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第11話_彷徨号の災難


 鉛色の雲が一面に広がり、たたきつける大粒の雨の中を、彷徨号(ほうこうごう)は飛んでいた。


 正面の風防で雨がはじけ、装甲の隙間にたまった水は風圧のせいで下から上、あるいは横へと流されていく。


 彷徨号(ほうこうごう)の操縦室に人の姿はなかったが、やがて、扉が開いた。



**********



 果物を食べ終えたカレンは皮をまるめて皿においた。盆に載せた朝食は二人ぶんある。一つはリーフォウの物だ。


 この仮眠室の寝台で、リーフォウは三日間眠ったままだった。リーフォウの好物だけを集めた盆と、衰弱の色が見えるリーフォウとを、カレンは見比べた。


「少しの間でもいいから目を覚まして、食べてくれよ」


 長く大きな息を吐き、椅子から立ち上がると----床が傾いた。壁に立てかけておいた剣が倒れる。盆が台から滑り落ち、リーフォウのための朝食が床にぶち撒けられる。硬化陶製の食器は壊れることなく、床を転がった。床の傾きが入れ替わり、こぼれた薄桃色の汁が広がっていく。


彷徨号(ほうこうごう)、どうしたんだ?」


 カレンは天井を仰ぎ見た。そこには、第二秘法で作られた室内照明があるだけだ。操縦室のような幾何学的模様はない。


『ローラッド、カレン、早く操縦室へ! レオフィードが!』


 彷徨号(ほうこうごう)の切迫した声はそこで終わった。カレンは剣をつかみ、仮眠室をとびだした。


 カレンが操縦室にたどりつくと、レオフィードだけがいた。主操縦席に座っており、その右腕には操舵手甲が装着されている。レオフィードが首を傾げながら右手を動かすたびに、彷徨号(ほうこうごう)の動きが乱れる。


「なにやってんだ! 操舵手甲をはずせ。彷徨号(ほうこうごう)、操縦系統を切り放すんだ」


 カレンが叫ぶと、足下の床が頭上へと入れ替わりそうになった。レオフィードは機体を元の体勢に整えたが、カレンはリーフォウのことが気になり、彷徨号(ほうこうごう)に尋ねた。


