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第10話_出立の朝


 自分の部屋に入るなり、シャーゼトルは椅子を蹴り倒した。花瓶の花を取り替えにきていた侍女が驚き、短い悲鳴をあげる。


「目障りだ。外へ出ていけ!」


 侍女が慌てて返事をし、姿を消す。一人になったシャーゼトルは扉に鍵をかけ、起こした椅子に腰を落とした。


「父上はいつになれば、私を子供扱いすることをやめるのだ。私は常にこの国の未来を考えているというのに……」


 足を執務机の上に置いて、右手の甲にある紋章の入れ墨を眺めていると、

「----一人前として扱われないことが、それ程悔しいのですか」

  背後で女性の声がした。振り向くと、白い服に身を包んだ女が立っている。シャーゼトルは剣を取り、身構えた。


「何者だ、女? どうやってここに入った?」


 シャーゼトルは城に普段から出入りする人間の顔をすべて知っている。しかし、目の前の美女に見覚えはなかった。


 歳は十代の後半ぐらいか。肌は雪を思わせる白さで、床に届きそうな髪は白銀色に近い。瞳には色があるが、それは蝋燭の光の具合で何色にでも変化しているようでもあった。


 先天的に色素が薄いのか。シャーゼトルは思った。そういった症状を話には聞いたことがあったが、見るのは初めてだ。


「わたくしに名前はありません。

 二つ目の質問には、入ることができたから、と答えることしかできません」

「しらをきるつもりか。なんの用だ? 返答次第では斬る」


 シャーゼトルは剣の先を、相手へ近づける。女はまったく動じなかった。その表情の乏しさからは、冷たささえも感じとれる。


「< 英雄 (キャプテン)グローリー>とともに<(いにしえ)(おう)>を探し求めにゆかないのですか?

 あなたを一人前として認めさせることができるかもしれないのですよ」

「黙れ! 私は国のために、この国の正義のために動いている。大事の前には私の感情など邪魔なだけだ」

「機会を逃すというのですか。フィデル一派を倒して<(いにしえ)(おう)>とともに戻れば、貴方は新しき英雄になれるのですよ」

「黙れといっている!」 


 シャーゼトルは剣を横へ走らせた。この女は危険な存在だ。


 切りつけ、わずかにでも傷を負わせれば本性を見せるだろう。シャーゼトルはそう思ったが、しかし女は剣を避けようとしなかった。


 手応えのないまま、シャーゼトルの剣は女の腰を薙ぎ払った----はずだった。しかし女は表情を変えず、服も裂けていなければ血も流れていない。


「何者だ、貴様!」

「すでに答えたはずです。わたくしには名前がありません……」


 かすれゆく声を残して、女の姿は霞が晴れるかのように霧散していった。あとにはシャーゼトルだけとなった。


「幻……だったのか?」


 それでも、耳の奥には女の声が残っている。


 シャーゼトルは額の汗を拭い、女の言葉を思い返した。



**********



 窓硝子を叩く音で、寝台のそばの椅子で仮眠を取っていたカレンは眠りの底から引き上げられた。


 窓の外はまだ暗い。小鳥が窓枠に乗っているところをみると、夜明けが近いのだろう。


 カレンは視界の隅に人影をとらえた。


 カレンの隣りに立った女性がリーフォウを見下ろしている。カレンよりは年上だろうが、実際の年齢が想像できない若い美女で、白銀色の髪に白い肌、床についた白い長衣、と印象の強い格好だ。


「あの、なにか用ですか?」


 おそらくウィズクスウェルかローラッドの使いでやってきたのだろうとカレンは予想した。これほど目立つ風貌の人物に出会った覚えはないが、どこかで見たような面立ちでもあった。記憶の奥底を探っていると、女と目があった。何色にも見てとれる不思議な瞳だ。


 その時になってカレンは思いいたった。謁見の間の扉に彫られていた<()もなき女王(じょおう)>に似ている。


「あなたは----」

「この娘もつれていきなさい」


 カレンの言葉をさえぎった女の声には聞き覚えがあった。それはカレンがローラッドと出会った日の夕刻、家の前で聞いたリーフォウの話し相手のものだ。


「あなたは何者なんだ?」


 カレンは女に詰め寄ろうとしたが、立ち上がることができなかった。体はまるで他人のもののように重たく、椅子から動くことができない。だが、不思議と恐怖心は抱かなかった。女の表情にはカレンを安心させる優しさが、声には穏やかさがある。


