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第01話_墜ちてきた流星


 夜の帳の中、一条の光線が、静かに雲を裂いた----


 裂けた雲間から、端の欠けた月が顔を覗かせる----


 雲の奥で爆音とともに光が閃き、山の斜面が眩い緑色に染めあげられた。風圧で、放射状に波打つ雲海。


 雲を貫いてあらわれた一つの影が、夜空から地表へとまっすぐに突き進んでいく。滴のような形をした物体で、尖った後部からは七色に煌く光の炎が噴き出していた。丸みを帯びたその影は湖へと激突する寸前で直角に方向を転じ、湖面すれすれを舐めていく。音速を越えたことによって生じた衝撃波が夜気を震わせ、水面に波紋を刻んでゆく。


 秘法船(ひほうせん)----大気中の航行を可能としたこの乗り物は、そう呼ばれていた。涙滴型秘法船(ひほうせん)の正面には幅広の窓が設けられ、硝子製の風防がはめこんである。


 風防越しに、船を操縦する人影が認められる。だが、操縦室の明かりは乏しく、差しこむ月の光も弱いため、操縦者の顔までは確かめられない。


 秘法船(ひほうせん)の操縦者が口を開く。その呟きは声にならず、唇が動いただけだ。


 闇の奥から、いくつもの白煙が涙滴型秘法船(ひほうせん)へと伸びる。白い尾を引きながら迫るのは円筒状の物体「飛行爆雷」だ。


 飛行爆雷が間近に迫ると、涙滴型秘法船(ひほうせん)はわずかに機首を上げて、急制動をかけた。機体真下で水柱が高く噴き上がり、壁となって、秘法船(ひほうせん)の姿を包み隠す。


 飛行爆雷は水の壁を突き抜けた。そこに、涙滴型秘法船(ひほうせん)の姿はない。目標を失った飛行爆雷はさまよい、二つが接触した。広がる火球に呑みこまれ、飛行爆雷は次々と誘爆していく。


 水の中を走っていた影が湖面を割り、水面上にたちこめる濃い爆煙を貫いて飛び出してきた。涙滴型秘法船(ひほうせん)は水柱に突入した瞬間に機首を直角に下げ、水の中へ潜っていたのだった。水上に姿をみせた涙滴型の船は機体を横倒しに回転させ、まとわりついた水をはじき飛ばしていく。


 上空に広がる雲海の中からいくつもの光点が舞い降り、涙滴型秘法船(ひほうせん)へと加速した。光点から吐き出された無数の炎のつぶてが涙滴型秘法船(ひほうせん)をかすめ、丸い機体を紅色の爆発が包む。散った火の粉が木々に降りかかり、葉や枝を燃やす。


 失速する涙滴型秘法船(ひほうせん)だったが、後部噴射光の輝きが激しさを増すと、瞬時にしてその場から離れた。徐々に速度をあげ、光の衣をまとった流星と化し、星空の下を疾駆する。その遥か先の地平線は茜色に染まり、沈みゆく陽光の上端が地平線に見え隠れしていた。


 山々の峰をこえところで、雲間から放たれた青紫色の矢が流星を射抜いた。流星の一部がはじけ、光の衣が消える。


 勢いをなくして高度をさげていく秘法船(ひほうせん)の行く手には町並みが広がっていた  



**********



 森は、紅色に染まっていた。


 木漏れ日が斑模様の影を地面に落としており、冷たくなり始めた空気に、虫の鳴き声が染み渡る。


 赤い髪の青年は立ち止まり、飾り気のない上着を脱ぎ捨てた。筋肉質の身体にはいくつかの大きな傷跡がみえる。青年は両足を開いて腰を低く落とすと、中段に構えた木刀の切っ先を凝視した。


 青年の正面には葉の茂った大木がある。大人が十人ほど手をつないでようやく幹をひと回りできる程の巨木だ。


 青年は動こうとしない。呼吸が細くて深く、規則正しいもので続けられる。汗が、青年の身体を伝う。夕陽の大部分が彼方の山の陰に隠れ、地面に描かれる影が長いものへと変わりつつあった。


 青年の足元には、小さな水たまりができていた。木刀を握りしめた拳から大粒の汗が落ち、水たまりに波紋を生む----瞬間、青年は動いた。


 巨木の手前で地面を強く踏み抜き、鋭い気勢とともに木刀を横へ薙ぐ。幹に触れる寸前で、青年は木刀を止めた。短い衝撃音が起こり、樹皮が弾ける。巨木の幹に浅い亀裂が走り、地面には靴の形をした深いくぼみが生まれている。


 幾十枚もの葉が舞い落ちるなか、青年は息を長く吐き、全身の力を抜いた。


「誰だ?」


 青年は顔を向けた。夕陽の手前に人影のようなものが見える。青年が陽射しの強さにたえきれず目を細めていると、野鳥の群が喚きながら飛び立った。野鳥の群れに気をとられた青年が視線を戻すと、人影はなくなっていた。