『リーフォウお嬢様は平気です。主操縦席を操縦系統から切り離すことはできません。彼を止めてください』


 カレンは主操縦席に走り寄り、レオフィードの左腕をつかんだ。


「操舵手甲をはずして、この席からどくんだ!」

「そんなに恐い顔するなって。ちょっと遊んでるだけだから」


 レオフィードは片目をつむると、左腕をカレンの手首にそってくるりと動かした。カレンは力をこめていたにもかかわらず、つかんでいたところが外された。


「遊ばれてたまるか。早く手甲を!」

「やめろって」


 カレンが両手で操舵手甲を握ると、レオフィードは強引に手をひっこめた。その動きで、彷徨号(ほうこうごう)の速度が急激にあがり、カレンはよろめいた。


「おまえら、なにしてんだ?」


 ローラッドとシャーゼトルが姿をみせる。カレンが説明する前に、ローラッドはレオフィードにとびついた。レオフィードの首に腕を巻き、締め上げる。


「誰がてめぇに操縦を許可したよ。とっととどきやがれ」

「わかったわかった。もうやめるから、離れてくれ」

「操舵手甲をとるのが先だ。カレン、シャーゼトル、この馬鹿から手甲をはずせ」


 カレンは返事をした。シャーゼトルは無言ながらも協力する意志をみせた。シャーゼトルが足でレオフィードの右腕をおさえつけ、カレンが操舵手甲に手をかける。


「痛ぇっ! そこはこないだ怪我したんだぞ」

「知らん。貴様が撒いた種だ。じっとしていろ」

「カレン、なにぐずぐずしてんだ!」

「俺の手甲と形が違うから。うまくいかないんですよ」

「貸せ、俺がやる」


 ローラッドが、カレンからレオフィードの右腕を強引に奪った。


「痛ぇって言ってんだろ」


 堪忍袋の緒が切れたか、レオフィードが暴れ始めた。騒ぎと痛みの元凶である右腕を振り回す。そのはずみで、操舵手甲と操作盤をつないでいる接続導線が引きちぎれた。


「----あ」、カレンは間の抜けた声をあげた。その場にいた全員の動きが止まる。


『なんということを! 早く修理してください。でないと……』


 彷徨号(ほうこうごう)が早口ですべてを言うより先に、カレンは機体が失速しているのを感じた。この次になにが起きるか、カレンは直感的に悟った。


「師匠、後はお願いします」


 言い捨て、カレンは操縦室を後にした。足元の床がゆっくりと傾き続ける。足をすべらせかけたカレンは頭上近くにある壁の手摺をつかんだ。


 墜落を始めた彷徨号(ほうこうごう)の通路を、カレンはリーフォウのいる部屋へと急いだ。



**********



 ----レオフィードが金属製の羽目板を開いた途端、大量の蒸気があふれだした。


「うわっちぃ!」、顔を両手で守り、とびのくレオフィード。


「気をつけたほうがいい。配電盤の周囲は熱くなってるから」


 カレンはレオフィードに告げ、蓋の開いた操縦制御盤の中身をのぞきこんだ。回路基盤のいくつかが熱で溶けている。カレンは基盤を接続端子から引き抜き、明るい位置で作業にとりかかった。


「それを先に言えっての!」

「なに威張ってんだ、てめぇは。全部てめぇの撒いた種だろうが」


 ローラッドがレオフィードの胸倉を掴む。レオフィードはローラッドの手を払った。


「こんなおんぼろな船を使ってるのが悪いんだ。俺がちょっといじっただけで墜落するなんざ、信じられないな」


『おんぼろとはなんですか。私の硬い身体でなければ、地上に衝突した衝撃で今頃みなさんは生きていないのですよ』


 天井の幾何学模様が忙しく明滅する。レオフィードはなにか言い返そうとしたが、


「くだらんことでわめくな。いつになったら動けるのだ?」


 シャーゼトルが横槍を入れた。彼のもつ革の装丁が施された厚い本には、栞が挟まれている。


「文句があるなら手伝えよな」


 レオフィードは注意深く別の羽目板を開き、噴き出した蒸気をかわした。レオフィードの意見に、ローラッドは同意した。ローラッドは制御盤の奥から引っぱり出した機械の塊を調べている。


「こいつは私の船ではないし、墜落した原因は盗人の貴様にある。私が手を貸す道理はあるまい?」


 シャーゼトルが操縦室から出ていこうとする。どこにいくのかとローラッドが尋ねると、シャーゼトルは背中で答えた。


「こんな狭い船に閉じこめられるのは我慢できない。雨もあがったようだしな。外で稽古をする」


 シャーゼトルが消えた後、カレンとローラッド、レオフィードの三人は黙って作業を続けた。ひととおり調査がすむと、彷徨号(ほうこうごう)が結果をまとめた。


『外部に損傷なし。伝達系統の回路の三割がたが焼き切れていますが、墜落の衝撃というよりは無理な操舵による過負荷が原因でしょう』


 カレンとローラッドが横目でレオフィードを睨む。レオフィードは大きな咳払いをした。


「すんだことはしょうがないだろ。それで、どうやって修理すればいいんだ?」


『応急処置では駄目です。部品そのものをいくつか取り替える必要があります』


「カレン、倉庫にいって部品棚をあさってこい」

「もう調べました。必要な部品の半分は見つかりましたけど、残りはありません」

「ああ? 飛べねぇじゃねぇか。スーノエルで補給しなかったのかよ、彷徨号(ほうこうごう)?」


『お恥ずかしい話ですが、私は老体ですから。どこにでも部品が用意されているとは思わないでください。幸いにも、ここからさほど遠くない場所に都市があります。純正は無理でも、代替部品であれば見つかるでしょう』


