時には、太陽は見えなくなっていたが、空と地面の境にはまだかすかに朱色が残っていた。


「体中が塩でべとべとする。服を着替えて、こいつを洗ってやらないとな」


 カレンがそんなことを考えていると、彷徨号(ほうこうごう)の声が聞こえた。


『仮眠室へ急いで! リーフォウお嬢様がお目覚めになりました』


 カレンはムクムクと荷物をレオフィードに押しつけ、走った。レオフィードの非難の言葉が背中にぶつけられたが、カレンは無視した。


 仮眠室の扉を勢いよく開けると、リーフォウの泣き喚く声に迎えられた。寝台の上ではリーフォウが顔を真っ赤にして、暴れている。


「わかった。わかったから落ちつけ、な」

「こっちこないで!」


 ローラッドがなだめようとするが、リーフォウが手足を振り回しているせいで、近寄れないようだ。ローラッドの足下には枕と掛け布団が落ちていた。


 カレンはリーフォウの名前を呼んだ。リーフォウの動きと泣き声が止まる。リーフォウは寝台から飛び降り、ローラッドの横を走り抜けると、カレンに抱きついてきた。


「お兄ちゃん、あの人こわい」


 怯えた表情で、ローラッドのほうを見る。カレンはリーフォウの涙を指先で拭ってやり、なにがあったのかとローラッドに尋ねた。


 リーフォウがもう少しで目覚めそうだという知らせを彷徨号(ほうこうごう)から受けて、ローラッドは仮眠室でそばについていてくれたらしい。そして、リーフォウが、ローラッドを見るなり、癇癪を起こして泣きだしたというのだった。


「子守は苦手なんだよ」、ローラッドは困ったように頭をかいた。


「魔神官を見たり、秘法を発動させたりしたせいで不安定になっているんですよ、きっと。俺だって、しばらく落ち着かなかったんですからね」

「お兄ちゃん、どうしてあんな人と話すの? 町のみんなをいじめた男の人と同じなのに」


 ローラッドの手が止まり、目が大きく開かれる。カレンは最初意味がわからなかったが、しばらく考えて、リーフォウの言う「男の人」がフィデルを指していることに思い至った。


「なんだ? お前の妹は俺が誰と同じだって言っているんだ」

「気にしないでください。勘違いしているだけですから。リーフォウ、この人は俺の師匠だよ。恐がることはないんだ」


 カレンはリーフォウをローラッドのほうに向き直らせようとした。だが、リーフォウは嫌がり、カレンの腹のあたりに顔をうずめた。この冷たい態度にはカレンも困ってしまった。


「完璧に嫌われちまったみたいだな。後は任せたぜ」


 寂しげに言い残し、ローラッドは仮眠室から出ていった。カレンは、ローラッドに対して、苦い気持ちを抱いた。


「後で謝っておかないといけないか」


 お腹がすいた、とリーフォウが言い出したので、カレンは食事の用意をしてやることに決めた。仮眠室で大人しく待っているように告げ、カレンは調理部屋へ向かった。途中、乗降口へと続く通路にさしかかると、レオフィードの罵声が聞こえた。


「うわっ、汚ねぇ。おい、犬猫。ここは縄張りなんかじゃないんだ」


『なにを持ち込んできたのですか! 世話だけはきちんとおこなってくださいよ』


 カレンは顔だけを通路の陰から出して見た。床に座り込んだムクムクの下で、水たまりが広がっている。レオフィードの服も濡れているようだった。


「拾ってきたのはカレンなんだ。あいつに言え」 


 とばっちりを喰らいそうだ。カレンは足音を立てないように注意して、その場から離れた。しばらくすると、レオフィードとローラッドの言い争う声が聞こえてきた。


 調理部屋でリーフォウの好物を温めていると、扉をひっかく音がした。開けてみると、鼻をひくつかせたムクムクがいた。


「なんだ、おまえ。誰かに遊んでもらえなかったのか」


 抱き上げようとしたカレンの手をすりぬけ、ムクムクは食料貯蔵庫の前に走り寄った。蓋を、短い前足でたたくようにして掻いている。


「駄目だよ。好きなだけ食べさせてあげるわけにはいかないんだ」


 恨めしそうに短く鳴くムクムク。目をあわせると決心が揺らぎそうな気がしたので、カレンは鍋の中身に集中した。


 足の裏を通して、軽い震動が伝わる。


 部品の交換作業が終了したと彷徨号(ほうこうごう)が告げた。すぐに出発するとのことだった。


『急ぎます。多少揺れますが、ご容赦ください』


 料理を皿に盛りつけながら、カレンはリーフォウのことを考えていた。


「<(いにしえ)(おう)>はどんな願いでも叶える、そう言っていた。人の病を治すこともできるのだろうか」


 まだ貴方自身も気づいていない、この旅の本当の目的----スーノエルの城で見た、白い女性の言葉をカレンは思い出した。


「この旅の中で、リーフォウの心を治すことができるかもしれないな」


 かすかな光明が見えた気がして、カレンは拳に力をこめた。食器が卓台にぶつかる音がし、カレンは視線を落とした。ムクムクがいつの間にか卓台にのぼり、リーフォウのために用意した料理に顔をつっこんでいた。一つの小皿の中身を平らげたムクムクは、カレンが今盛りつけたばかりの肉料理にのそのそと近づいてきた。


 カレンは頬をひきつらせ、無言のまま、金属製の玉杓子を振り上げた。



(つづく)

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