「見間違いかな……誰かに呼ばれたような気がしたのに」


 青年は目にかかった赤い色の髪を払い上げ、緑色の瞳をこらした。巨大な夕陽の見える方角には、青年の家がある。


「まさか、リーフォウの身になにか?」


 青年は上着を拾い上げ、家に向かって走り出した。


 青年の名前はカレン。歳は先月で十八になったばかり。鋭い光を宿した緑色の瞳は、森の一画にある家をとらえている。以前に猟師が使用していた、簡素な造りの小屋だ。


 入口の扉に手をかけたところでカレンは動きを止めた。家の中から話し声がする。


「----それ、なぁに。どうゆうこと?」


 少女の間延びした言葉----リーフォウが誰かに尋ねている。


「今のあなたは理解できないでしょう。けれど、これだけは覚えておきなさい。時が来たのよ」


 答えたのは女性の、憂いを感じさせる声だ。カレンが聞いたことのない声だった。カレンは扉を開けたかったが、なにかに縛りつけられているかのように、身体を動かすことができない。


「空と大地は好きかしら?」、女性が続ける。

「うん」、リーフォウの声が、無邪気にこたえた。

「草や木は?」

「好き」

「動物や、虫たちは?」

「こわい動物さんや虫さんもいるけど、好き」

「人間のことはどう思っているのかしら?」

「人間って?」

「貴方と同じ姿形をした、皆のこと……」


 その口調に危険な響きを感じ、カレンの背に悪寒が走った。冷たいものが、カレンの呪縛を断ち切る。カレンはリーフォウの名を叫び、家に足を踏み入れた。


「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」


 床に座りこんでいたリーフォウが立ち上がり、明るい声で迎える。


 カレンの視界におさまるのは食事用の木製卓台、稽古前に竿にかけていった洗濯物の群れ、食器棚に石造りの台所。狭いその部屋に、他の人影は見当たらない。


「どうしたの?」


 見上げるリーフォウに、カレンは目線をあわせた。


「誰か来ていただろう? 話し声がしたぞ」

「うん。綺麗なお姉ちゃんでしょ」

「どこにいった?」


 リーフォウがきょろきょろと周囲を見回す。


「消えちゃった。お兄ちゃんが帰ってくるまでここに座っていたの」

「人が消えるわけないだろう。嘘をつくんじゃない」


 カレンが強い調子でたしなめると、リーフォウは目に涙をためて、鼻をぐずぐずと鳴らした。上下ひと続きになった草色の服の裾を握りしめている。


「だってぇ、さっきまでいたんだもん」


 リーフォウは一六歳。藍色の長い髪は後ろで束ねている。背は低く、髪型や服装にほとんど気を使っていないこともあって、実際の年齢よりもずっと年下に見られる。


 いつもならリーフォウをなだめるカレンだが、胸の奥に広がる不安のほうが大きく、リーフォウの相手をする余裕がなかった。


「念のため、家の中を確かめておくか」


 カレンは卓台に立てかけた木刀を再び手に取り、奥へと伸びる廊下に向かった。部屋の境にある簾に手をかけた時、窓の硝子が小刻みに震えていることに気づいた。


「なんだ、地震か?」


 カレンの耳に、空気を裂いたような細い音が届く。出来の悪い笛を鳴らしているかのような音だ。その音は次第に大きくなり、震動となって家を包みこんだ。卓台の上にあった湯呑みが揺れながら横へすべり、床に落ちて割れた。


「外からだ!」


 リーフォウが表へと走りだす。カレンは後を追い、家の中へ戻るよう叫んだ。


 二人が外へ出た瞬間、突風が駆け抜けた。木々の葉がざわめきあい、リーフォウの髪をまとめていた布紐が切れて、藍色の長い髪が大きく広がる。乾いた土煙が舞い、引きちぎられた葉とともに渦を巻く。


「こっちでじっとしていろ」、悲鳴をあげるリーフォウを、カレンは両腕の中にかばった。巨大な影が足元をかすめ、わずかに遅れて、甲高い轟音が上空をよぎる。頭上を仰いだカレンは目を見張った。


 細長い尻尾を備えた丸い物体が視界を埋める。そこかしこから煙を引き、夕陽を浴びて輝いているその船はまるで流星のようだった。


「涙滴型秘法船(ひほうせん)……本物なのか?」


 カレンは自分の目を疑い、唾を飲みこんだ。秘法船(ひほうせん)といえば第一秘法(ひほう)と第二秘法(ひほう)の粋を結集させた芸術品で、王国の正規軍といえども十機以上をもっている所はない。それだけ貴重なものがこのような片田舎の町外れで見られるとは思ってもみなかった。


「はぁ、すごぉい」


 リーフォウが見とれたように、声をもらす。二人が見上げる中、涙滴型秘法船(ひほうせん)は森の奥へとつっこんでいった。


 数瞬後、森の奥から届いてきた木々をへし折る不快な音がカレンの腹に響いた。涙滴型秘法船(ひほうせん)が消えたあたりから黒煙が立ち昇り始める。野鳥たちが飛び立ち、獣たちの鳴き声も混じって森が騒々しくなっていった。



(つづく)

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