 正面の映像盤に簡略化された地図が映しだされ、彷徨号(ほうこうごう)と町の位置が輝点によって示された。ローラッドが舌打ちし、頭を乱暴にかく。


「カレン、行ってこい。レオフィードを連れてな。彷徨号(ほうこうごう)、必要な部品の目録を作ってやれ」

「師匠、レオフィードはわかるけど、なんで俺まで行かされるんですか?」

「俺の命令だからだ。文句言わねぇでとっとと出発しろ。急げば日暮れまでには戻ってこれるだろ」

「俺からの文句は……」

「聞かね」

「だろうな」、力なく答え、肩を落とすレオフィード。


 カレンとレオフィードは支度を終えた後、彷徨号(ほうこうごう)の外に出た。雨はやんでおり、強い陽射しがふりそそいでいる。白の大地で反射した光が目を刺した。


「あんなに雨が降っていたのに、もう乾ききってる」


 カレンはつま先で地面を叩いた。敷き詰められた白銀色の粒子はまるで砂のようで、かすかな風に吹き流されている。折り重なるような波模様を無数に描き、白銀色の大地は遠くまで伸びていた。


「白い砂漠なんて珍しい」


 カレンが独り言を口にすると、


「そんなもんねぇよ。これは塩だぜ」


 レオフィードが白い粒子を指先でつかみ、カレンの口に放りこんだ。カレンは目をしばたたかせた。


「しょっぱい。でも、また手品ですり替えたんじゃないのか」

「疑り深いやつだな。大物になれないぞ」


 レオフィードは眉間に皺を寄せ、大袈裟に首を振った。カレンは白い砂を指でつまみ、ひと舐めした。


「本当だ。じゃあ、これ全部が塩なのか? どうして?」

「さぁね。教えてやらない」

「教えろよ。減るものじゃないだろう」

「無料ってのは割があわないなぁ」

「なんだよ、それは。一緒に旅をする仲間だろ」

「仲間? 俺は罪人で、仕方なく手を貸しているだけだぜ」


 カレンとレオフィードがそうやって言い争っていると、名前を呼ぶ怒声が聞こえた。カレンが声の方向を向くより早く、カレンの後頭部に陶製の食器がぶつかり、小気味よい音を立てて割れた。


「おー、なかなかの投げっぷり」、拍手するレオフィード。


「いつまでぐずぐずしてやがんだ。とっとと町へ行きやがれ!」


 頭を押さえてうずくまっているカレンに、ローラッドが告げる。見ると、彷徨号(ほうこうごう)の搭乗口に、いつの間にかローラッドが立っていた。


「ひどいですよ、師匠! なにも皿をぶつけなくても……」

「口はいい。足を動かせ」

「は、はい……」


 カレンの怒りの表情は、ローラッドがもつ数枚の皿を見て、ひきつったものへと変わった。


「……いつか食事に毒を盛ってやる」


 カレンはローラッドに聞こえないように呟き、彷徨号(ほうこうごう)へ背を向けた。その後をレオフィードがついていく。


 雨上がりの空には雲ひとつなく、強さを増していく陽射しが白銀色の大地で鋭く照り返していた。



**********



 彷徨号(ほうこうごう)の搭乗口から見送っていたローラッドは、カレンとレオフィードの姿が砂の丘の陰へと消えてから、扉を閉めた。


彷徨号(ほうこうごう)、シャーゼトルはどこにいる?」

『稽古を終え、仮眠室で眠っています』

「好都合だ。音は聞こえないな。俺が許可するまで、その部屋の鍵は開けるなよ」


 言いながら、大股で通路を進む。その表情には硬い決意があらわれていた。 


『本当にやるのですか? どういうことになるか、予測不可能ですよ』

「だから今やるんじゃねぇか。カレンがいないこの機会にな」

『考えなおしては……』

「くどい!」


 下唇を噛むローラッドは、ある扉の前で止まり、取っ手を横へ静かに引いた。わずかにできた隙間から中を覗き見ると、仮眠室の寝台でリーフォウはまだ眠っていた。


 ローラッドは大きく深呼吸し、室内に足を踏み入れた。



(つづく)

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