「この娘を、貴方の旅に同行させさなさい。貴方が目的を果たすためには、この娘が必要です」

「俺の目的? フィデルたちを倒すためにはリーフォウが必要ってことか」

「まだ貴方自身も気づいていない、この旅の本当の目的……」


 ゆっくりと告げる女の姿が薄らぎ始めた。まるで霞の奥に消えてゆくかのように。


「待ってくれ! 貴方のことをまだ訊いていない!」


 確かめたいことはいくらでもある。だが、カレンを無視して、女の姿はすぐに完全に見えなくなった。


 直後、部屋の扉がいきなり開けられ、ローラッドがずかずかと入ってきた。カレンを縛っていた呪縛が解けたのはその時だった。


彷徨号(ほうこうごう)の調整が完了した。出発の時間も決まったぞ」


 ローラッドが話しかけてくる。カレンは屈みこんで、女がいたあたりを調べた。厚い絨毯はへこんでおらず、温かみも残っていない。


「第一秘法の使い手なのか? だとしたら、リーフォウのことをよく知っているのかも」


 考えこむカレンは背中を強く押され、絨毯に顔をぶつけた。


「俺の話を聞かねぇか。蹴り倒すぞ」


「もうやってるじゃないですか」


 口答えしたカレンの眼前に、今度はローラッドの握り拳が迫ってくるのだった。



**********



 秘法船(ひほうせん)の駐機場は、普段は鎧戸が下ろされている。


 第二秘法が生み出す無機質な白色光が天井から降り注ぎ、彷徨号(ほうこうごう)の磨き抜かれた船体で照り返していた。


 カレンは一人、副操縦席に座り、計器類の確認をおこなっていた。内燃機関の出力や機体の反応速度が改善されている。


『本当にリーフォウお嬢様を連れていくのですか。危険な旅なのですよ』


 天井の幾何学模様が明滅する。


「もう決めたことなんだ。師匠とも相談した。決心が鈍るから、その話題は蒸し返さないでくれ」


 承知しました、と彷徨号(ほうこうごう)は返事をした。


 今朝方、リーフォウを旅に連れていきたいとローラッドへ申し出ると、意外にもあっさり承諾された。カレン自身がローラッドに同行すると言った時とは大違いの、好意的な反応だった。まるでカレンがそう言い出すのを待っていたかのような態度だったが、考えすぎだろう。


「妹を守るためにも、おまえは倒れられねぇぞ」


 励ましにも似たその一言が重い。


 リーフォウは仮眠室の寝台で眠っている。いつ目が覚めてもいいように、彷徨号(ほうこうごう)に見ていてもらうよう頼んだ。これでカレンは操縦に集中できる。


「それにしても、師匠は遅いな」


『ウィズクスウェル王たちと別れを惜しんでいるのでしょう。次に会えるのはいつ頃になるかわかりませんから』


 カレンは納得し、発進前の作業をひととおり終わらせた。新品の風防を通して、配線と配管に覆われた駐機場の壁を眺めていると、口論しているような人声が近づいてきて、操縦室の扉が開いた。


「狭いうえにここまで汚いとは……覇王号(はおうごう)と比べる気にもならない」

「こっちは年代物なんだ。文句があるなら降りろ」


 ローラッドとレオフィードに続いて入ってくるなり、シャーゼトルが悪態をついた。


「師匠、なんでそいつがいるんですか?」

「仕方ねぇだろ。魔神官どもを追いかけたいってんだから。覇王号(はおうごう)は改造中なんだとよ」

「だったら国にある他の秘法船(ひほうせん)を使ってもらえばいいんですよ」

「量産の秘法船(ひほうせん)など、私が扱うには性能が悪すぎる。魔神官どもと戦うための大きな戦力が加わったのだ。感謝しろ。それにしても、なんて座り心地の悪い椅子だ。時間があれば覇王号(はおうごう)の物と取り替えさせているところだが、我慢してやるしかないな」


 帯剣したまま、一番後ろの席に座るシャーゼトル。


「あんなこと言ってますよ、師匠。いいんですか」

「ほざかせてろ。どうせ今は、あいつにやってもらうことなんてねぇんだ。戦いになったら盾として存分に働かせてやるから。あ、どけよレオフィード! そこは俺様の専用席だ」

「いいだろ。減るもんじゃなし。俺、窓のそばが好きなんだ」

「てめぇの好みなんざ聞いてねぇんだ。シャーゼトルの隣りにでもいきやがれ」


 主操縦席についていたレオフィードの髪をローラッドはつかみ、後部座席へと強引にひっぱっていく。


 とっとと出発するぞ、とローラッドに言われ、カレンは操舵手甲を右腕に装着した。手首あたりにある飾り気のない輪っかに光が宿る。カレンは指で様々な印を形作っていった。


「主動力機関作動、左右姿勢安定板異常なし、第一から第九九制御回路まで正常に認識」

『機体内圧力、外気とほぼ同程度に調整中。予想誤差は○・○○三四の範囲。動力機関出力、順調に上昇中』


 次々と、機体の機関および機構、設定項目の確認をしていっていると、隣席のローラッドが後部座席へ向かって怒鳴っていた。


「ふざけんな。この船に酒なんか置いてあるか!」

「ずっと道案内するだけなんて暇だろ。なんか他にやることないの?」

「じっと座っていやがれ」

「盗人の意見に賛成するわけではないが、覇王号(はおうごう)には酒が普段から置いてあるぞ。無論、スーノエルの誇る地酒だ」


 シャーゼトルが名前をあげると、レオフィードは笑顔で舌なめずりをした。


「あれはうまかったねぇ。国王さんもなかなかの飲みっぷりだったし。なぁ、今から持ってきてくれよ」

「土下座して頼むのならば、考えてやってもいい」

「黙ってろ、おまえら」


 ローラッドの声を聞きながら、カレンはため息をついた。


「こんな組み合わせでやっていけるのかな」

『なんとかなりますよ。旅は多いほうが楽しいといいます』

「これでも? 話が絶対にまとまらない面子だよ」


 カレンは呟き、胡乱な目を後ろへ向けた。ローラッドは椅子から身を乗り出し、シャーゼトルとレオフィードたちと大声で罵りあっている。


「出しますよ。舌を噛んでもしりませんからね」


 カレンは彷徨号(ほうこうごう)船体の両脇にある照明灯を消した。


 駐機場正面の鎧戸がゆっくりとあがっていき、陽光が点から線へ、そして放射状にひろがっていく。その眩しさにカレンは目を細めた。


 鉄と煉瓦で作られた駐機場にぽっかりと開いた口の外には、青い空と、果てに緑の山脈がそびえている。


「あの向こうに戦いが待っている。もう、後戻りはできないんだ」


 固唾を飲むカレン。目をつむり、感慨にひたろうとすると、後部座席との間の騒々しさが一段と激しくなった。どうやらレオフィードがシャーゼトルの気に触ることを言ったらしい。


「表へ出るがいい。決闘だ」

「おまえだけ行けよ。面倒くさい」

「決闘は構わねぇが、俺の船を汚すなよ。物壊したら弁償な」

「心が狭いねぇ。それでも伝説の英雄かい」

「狭いのは懐なんだよ。俺を英雄と見るんだったら少しは敬意を払いな」

「私は相手を見て、物を言うことにしているつもりだ」

「ほう、ずいぶんと偉そうな口をきくな、シャーゼトル」


 ローラッドが腕の指を鳴らし、席から離れた。


「師匠、発進命令をくださいよ」


 カレンは訴えたが、当のローラッドは後部座席で二人と睨み合っている。カレンは待ったが、ローラッドは発進のことなど頭にないようだ。


 風防の外では、誘導の係が二本の旗を大きく振り回している。早く出ろという合図だ。


『三人は放っておいて、もう出発しましょう』

「そうだな。こうしている間にも、魔神官に先をこされる」


 カレンは右腕で印を組んだ。彷徨号(ほうこうごう)は静かに浮上し、湖面に浮かぶ木の葉のように、ゆっくりとなだらかに前進していく。送迎用の張り台から国王と王妃が見下ろしていたので、カレンは軽く会釈した。


 駐機場のある塔から充分に距離をとったところで、カレンは彷徨号(ほうこうごう)の推進機間を全開にした。正面から襲ってきた加重が、カレンを座席に押しつける。


 立っていたローラッドとシャーゼトルが体勢を保てなくなり、壁にたたきつけられるのをカレンは見逃さなかった。声を殺して笑っていると、ローラッドと目があった。その瞳は、後で復讐してやるからなと告げていた。カレンは慌てて向きなおり、内燃機関の出力をあげた。


 雲ひとつない晴れ渡った空の下を、光の尾を引きながら、流星がひとつ駆け抜けていく----



 (つづく)

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